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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
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リアクション

 
 第9章

「さあ、今日も笑顔一杯な楽しい一日にしましょう!」
「…………」
 元々、そう高くはなかったアクアの気分が、この瞬間マイナス値になった。
 夜だというのに、特に照明的な物も持っていないのに、ルイ・フリード(るい・ふりーど)の笑顔の周囲だけが何故か明るい。後光という言葉すら当て嵌まりそうなそれを、アクアは見なかったことにした。気のせいには違いなく、だがそれは、確かに彼の持つ明るさでもある。
「しばらく忙しくて会えなかったので、アクアさん達に会うのはお久しぶりですね」
「……そうですね……実に、平和な日々でした」
 実感を込め、淡々とした口調でアクアは言う。隣から“がーん!”という効果音が聞こえたような気がしたが放っておくと、ルイは再び話し出した。いつも通りの陽気な口調だ。
「そうそう、アクアさんに会わなかった間、私、石像となって都市伝説になったりしたんですよ」
「…………。それは、おめでとうございます」
 おめでたいのかどうかは分からないが、とりあえず無感情にそう言っておく。
「巨大な猿と一緒に、温泉に浸かったりもしましたねえ」
「…………。それは、少し羨ましいですね」
 巨大な猿が凶暴でなければ、一緒に温泉に入るのもやぶさかではない。
 それから、ルイは一際大きな声を上げた。
「アクアさん達がどのような浴衣で来るのか会うまで楽しみだったんですよ! みなさん、実に素敵です!」
 その言葉に自分達も入っていると気付いたファーシーとピノが振り返った。
「そう? ありがとうルイさん!」
「ありがとう!」
「…………」
 食べ物片手に彼女達が礼を言う中、アクアは再び黙りこくる。ルイを一顧だにしないまま前を向いていたが、同時に先を促すような気配も感じ、彼は続けた。
「今日はセラ達に楽しんで貰おうと思って来たのですよ。お恥ずかしながら……以前1ヶ月も迷子になってしまい迷惑かけてしまいましたからね。そのお詫びも兼ねているのです」
「……は? 1ヶ月ですか? 迷子?」
「ええ。ですから今日の出費はすべてルイ持ちが基本です。迷惑かけられた分、思いっきり楽しみませんと♪」
 アクアは何か聞き間違えたのかと思ったが、シュリュズベリィ著 セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)(以下セラ)は当然のように話を継いだ。どうやら、真実らしい。
「そ・れ・に」
 セラは、続けて前を歩いているサルカモサルカモに目を移す。彼らは、それぞれにデジタルビデオカメラとチョコバナナ、カメラとチョコバナナを持ってきょろきょろしていた。チョコバナナは先程、セラが買い与えたものだ。食べるかどうかは知らなかったが、サルカモ達にも少しくらいご褒美をあげようと思ったのだ。
「せっかくアルカディアから拉t……ゲフンゲフン。連れてきたサルカモ達も楽しませないとダメですよね! そして、持たせたカメラで今日一日の出来事を収めませんと」
「貴女、今、拉t……」
「ルイの財布も握ってますしね! ふふふふふ」
 らち、と言いかけたアクアを遮り、若干大きめの声でセラは言う。拉致してきたサルカモ達は、既にチョコバナナを半分以上食べ終えていた。初めて見るのか店先では目を丸くしていたが――バナナにチョコをかけるというのが信じられなかったらしい――今はにこにこと、とても嬉しそうにしている。
(暫く見ないうちに、随分と変わりましたね……)
 何か良からぬ事でも企んでいそうなセラの笑みに、アクアはそんな感想を抱く。前に会った時は、10代前半に見えたが、今の彼女は高校生くらいの姿をしている。
 だが、変わったのはセラだけではなく――

