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第三章:アイドル×温泉×マッサージ?
 話は外の喧騒から一旦離れる。ここはスパリゾートアトラスの中。この施設には、温泉施設ではなく、温水プールもあった。
「天使! キタコレでゴザル!!」
「おいおいジョニー? あまりはしゃぎ過ぎるなよ。そこらにニワカと一緒に見られるぞ?」
「デュフフ。そういうシン総統閣下。水着にしっかり846の文字。そしてツンデレーションの缶バッジ……ではなくアップリケを付けておられる身で、そんな発言を……」
「フッ……昨日母さんが夜なべをして縫ってくれたのさ。泣きながらな!」
「……あまりそのあたりは聞かないことにするでゴザル」
 太めとガリガリの男二人はそんな会話を交わしながら、大勢の観衆と共にプールサイドに組まれた特設ステージ前でハジケていた。
 観衆の注目を集めるライブの中心に居たのは、真新しい天使ユニットの衣装に身を包んだ846プロ所属のアイドル、ツンデレーションの茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)若松 未散(わかまつ・みちる)であった。
「未散ちゃぁぁーーん!!」
「衿栖様ぁぁッ!!」
 嬌声を浴びながら、ライブを終えた衿栖が「ふぅ」と一息ついた後、愛らしい笑顔を見せる。
「アトラスにご来場の皆さんこんにちわー!」
「「「こんにちわーーー!!」」」
 衿栖が、ソソクサと舞台から帰ろうとする未散の腕を掴む。
「未散さん。まだ、これからがありますよ?」
 小声で囁かれた未散が、やや不満気な顔を見せる。
「や……私は……」
 未散の態度にファンのボルテージがあがる。
「おお! 流石、未散殿!! ツンのツボを心得ているでゴザルな」
「(……今言ったヤツ、誰だ?)」
 未散がキッと観客を見るが、彼女達をよく知るファンには、これもご褒美と受け取られたらしく、また観客が沸く。既に自分のキャラ付けは誤解されたまま周知のものとなっているらしい。
 諦めたように未散が衿栖の隣に並ぶ。
「せーの……」
 衿栖が未散に合図し、二人は声を合わせる。
「「ツンデレーションでーす!」」
「「「うおおおぉぉぉーーッ!!」」」
「会場の皆も、TVの前の皆も、楽しんでいってねー!」
 そう。二人は今日はスパリゾートアトラスでの公開収録のお仕事中なのであった。
 司会ぶりが板についてきた衿栖が簡単に施設の紹介を始める中、未散はとある決心を思い出していた。
「(今日の公開収録……いつもどおりならアイドル稼業だけ……だけど、今日は違う!)」
 未散は舞台袖にいる、番組プロデューサーの神楽 統(かぐら・おさむ)を横目で伺う。
 統は未散の視線に対して、小さくサムズアップで応える。
「(やれ……未散。自分がアイドルでないというなら、実力でそれを示してみせろ!)」
「(わかった。神楽さん!! 今日で私はアイドルから脱却してみせる!!)」
 瞳に炎を宿す未散は統とそのような会話をした……気でいたのだが、統は違っていた。
「(ぶっちゃけ公開収録のプロデューサーの仕事なんて本番前にあらかた終わってるのよ。で、オレが本番で仕掛けるのは更なるハプニングへの布石だ……お、未散も期待しているのか? いいぞ、頑張れ!)」
 と、これが統のサムズアップの原因であったのだが、勿論未散本人は知る術もない。
「(事前に神楽さんに渡された台本は、しっかり頭に叩きこんであるんだ。これで皆を思いっきり弄り倒してやる! そして、脱アイドルを決めてみせる!)」
 燃える未散を見ていた統が満足気に頷く。
「(未散に渡しといた台本もこっそり細工しといたしな……あとは他がうまくやるだろう)」
 そんな二人のアイコンタクトはつゆ知らず、衿栖は司会を続けていた。
