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帝国の新帝 束の間の祭宴

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帝国の新帝 束の間の祭宴

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 賑わう帝国 1 


 エリュシオンの北東部。
 交易によって栄えた、オケアノス地方の中心地でも、街は祝賀の賑やかさに溢れていた。
 様々な地方、国と種族が入り混じっているだけあって、並んでいる屋台の料理の種類も幅広く、同じ祝賀ムードでも、他の地方に比べると、何処と無く印象が違うように感じられる。華やかではあるが、陽気さとはまた違った類の熱気だ。

「皇帝が決まってばんざーい……って感じじゃないよねえ」
「どちらかと言うと、試合前の前夜祭、といった雰囲気だな」

 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の感想に早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が答えた。
「流石、商人たちの街だな……」
 勿論、新帝の誕生を喜んでいるには違いないが、これで安心して商売できる、新しい商いへの道が開ける、といった地に足の着いた喜びが強いように感じられる。この地方を治める、選帝神ラヴェルデの民らしいことだ、と呼雪は思わず口元を緩めた。
 そのラヴェルデが、選帝の儀の折から不在であることに、何らかの影響が出ているだろうかと確かめに呼雪達はここオケアノスにやって来ていたのだが、表向き、祝賀祭が行われていること以外で、以前訪れた時と何ら変わりは無い様に見える。
 だが、オケアノス邸で話を聞いたところ、ラヴェルデの不在によって治安の乱れや細かいいざこざは増えてきているそうだ。多種多様な者が入り混じる土地柄、貴族や豪族も癖の強いものは多く、商会やもっと後ろ暗い者達まで多くを抱え込みながら、それでも安定を保ってきたのは、なんのかんのとラヴェルデの力があればこそ、ということなのだろう。善し悪しはさておいたとしても、町の発展も安定も、彼の尽力が大きい、と呼雪の集めた嘆願書には書かれている。
「慕われてるってのとはちょっと違うみたいだけど」
「ああ。信頼はされていたのだろうな。荒地の多いこの地方を、ここまで成長させたと言うんだから」
 感心するように言いながら、呼雪は繁華街を曲がり、グランツ教教会近くの人気の無い路地に入ると、オルクス・ナッシングが姿を現した。相変わらずぼろぼろのローブをまとった不気味な姿だが、気のせいか以前よりは影のような虚ろさがあまり感じられなくなっているように思える。そんなオルクスに、その視線を教会へと向けながら呼雪は訊ねた。
「この辺りで、真の王や、それに関係しそうな気配はあるか?」
 その問いに、わずかに間をあけ、オルクスは首を振った。
「気配……は、消……されて、いる」
「消えたんじゃなくて、消された、かぁ……先手を取られたかな?」
 観察するように視線をめぐらす呼雪の隣で、難しい顔をするヘルに、オルクスは何か微妙な視線を向けた。どうやら、ヘルが方々で調達してきた出店の食べ物のようだ。食べ歩けるように気を使われているのか、串焼きやサンドイッチのような手軽なものが多い。中には、前衛的な形をした飴細工や、目に痛いような鮮やかな細い棒状のクッキーのようなものもある。気になるのだろうか、とひょいっと内飴細工を渡したが、オルクスの反応は鈍い。物は食べないのかもしれないし、食べ物だと判っていないのかもしれない。それでも好奇心はそそられているのか、じっとそれを見つめる様子に、あは、とヘルは笑った。
「ほんと、可愛くなったよねえ」
「…………」
 呟きに、オルクスが押し黙ったのに、先日もそういうやり取りをしたのを思い出して、ああ、とヘルは肩を竦めた。
「可愛いっていうのは愛着が湧いたって事だよ」
 その言葉に首を傾げるオルクスに、ヘルは続ける。
「何かを好きになるとか、大切にしたいと思う気持ち。分かるかなぁ……」
 ゆっくり言い聞かせるように言っては見たが、口にされた通りを繰り返すオルクスが何処まで理解したものか。だが確実に変化を見せるオルクスに「あ、そうだ。これ見せたいと思ってたんだよね」と、今度は端末を取り出した。映し出したのは、録画してあった子供向けのヒーロー番組だ。単純な内容だがオルクスは案外熱心にそれを見ているのに、面白いよね、とヘルは笑った。
 そうしていると、遊んでないで、と言いたげに呼雪が見ているのに、慌てて「判ってるよ」と手を上げた。
「でも折角のお祭なんだからさぁ……」
 楽しんだって、と口を尖らすヘルが、渋々ながらもついてくるのを確認しながら、呼雪は街を巡って行ったのだった。





