天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

うるるんシャンバラ旅行記

リアクション公開中!

うるるんシャンバラ旅行記

リアクション

 旅館の最上階をまるまる使用した、いわばペントハウスが、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)のための部屋だ。
「ラドゥ様? ……あれ、どなたかいらしてるのかな」
 客間のほうが、なにやら騒がしい。いつものように着いてきたジェイダスのお小姓の一人に通されたものの、なんとなく入りづらい雰囲気だ。
「そんな人間風情の浅知恵、必要はない!」
「物は試しじゃないですか。花火大会、行かれるんでしょう?」
「それは……そうだが」
「なら、決まりですよ。花火大会といえば、夏の一目惚れ三大イベントの一つじゃないですか(残り二つがなにかは知りませんけど)!」
「陽、さん?」
 メガネを光らせラドゥ相手に力説をしているのは、薔薇の学舎の皆川 陽(みなかわ・よう)だった。だが、なんだかいつもとかなり、勢いが違う。
「一目惚れだと? ……馬鹿馬鹿しい。私とジェイダスが、どれだけ長いつきあいだと思っているんだ?」
 ラドゥはそう吐き捨てるが、「だからこそ、なんです!」
 ぱん! と陽の手が畳を叩く。
「普段いつも一緒にいて、いても当たり前になっちゃってて見慣れすぎててもうなんとも思わないような人が、何かのイベントで急に着飾ったりしてるの見るというのが、逆に新鮮なんですよ!」
「……そういう、ものか?」
 あまりの陽の迫力に押された……というよりは、ジェイダスがそうやって、自分に夢中になってくれたら、という考えが微かにラドゥの脳裏によぎったのだろう。表情に、あきらかに迷いが見えている。
(勝った……)
 にやり、と陽は内心で笑った。ここまでくれば、あとはもう、実力行使だ。
「夜空に咲く光の華、花火はまさにニッポンの夏・ニッポンの美ですよ。ジェイダス校長は日本の血を引き、日本の美を愛するお方。ここは日本人のボクに任せるですよ。まずは、定番ですが浴衣ですね」
「ふむ……」
 さっそく、ラドゥの前に、ばさりと風呂敷包みが広げられた。手回しのよいことに、すでに用意してきていたらしい。
「少し、地味な着物じゃないか?」
「着物そのものは、抑えめがいいんです。それが大人の色気というものですよ。ハデな花柄なんかはお子様に任せればいいんです! ただしこれは、絞りの浴衣ですから。高級感も、着心地も抜群です。そしてこれに、帯やかんざしは派手な金で! ジェイダス様のお好みにあわせて!」
「ほう……」
 もはや完全に、ラドゥは陽のペースに巻き込まれている。
「そしてなにより、まとめ髪! これこそが最強にして至極なのです!!! 浴衣姿の極意とは! うなじにあるのだ! 男心と欲情をそそる必ッッッッ殺技だ!」
 どっぱーーーーーーん!!!と、大波の幻覚を背負う勢いで陽は言い切った。
 
(……これ、声、かけられないな……)
 襖の影から見ていたレモは、この場はおとなしく退散することにした。
 まぁ、着飾ったラドゥの姿は、それはそれで楽しみでもある。
「レモ? ラドゥ様は?」
 玄関先では、カールハインツがレモを待っていた。
「あ……お取り込み中だったから、後でご挨拶することにした」
「そうか。じゃあ、行くぞ」
「うん。……ねぇ、カールハインツさん」
「ん?」
「うなじって、そそるの?」
 唐突な質問に、カールハインツは完全にハトが豆鉄砲を食らったような顔をし。それから、「……なに言ってんだお前」とだけ答えた。
「あ、ううん。ちょっとね」
 あはは、とレモは笑ってごまかしたのだった。


