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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
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 第11章

「ピノちゃん、動かないでくださいね〜」
 ピノの頭に、シーラがとんぼ玉のかんざしを挿していく。邪な目とデータ削除防止のお礼、というわけでもないだろうが、通りかかった出店で買ったものだ。それを和柄の手鏡で確認したピノは、無邪気に笑った。
「ありがとうシーラさん! 諒くんにはあたしがつけてあげるね!」
「えっ、ええっ!」
「ほら、しゃがんでみて? 届かないよー」
 ピノは背伸びをして、自分と揃いのかんざしを諒に挿そうと試みている。今日の諒は、女子用の浴衣に草履を履いていた。帯の後ろ側にはうちわを挿していて、ぱっと見、可愛い女の子にしか見えない。
「う、うん……」
 シーラが買う時点でかんざしのプレゼントは受け入れていた諒は、戸惑いながらも膝を抱えてその場にしゃがんだ。「えーとー……」と言いながらピノは諒の髪に触れ、かんざしをぷす、と挿した。少しの間の後、たれ耳を下からぽんぽんされて諒は驚く。
「うん! すっごくかわいいよ諒くん!」
「え、かわいい……!? かな……」
 ――屈託のない笑顔で言われ、諒は少し、ショックを受けた。慰めを求めて何となくラスを見ると彼にも余裕はないようで。にこにことした笑顔の大地の前で、口元を引きつらせている。
「さあ、どうぞ。アクアさんと手を繋いでください」
「忘れてなかったのか、お前……」
「……私に拒否権は無いのですか? 何かおかしくありませんか?」
「まあまあ、お2人とも〜。私が真ん中に入りますから、それならいいですよね〜」
「シーラさんが真ん中に? 間接的に……ということですか。俺はそれでも構いませんよ」
「いや、それも何か……いや……」
 それはそれで問題な気がしたが先程よりも100倍はマシだ。シーラの折衷案に従って、3人は手を繋いだ。脇の2人は、かなり嫌々だった。
(なんだか他人のような気がしない……)
 そして『青い鳥』は、歩きながらアクアにそんな視線を送っていた。実は弄られやすい体質(?)の彼女への、シンパシーであった。一方、大地はティエリーティアと手を繋ぎ、恋人達の歩みを再会させていた。
「ラスさん、どうしました? シーラさんと手を繋ぎたくなかったとか?」
「お前、絶対面白がってるだろ。って……あ、別に嫌とかそういうわけじゃ……」
 そうなんですか〜? というようにシーラに見詰められ、ラスは慌てて取り繕った。そうだ。一番端のやつのことは忘れればいいのだ。一番端にもう1人居るから嫌なわけであって。そんな彼をフォローするように、ケイラが言う。
「あ、そうだラスさん、かき氷でも食べる? ピノさんや真菜華さんにも奢るよー!」
「かき氷だあ……?」
 人の頭の群れの先、かき氷の小さい暖簾が見え隠れしている。自分が食べたいだけじゃないのかとも思ったが、とりあえずそのまま歩いていく。
 やがて、店先にいくつかの氷像が飾ってあるのが見て取れた。スキルを使っているのだろう、かき氷の屋台の前で椎堂 朔(しどう・さく)が氷像を作ってパフォーマンスをしている。その隣ではブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)が屋台を開いていて、焼きそばと書かれた赤い提灯の他に『ビール』『ザンギ』とメニューが書かれた冊が見える。
「あそこは、カリン様や朔様の屋台でありますよ!」
 ファーシーの傍にいたスカサハが、嬉しそうに言った。