「それでは、順番に施設を紹介していきましょう。すでにアイドルがスタンバイしています! 温泉の輝ちゃーん!」

 衿栖の呼びかけに応じてステージ奥の大型スクリーンの映像が切り替わる。
 そこには、バスタオル姿の神崎 輝(かんざき・ひかる)シエル・セアーズ(しえる・せあーず)一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)の三名が屋外の温泉前に並んでいた。
「はーい! 神埼輝です! ボクとシエルと瑞樹は今、施設の中にある混浴温泉に来ています」
 輝の隣でマイクを握るシエルが、胸元のバスタオルを指で直しながら苦笑する。
「温泉レポートの公開収録とかちょっと緊張するよね……」
「そうですね、シエルさん。アイドルだらけの温泉とか、覗かれそうな気もしなくないですが……」
「恥ずかしいの? 瑞樹?」
「だって、マスター。温泉に入るからって武装も全部解除してますし……」
「何より素っ裸だもんねぇ」
 苦笑するシエル。
 三人の背後で温泉に浸かっている客達(主に男)は、バスタオルに隠されていない三人の肩や太ももを凝視している。その視線を感じてのレポートだから、ある意味緊張しない方が珍しい。
 輝は、最初に846プロで根回しして「撮影用に混浴温泉を貸切で」収録したいと申し出ていたのだが、今回の番組のプロデューサーから「ハプニング無しの収録等ありえない」という返事で、急遽仕様が変更されていたのだ。
「それでは、早速お湯に浸かってみましょう。きっとお肌スベスベになるよね?」
「えっ!? 輝……それは……ま、まぁいいわ。お肌が綺麗になるくらい……」
 輝の発言に少し言いたい事があったらしいシエルが口ごもるも、結局入浴することになる。
「マスター? 濡れた石は滑りますから気を……」
「わぁ!?」
 瑞樹の忠告通り、輝が足を滑らせる。
ドボォォーーン!!
「ちょっと、輝!? 大丈夫?」
「ああ、うん……平気」
 そこに、カメラには映らない場所から声が飛ぶ。
「お兄ちゃん!! タオル!! 前隠して!!」
 声の主は、神崎 瑠奈(かんざき・るな)であった。
 瑠奈は、846プロマネージャー兼スタイリストとして番組制作の手伝いをする傍ら、輝達の撮影中は邪魔にならないよう、【隠形の術】で隠れつつこっそり警備についていたのだ。
 幸い、危険人物とかいたらこっそり排除しようと思っていた瑠奈だが、今のところ、視線が怪しい客以外に危険人物はいなかった。
 「見てるだけはタダ」なので、得にやることはないと思っていた瑠奈は、輝のピンチに思わず声を上げてしまった。
「へ……瑠奈? わわッ!?」
 胸元からズレていたバスタオルを慌てて引き上げる輝。
「……今、お兄ちゃんて声が飛んだ気が……」
「ああ、確かに……」
 半分ノボせながら、アイドルとの混浴のために長湯に耐えていた入浴客達がざわつき出すと、それを一喝する声が飛ぶ。
「裸でいいじゃねぇか。服やタオルなんていらねぇだろ」
 声を上げたのは、温泉の縁で温泉卵を作りつつ、蜂蜜酒を飲んでいたカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)である。
「第一、人間のルールじゃ、浴槽にタオルつけるのはNGだって聞いていたけどな」
「あの、カルキノスさん。私達アイドルだから、そう簡単に肌見せちゃ、社長から怒られるんです……」
 無事入水した瑞樹がカルキノスに提言すると、彼は「特例か……」と納得する。
 気をとり直した輝が、バスタオルを巻き直し、レポートを始める。
「こちらの混浴温泉は、いい湯加減です。……シエル? 顔が赤いけど?」
「へっ!? そ、そんなことないよ。輝」
「そう……かな? ノボせやすい体質?」