 花火大会の会場付近は、すでに場所取りの人々や、出店が立ち並んでお祭り騒ぎだ。
 夕闇が近づくにつれ、ますます人では増えつつある。
 そんな中。
「おーい!」
 一人の巨漢が、人並みをかきわけるようにして、レモとカールハインツに近づいてきた。
「二人ともどうだ、楽しんでいるか?俺は楽しませてもらっているぞ」
 桜の花弁の描かれた空色の着流しを身につけ、毛足の長い耳と尻尾を時折ぴくぴくと動かしているのは、レグルス・レオンハート(れぐるす・れおんはーと)だ。どうやら先にお祭りを楽しんでいたらしく、手にはピンク色の綿菓子が握られているのが、渋い外見とはなんともミスマッチだ。
「レオンさん、それ、美味しそうだね」
「ああ。少し食うか?」
「ありがとう!」
 綿菓子を一切れちぎってもらい、レモは嬉しそうに頬張る。
「俺はまだパラミタに来てから日が浅いから、色々見て回りたいと思ってはいたのだが、なかなかきっかけがなくてな。誘ってもらえて、ありがたいよ」
「僕も、こうやって旅先で会えて嬉しいよ。来てくれてありがとう」
 逆に礼を言われ、レグルスはやや照れくさそうに頭をかいた。
「それにしても、すごい人だな。レモ、レグルスの側にいろよ。目立つから助かる」
 カールハインツが、そうレモをレグルスの傍らに軽く押す。すると、慣れない下駄のせいで、ついよろりとレモはレグルスのほうによろけてしまった。
「おっと。大丈夫か?」
「あ、ごめんなさい」
 レグルスはがっしりした腕で受け止めると、「そうだ」ひょいとレモを肩車した。
「わっ」
「これなら、危なくないだろ?」
「わぁ、すごい!!」
 途端に高くなった視界に、レモははしゃいだ声をあげて大喜びだ。
「父親みたいだな」
「……まだそんな年じゃないぞ」
 実年齢より老けて見えることを密かに気にしているレグルスが、小さく呟く。
「カールハインツさん、失礼なこと言わないでよ」
「悪かったって。ほら、綿菓子以外にも色々あるみたいだぜ」
 カールハインツが、そう話を変える。
「レモ、礼のかわりに何か奢ろうと思うんだが……よかったらどうだ?」
「いいの?」
「ああ、好きな物を選んでくれ」
「えっと、じゃあ……僕、なにがあるかわからないから、少し選んでもいいかな?」
「もちろん」
 レグルスは快諾すると、レモを肩車したまま歩き出す。その後ろを、カールハインツもついて行った。
 たこ焼き、焼きそば、チョコバナナと、定番の屋台が並ぶ中、とある出店にレモの目は釘付けになった。ずいぶんと売れているようで、ひときわ人が群がっている。
「あれ……」
「ツツアッピ? なんだ?」
 レグルスもカールハインツも、聞き慣れない料理名に首を傾げているが、問題はそこではない。
「あれ、弥十郎さんですよね???」
「え?」
 言われてみれば、大行列の店を切り盛りしているのは、確かに佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)その人だ。
「なんであんなところで、店なんかやってんだ?」
 そう、カールハインツが近づいていこうとするのを、レモがひきとめる。
「今は忙しそうだから、タシガンに戻ったら聞こうよ」
「まぁ、そうだな」
 レグルスも同意し、とりあえず一行は、その場を後にしたのだった。