              ◇◇◇◇◇◇

「へっ、今年もこの季節が来やがったぜ!」
 焼きそばを作りながら、カリンは気合いの入った声を上げる。へらを持った手が小気味良く動き、じゅわっと音を立てて焼きそばが跳ねた。
「よっしゃあ!」
 今日も屋台で稼ぐぜ! と、調理と並行して客も次々に捌いていく。そのノリの良さがまた祭特有の空気を高め、売れ行きは好調だった。
「お祭か……いつ来ても賑やかでいいものだ」
 朔もそう言いながら、隣でかき氷を売りつつ接客の手伝いをしている。
(……まあ、金が入用になったしな、働かねぇとな……)
 穏やかな顔の朔を見つつ、カリンは内心で呟く。
「……なあ、カリン。私も焼きそば作りたいよォ……」
「…………」
 しかし、朔にそう言われてどうしようかと閉口する。
「あ〜……朔ッチはお願いだから、かき氷と接客に専念してくれ」
 上目遣いで何だかごはんをねだる子犬のようで、断るのは忍びない気持ちになったが心を鬼にしてそう答える。
「……そうか。じゃあ私はこっちではじけて頑張ろう……」
 少ししょんぼりしたがすぐに気を取り直し、朔はかき氷や氷像造りに集中し始めた。
「……見よ、この芸術作品を!」
 エクスピアティオを携えた彼女は氷術で氷を作り、それをエンドゲームで一瞬の内に氷像にしていく。肉眼で見えない速さで繰り出される斬撃は、細かい氷の粒で雪だるまさえ作ってしまう。
「……『殺人やきそば』はちょっとな……」
 それを見ながら、カリンはぼそっ、と呟いた。朔は相変わらず、謎料理で兵器並みの味を作り出してしまうのだ。氷を削ったり、そこにシロップを注ぐだけなら安全である。
「おねーちゃん、あたしのお人形もつくってー。飾ってー」
「ああ、どのくらいの大きさにする?」
 店を訪れた子供にねだられてそうして交流する朔は、とても優しい表情をしていた。
 完成した像に目を輝かせた子供は、かき氷を手に両親と共に去っていく。そこで、馴染みのある声が聞こえてくる。
「ノルンちゃん、ちゃんと明日香さんに会えたかしら……。それにしても、プリムさんに救護所で会うとは思わなかったわ。何か、こういう大きなイベントに遊びに来ると良く会うような気が……あ」
 ファーシーは、そこで朔に気がついて笑顔を向ける。
「朔さん、こんばんは!」
「ファーシー達か。どうだい、かき氷食べてかないか?」
「……うん! 頂くわ。メロンにしようかな?」
「自分達もほしいな。いちごミルクと……ラスさんはどれがいい? 好きなの選んでね!」
「あー……じゃあ、その青いので」
「ブルーハワイだね。真菜華さんもいちごミルクで……ピノさんはレモンだね」
 ケイラは4人分のかき氷を注文し、アクアは抹茶小豆とどちらにしようか迷った挙句にファーシーと同じメロンを選んだ。店の脇に寄り、それぞれに氷の山を崩していく。
「暑かったから何だか生き返るね。味はどう? ラスさん」
「へ? あ、いや……普通にうまいけど」
「そっちのも食べてみたいなー。ピノちゃん、交換っこしよーよ」
「いーよー! あたしもいちごミルク食べたいな!」
 真菜華とピノは、ピンクに色づいた氷とレモン色の氷を交換したり食べさせあったりしている。華やいだ空気を振りまく彼女達は、とても楽しそうだ。
「かき氷を食べるのも久しぶりねー。ね! アクアさん」
「わ、私ですか……? そうですね、以前に口にしたのは去年の夏でしたから……」
「普段は食べないの?」
「……普段食すものでもないと思うのですが」
 1個いくらの量産品ならともかく。
「ん〜、おいしい。夏祭りといえばかき氷よね」
 茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)も、ファーシーとアクアの前で幸せそうな顔をする。
「イチゴ、レモン、メロン、ブルーハワイも良いけれど……やっぱり抹茶小豆が最高だと思うの! ね? アクアもそう思うでしょう?」
「…………」
 アクアの手が止まっている。ストロースプーンに乗っていた緑色の氷が溶けて、落ちる。
「あれ、どうしたの?」
「……貴女……いえ、何でもありません」
 居ると思っていなかった相手が紛れ込んでいて驚いたのだが、何となく悔しくてそうは言いたくなかった。見開き気味だった目を通常仕様に戻し、アクアは改めて氷を掬う。朱里は嬉しそうに、目をきらきらさせて彼女を見ていた。少し、わくわくしているようにも見える。平常心に戻ってから、平淡な口調でアクアは訊く。
「貴女、いつから私達に混ざっていたのです?」
「え? ついさっきからよ!」
「……気付きませんでした」
 いつの間にか1人増えても気付かなかったとは、自分でも驚きだ。
「アクアも今日は浴衣なのね! たまにはこういうのもいいよね」
「着慣れないので初めは落ち着きませんでしたが……。大分慣れてきた所です。朱里も珍しいですね」
 朱里は、黒地に赤い花模様の浴衣を着ていた。普段着ているドレスと色合いは同じだが、洋装が和装になっただけで印象が随分と違う。
「お祭だからね! アクア、いつもは黒だけど、そういう明るい色も良く似合うよ!」
「……そ、そうですか?」
 朱里も似合いますよ、とは流石に恥ずかしくて言えなかったが。
「そうだ。これからね、衿栖が盆踊りに出るの。アクアも一緒に見に行かない?」
「盆踊り……ですか? 構いませんが」
「やった!! 行こう行こう!」
 衿栖もアクアに会いたがっていた。朱里と一緒に入れば、衿栖も見つけやすいだろう。
 そうして、彼女達はかき氷を完食して朔とカリンの屋台を離れた。既に櫓は見えていて、盆踊り会場はそう遠くなかった。

 流れていたのは、日本の民謡だった。抑揚の強い歌声に合わせて、揃いの浴衣を着た女性達が櫓の周りで踊っている。
「あっ、アクア!」
 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)レオン・カシミール(れおん・かしみーる)が朱里とアクアの元へ歩いてくる。衿栖はフリルが多くついた裾の長い着物ドレスを着ていた。
「浴衣姿、似合ってるわ! 綺麗で、何だかアクアのイメージにぴったりね」
「……ありがとうございます」
 連続して浴衣姿を褒められて、何だかむずがゆい心持だ。その彼女に、衿栖は「会えて良かった」と微笑んだ。
「ここでの仕事の話が来た時に、もしかしたらアクアに会えるかもしれないって思ってOKしちゃった」
 にこっと笑って、衿栖は櫓の方へ向きを変える。
「全力でやってくるから! アクアも見ててね!!」
 元気に手を振り走っていく。続いてレオンも2人から離れ、だがそこでふと足を止めた。
「アクア、最近機晶技術の勉強は進んでいるか?」
「あ、ええ……私としては、悪くないと思っています」
 時と共に、機械に触れている時間、その密度は濃くなってきている。費やせる全てを修復や組成に使う日もあれば、新しく何かを学べる日もある。
「全てを知るには、未だ未だ時間が掛かりそうですけどね」