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リアクション
セルシウスと同じく、出発前に菊からザルに入った大量の卵と野菜を渡されていたのは高円寺 海(こうえんじ・かい)であった。海も菊に「泉質調査には欠かせない事だ」と教えられていたのだ。
「これを入れたらいいんだよな」
海はブクブクと泡立つ窪みに、卵を投げ入れてみる。
『ジュワッ!!』
「……蒸発したな……一瞬で」
冷静に海が状況を見ていると、どこからか現れた火トカゲが窪みのマグマに入浴する。
「熱くないのか、おまえ?」
海と火トカゲが黙って見つめ合っていると、
「海くん!」
「ああ……柚か……!?」
水着を着た杜守 柚(ともり・ゆず)と杜守 三月(ともり・みつき)が海の傍に立っている。
海がジッと柚の水着を見つめていると、流石に柚も恥ずかしくなったのか、手で隠す。
「そ、そんなに見ないで下さい……えっと、似あってますか?」
年頃の乙女な態度で恥ずかしがる柚だが、海の関心事は別にところにあった。
「入る……のか? これに?」
「え……あ、はい! あ! トカゲさんと我慢比べになりますね」
海が三月に視線を送る。
「(大丈夫か?)」
「(止めたけど、無理だった)」
素早くアイコンタクトで会話する両者。
セルシウスが困っているらしいとの話を聞いた柚と三月もまた、泉質調査員としてアルバイトに来ていたのである。
「柚、本当に入るつもり? 熱いよ?」
三月が念を押すと、柚は笑って、
「大丈夫です。トカゲさんと我慢比べなんてそうそう出来ない事ですよ?」
この前にテレビで温泉に入る猿の映像を観たのも何か影響があるのかな、と三月は思うが、柚の決心は揺るぎそうにない。
「我慢比べね……負けないよ」
「ふふ、三月ちゃんと我慢比べですか? が、頑張ります。ここは勝たなくちゃいけませんね!」
気合充分の表情を見せる柚。
柚に言ってる手前、三月は倒れるまで無理はしないつもりでいた。程々に浸かり、程々で上がろうと。
「柚も、あまり無理はしないようにね。倒れたら、困るし」
「平気ですよ。熱いお湯の方が汗を一杯かいてダイエット効果がありますし。三月ちゃんに迷惑は……」
三月は柚の言葉を遮る。
「ま、倒れたら倒れたでラッキーかもね」
「え? どうして?」
「その時は海に介抱してもらうから。ね?」
「……えっと、海くんに介抱してもらうとか、そんな、あの……」
「……無理はするなよ」
海が珍しく柚にエールを送る。これが乙女のハートに別の炎を灯してしまったのを、三月は感じていた。こう言っておけば柚は無理しないだろう、と思っての今の発言であったが、柚は顔を手で叩いて気合いを入れていた。どうも、ノボセて海に迷惑をかけたくない、と思ったようだ。
「はい、無理はしません……たぶん!」
気合いをフル充填した柚に溜息をついた三月が海に提案する。
「あ、海も我慢比べする?」
「オレは……いい」
「うん。じゃ、もしもの時は柚のこと頼むよ。無理しそうなら引っ張りあげて欲しい」
「三月ちゃんがそうならないとは限りませんよ?」
そこに、セルシウスがやって来る。
「あ、セルシウスさん」
柚が手を振る。
「む……貴公達……こ、これは!?」
「我慢比べ大会」
三月が簡単に事の成り行きを説明すると、セルシウスは不安がる。
「貴公達、これは常人では入れぬ温度だぞ? ダイエットとか汗をかくとか、そういう次元の話では……」
「もしもの時は、私が【ヒール】を使いますから、大丈夫ですよ」
「しかし……」
「エリュシオンの人は熱いお風呂には入らないの? あ、無理か」
「何?」
三月がセルシウスを見て苦笑する。セルシウスとはこれまでも何度か付き合いがあったが、彼が戦闘や腕力において、常人以上の活躍をしたこと等ないのを三月は知っていた。
セルシウスは着ていたトーガをおもむろに脱ぐと、青いビキニパンツ一丁の姿になる。
「我が栄光あるエリュシオン帝国の名において、私もその我慢比べとやらに参加しようではないか!」
……。
…………。
………………。
「5分経過だ」
しゃがんだ海が静かに告げる前には、柚、三月、セルシウスの三名と火トカゲがマグマ風呂に浸かっていた。皆、顔が赤い。
「ふぅ。汗一杯かきますねー」
「柚。顔が赤いけど大丈夫? そろそろ出た方がいいんじゃない?」
柚の顔が赤いのは、海を見ての事である。それを知った上で悪戯っぽく三月が問いかける。
「ふふ、三月ちゃんこそ……」
「……」
「あれ? セルシウスさん?」
「…………」
目を閉じて口元をやや引きつらせたまま、湯船へ沈みかけるセルシウスを、慌てて柚と三月が両脇を抱えて救助する。
岩場に大の字になったセルシウスを見ている三月が苦笑する。
「無理しちゃって……柚、上がってヒールでも……柚?」
「……プクプク……」
今度は柚が危うく沈む寸前であった。
「海、ちょっと手伝って!」
三月が湯船から柚を助け出し、海へ渡そうとするが……。
「ちょ!? 海、ちゃんと持ってよ!」
「肌がツルツルして滑るんだ」
「じゃあ、水着でいいから持ってよ」
海が柚のセパレートタイプの水着に手をかけ、上へと引っ張りあげる。
グッタリと横になった柚が、朧げな意識の中に見えてくる海の顔に次第にフォーカスが合ってくる。
「海……君?」
「ああ、気づいたか?」
「あ……そうか。私、ノボセて……海君が助けてくれたんですか?」
「ああ」
「あ、ありがとうございます!」
身を起こそうとした柚。ふと感じる違和感。
「え?」
見ると、海はそっぽを向いている。
「引っ張りあげた時に水着を掴んだから……一応、直した方がいい」
「……」
決して小さくなく、大きすぎもしない自分の胸元に視線をやる柚。そこを覆う布地がズレており……。
「きゃあああぁぁぁぁぁーーーッ!!」
柚の絶叫が荒野に反響した。尚、この悲鳴は、大帝より先にあの世へ行こうとしていた男にとって、良い目覚まし時計になったそうである。
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