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本日、春のヒラニプラにて、

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本日、春のヒラニプラにて、

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III 午前中
 
 
 猟場までは、徒歩で行く。
 行軍の自主訓練を兼ねている。
「あの、今日は非番で、夕飯の食料調達、なのですよね?」
 何故訓練になっているのだろうとエシクは思う。
 しかも徒歩と言っても、大型ゴムボートを、部下達と全員で担いでの徒歩なのだ。
「冬が終わって雪が解けて、あの沼地もいい具合に泥濘になってるわ。
 この時期が一番、行軍しがいがあるのよね。
 陸軍の訓練も重要だけど、対水での訓練なんてそうできないし。
 日頃から身体的、精神的な強靭さ、チームワークを磨くことは重要でしょう?」
「……でもこの訓練の真なる意味は、そのあまりの過酷さに醜態を曝させて、仲間よりも自分を優先する参加者を暴くと言う……って、これ某特殊部隊の訓練そのまんま……いえ! これも鴨南蛮の為!」
 ふるふるとエシクは頭を振る。
 そうして行軍する兵士達を励ましながら、ローザマリア達は、極上の鴨が生息すると言われる、湖沼地帯を目指すのだった。



 その日は丁度、タシガンから教導団へ、定期報告に来る日だった。
 報告書を提出し、かねてから予定していた通りにヒラニプラの町へ行こうとしていたところに、黒崎 天音(くろさき・あまね)は、演習の人手求む、と呼び止められた。
「ここで断るのもどうかだよねぇ……じゃ、ブルーズお願いするね」
「我が?」
「監督都築少佐だって。
 あの人なら、演習終わった後に飲みに連れて行ってくれるかもしれないよ」
 ついでに、と耳打ちと共にお願いされ、酒にも釣られて、むむむ、と天音のパートナー、ドラゴニュートのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は唸る。
「仕方ない……我で役に立つのであれば、参加させて貰おう」
「よろしくね」
 酒に釣られたわけではないぞ、と咳払いするブルーズの尻尾の先が、期待にぴくびく揺れている。
 天音は笑って手を振り、彼と別れた。



「演習があるのであれば、参加しないわけには行きません」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)もまた、人手の要請を引き受けた。
「模擬戦とはいえ、普段協力しあう方達と、一度正面から戦ってみるのも、今後の参考になるかもしれません」
 それでも人数が足りないというので、ニキータに電話すると、彼も引き受ける。
「ニキ姉さん、来るんだ」
 確か、今日はヨシュアと約束してると言っていたはずだがと、パートナーの強化人間、世 羅儀(せい・らぎ)は思うが口にはしない。
 まあ何とかするのだろう。
「ま、こうなることは予測できたけどね」
 白竜と共に演習に参加することになり、パワードスーツを準備しながら、羅儀は肩を竦めた。
 チームは青。
 かつてはその出身から刀を扱うことが多かった白竜だが、軍に入って銃を扱うことが多くなった。
 なまっているかもしれないが、この機会に久々に刀を使って参加してみようか、と考える。
 拠点待機のテオフィロスと作戦内容を相談する白竜が、生き生きとしているのが羅儀には解って、苦笑した。
「戦闘バカ」
 こっそりと呟いた。


◇ ◇ ◇


 その前日、光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)ハルカは、ヒラニプラの町を観光していた。
 明日は、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)達と合流して、山岳地帯をピクニック予定だ。
 あまりハードにならない、ピクニック向けの低めの山を、美羽があらかじめピックアップしてあるという。
 それでも、山を歩く為の装備をハルカは持っていなかったので、靴や服などを、翔一朗と一緒に見て回っていた。
 勿論、ハルカの持つお守りには『禁猟区』を施し済である。
「ようやく春休みじゃのう」
「ぽかぽか陽気なのです」
 ふと遠い目をした翔一朗に、ハルカは笑った。
 それだけではない。血と汗と涙の補習地獄から、彼はようやく解放されたのだった。
 途中転校した翔一朗は、成績自体は問題なくとも、単位が決定的に足りない教科が幾つかあったのだ。
 基本的な学科の単位は、元いた学校のものが引き継がれたが、イルミンスールにはイルミンスールにしかない学科がある。
 うっかり忘れていて、あわや進級危うし、となっていたのだった。
 一方ハルカの方は、早々に留年が決定している。
 パートナーのオリヴィエ博士が、
「学生なんて何年やってもいいんだから、急いで進級しなくても、学べる時にじっくり学んでおいで」
と言ったからだ。
 途中編入だったこともあり、足りなかった分は、もう一度初めからやることにしたのである。
 まあそれはともかく。

「ヒラニプラも久しぶりじゃが……折角来たんじゃし、必要なモンだけ買ってもつまらんの」
 折角遊びに来た記念に、何かヒラニプラらしいものを、と考えていたところに、雑貨屋の看板を見つけた。
「ハルカ。寄ってみようや」
 と、ハルカを誘い、ふと気がついた。
 ハルカは以前は、携帯用小型結界を小さなリュックに入れて、常に身につけていたが、必要がなくなった今は、必要に応じて色々なバッグを使い分けている。
 今日は、イルカの刺繍が入ったピンクのポシェットを持っていたが、何を持つ時にも、2つの御守りを結びつけていた。
 それは翔一朗が、かつてハルカにあげたものだ。
「その御守り、随分ボロボロになったのう」
「そんなことないのです」
 ハルカは少し困ったように言う。
「日本じゃ、御守りは一年経ったら神社に戻して、新しくするもんじゃ」
「そうなのですか?」
 驚いて、でも、とハルカは困る。
「これを持っていたいのです」
「戻すのは強制じゃないけえ、それはしまっとけ。
 持ち歩くのは、新しい御守りにしようや」
 ヒラニプラといえば、機晶石だ。他にも色々な鉱石が取り揃えてある。
 ハルカに似合う色のパワーストーンを選んで買ってやろう、と、翔一朗は考えた。
 それなら、持ち歩いてもボロボロにならないだろう。