 一方、大陸一広大なエリュシオン帝国内でも、最大の都市である帝都ユグドラシルでは、式典を前にして、日の傾きさえ忘れたような、大変な賑わいようだった。本来なら薄暗くなってもいい時間帯なのだが、色とりどりの魔法の明かりが街灯代わりに街を照らし、所狭しと並ぶ屋台に、軽快な曲を奏でる楽団や、芸を披露する大道芸人たちがいたるところで人々を沸かせている。

「わあ、すごいや……!」

 刺青を隠し、目立たない程度の晴れ着に着替え、こっそりと宮殿を抜け出してきたセルウスは、賑わう街の様子に目をきらきらさせている。まるっきりおのぼりさんだが、そういう子供は多いためか、誰も見咎めはしない様子だ。まさか、新しい皇帝がこんな場所にいるとは思いもよらないだろうな、と笑いを噛み殺しながら、はぐれないように傍に寄ると、きょろきょろと落ち着き無く視線をめぐらすセルウスに声をかけた。
「こういう所、来るのは初めて?」
「こんなお祭、見るのも初めてだよ!」
 樹隷たちの間での祭が無いわけではないだろうが、これほど華々しく賑やなものは無いのだろう。全てのものが珍しい、とうような目で楽しげに言うが、時折戸惑ったように、その足取りを乱した。どうしたの、と聞きかけて、ルカルカはすぐに悟って口をつぐんだ。
 セルウス達樹隷は、神聖な存在として帝国臣民とは互いに不可侵の存在だ。人込みの中に入ることも無ければ、さりげなく視線をそらしたり、なるべくなら触れないようにするのがお互いの常識だったのだ。セルウスは樹隷にしては、様々な冒険を乗り越えてきたために、人の中へ入ることに抵抗が無い方ではあるのだろうが、完全にクセが抜けたわけではないのだろう。
 それでも、軽く戸惑う程度で、特に萎縮した様子は無いし、好奇心のほうが勝るようで足を止める様子が無いのに、ルカルカは安堵に口元を緩ませた。緊張して楽しめないのでは、連れ出した意味が無いからだ。
 そうして暫く歩いていると、ふとセルウスが足を止めた。じっと見ているのは、丁度焼きたての串が並ぶ焼き鳥屋のような屋台だった。ぐうう、とおなかの音が聞こえてきそうなセルウスの様子に、上から笑い声が降ってきた。
「遠慮はいらないぞ、坊主」
 何しろ全部無料なんだから、と、屋台の店主は両手分の串をセルウスに差し出した。
「ありがとう、おっちゃん」
 嬉しげに言って受け取るやいなや、早速かじりつくセルウスの食べっぷりに微笑みながら、ルカルカは周囲を見回して感心したように息を漏らした。ぱっと見ただけで、帝国の料理の全てを集めてきたかのようなバラエティぶりである。そうでもしなければ、帝都の人々に行き渡らない、というのはあるのだろうが。
「それにしても、大盤振る舞いね」
 これだけの大規模な祭で、飲食全てが無料、というのは大変なことだ。大国だからこそできることだろうが、大国だからこそ、その規模と予算を思わずにいられない。どれだけかかるんだろ、と指折ながらわずかに難しい顔をするルカルカに、セルウスは首を捻った。
「こういう、えーと、ケージに出し惜しみするようじゃ、ミンイは得られない、んだってさ」
 誰かの言っていた台詞をそのまま繰り返した、といった言い方なのに、ルカルカは笑いながら「そうね」と頷いて
不意に視線を人波へと向けた。皆、安堵と喜び、それから希望を宿した明るい顔をして、行き交う人々とそれを共有しながら祭を楽しんでいる。アスコルド崩御から、不安に沈んでいたのが嘘のようだ。
「こういう顔を、いつも見られるようにするのが、これからのセルウスの役目になるのよ」
 声のトーンがわずかに落ちたルカルカの言葉に、セルウスは目線を同じように祭を楽しむ人々へと向けた。その横顔が真剣なものに変わり、言葉が染みていくのを感じながら、ルカルカは目を細めた。
「それがどんなに重要なことか、身に染みて味わっておかないと、ね」
 だからこれは遊びじゃなくて視察なのよ、と茶目っ気たっぷりに言ってウインクするのに、セルウスは笑って頷くと、じゃあ、とルカルカの袖口を引っ張った。
「急がないと、全部見て回れないよ!」
 そう言ってルカルカの手を引っ張るように、屋台を次々にめぐって行ったのだった。