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最後の願い 後編

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最後の願い 後編

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 防衛ラインの一番後ろに、理子の乗るゴーレムは佇んでいる。
 もう、この後ろには宮殿しか無い。
 最後の盾だ。

 理子は既に、このゴーレムが何の為に造られたものなのか解っていた。
「ルカルカのお陰かな……」
 ゴーレムの操縦席で、ひっそりと微笑む。
 ルカルカは、オリヴィエを弁護はしなかった。ただ、彼の人となりを語っただけだ。
 けれどそれで、敵愾心に捕われずに今回のことを考えることができた、と思う。
 だからだろうか。この中に居て、何となく、感じ取れるような気がするのは。

 ソア・ウェンボリスはウーリアを追う前に、そこまでの報告を届けている。
 その際に、ゴーレムは防御に使って欲しい、と進言していた。
 オリヴィエ博士の真意は、まだはっきりとは解らない。
 ハルカを通じてゴーレムを自分達に託したその意味を、断言はしきれなかった。
 けれどそのゴーレムは、防御の為に造られたものだ。
 博士は、護る為にそのゴーレムを造ったのだ。
 だから女王を護る為に使って欲しい、と。
「うん。そういうことなんでしょ? ラウル・オリヴィエ」
 反対した者も多かった。けれど乗って良かったと思う。
「見せてあげるわ。証明してあげるわよ!」

 防衛線を突破した巨人が攻めて来る。
 歩みながら、巨大な光弾を撃って来た。
 理子は盾を構える。
 ドンッと轟く音と共に、盾は光弾を受け止め、光は拡散しながら、盾の障壁の中に吸い込まれて行った。
「衝撃が?」
 がそれを見て驚く。
 荒野での戦いを、昴は見ている。
 攻撃を受けたゴーレムの障壁は、周囲へ広げるように衝撃を弾いていたはずだ。
「代王は、よりあのゴーレムを使いこなしているようでございますね」
 天地が言った。昴は頷く。
「……あれが、本来の、盾の防御ということですか」
 攻撃を受け止め、その力を防御力に還元しているようにも見えた。
 連射されて浴びせるような光弾の全てを、理子は踏み留まって受け止め、やがて巨人は撃ち尽くし、歩みが走りに変わる。
「魔力切れ?」
 理子はふっと笑った。
 拳を握った巨人が、猛然と攻めて来る。
「無駄よ!」
 理子はゴーレムの掌を向けた。
 盾でなくてもいいのだと、もう解っていた。
 そこに生まれた障壁に、巨人の拳が激突する。
 ドシン、と空気が振動した。
「盾が無いのに、障壁が!?」
 目を見開き、唯斗が呟いた。
 盾は、障壁を具現化させやすくする為の補助に過ぎなかったのだろう。
 無くても、障壁を作り出すことはできるのだ。
 力が拮抗する。
 至近距離にあっても、ゴーレムが武器を取って応戦することはなく、巨人は微かに目を細めた。
「ラウル」
 口の中で、呟く。
「賭けは、お前の勝ちだ」
 す、と巨人はゴーレムから退く。
 その手足が撃ち抜かれた。
 ローザマリアの機体による狙撃だ。
 がく、と体勢を崩す巨人の懐に、エナジーバーストのフルスロットルで、体当たりにも等しく、一気に真人の機体が飛び込む。
 目は反応していたが、巨人は身構える余裕もなく、それを迎えた。
「とったわ!」
 セルファが、渾身の力を込める。
 突進しながらの、ビームサーベルの一撃。
 それは巨人の腹部を貫いた。


 ――絶対なる盾と、絶対なる剣。
 絶対に護らねばならないものを背にした時、人はどちらを選ぶのか。

 もしも片方の手に、既に剣を持っていたならば。


 巨人は、腹部を押さえながら前方に屈む。
 一撃離脱で、真人の機体は、ビームサーベルで斬り払いながら、既に巨人から離れていたが、代わりにローザマリアの機体が、もう一撃とばかりに突撃した。
「とどめよ!」
 ワープ移動で現れた機体を見据えつつも、巨人は動かない。
「ちょっと待って!」
 動いたのは、理子のゴーレムだった。
 盾が、ローザマリアの大型ブレードを受け止める。
「えっ!?」
 ローザマリアは驚いたが、巨人も唖然とした。
 がく、と膝を付きながら、ゴーレムを睨みつける。
「何のつもりだ……」
 理子は、ゴーレムの胸部を開いて身を乗り出した。
「女王が、もうやめてって言ってるのよ! もういいわ。ここまでにして。
 あなたももう、どうせ戦うつもり無いんでしょ!」
 言われて、ゴーレムは息を吐く。そして、そのまま倒れた。


