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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

リアクション


・Chapter16


「宇宙での戦闘状況、どんな感じですか?」
 水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は管制室に入り、状況を確認した。整備科の一員として、戦闘データが記録されているか確認するためだ。
「α、β、γ、三方面とも敵の第一陣は無事に突破できてますね。問題は、衛星の前に陣取っているモスキートのようですが」
 管制室を統括しているロザリンド・セリナから、モニターの様子が伝えられる。帰投後に備えての整備器財の準備で時間を取られたのが悔やまれる。
(F.R.A.G.の隊長やアカデミーの二人の戦闘を見てみたかったですね。まあ、まだこれからも見れるでしょうが。
 というか、あの黒い機体、どう考えてもあの人ですよね?)
 装備からして正体を隠す気がないような気がしないでもないが、今はおいておこう。
(ヴィクター様、聞こえますか?)
 密かに、ヴィクターにテレパシーを送る。彼女はヴィクター・ウェストの助手だ。そのことを知る者はいないが。
(あア、聞こえル。どうダ、そちらの状況ハ?)
(ええ、順調です。シュヴァルツ・フリーゲIIもシュメッターリンクIIも、まるで相手になってませんね)
(だろうナ。所詮は寄せ集めダ。そんなものだろウ)
 初めから期待などしていない、そんなところだろうか。
(ヴィクター様、そろそろ私にも本当の目的教えてもらってよろしいでしょうか?)
(クク、話したはずだゾ、助手ヨ。初めから人工衛星も発射装置も、オレにとってはどうでもいいことだト。あくまで目当てはエドワードの論文だト)
(そうでしたね。ただ、ヴィクター様のことですから、それだけとは思えませんが……。それで、十人評議会の議長、エドワードが研究していたこととは何でしょうか?)
 彼が元フューチャー・エレクトロニクスのヘンリー・ロスチャイルドに託したという、研究論文。それが目的の一つだという。
(あの男は研究者ではなイ。論文は『二十世紀最後の天才』がエドワードに与えたものダ。もっとモ、あの男にとってそれは才能を開花させるきっかけでしかなかったがナ。しかモ、その論文を書いた本当の人物ハ、二十世紀最後の天才の孫娘だという話ダ。あの化物ガ。
 あア、論文の内容だったナ。完成された『万物の理論』ダ)
(万物の理論?)
(簡単にいえバ、宇宙の構造すらも証明した究極の理論ダ。使い方次第デ、神の如き存在になれる代物だヨ)
(それを手に入れてどうなさるおつもりですか?)
(さあナ。別二、神になろうなどとは思っていなイ、とだけは言っておこウ)
 ただ、それがどんなものか知っておきたい。彼にとってはそれだけなのだろう。
(そういえバ、ヴァイスとカスタムの方はどうなっていル)
(ええと……交戦中ですね)
(クク、そうカ。まア、見てるといイ。君のおかげデ、素晴らしいものができたのだからナ)
 そこに、雪姫とエザキが戻ってきた。
 扉の前で警備をしている鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)の後ろ姿が見える。万が一にもこの管制室に不審な人物が入らないようにしているのである。もっとも、そうしているのが敵のスパイだったりするわけだが。彼は中での会話の記録も担当している。
「おかえりなさい。やっぱりお二人とも、引っ張りだこのようですね」
「思っていたよりも皆しっかりしておるから、ワシとしても勉強になるわい」
 エザキは機嫌がよさそうだ。雪姫はいつも通りの無表情である。
「エザキ博士、先日雪姫さんにはお話しましたが、イコンに搭載するAIの研究をしようかと思ってまして、そのことについてご意見をお聞かせ頂ければなと思います。
 ……ジェファルコンというスペックの壁を前にして、なら別の方面……操縦系の強化からアプローチできないかな、と思いまして」
 なお、雪姫からはAI搭載のイコン自体は可能だという回答をもらっている。
「当面は拡張性に難があり、そもそも契約者とのリンクを重視したジェファルコンよりも、クルキアータや鹵獲した新型を使うことにして、天学生の戦闘記録を使った戦術パターンの育成ができないか、そのあたりについても参考意見を頂ければと思います」
 なお、このAIについての考えは、ヴィクターにも話したことがある。その時彼は、完全自律AIを自分で組むのは難しいから、別アプローチから考えてみる、みたいなことを言っていたが。
「ちなみに、雪姫さんからは、パイロットの安全を考慮した場合、AIが出撃自体を許可しない可能性を示唆されました。この危険度判断の部分に関してだけ、リミッターを設けるなりして機動の調整ができればいいのですが……」
「AI搭載自体は可能じゃな。戦闘記録を使った戦術パターンの育成も同様じゃ。じゃが、「パイロットがコックピットの中にいる状態』でのAI搭載は、今の技術じゃ難しいかもしれんのう。危険判断の部分だけのリミッターをかけると、そもそもAIが機能しなくなる。危険が分からなければ、パイロットを捨てていいか出撃を見合わせるかの判断もできなくなってしまうからのう」
 やはり、今の状態だと戦術判断を行うAIを搭載するのは難しいようだ。
「今、『パイロットがコックピットの中にいる状態では』と仰いましたね」
「いかにも。遠隔操作なら、AIはパイロットを気にすることなく戦術判断を下せる。細かい操作は人間が行い、思考判断が間に合わない場合はAIが自動対処する。要は、半無人機化じゃな」
 それを知った睡蓮は、密かにほくそ笑んだ。

