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あの頃の君の物語

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『Sakua』を置いて〜師王 アスカ〜

 芸術の世界は男女関係ないはずであるが、女性の画家というのはあまり数が多くない。
 有名芸能人などが絵を描く場合はあるが、それとは違う芸術畑から出てくる画家は多くない。
 師王 アスカ(しおう・あすか)はそんな芸術畑寄りの出身であるのだが……。
「売り方は一緒なんだけどねぇ」
 アスカは自分のそばに積み上げられた雑誌を興味なさそうにつまんだ。
 そこにはアスカの写真や特集の文字が並んでいた。
「いいじゃないか、お前の写真はどっかのアイドルみたいに画像処理ソフトの素晴らしい技術で美人にしてるわけでもないし」
 アスカのマネージャーラグナ・G・ホークマンがそう笑う。
「お前の絵だって、こうやって特集を組まれるだけの価値がある。そうだろう?」
「まぁ、そう言ってくれるのはありがたいんだけどねぇ」
 いまいち気乗りしなさそうな顔でアスカは適当な雑誌を手にした。
 『あの人気美少女画家の出生に秘密が!?』
 いかにもなタイトルが踊る雑誌の中には、孤児のアスカが学校に行かずに独学で絵を学んだという彼女の人生が書かれていた。
 多少の誇張はあるが基本的には間違っていない。
「いやぁ、こういうネタはどこも食いつくね〜」
 アスカの見ている雑誌を覗きながら、ラグナはニヤッとした。
「この間も人生バラエティとかいう番組が二時間の特番組んでくれたし。あの後やったイベントじゃ、お前の絵がバンバン売れたんだぜ」
「そう」
 興味の薄い反応だったが、ラグナは気にしなかった。
「お前は変なプライドとか無くていいぜ。そんな売り方イヤだの、本当の私を見て欲しいだの、つまらないことを言うアイドルもいるからな〜」
 すでに30代後半のラグナは様々な所のマネージャーを経験していた。
 女優だったり、アイドルだったり、芸人だったり。
 時には事務所付きのマネージャーとして複数の芸能人の面倒を見たり、アイドルグループの面倒を見ることもあった。
 その分、経験豊富であり、マネージャーとしての腕も磨かれていて、現在の彼は敏腕マネージャーとなっていた。
「馬鹿げた話だよな〜。ファンや客は親じゃないんだからよ。本当の私を見て欲しいなんて言ったって仕方ないのによ」
「そうねぇ」
「だいたい本当の私なんて自分自身ですら分かっているのかもアヤシイもんだろ」
 ラグナの言葉に、アスカは小さく笑った。
 このちょい悪系だけど、造形の整った顔をした敏腕マネージャーは、時折面白いことを言う。
 口は悪いが、信頼できるこの男に、アスカは自分の売り方を任せていた。
「ま、私は『あれ』が欲しいだけだから、後のことは任せるわ」
「おう、任せろ」
 口の端をつり上げて、ラグナは笑った。
「アスカ、お前の絵には素晴らしい可能性がある。その素晴らしさは日の当たるところに出して、たくさんの人に見てもらわなきゃ意味がないんだ。もっと光の当たる場所に連れて行ってやる」
 無造作に束ねた髪をはらいながら、頼もしい笑顔を見せるラグナ。
 アスカは小さく笑い返した。
 

 ラグナと後援してくれた会社のおかげで、アスカはラグナの言っていた『もっと光の当たる場所』に出ることが出来た。
 もちろん、アスカの画家としての力も大きい。
 芸術家『Sakua』は大いに広がり、今日はパーティまで開かれていた。
 そのパーティ会場に赤いドレスを着込んだ銀髪の女性がいた。
 スタイル抜群の巨乳の女性に、パーティに来ていた男性たちの視線は降り注がれたが、その女性は他の方を向いていた。
「アスカ……」
 銀色の瞳には様々な人に挨拶するアスカの姿が映っていた。
 あれからどれくらい経っただろう。
 スーワン教会のシスター・サーシャにアスカを預けたあの日から……。
「立派に……なったね」
 来賓に挨拶をしていたアスカは、何か声が聞こえた気がして、横を見た。
 しかし、その時にはすでにオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)はその会場から消えていた。


「ついに、これが……」
 今日のパーティで手に入れたものを、アスカは感慨深げに見た。
「おう、アスカ。今日はお疲れ。……なんだそれ?」
 アスカの見ていた物を、ラグナが指さす。
「『小型結界機』よぉ。これでパラミタに入れるの」
「パラミタ? あそこなら新幹線で行けるだろ、空京って所に」
「空京だけでしょ? そうじゃなくて、もっと先に入りたいの」
「本当かよ。やめとけやめとけ、その装置が本物かも分からないんだぜ。そんなものでうちの売れっ子画家に怪我されちゃたまらねえよ」
 ラグナはそう言いながら、パラパラっと手帳をめくった。
 敏腕マネージャーは様々な端末が出ている現在でも、この昔ながらの紙の手帳を使っていた。
「それよか、次のスケジュール決めようぜ。しばらくパーティやイベント続きだったから、もし、ゆっくり絵が描きたいなら手配して……」
「それなんだけど、私、パラミタに行くから」
「分かったよ。しばらく旅行に行きたいってなら……」
「旅行じゃないわ。パラミタにずっと行くつもりよ」
「え……」
 アスカの言葉の意味に気付き、ラグナは持っていたペンを落としかけた。
 そして、目を三角にして、アスカに詰め寄った。
「あんな訳の分からないところで暮らすってのか? どうしたんだよ、アスカ。おかしくなっちまったのか? 俺様は反対だからな!」
「そう言わないでよ。もうパラミタに行くって決めたんだからぁ……」
「なんでだよ。今までのこと、どうするんだよ」
「地球の私……芸術家『Sakua』はここに置いていきたいの。パラミタでは新たな名前で出発するわ」
 ニコッと笑うアスカの笑顔があまりに鮮やかすぎて、ラグナはそれ以上何も言えなくなった。
 整った顔にかかった前髪を払い、ラグナは深い溜息をついた。
「……上には俺様から話しておいてやるよ」
 ラグナはドアに向かって歩き、部屋を出て行くときに一回だけ足を止めて言った。
「俺ぁ、お前の絵が、好きだったんだぜ」
 寂しげな彼の背中にアスカは感謝の言葉を送った。
「ありがとう、ラグナ」
 3年分の、感謝を込めて。


 パラミタに渡ることにしたアスカは、この時、今の名前を付けた。
「よし、『師王アスカ』にしよう」
 候補にあげた名字を1つ1つ消しながら、アスカは自分の名字を決定した。
「うんうん、東洋風でいいじゃない」
 楽しそうなアスカの耳に電車のアナウンスの声が聞こえる。
 アスカの新しい生活がこれから始まるのだ。