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海の都で逢いましょう

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海の都で逢いましょう
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●海の大蛇(1)

 少しは船の操縦手伝ったらどうだ、と翠門 静玖(みかな・しずひさ)は声を荒げた。
「オッサンに言ってんだよ!」
 すると、それまでずっと奥の席に腰掛け天御柱学院通信……略して『天通』を読んでいた風羽 斐(かざはね・あやる)が顔を上げたのだった。
「ああ、俺に言っていたのか。気がつかなかった」
「気がつけよ! いつまでも俺に重労働させんじゃねえよ。ぶっちゃけた話、暑いんだよ、ここ!」
 彼らが乗るのは小型高速艇、外は夏日の暑さだが、船室内はエアコンが効いて涼しい。ところが船を操縦する船首は船室の外、陽差しがまともに当たることもあり、ひどく暑くて眩しいのである。
「労働なら俺もやったじゃないか。目撃者の漁師から情報を得て……今だってこうやって、天通を熟読して情報を整理している。天通は嘘偽りはなくとも大げさということだ。内容からインパクトを出すために『体長』か『姿形』が脚色されている可能性があると俺は考えている。目撃情報とつきあわせてみても、例の怪物の全長が100メートルというのは誤報だろう。大きくてせいぜい30メートルほどのものじゃないかな」
 名推理だろう? というように口元に笑みを浮かべる斐を見ても、一向に静玖は心和まないのである。
「楽な仕事ばっかりじゃないか!」
「そうは言ってもな」
 と斐は、やや大げさなポージングで額に手を当てて言った。
「海京経済の一大事というわけで調査に駆り出されたが、この通り、俺は体力のない一研究者だ。労働力を期待されても困る」
 なおも食い下がろうとする静玖に、この船第三の搭乗者、すなわち朱桜 雨泉(すおう・めい)がおずおずと切り出した。
「あの、お兄様……でしたら、わたしが替わりますが……?」
 するとたちまち静玖は表情を一変させた。優しい笑みで言う。
「いいっていいって、メイをこんな日焼けさせるような場所にいさせるわけにはいかない。いざ戦うときには助太刀頼むけど、操縦くらい任せてくれ」
「なんだ静玖、妹には優しいんだな。父にも優しくしてほしいぞ」
「オッサンはオッサンなんだから優しくする必要ない!」
「なんと、か弱い父に向かって……」
 よよ、と嘘泣きする斐に、苦々しく静玖は告げるのである。
「ああもう、オッサンが体力ないのは分かってるっつーの! その気持ち悪い嘘泣きはやめて黙っててくれ。操縦は俺が全部やるから」
「お兄様、いいんですか?」
「では頼む」
 妹と父の反応がまるで正反対なので、やっぱり静玖は苦い顔をした。
 だが親子団らん(?)はここまでのようだ。このとき、三人の頭の中に低い声が進入してきたのだ。
 声はコリマ校長のものだった。詠唱するように彼は告げたのだ――怪物の出現を。

 高速艇のアクセルを全開にすると、船体は派手にバウンドした。白くて青い水飛沫が窓を洗う。
「来た来た! 海の怪物シーサーペント! 和希君たちが遭遇したらしいね!」
 わくわくを声にも表情にも出して、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は息を弾ませている。
「正確な情報は未達か……。パラミタから落ちてきた巨獣だとすれば厄介だな」
 一方で彼女のパートナー、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は冷静だ。
「ボクもロイヤルガードの一員として天学&海京の人達のため一肌脱いじゃうよ。漁師の人達も漁が出来なくて困ってるみたいだから、怪物をなんとかしないとね!」
「なんだもっともらしいことを言うのだな」
 ジュレールはカレンを見上げて言った。
「どうせここには我とカレンしかおらん。本音で話せ」
「あ、気づいてた?」
「言うまでもないわ」
 てへへ、というように舌を出してカレンは笑った。その手には天通の最新号が握られている。赤いペンでぐりぐりと記事を囲っているがどうやらそれが、『シーサーペント』関連の記事であるようだ。
「もっともボクは、そのとてつもなくでっかい蛇みたいな怪物そのものにも興味あるんだよね〜。ちょこっとでもそのお肉を頂いて食してみたいかなぁ、と……ウミヘビって普通に食されてるみたいだけど、そんなでっかいレアなウミヘビを食べた事ある人なんてそうはいないでしょ?」
「知識欲なのか食欲なのかはっきりせい」
「両方! と言いたいけど強いて言えば知識欲かな? そういう未知の領域に真っ先に踏み込むのが、ボクのモットーだからね。いや〜、ワクワクするよ」
「まったく無茶を言いおる……まあ、いつも通りではあるが」
 やれやれ、といった様子で呟くと、ジュレールは唇を閉じてレールガンを担ぎ直した。
「想像よりは小さいな」
 ぱっ、と水中から怪物が身を躍らすのが見えたのである。
「船を近づけるぞ」
 黒い蛇、正確には海蛇というべきか。
 巨大な海蛇がそこにいた。海に浮かび全貌を見せている。
 禍々しい印象だ。黒い体はぬめぬめと光って、エラのようなものが両側についていた。凶暴そうにのたくっている姿も威圧的である。だが、天通が告げる情報に比べるとずっと小ぶりだ。
「……全長20メートルといったところか。さて、我のレールガンが効くかどうか」
 言いながらもう、カレンは船の屋根によじのぼって、右膝を付き左膝を立てた状態で構えている。
 だが先に行動したのはカレンだった。すでに交戦開始している和希たちに大声で、
「みんな〜! 加勢に来たよー!」
 と、操舵している場所から叫ぶなり手にしたスタッフを振り下ろした。
 カレンが呼びしは天の雷(いかずち)、晴天の一角がにわかに曇って、そこから鞭のように雷光が落ちてきた。雷撃は蛇の頭を確かに捉えた。しかし、
「効いてない!?」
 カレンは怪訝な顔をする。確かに命中したはずだ。それなのに怪物は身を強張らせることすらない。雷光は黒くてぬめぬめしたものの表面を撫でただけで消滅してしまった。
「ただものじゃなさそうだね」
 などと感心するそのカレンの語尾が跳ね上がった。怪物は信じられないほど敏捷に、その尾で味方勢の水上オートバイを叩いて転覆させてしまったのだ。
「迅い……!」
 オートバイにいた秋穂は海に投げ出されてしまった。無論、同乗のジョージとて同様だ。