「はぁ〜……我輩もお祭りに参加したかったのである。アクア殿やファーシー殿……ピノ殿に会いたかった……」
 ノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)も『手足の生えたボール』では無くなっていた。
「浴衣姿や露店で食べ歩く姿……見たかったっ!!」
 滂沱の洗浄液涙を流す立つガジェットを、公園に到着したばかりの人々が何これ、と見上げて通り過ぎていく。ガジェットの慎重は4メートルを超えていたのだ。
 だが、その巨体故に周りの人々に迷惑がかかりそう、と入口で待機させられている。
「マニピュレータも人と同じ五本になったし、頭身も上がった。立派な角も出来た……そんな我輩をアクア殿達に見て貰い、『格好良くなったわね』とか『立派な身体……惚れそう』とかっ! 罵倒でも良いから感想が欲しいのっ!」
 溢れるかなしさと溢れる想いでいっぱいである。
「うう、前回会った時から身体の形状が変わったから見せたかったのに……」
 でも、無理なものは仕方ない。
 眼下を歩く人々を見下ろす。幸い、ここは公園入口。
「お祭りにやってくる可愛い子を眺め、メモリを満たすである……」

「?」
「? ! ! ☆!」
 その頃、チョコバナナを食べ終えたサルカモ達はカメラを手に頷き合っていた。
「どうしたのです?」
 セラが訊くと、2匹は人混みの中を指差した。その方向からは、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)ミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)に密着されながら歩いている。テレサは片手にたこ焼きを、ミアはチョコバナナを持っていた。

                  ⇔

 ――今日という日を、平和に過ごしたい。
 それはのんびりとしたごく普通な願いであり、優斗にとっては切実な決意でもある。
「ほら灯姫、こっちですよ」
 テレサ達3人と魂祭を訪れた彼は、祭り自体が初めてだという灯姫をエスコートしようと努めていた。だが、実際はテレサとミアにそれぞれ腕を組まれているので中々に難しい。
(優斗さんが優柔不断なせいでミアちゃんや灯さんも一緒に来ることになりましたが……私は2人っきりで過ごしたいです)
(お兄ちゃんが優柔不断なせいでテレサお姉ちゃんや灯お姉ちゃんも一緒に来ることになったけど、僕はお兄ちゃんと2人で過ごしたいよ)
 そして、そう思うテレサとミアは、お互いに優斗を誘惑しようと試みていた。
「あ、たこ焼きです。ちょっと買ってきますね」
 こうしてテレサが離れた隙をつき、ミアは組んでいた腕に胸を押し付けて引っ張って小声で言った。
「はぐれた場合の集合場所を決めてあるから、そこに行けば大丈夫だよ!」
 この混雑の中ならはぐれても不思議はない。勿論、集合場所などは決めていなく、2人っきりになれるスポットに連れ込もうと考えている。
「え、あ、あの、ミア……」
 柔らかな胸にどぎまぎするのは男の性なので仕方がない。だがそこで、テレサが戻ってきてそれを見咎めた。
「ミアちゃん、何してるんですか?」
「何でもないよ!」
 腕を引っ張るのも胸を押し付けるのも止め、ミアはまた歩き出す。
「あ、チョコバナナだよ! ちょっと買ってくるね!」
 少しして、彼女はチョコバナナの屋台を見つけて離れていった。その隙をつき、しっかりと腕を組み直していたテレサは優斗に胸を押し付ける。それから、小声で言った。
「はぐれた場合の集合場所を決めてありますので、そこに行けば大丈夫ですからちょっと離れましょう!」
 この混雑の中ならはぐれても不思議はない。勿論、集合場所などは決めていなく、2人っきりになれるスポットに連れ込もうと考えていた。
「え、いやそれは、テレサ……」
「テレサお姉ちゃん、何してるの?」
 柔らかな胸にどぎまぎするのは男の性なので仕方がない。だがそこで、ミアが戻ってきてそれを見咎める。
「何でもありません」
 腕を引っ張るのも胸を押し付けるのも止め、テレサもまた歩き出す。
「…………」
 灯姫はそれを、割り込む隙もなく眺めていた。こういう行事に参加するのが初めてな彼女は、何をすれば良いのかよく分からなかった。だから、最初は優斗の案内を頼りにして出店で買い食いをしてみたり、射的や金魚すくいなどをやってみた。
 それは、新鮮であり非常に楽しいものでもあったのだが。
 こうなってしまうと、流石に成す術がない。優斗の両脇をテレサとミアに固められた灯姫は、1人後ろを歩いていた。小声の部分が聞こえていなかったので、先程から何故2人が優斗にくっついているのか解らない。
「……おまえ達は、なぜそうも優斗に密着しているのだ?」
「! 灯さん」「! 灯お姉ちゃん」
 テレサとミアが振り返る。何を思ったのか、彼女達は口々に言った。
「これは人混みではぐれないようにする為の作法です」
「これは人混みではぐれないようにする為の作法だよ!」
 ほぼ異口同音だった。2人の女性が同じことを同時に言う。それが真実でなくて何だというのか。
「……そうか」
 恥ずかしい気もしたが、作法ならば、と灯姫は優斗の背中にくっつく。彼がびくうっとしたのが伝わってきて、彼女は訊ねる。
「優斗、これならばはぐれようがないと思うが、どうだろうか」
「どどどどうって……あ!」
 優斗がアクア達を見つけたのは、その時だった。