「違うって!」
 シエルは首を振った後、プクプクと顔を湯船に半分沈めつつ、レポートを続ける輝を見る。
「(瑞樹ちゃんはともかく、輝と一緒にお風呂とか、なんかドキドキしてレポートどころじゃないのよ……)」
 シエルと輝は現在はパートナーや846プロのアイドル仲間だけでなく、今や恋人関係となっている。うれしはずかしの気恥ずかしさがあって、シエルは当初頑張ろうとしていた番組の盛り上げをやや忘れかけている。
 輝を意識してどぎまぎするシエルを助けたのは瑞樹であった。
「マスター、シエルさん。でも、この温泉本当に気持ちいいですよねー。ふぅ」
「「「……ゴクッ」」」
「ん?」
 シエルが一斉に喉を鳴らした男性陣の視線をトレースする……と。
 プカリ。
「!!!」
 男性陣の視線は、温泉に浸かる瑞樹の胸元へ集中していた。
「(瑞樹ちゃん……胸が大きいのは知っていたけど、無邪気にバスタオル越しのソレを湯に浮かすなんて!! 水風船釣りじゃないんだよ!! て……瑞樹ちゃんは一切悪くないけど……ああッ、でも、何だろう。この感情は……)」
 輝……は兎も角、ロリ巨乳として熱い視線を浴びる瑞樹にシエルが驚愕し悩んでいると、
「わー! あのお姉ちゃん、ママより胸大きいねー!」
 素っ裸でやってきた白星 カルテ(しらほし・かるて)が瑞樹を指さす。
「え……私の、こと? きゃッ!?」
 カルテに指摘されて、やっと周囲の視線に気づいた瑞樹が顔を赤らめて、肩まで湯に浸かってしまう。
「こら、カルテ。人を指差しちゃ駄目ですよ。すいませんね……娘が……あれ?」
 カルテの後ろからバスタオルを巻いた姿でやって来た白星 切札(しらほし・きりふだ)が、輝達を見つける。
「切札さん?」
「どこかで見たことがあると思ったら、やっぱり輝さん達だったんですね」
 同じ蒼空学園の生徒で、面識のあった切札が穏やかな笑顔で挨拶する。
「ごめんなさい。収録中でしたか……」
「はい。あ、でも入浴して頂いて大丈夫ですよ?」
「ありがとうございます。カルテ? テレビに映るかもしれないんだから、タオルを着けましょうね?」
 切札はカルテの前にしゃがみ込み、タオルを彼女の小さな身体に巻いてやる。
「お名前は?」
 輝がマイクを向けると、カルテは笑顔になり、
「しらほしカルテ」
「カルテさんは歳はいくつ?」
「えーと……10さい!」
 両手をパッと広げるカルテ。
「今日はね、ママと一緒に温泉に来たんだよ?」
「そうなんだ」
「ええ。娘がうまく髪を洗えるかとかが心配だったんです」
「母子で温泉なんていいよね、シエル?」
 輝の問いかけに、カルテと話す輝を微妙な顔で見ていたシエルが頷く。
「そうね。子供が小さいと、溺れちゃうんじゃないかって、親はウカウカしてられないものね」
「はい。女湯に入っていても、娘ばっかりに気をとられてしまいましたよ」
 いつもは綺麗な青髪後ろで束ねている切札だが、今日は入浴するために、髪をアップにしてまとめている。その顕になった若妻の白いうなじに、一部の男性客達は集中しているのを瑞樹は感じていた。
 輝がふと何かに気付き、切札に小声で話しかける。
「(切札さんて、確か本当はボクと同じ……)」
「(輝さん。今は黙っておいて下さい。カルテを一人で女湯に入れられなかっただけなのです)」
「(そっか……うん。いいよ。ここは混浴だものね)」
 カルテが自分のお腹を痛めたわけではない養女とは言っても、蒼空学園に入学させた彼女を心配して自分も入学した、とてつもないカルテ至上主義の切札である。輝にとってシエルや瑞樹や瑠奈がかけがえの無い仲間なのと同様に、切札にとってはカルテがそうである事は瞬時に理解した輝は、黙って頷く。
「親子で温泉なんて、本当に素敵ですよね! 以上、温泉リポーターの神埼輝がお届けしました!」