* * *


「助手さんからは、何と?」
 ヴィクター・ウェストとともに「準備」を進めている東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は、彼に視線を送った。
「順調ダ、と言っていタ。必死になって衛星兵器の破壊に向かっていル。いい感じに戦闘データが集まりそうダ」
 久しぶりに招集がかかったかと思えば、「面白いものを見せてやル」とここまで連れてこられたのである。さすがに何もせずに教えてもらうのは失礼だと思い、こうして自ら赴いたのである。
「ヘンリー卿はいずこに行かれたのですか?」
「これが手に入った以上、用はなイ。契約者に遭遇しないよウ、この施設からの脱出を図っているだろウ」
 小物ではあるが、エドワードが認めた男だ。無事にここを脱すれば再起をかけることはできるだろう。ヴィクターはそれなりにはあの御曹司を評価しているようだった。
 彼は発射台の基部にある配線をいじり、そこに機晶石――イコンの動力炉に使われているものと同程度のものを繋いでいる。
「しかし、まさか……その論文でさえ、あなたにとっては些事でしかないとは。正直、同じように知識を探求する者としては驚きですよ」
「全てを知ってしまったラ、それ以上何も研究することなどできなイ。『完全』というのハ、虚しいだけダ。それでも君キミハ、神域に手を伸ばしたいというのカ?」
 彼の持つ論文には、この世界――全宇宙の「理」が記されているという。だが、それを理解できるかといえば別だ。
「エドワードモ、これを完全に理解することはできなかったのだろウ。だガ、一時的にとはいエ、評議会のシステムを作リ、陰から世界を掌握していたのは事実ダ。その程度の使い道にしかならなかったからこソ、手放したのだろうウ。あア、ヘンリーにはまるで理解できていなかったようだがナ」
 あっさりこれを渡して去ったのは、そういう理由だろう。
「それと、一つ気になったことがあるのですが、あの少年は何者ですか? 以前お会いした時は連れていなかったはずですが」
「キミハ、『総帥』を覚えているカ?」
「ええ、もちろんです」
「『総帥』の遺伝子コードハ、現在の人類とは大きく異なっていタ。それガ、あの驚異的なまでの力を生み出していたのだト、オレは考えてナ。『総帥』の因子を何人かの子供たちに組み込んダ。その一人ガ、彼ダ」
 ノヴァの遺伝子コードの一部が組み込まれた、新世代の子供たち。これまで彼が行ってきたクローン技術とはコンセプトが異なる、新たな試み。
「彼には準備ができたラ、契約者を素通しするように言いつけてあル」
「……来ますかね?」
「来るだろウ。オレを失望させるような、取るに足らない存在とは思えないからナ」