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命の日、愛の歌

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命の日、愛の歌
命の日、愛の歌 命の日、愛の歌 命の日、愛の歌

リアクション


○     ○     ○


 晴海、そして瑠奈とティリアも歌を披露する中。
 彼女達を誘った刀真は、ルシンダ・マクニースの傍にいた。
「お肉に卵、果物もとても美味しい。新鮮だからですね」
 ルシンダは、パテに加工されたフォアグラや、卵や、チーズを丸いパンに乗せて食べていた。
 ナプキンや食器の使い方も上手く、上品な食べ方であり、エリュシオンの食事に慣れているようだった。
 自分の名前は忘れてしまっていたようだが、言葉を喋ることや、身体が覚えていることは自然に行えている。
「ええ、とても美味しいですね」
 刀真も料理を口にしてはいたが、実際は味は分かっていなかった。
 何か良くないことが起きる可能性を考えて、警戒をしていたから。
 先ほどの襲撃にも気づいてはいたが、他に警戒に当たっている者が多かった為、刀真自身は、ルシンダの護衛に努めていた。
「大丈夫ですよ」
 突然、ルシンダが手を止めて、刀真に微笑みかけてきた。
「私は、あなたのことをよく覚えていないのですが……。あなたが、私を今、護ろうとしてくださっていることは、感じています。一応、神と呼ばれる者ですので」
「はい。俺は君と約束をしたはずです。俺も覚えてないんですけれど……」
 自分の記憶を消した相手。
 それは、ルシンダの主治医の男と思われる。
 友人の円からも話を聞いていた。
「ルシンダさんは今、どのような治療を受けているんですか? 何か思い出せそうですか?」
「この村で、休ませていただいています。私、薄々気づいていることがあるんです」
 ルシンダは少し寂しそうな目をして、小声で刀真に言う。
「私は――多分、表に出てはいけない、んです。私の記憶が戻ると誰かにとって……いえ、自分にとって都合が悪いんです。些細な事でも、過去の事を思いだそうとすると、胸が苦しくなります。私は、忘れていたいんです。でも……」
 微笑みを見せて、彼女は言葉を続ける。
「あなたのこと、覚えていないのに、お話ししているととても安らぐんです。多分、私はあなたを信頼していました。だから、このことを話しました」
 ルシンダ・マクニースは、帝国とシャンバラの関係に亀裂を呼びかねない失敗を犯している。
 彼女は幽閉――最悪、口封じをされてもおかしくはない存在だった。
 だが、彼女の罪は、彼女が呪縛から逃れ、記憶を失ったことで不問となった。
 シャンバラは、両国の関係の為にこの件についてこれ以上の追及は行わないと、エリュシオンと密約を結んでいる。
 エリュシオンでそっと幽閉されるはずだった彼女だが、多少なりとも事件に関わりがあるとして、レスト・フレグアムが身柄の保護を申し出て、認められ。
 レストは彼女に、都市から離れた場所にある、自分の新居の管理という仕事を与えた。
 そうして、ルシンダを護っている。
 それは一連の事件に関わった要人しか知らない事実であり、ルシンダにも話されることはない。
 だが彼女は、薄々感じとってはいた。
「俺は君に信頼してもらえるようなことは、していません。けど、そんな風に見てくれていたのなら、そうありたいとは、思う」
 刀真も軽く、ルシンダに笑みを見せた。
 記憶を消す能力を持つ、主治医。
 彼女の監視でもあるのだろう。
 その能力が失われない限り、そして、彼女自身が逆らわなければ、彼女はここで、守られ続けるだろう。

