天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

あの頃の君の物語

リアクション公開中!

あの頃の君の物語
あの頃の君の物語 あの頃の君の物語 あの頃の君の物語 あの頃の君の物語

リアクション



初めてのエプロンドレス〜神代 明日香〜

 とんがり帽子に黒いマントを付け、手には杖を持った大魔法使い。
 白いウェディングドレスにヴェール、手にはブーケを持った花嫁さん。
 神代 明日香(かみしろ・あすか)はそれを見比べて、う〜んと悩んだ。
「どちらもステキです〜」
「あらあら、明日香はお洋服の本が好きねぇ」
 後ろから声をかけてきたのは明日香の母だった。
 茶色の柔らかな髪と黒い瞳。
 明日香によく似た外見をした、優しい母だ。
「女の子だものね、そういうのに興味があるわよね」
 ニコッと笑う母の手に、カゴがあることに気付く。
「お母さま、それ、お洗濯?」
「そうよ〜。今日はお天気がいいから、これからシーツを干すの」
「手伝います〜」
 ニコニコと立ち上がり、明日香が母に付いていこうとする。
 しかし、シーツを干そうとしてみるものの、明日香のちっちゃな体では、シーツを持つのが難しく、あやうく転がりそうになる。
「ふふ、明日香ちゃまにはこちらをお願いします」
 その様子を見ていたお手伝いさんが、明日香に小さな靴下などの洗濯物を渡した。
 すると、明日香はニコッと笑って、それを受け取った。
「はい、がんばりますぅ」
 明日香がちっちゃなお手々でお洗濯干しをする。
 任された仕事を一生懸命する明日香を、母もお手伝いさんも温かい目で笑顔で見守った。


 お手伝いをしたり、お家で本を読んだりという時以外は、明日香は山で魔法の修行をしていた。
 修行といっても、山を走り回るのがメインだ。
 代々魔法使いの家系であり、父も魔法使いだったが、父は明日香が山で遊ぶのを自由にさせていた。
「小さい頃に自然に触れることは、後に魔法使いになるのに良い経験になる」
 どういうことが良い経験なのか、父は詳しくは言わなかったが
「その年だから得られる物がある」
 という意見だった。
 そのため、明日香の少々のおてんばも許していた。
「こんにちは〜リスさん」
 木に登って、明日香がリスにあいさつをする。
 すると、リスが近づいてきて、明日香の肩に乗った。
「あはは、くすぐった〜い!」
 他にもちょっとだけ洞窟を覗いたりもした。
 1人で中に入ってはいけないよ、危ないよ、と言われていたので、明日香はちょっと中を見るだけだったが、その時には父に教えてもらった明かりの作成魔法で、明かりを作って洞窟の中を照らした。
 その頃、明日香に使えたのは簡単な魔法だけだった。
 ヨーロッパのように魔術結社が活発な地でもないし、パラミタの人と契約する前だったから、ごく小さなものだったけれど、それでも明日香は幼児の頃からすでに才能の片鱗を見せていた。
 山を走ったときに転べば、自分で治療の促進をし、媒体があれば火を起こしたり、氷を張ったりも出来た。
 わたげが遠くに飛べますようにと願ってそよ風を起こしながら、明日香は肩に乗ったリスさんに言った。
「いつか風を起こして、自分がその風に乗って飛べるくらいになれたらいいですね〜」


 明日香はお掃除もお洗濯も好きだったが、お料理も好きだった。
「私もやります〜」
 母がお料理をしていると、明日香はそうせがんだ。
「それじゃ、明日香に混ぜてもらおうかしら。はい、これしてね」
 泡立て器と一緒に、母がエプロンを渡した。
 しかし、明日香の表情が曇る。
「どうしたの、明日香?」
「もっと可愛いのがいいです〜」
 ちょっと頬を膨らませる姿が可愛らしい。
「でも、明日香ちゃま、お料理は汚れますので、やはり実用的なエプロンでないと……」
 お手伝いさんの言葉に、明日香は困ってしまった。
 その言葉は正しいのだと思うし、エプロンはお洋服を汚さないための物なのだから、実用的なものになるのは分かるのだけど、だけど……。
「ふふ、それじゃ、明日香、こうしましょう」
 明日香の母がこう提案した。
「明日香がお洋服を汚さないくらい、上手にお料理が出来るようになったら、かわいいエプロンを買いましょう。それまでは実用的なエプロンで。それでいい?」
「わかりました。がんばります〜」
 母の提案を受けて、明日香はそれからより一層、お手伝いに励むようになった。
 小さい子なので、最初は本当にお手伝いレベルであったけれど、段々と、出来ることが増えていった。
 最初は靴下とか小さな物だけだったお洗濯もお洋服などの大きな物も干せるようになった。
 お掃除も小さなごみを拾うくらいだったのが、ほうきを上手に使えるようになり、小さな掃除機なら振り回されずにかけられるようになった。
 お裁縫もボタン付けくらいなら出来るようになり。
 なにより成長したのはお料理だった。
 最初は洗い物をするのさえ、お手伝いさんがドキドキして見守っていたのに、お野菜を切ったり、シチューを作ったりが出来るようになった。
「お母さま、お母さま、この味でいいですか〜?」
 明日香が差し出した小皿を受け取り、母が味見をする。
 そして、にっこりと笑ってくれた。
「おいしいわ、明日香」
 その笑顔に明日香はうれしくなった。
 そして、10歳のお誕生日の日。
 母からエプロンの付いた可愛いお洋服をプレゼントされた。
 水色のワンピースに付けられた白いフリルのエプロン。
 それを見て、明日香は目を輝かせた。
「とっても可愛いです〜」
「明日香ちゃま、着てみてくださいな」
 お手伝いさんの言葉に頷いて、明日香はそれを着てみた。
 エプロンドレスはまるで明日香のために作られたかのように、明日香にとてもよく似合っていた。
 くるっと回って見せる明日香に母もお手伝いさんもとてもうれしそうに笑った。
「似合うわ〜明日香」
「最高です、明日香ちゃま」
 褒められて、明日香は照れ笑いを浮かべた。
 でも、自分でもよく似合うなと思っていた。
 明日香はエプロンドレスを気に入り、それからはいつもエプロンドレスをするようになった。
 そして、もう1つ。
 10歳の誕生日にお手伝いさんがくれたリボンがあった。
 小さい頃からリボンを付けていた明日香だったが、10歳の時には背中に届くくらいまでの長さになっていて、それに似合う大きめのリボンをくれたのだ。
「よし、今日もがんばるのです〜」
 明日香はエプロンドレスを着て、リボンを付けて、今日も家事をがんばることにした。