 何故弥十郎がここで働いているかというと、それを説明するには、少し時間を戻す必要がある。

「生地でソースと具を包んで、この機械で焼くんですねぇ」
「そうじゃ。この機械について説明を聞きたいかね?」
「何となく解ったんで大丈夫ですよぉ。あ、このソースはちょっと変更しちゃっていいですかぁ?」
「むむ。このソースに何か問題があるのかね?」
「少し塩を加えてみようかと。今日は少し暑いですしね」
「む?」
「汗をかくから、塩分が恋しくなりますよぉ。それと、他にもちょっと……」
「あんたは一体何者なのかね?」
「タシガンのちりめん問屋です」
(おいおい、ちりめん問屋はないだろ?)
 内心で佐々木 八雲(ささき・やくも)がつっこむが、弥十郎にしては、そもそもこの成り行きを作ったのは八雲のせいなのである。
 弥十郎、八雲、そして真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)は、空京には昼前に到着していた。せっかくだからと街中を観光していたところ、準備中の屋台の前に通りかかったのだ。
 すると、なにやら柄の悪い連中が、屋台を準備する老人と娘に絡んでいる。
「だから、ちょっとした警備料ってやつだっつの。もしもお祭り中に、材料がなくなったり、店の前で暴れる奴がいたら困るだろぉ?? 俺らが、それを防いでやるっつーんだよ!」
 そう男たちは声を荒げる。警備料とはよくいったものだ。ようするに、金を払わなければ嫌がらせすると暗に脅迫しているにすぎない。
「帰ってください、そんなお金、お支払いする謂われはありません!」
 娘は凜とした声で拒絶するが、そんなことでひるむ男達でもない。あげくに、娘を助けようとした老人を乱暴に道路へと突き飛ばした。
「う……」
「いや! しっかりして!?」
 あわてて娘が老人に取りすがる。そこへ。
「おい。なにしてるんだ」
 割り込んだのは、八雲だった。
 そのまま、弥十郎と真名美が口を挟む間もなく、八雲は彼らをのして撃退してしまったのである。
 娘と老人には感謝されたが、このままで済むとも思えない。そういう事情につき、八雲は引き続き屋台の用心棒として。弥十郎と真奈美は成り行きで、屋台を手伝うことになってしまったのだ。
「ワタシは純粋に花火を楽しみに来たんだけどねぇ……なんでこうなるんだろう」
「まぁまぁ」
 思わずぼやいた弥十郎を、真名美が苦笑しつつ慰める。
 ツツアッピとは、地球で言うところのピザのような食べ物だが、コーン状に縦長に丸まっており、屋台で売るにはおあつらえの食べ物だ。どうやら、パラミタではそこそこメジャーなものらしい。
 真名美と老人の指導もあり、弥十郎はすぐに作り方はマスターした。その上で加えたアレンジが客に受け、今や押すな押すなの大盛況である。
 何度か、昼間のチンピラが妨害をしようと機会を狙ったが、八雲が目を光らせている上、こう人が集まっていては、身動きもとれない。
(だが、気は抜けないな)
 花火大会の本番はこれからだと、八雲は気を引き締めた。そして、なんとしても無事に終わらせる。なぜなら。
(ここで、恩を売っておけば……)
 ちら、と八雲は目の端で、笑顔で忙しく立ち働いている娘を見た。目鼻立ちも整っており、なにより笑顔が素敵だ。それでいて、悪漢にひるまない心の強さも良い。
 無事に終わったら、声をかけるのだ。そして……と八雲は期待に胸を高鳴らせた。
 ――花火大会といえば、夏の一目惚れ三大イベントというのは、どうやら本当のことらしい。

 だが、その一方で。
「え、そうなんだ!?」
 材料が足りなくなりそうだからと、娘と二人で買い出しに出た真名美は、意外な真実を彼女の口から知らされていた。
「そうなんです。私、すっっごい年上の人じゃないとだめで……私のほうから、猛アタックしたんですよ。それで、今年の初めに、ようやくうんって言ってくれて」
 彼女はそう、照れつつも幸せそうだ。
「そういうこともあるのかぁ……」
 そう。なんと、娘と老人は、年の離れ(すぎた)新婚夫婦だったのである。
「でも、最近はちょっと元気がなくて心配だったんですけど、今年は皆さんのおかげで、すっごくお客さんも来て。彼も、刺激になったみたいで、本当によかったです」
 無邪気に喜ぶ彼女を前に、八雲の下心にうすうす感づいている真名美は、こっそりとため息をついた。
(八雲のことだから、全く気づいてないんだろうな)
 まぁ、真名美も言われて驚いたのだから、無理もないが。
 とりあえず、終わるまでは黙っておこう。
 真名美はそう思いながら、材料を両手に抱えなおした。