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最後の願い 後編

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最後の願い 後編

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第7章 絆

 庵の内部は、礼拝堂のように広々とした空間だった。
 ハルカに憑依したウーリアは、周囲を見渡しながら正面へ進み、奥にあるもう一部屋に、転移装置が備えられているのを見付けて笑みを浮かべた。
「これか」
 転移先を設定するようになっている。
 操作しているところで、物音に気付いた。
「此処か、ハルカ!」
「ハルカさん、無事ですかっ」
 光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)達が駆け込んで来る。
「フン、つまらん名前だな。ウーリアと呼んで貰おうか」
「……貴様!」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が憤りを込めて叫んだ。
「それにしても、随分早かったものだ」
「そんなこたぁどうでもええ。ハルカから離れんか!」
 間に合ったのは、翔一朗達の持っていたハルカの名刺の反応を追ったからだ。
 ウーリアなどに教えるほどのことでもなかったが。
「離れるとも。少し待って貰えればな。
 行った先で、依代を女王に換える。そうしたら返すさ。
 息をしているかどうかは保証しないがな」
 そう笑ったウーリアに、刀真が、剣を握り締める手を強める。
「……許さんぞ、貴様。今すぐ離れろ、ハルカから」
 くくく、と、ウーリアは笑った。
「成程、手が出せんか。そこで指を咥えて見ているがいい」
「貴様ぁ!」
 装置に手を触れようとしたウーリアに、翔一朗が飛びかかった。
 ウーリアは躱して距離を置きながら、素早く呪文を唱える。
「奈落の鉄鎖!」
「うお!」
 ズドン、と翔一朗の体が重くなる。
「チッ……!」
 がくんと両手両膝を付きながらも、翔一朗はウーリアを睨み付けた。
「ハルカ……! ハルカ、聞こえるか!」
「ハルカさん! 目を覚ましてください!」
 ソアも叫ぶ。
 ぴく、とウーリアが顔をしかめた。
「ちっ……」
 さっと視線を転移装置に走らせる。
 相手取るよりも、目的を遂行する方を選んだウーリアは転移装置に向かったが、バタン、と荒々しくドアが開いて、巨大な機晶姫が乱入してきたことに驚いた。
 鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)が、ウーリアの正面から襲いかかる。
「でかけりゃいいってものではないな!」
 ウーリアは足元を潜ってすり抜け、背後から攻撃を返そうとする。
 そこへ、銃声が轟いた。
「うっ!」
 ウーリアが倒れる。
 うずくまった足からの出血を見て、翔一朗達はぎょっとした。
「誰だ!? ハルカの体だぞ!」
 ハルカを傷つけずにウーリアを倒す為に、その体から引き剥がそうとしていたのに。
「急所は外しているのであります」
 二十二号を派手に突入させた隙から、そっとカモフラージュして忍び込んでいたパートナー、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、居場所は悟らせずに呟いた。
 本来致命傷を狙ってウーリアを倒すべきところを、外して足を狙ったのだ。非難されるべきところではない、と判断する。
「ちっ、そこか!」
 油断した、とウーリアは吹雪を見た。
 隠れている場所を、正確に見抜く。
「俺を怒らせたな。食らうがいい、隠府の毒杯!」
「だめです、ハルカさん!」
「やめろ、ハルカ!」
 びく、とハルカは瞬間動きを止めた。
 ぱく、と口が声もなく動く。そあさん。
 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が、ハルカに突撃して抑えこんだ。
「目を覚ませ、ハルカ!」
 声は届いている。そう信じる。しかし恐らく、声だけでは駄目なのだ。
「くそっ……」
 ウーリアはベアを押し退けて下がった。
 その足の傷が、少しずつだが、癒されつつある。
「扱い易いと思ったが……」
 ウーリアは顔を顰めた。
 扱いは易い。だが、それ以上に居辛い体だった。
 蝕まれるような気すらする。
 さっさとこんな体は捨てるに限る。
 ウーリアは転移装置へ走った。