                  ⇔

 サルカモ達は、何か嬉しそうだった。2匹は以前、アルカディアでミアのペット達にお仕置きされた優斗を見たことがあった。外へポイ捨てして以降の事を知らなかったが、無事であった事に喜んでいるのだろう。
 ……ミアの持っているチョコバナナの所為ではない筈だ。多分。
「あっ!! アクアさんふぁー……むぐっ」
 優斗はアクアやファーシー達を見つけると、助かった、と彼女達に迷わず駆け寄ろうとした。だが、途端にテレサにたこ焼きを、ミアからチョコバナナを口に突っ込まれる。
「優斗さん!」「優斗お兄ちゃん!」
「あつっ! ※◎$%:&むぐむぐむぐ〜〜〜!!!」
 甘いのと熱いのとソースなのとチョコなのと青海苔なのとバナナなのとマヨネーズなのとタコなのとで優斗の口の中はパニックになった。サルカモ達は心底がっかりして肩を落とした。
 その間に、ファーシーの車椅子が気になったテレサ達はそれについて聞いてみる。すると、スカサハが彼女達にその経緯を説明した。
「……ということで、スカサハが持ってきたであります!」
「……じゃあ、特に歩けなくなったとかではないんですね」
「びっくりしたよ!」
「よ、良かったです……と、ところでみなさん」
 話を聞いて安心した優斗は、何とかたこ焼きチョコバナナシェイクを飲み込んでファーシー達に申し出る。
「皆で一緒に出店や花火を見ましょう。是非是非ぜひゼヒゼヒゼヒ……お願いします!」
「い、いいけど……」
 今の光景を冷ややかに見ていたアクアの傍で、今の光景を驚き覚めやらぬ様子で見ていたファーシーが頷く。
「女の子が増えてるよ!」
「何か、大変そうだな……」
 ピノが灯姫を見て言い、ラスは半分同情を込めた目を向ける。2人に対し、優斗は小声での懇願を追加した。
「そうです、大変なんです!!! だから、お願いします!」
 特定の誰かと2人っきりで祭りを楽しむのは危険すぎる。そして、はたと気付いて優斗は彼女達に灯姫を紹介した。
「優斗の友人か。鬼城の 灯姫だ。よろしく頼む」
「よろしく!」「よろしくねー、灯ちゃん!」「……ああ」「……よろしくお願いします」
 4人がそう応えたところで、優斗は言った。
「さあ、皆で周りましょう。お祭りは皆で楽しむものです!」
 だがそう言った瞬間、艶やかな浴衣美人が通りかかり――ついそちらに目を遣った優斗は、テレサからたこ焼きの爪楊枝で、ミアからチョコバナナ用の割り箸で目潰しされる。
 ――悲痛な叫びが、夜空に上り消えていった。