◇ ◇ ◇


「…………終わった、です?」
 横たわる巨人の頭付近に、とぼとぼとヴァーナーが歩み寄った。
 巨人の兜は遠くに転がって、銀色の髪が陽を弾いている。
「……そうだな」
と巨人は苦笑した。
「終わりだ」
「じゃあ、これからお友達になれるです?」
「まだ言ってるのか?」
 巨人は苦笑する。
「物好きだな」
「……おじちゃんは、死ぬつもりでしたか?」
「そうだな。どうせ死に行く種族なら、最後に派手にやらせて貰うのも一興か、とは思ったな」
 訊ねたことに、巨人は否定しなかった。
 やっぱり、と、ヴァーナーは哀しくなる。
「そんなのはダメです。もうお友達です。一人じゃないです。
 探せばまだ、仲間の巨人さんもいるかもしれないです」
 ひた、とヴァーナーは巨人の髪に、額を寄せる。ふ、と巨人は目を伏せた。


 その周囲が、俄かに慌ただしくなった。
 駆け寄った医療班の一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)が、負傷した巨人の治療に回る。
 勿論医療班は、対巨人戦闘、対鏖殺寺院戦闘で負傷したシャンバラ兵を救護する目的のもので、巨人の治療は意外ではあったが、敵の捕虜を治療することは、そう珍しいことではない。
 アリーセは巨人の傷を見、顔色を見た。
「酷い傷ですね。死ぬほどではないようですが」
 顔を上げ、ヴァーナーもそれを手伝った。
 巨人は渋い顔をしたが、抵抗はしない。
 既に捕虜となった身に、逆らう権限はないと察しているのだろう。


「問いたいことがある」
 呀雷號が巨人に向かい、彼は顔を向けた。
「今迄、一人で生きてきたのか? これからもそうするつもりなのか?」
「これから?」
 くっ、と巨人は笑った。
「お前達は、女王殺しの大罪人を、生かしておくつもりなのか」
「まあ、未遂よね」
と、理子が酒森陽一らの護衛と共に現れる。
「シャンバラ代王、高根沢理子よ。
 首謀格は、ラウル・オリヴィエなのね? とりあえずあなたからも話を聞きたいところだわ」
「話すことはない」
 巨人は顔を逸らす。
「訊きたいことは、ラウルに訊け。答えるつもりがあることは答えるだろう」
「義理立てしてるの?」
「違うな。私には理由が無いだけだ」
「じゃ、ひとつだけ」
 理子の言葉に、巨人は再び目を向ける。
「ガイメレフ、って言うんだって? このゴーレム。どういう意味か知りたいの」
「……」
 巨人は身を起こした。
「まだ起きない方が」
というアリーセの言葉は無視する。
「我が一族の言葉で、『完璧な盾』という意味だ」



「なあなあ」
と、ヴァーナー達と共に巨人の治療を続けるアリーセに、パートナーの剣の花嫁、久我グスタフが声を掛けた。
「このままアイツを逮捕するとして、収容できる施設なんて存在するのか?
 近年稀に見る凶悪犯、てヤツになると思うんだが、広さと強度を兼ね揃えたところなんてさー。
 食い物とかどうすんだ? 囚人服とか用意するのか?」
「きょーあくはんじゃないです!」
 ヴァーナーが反論を返し、アリーセは完全無視しているが、グスタフははっと思い出して手を打つ。
「演習場の弁償の件もあるじゃねーか!
 せめてイコンの修繕費用くらいはせしめたいが……何か金目の物は持ってんのかな。
 見たとこ、いかにも体ひとつって感じだが……」
「本人に言ったらどうですか」
 深い溜め息をひとつ吐いて、アリーセは言った。
「目の前にいるんですから」
「え、でもよ……」
 グスタフは、途端に口篭って尻込みする。
 アリーセの指示に再び横になった巨人は、じっと上空を見たまま動かない。
 話し掛けずらかったので、わざわざアリーセに声を掛けたのだ。
「金の請求なら、ラウルにしろ」
 目を合わせないまま、巨人が口を開いた。流石に聞いていたのだろう。
「しかし」
 そう答えたのは、アリーセだ。
「あの人は、雇い人の給料を滞納するほど窮していると聞きますが」
「……それは、からかっているだけだろう。
 私は、あの男が金に困っているのを見たことがない」
 アリーセとグスタフは、顔を見合わせた。


 歩み寄るに気付いて、巨人は、お前か、と呟いた。
「……これは、どちらの勝利になるのです?」
 さあな、と巨人は言う。
「好きにしろ」
「では……、私の望みを、言います」
 昴は、横たわって尚、頭上にある巨人を見上げた。
「もう一度……。
 今度は、本当の全力で、……一対一で……色々な事情は、抜きで、また、剣を、交えましょう」
 ふ、と巨人は笑った。
「お前達は、本当に……」
「……あなたの望みは、ありますか?」
「?」
「決着は……、ついていません」
 そう言った昴に、巨人は少し考える。
「お前の、名は?」
 目を見開き、昴は答えた。
「昴……です。九十九、昴」
「昴」
 巨人は呟く。
「憶えておこう……」