「この先へは、行かせません」
 それを阻んだのは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。
 パートナーの清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)クトゥルフ崇拝の書・ルルイエテキスト(くとぅるふすうはいのしょ・るるいえてきすと)と共に、ウーリアの行く手を阻む。
「あの少女に、卑劣な奈落人が憑依しちょるんじゃな」
 青白磁は、素早く状況を確認する。
「新手か」
「女王の元へ転移しようとする者を、阻止しに来ました。
 女王の為に、この名に賭けて、あなたを此処で倒します。我が名は、騎沙良詩穂!」
「プロボークか!」
 青白磁は、ふふんと笑った。
 詩穂は、敵の攻撃を一手に引き受けようとしている。
 それなら、自分は詩穂に任せ、奈落人と少女を引き剥がす術を模索するのが役目か。
「はっは! ならば相手をして貰おうか!」
 プロボークに嵌ったウーリアは嘲笑い、詩穂達に何かを放った。
 見えなかった。
「!?」
 詩穂は、突然の衝撃に体勢を崩した。何かがいる。
 詩穂の周囲の仲間達を一通り攻撃して、詩穂に戻って来た。
「……まさか、これは」
 セルフィーナが気付いた。
 突然、詩穂達は、炎に包まれる。
「フラワシ……!?」
「ふん、これはなかなか便利だな。暇潰しに会得してみたが」
 ウーリアはくくっと笑う。
「くっ!」
 影縫いのクナイを使って、セルフィーナが仕掛けた。
 憑依しているのなら、影を攻撃すればどうかと考えたのだ。
 がつっ、とウーリアの影にクナイが刺さる。
 びくん、と眉を顰めて、それからウーリアは笑った。
「成程。だがそれは逆効果だぞ?」
 親切に教えてやるが、とウーリアは笑った。
 ハルカ自身が攻撃を受け、精神であるウーリアは、むしろ無傷だ。
「それなら!」
 青白磁が出る。
 龍の波動を遠当てで撃った。
 ウーリアがどう動くのか、予測を掴もうとしたのだ。が。
「ぎゃっ!」
 ウーリアは、それをまともに食らって倒れる。
「何っ!?」
「ハルカ!!」
「い……痛いっ」
 呻くハルカに翔一朗が駆け寄ろうとして、再び奈落の鉄鎖に潰された。
「うぎゃっ!」
「……よく引っ掛かる」
 うずくまったまま、くくく、と体を震わせて、ウーリアは笑う。
 よろり、と起き上がった。
「全く、とことん痛め付けてくれるな。
 この娘はそろそろ死ぬぞ? まあこちらとしては、その方が都合がいいが。
 女王に移るまでもてばいいしな」
 ウーリアはくつくつ笑った。
「くそ……」
 翔一朗は、噛み砕けるのではという程に歯を噛み締める。
 ハルカが弱いのは、よく知っている。
 彼女は、契約者ではないのだ。
「てめえ、解ってて食らったんか! 卑劣やぞ!」
 青白磁が叫んだ。
 罵倒の言葉にも、ウーリアは涼しい顔で立ち上がり、ゆっくりと歩み寄って来る。
「いい言葉だな。それじゃあ、もう一つお前の絶賛を浴びようか?」
「何っ?」
「きゃああああ!」
 詩穂が叫んだ。
「詩穂!? しっかり!」
 頭を押さえ、絶叫のような悲鳴を上げた詩穂を、セルフィーナが抱え込む。
「何をしたのです!」
「何を視たのかは、俺も知らんな」
 にやにやと笑いながら、ウーリアは答えた。
「ただ、強く妄信するものがある者ほど、面白くかかってくれる」
 何かの幻覚を見せたのだ。言葉から、それが解った。
 そして恐らくは、詩穂が何を視たのかも。
「詩穂の一途な思いを利用するなんて……!」
 気を失った詩穂をそっと寝かせ、セルフィーナが立ち上がる。
 がつっ、と見えないフラワシの攻撃を受けるが、それでも立ち上がった。
「わたくしは、あなたを絶対に許しませんわ」
「ほう。それで?」
「ウーリア!」
 低く、怒気を孕んだ声で、刀真が叫んだ。
 ナラカの水を飲み干した、空の器を投げ捨てる。
「体が弱っていると言ったな。ならば俺に憑依しろ。
 俺はロイヤルガードだ。女王の側に近付ける」
 ウーリアはにやにやと笑った。
「この娘を助ける策というわけか」
「そうだ。ハルカは解放しろ。代わりにこの体をくれてやる!」
 刀真の決意に、パートナーの剣の花嫁、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、ぎゅっと唇を噛み締める。
「元気な体は、それはそれで面倒でな。
 それをするなら、さっきそっちの熊に憑依していた」
 振られて、ベアはぎょっとした。
 そうだ、ハルカを押さえ込んだ時に、しようと思えばできたはず。
「……いやだがそれなら、そこで片はついたぜ」
 ベアは、はっと気付いて舌打ちする。
 そうか、それを誘えばよかったのだ。
「俺は自らくれてやるんだ。勝手に使え」
 ――ハルカの幸せを望んでいる。ずっと望んできた。
 例えその為にハルカに恨まれることになろうとも、嫌われることになろうとも、恐怖を与えることになろうとも、傷つけることになろうとも。
 例え、ハルカの未来に自分の姿がなくても、幸せでさえいてくれるなら。