 そして翌日。
「絶好の、ピクニック日和!」
 空を見上げて、美羽は満足。
 パートナーのヴァルキリー、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も、人数分の手作りの弁当を抱え、
「今日もいい天気なのです!」
 ハルカやトオル達、イルミンスール組も、浮き足立っている。
「それじゃ、れっつごー!」
 掛け声は勇ましく、のんびりわいわい、春のヒラニプラの山歩きを楽しんだ。

 のは、最初の一時間ももたなかった。

「ハールカー!」
 滝の裏側に洞窟を見つけ、美羽は中に向かって叫ぶ。
 コハクは弁当を抱えたまま、空からハルカを捜して谷底から近隣の山々の頂上まで飛び回り、トオルは無意味にダウジングペンダントなどを手にしながらうろうろ歩き回った。
 ハルカが迷子になったのだ。

 バーストダッシュ飛び蹴りで先制攻撃、体勢を崩した冬眠明けの熊の頭を一旦踏み台にして、踵落としでとどめを刺した後、仰け反ってズシンと倒れる熊の前で、
「……何かちょっと、捜索が違う方向に行ってるような〜〜っ」
と美羽はじたばたする。
「もー、何処行っちゃったの、ハルカーっ」
「あっ、しまった」
 林の中、美羽と一緒に歩いていたトオルが、地面を見て立ち止まった。
「え、何?」
「教導団のマーカーだ。
 もしかして、立ち入り禁止の表示を見逃したか?」
「え、そんなのあったっけ?」
と話し合っている間に、教導団の飛空艇に乗った沙 鈴(しゃ・りん)が飛んで来る。
「そこの子達。
 この区域は現在、教導団の臨時の演習場になっておりますわ。
 関係者以外は、区域外まで退避願います」
「わ、ごめんなさいー」
 美羽が慌てて謝ったところで、
「ちょっと待って、教官」
と、ニキータが現れた。ハルカを連れている。
「その子達、あたしの知り合いなの。ちょっと任せて貰っていいかしら」
 二、三言囁くと、肩を竦めて鈴は戻って行った。
「ハルカ!?」
「みわさん!」
 驚く美羽達のところに、ハルカが駆け寄る。
「ニキ姐が見つけてくれたのか」
「はぁい、トオル」
 カモン、と両手を広げるニキータとハグってから、トオルが礼を言った。
「ま、偶然ね。
 ところでそれ、新しい服? もっとよく見せてよ。靴は?」
「ん? ああ、山歩きするって言うから……」
 頑丈なブーツを、と身を屈めたところで、ニキータはがしりとトオルの襟首に腕を回す。
「うん、いい感じに頑丈そうだわね。
 歩兵科の演習で人が足りなくてあたしも代役なのよねー。
 トオルにもちょっと代役お願いできないかしら?」
と言いながら既に、トオルはズルズルと引っ張られて行く。
「トオル?」
 ぽかんと見送る美羽に、振り返ってニキータは笑った。
「あなたも誘いたいところだけど、向いてない子も一緒みたいだし、トオルだけにしとくわね。
 じゃ、借りてくわ」
 行ってらっしゃい、とハルカは手を振り、嵐が過ぎるようにトオルは連れ去られて、美羽は苦笑する。
「とりあえず、コハクに連絡しよっか」

 合流したコハクのヘトヘトに疲れた様子に、美羽は
「一旦休憩しよっか」
と言った。
「ちょっと早いけど、おやつ代わりにお弁当つまんで」
 一人減ったので、その分を今食べてもお昼には困らないだろう。
 美羽は、コハクの荷物からお弁当を出すと、楊枝に刺さったタコさんウインナーを摘む。
「はい、コハク」
「ありがと」
 美羽にお弁当を食べさせてもらいながら、コハク達はゆっくり休憩し、その後彼等はピクニックを再開した。



「……またこれか……」
 メルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)は、目の前に差し出された『清掃用制服』を見て、盛大に顔をしかめた。
 第四師団メイド隊隊長、朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、春の陽気もうららかな気持ちのいい今日、メイド隊総出で、教導団春の一斉清掃を慣行することを決定したのだった。
「少佐、今日は予定無し、って言ったよな?」
 出会ったメルヴィアに予定を訊ねてみれば、今日は自主訓練なので動物達の調教をしようかと思っていた、という答え。
 それは緊急性のある用事じゃないよな、と垂は、
「じゃあこっちを手伝ってくれよ」
と、持っていた制服を差し出したのだ。
 それは、今自分達も着ている隊の戦闘服――そう、メイド服である。
「おまえ、今日は都築少佐の演習に参加すると誰かが言っていたような気がするが」
「それはもう終わった。早々に負けちまったよ」
 垂は肩を竦めて、なんでこっちに戻って来た、と言った。
 そしてずい、とメイド服を手に詰め寄る。
「少佐。教導団美化活動にご協力を」
 メルヴィアは、内心の葛藤をおくびにも出さずに、眉間に皺を寄せた。
 それでも、二度目で余裕があるようだ。
 垂が最終手段――リボン強奪によるメルメルチェンジという手を使うこともなく、
「分かった」
 と、頷いたのだった。