○     ○     ○


「あははは、ぜすたん!」
「お、リンチャン、どこいってたんだ?」
 笑いながら、リン・リーファ(りん・りーふぁ)が、ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)の元に駆けてくる。
「ふふふ、ぜすたん見つけるのに、時間かかっちゃった。その恰好……センセーみたい!」
 髪は自然なままで、紺色のスーツに身を包み、黒縁伊達眼鏡をしているゼスタは、別人のようだった。
「みたいじゃなくて、先生だってば。てゆーか、リンチャンが勧めてくれた服だろ、これ」
「そーなんだけどね、意外と似合う〜。でも、あんまり真剣な目しない方がいいかも」
 似合ってはいるのだが、少し気にかかることもあった。
 彼が、時折……なんだか怖い目で、レスト達やルシンダを見ていることが。
 なんだか別人のように見えてしまい、リンは彼であることにしばらく気づかなかったのだ。
「ちょっとヤクザみたいだとも思った!」
「そっか、可愛い女の子が側にいないとついなー。ハンターになっちまう」
「ふーん」
 と、リンがゼスタをじっと見つめると、ゼスタは彼女の手を引いて、自分の隣に引き寄せた。
「リンチャンの格好は、華やかで可愛い。お持ち帰りしてもいい?」
 そんなことを言いながら、ゼスタはテーブルの上のさくらんぼをとって、リンの口に入れる。
「いいよー。おおっ、さくらんぼ美味しい〜! ぜすたんにはこれね。甘いんだって」
 リンは貰ってきたブルーベリーケーキをゼスタに渡した。
 すぐに、彼は美味しそうにケーキを食べ始める。
 そんな彼を眺めたり、メインテーブルの2人を見ながら、リンはにこにこ笑みを浮かべている。
「御堂さんのことは、人づてに聞いたことしかないけど……。寄り添える相手ができたなら良いことだよね。本心はその子にしかわかんないけど」
「そうだなー」
 ゼスタの返事には、あまり感情が籠ってない。
「頼る相手もいないはずだった異国で、神さまが、たぶんいちばん親身になってくれたんじゃないかなあ。だったら好きになっちゃうかも?」
 そう笑うと。
「それなら、タシガンに来るかリンチャン。俺しか頼る相手がいなけりゃ……って、リンチャンはタシガンに友達沢山いるか」
 くすくす、笑い合った後。
「ね、ぜすたん――」
 リンはゼスタの手を取って……突如真剣な表情で言い始める。
「健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、愛し、敬い、慰め、助け、命ある限り、真心を尽くすことを誓います」
 突然の言葉に、ゼスタは何の反応も示さない。
「何処かで見た、結婚式での誓いの言葉。これって、契約者がパートナーと交わす言葉にに聞こえるね」
 そうリンが言うと。
「俺とはパートナー契約は結べないぜ」
「うん、知ってるよ」
「だったら何で、真剣な顔で、そう言うことを言うんだ」
「どんな顔をするかなって思ったから……ぜすたん、真剣に聞いてくれたね」
「悪戯か。そういうのは、ちゃんと悪戯だとわかる言い方で言えよな」
 苦笑しながら、ゼスタがリンの頭をぽんと叩いた。
「悪戯、じゃないよ」
 そして、もう一度リンは言う。
「……真心を尽くすことを、誓います」
 リンの言葉と、彼女のまっすぐな目に、ゼスタは軽く眉を顰める。
「わかんねー……。だって、お前の体はパートナーのものなんだろ?」
「うん、あたしは五千年前に一度死んで、みゆうと契約して今生きてるから」
 リンは死ぬ前のことをよく覚えてはいない。
 だから、パートナーの関谷 未憂(せきや・みゆう)のことを何か良くないことに巻き込んでしまっている可能性もあると、心の底では思っていた。
「じゃあさ、リン・リーファーが丸ごと手に入るのは、パートナーとの契約が消えてからってわけ?」
「え……?」
 魔女であるリンは、地球人の未憂より長生きするはずだ。
 吸血鬼であるゼスタ、も。パートナーより長く生きるはずだ。
「それまで焦らされ続けるのか、俺は〜。腹減った」
 大きく息をついた後、ゼスタはいつものにやりとした笑みを浮かべた。

 余興後の、デザートが振る舞われる中、主役の2人に祝辞を述べた後。
 如月 和馬(きさらぎ・かずま)は隅の席に戻り、薄い笑みを浮かべながら2人を眺めていた。
 レストとは月へ向かった際に、一言挨拶を交わしただけの仲ではあるが、和馬は恐竜騎士団の中隊長として、関係を深めておくのも悪くないと思い、訪れていた。
 この繋がりがいつか、何かの役に立つかもしれない。
 帝国の龍騎士団では団長クラスの多くが先の戦いで死亡しており、第七騎士団が最大勢力になるのも時間の問題だと和馬は予想している。
 レストの将来性を見越しても、繋がりを持っておくのは重要だ。
 また、和馬はこの婚約を別の意味で面白いと感じていた。
 シャンバラ政府が何故、御堂晴海をすんなり帝国に引き渡したのか――。
 和馬ならば、晴海を洗脳してから、引き渡しスパイをさせるだろう。
 だから、彼女がそういった状態だろうと見ていた。
 この2人の婚約、そして結婚は、今後騒乱の種になるだろう、と。
 混乱こそが、和馬の最も望むものである。
「これで種は撒かれた」
 彼は、2人の発言を決して漏らすことなく、様子を注意深く観察していた。
 一度大切な人を失っているレフトなら操りやすいだろう。
 2人目のパートナーをレストは失うわけにはいかないはずだ。
 彼が団長でいられる理由に、契約者であるから、という理由があるらしいから。

 そんな和馬の近くに、もう一人、大荒野から訪れた者がいた。
 白い制服――白長ラン姿で出席しているのは、国頭 武尊(くにがみ・たける)だ。
 武具は勿論、携帯電話まで預け、手土産の小型結界装置を複数持って訪れ。
 昨日の村の探索でも、ただ、歩き回って観光しただけの、全く目立たないごく普通の行動しかしていなかった。
 まるで優良契約者だ。
「結婚式はどうも、教会の結婚式みたいな感じのようだな。料理も、ローマ風?」
 武尊は、和馬とは違い、純粋に披露宴を観察していた。
「帝国だからっていうより、龍騎士団の団長のパーティだからか? 大荒野じゃ見かけないものばっかりだ。いや、ヴァイシャリーでは結構似たようなの見かけるか……。こういう料理にも慣れておかないとな」
 言いながら、武尊はフォークでぶっさして一口で食べられそうな鶏肉を、ナイフでぎこぎこ切って上品な振りをして食べていく。
「ほ、ほら……もしかしたら数年内にオレも……こういう事をするかもしれないからさ」
 ちらちらレストと晴海を見ながら、武尊は思う。
「やっぱさ、色々と参考にしたい訳だよ」
「こういうことって、結婚の予定あるのか?」
 和馬が武尊の独り言に、反応を示した。
「う……いや、ただ、社会的地位とかで考えると釣り合いがとれないんだよな。バイトはしてるけど、定職や安定した収入源を持ってる訳でもない。 常にそういう事が頭の片隅にあるから、どうしたって一歩引いちまうんだよなぁ」
 ハァ……と、武尊は大きくため息をついた。
「っと、祝いの席なんだから暗い顔せず楽しまないとな」
 しかし、すぐに元気になって、美味しい料理と、集まった人々の姿、幸せそうな2人の姿を堪能していく。
 いつか自分も……と思いながら。