 自分に憑依させ、上手く契約を果たすことができるなら、あの魂をずっとこの体の中に閉じこめてしまえる。
 刀真はそう目論んでいた。
 それが駄目でも、ウーリアがこの体に憑依した時に、この体を殺してしまえば――
「いいだろう」
 ウーリアは歩み寄りながら手を伸ばす。
「その体、もら……」
 がく、と、その動きが止まり、のばした手が、弾かれるように上がった。
「だめ!」
「ハルカさんっ!?」
「ハルカかっ!?」
 ソアや翔一朗達が叫ぶ。
「だめなのです! とーまさんが死んじゃうのです!」
 叫んで、ハルカは、暴れる自らを抑えつけるように身を屈める。
「ハルカ!」
 刀真は叫んだ。
「大丈夫だ、俺を信じろ!」
「そうだっ、俺も保証する! 来い、ハルカ!」
 ずる、と後ずさるハルカに、ベアも叫んだ。
「ハルカ!」
「ハルカさんっ!」
「ハルカ……!」
 月夜が呼ぶ。
「刀真は大丈夫。ハルカ、戻ってきて」
「………………」
 縋るように見上げ、くた、と、力尽きるように、ハルカの体から力が抜けた。
 倒れるハルカに刀真が駆け寄る。
 触れた手の先から、何かが流れ込むような違和感を感じた。
「ようし! ちょっと痛えだろうが我慢しろよっ!」
 すかさず身を翻す、刀真に憑依したウーリアを、
「逃がすか! よくも俺のダチに散々やりやがったな!」
と翔一朗が飛びかかって掴まえる。
 羽交い締めにした刀真に向かって、ベアが刀真の剣を持ち、ぎらりと笑ってそう叫んだ。
「貴様等……!」
「死ね、ウーリア!」
 翔一朗に移る隙など与えない。
 一片の躊躇いもなく、ベアはライトブリンガーを叩き付けた。



 ソアの懸命の回復魔法に、刀真は目を開けた。
「平気か? あんた、刀真じゃろ? ヤツは死んだか?」
 パートナーの魔鎧、アーヴィン・ウォーレン(あーう゛ぃん・うぉーれん)と共に、翔一朗が彼の顔を覗き込んでいる。
「ああ……」
 刀真は力無く答えて、弱々しく首を巡らせた。
 隣に、月夜の膝枕で、ハルカが横たわっている。
「ハルカは……」
「先に治療しました。大丈夫です」
 ソアが答えて、頷いた。
 その時、もぞ、とハルカが動いて、全員の視線が集中する。
 ハルカが目を開けた。
「ハルカ。ハルカ、大丈夫?」
 月夜が声をかける。
「つくよさん……」
 ハルカの目に、じわ、と涙が浮かんだ。
「ハルカ?」
「はかせを、助けて」
 意外な言葉に、見守るソアや月夜達は息を飲む。
「……はかせは……もう、死にたいのです……。
 でも、ハルカは…………」
「……ハルカ……」
 あの時、言い掛けて、飲み込んだ言葉。
 それはこれだったのだと、月夜は気付いた。
 ハルカは今回のことを、全てを知った上で、彼について来たのだ。
 止めることはできない。せめて見届ける為に。
 けれど――

 刀真が立ち上がった。
「まだ……」
 ソアが言い掛けるのを制する。
「博士を、止めてきます」
「無茶すんな」
 ベアが止めるのを振り切ろうとして、ハルカが足を掴んでいるのに気がついた。
「……でも、とーまさんが死んじゃうのは、だめなのです」
「…………」
 ふ、と、刀真は肩の力を落とす。
「心配すんな、ハルカ」
 翔一朗が、ぽんぽんとハルカの頭を叩いた。
「博士を助けに、他の皆が向かっとる。
 まだ疲れとるじゃろ。ゆっくり休め。
 目が醒めたら、博士のところに連れてってやるけえ」
 約束する、と言うと、ハルカは小さく笑って目を閉じた。
 助けてくれてありがとう、と、眠りに落ちる前に、呟いた。


 轟音と地響きが轟いた。
「何じゃあ!?」
 翔一朗達は立ち上がる。
 一瞬地震かと思ったが、そうではなかった。
 外でイコンと戦っていた巨人が、かなり荒っぽい方法で、この建物の中に入って来たのだ。
 向こうの部屋から、壁が割れて、巨人が倒れ込んで来る。
 だが、壁の向こう側に部屋があることを知った巨人の目が、部屋の中を探り、転移装置を見付けて、手を伸ばした。
「しまった、転移装置を……!」
 転移装置のことを忘れていた。慌てて反応するが、遅かった。
 巨人の姿が、一瞬にしてかき消える。
「しまった!」
 同時に、ビシッと何かが砕ける音がして、転移装置の台座が割れた。
「あっ!」
「壊れやがった!」
 五千年前の代物だったからか、それとも巨人が使った為にオーバーワークだったのか。
「直らないのか!? 後を追わないと!」
 集まってみたものの、それがどんな構造で動くものなのか、全く解らなかった。