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帝国の新帝 束の間の祭宴

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帝国の新帝 束の間の祭宴

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 賑わう帝国 2 

 同じ頃、タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)は、ディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)の裾を小さく引っ張って、暇をしていた風のクローディス達と共に屋台を回っているところだった。ディミトリアスの方は、かつてエリュシオンに訪れたことがあったのか、現在の帝都の姿を随分興味深そうに眺めていたが、クローディスの方はそういったものより関心は食べ物の方にあるらしい。目に付いたものを次々手にしては口にやっているのに、タマーラは思わず目をパチパチさせていた。
 男であるディミトリアスやツライッツが、どちらかと言えば食が控えめなのに比べ、がっついている印象は無いがもくもくと手を止める気配がない。
「……美味しい?」
「ああ。初めて食べる料理が多いが、流石大国だな。どれも美味い」
 そうして食べられる時に食べる、と言う言葉をまさしく実践中なクローディスたちとあれやこれやと屋台を回っては、食べたり飲んだり、あるいはくじ引きを楽しんでみたり、ヴァジラにあげるのだ、というお守りをディミトリアスに頼んで守りの魔法をかけてもらったりとしていると、不意に人込みが開けた。近付いてみると、どうやらこの屋台は大きな鉄板を広げているようだ。じゅうじゅうと焼けるソースの匂いが食欲をそそる。タマーラが興味深そうに、鉄板の上に油の引かれていくのを眺めていた時だ。
「あ、これも美味しそうだよ! 帝国名物の鉄板焼きだって!」
 そう言って、屋台を指差しながら近づいてきたのは遠野 歌菜(とおの・かな)だ。その後に続きながら「少し食べ過ぎじゃないか?」と月崎 羽純(つきざき・はすみ)が呆れたように言った。見れば、鉄板で焼かれているのはクレープでも作るかのように拡げられた生地と、野菜や肉等色々重ねて包んだ、ボリュームのありそうなものだ。一人ではとても食べれ無さそうな量なのは明らかである。が、歌菜には諦めきれないらしい。
「うー……でも、これ、凄く美味しそうだよ、羽純くん」
 二人で分ければ食べれそうだけど、と、言ってはみたが、羽純は首を振った。悩ましげにしている二人に、思わずタマーラとクローディスは顔を見合わせて小さく笑い、大皿に一枚取り分けてもらうと「よかったら」と歌菜に声をかけた。
「みんなで分けないか。折角のお祭なのだし、楽しまないと損だろう?」
 そう言って、いつの間に誘ってきたのか、祭にのまれるように近くできょろきょろとしていたアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)を引き入れていたクローディスの、半ば強引な誘いに招かれて、一行は宮殿前の広場に設けられたテーブル席に腰を下ろした。色々と持ち寄った食べ物や飲み物を並べていると、そのすぐ傍でわっと歓声があがった。見れば、ジョッキを片手に盛り上げているのはカル・カルカー(かる・かるかー)だ。カルは、歌菜たちを見つけると、ご一緒に、というジェスチャーをしてジョッキを振り上げた。
「それじゃ、もう一度! 新帝誕生を祝して――乾杯!」
 カルの元気な音頭に合わせて、周りのエリュシオンの人々共に、一行は各々のグラスを高く鳴らし、見知った見知らぬの関係なく、周りが楽しげに盛り上がる中、パートナーが傍にいない落ち着かなさから、ようやくその空気に馴染んできたアルミナは、控えめにジュースを口にする自分の隣で、豪快にジョッキを傾けるクローディスに目を瞬かせた。
「そんなに飲んで、大丈夫?」
 その言葉に、クローディスはにっと笑って、空になったジョッキを揺らした。
「大丈夫だ。そこらの男よりは強い方だからな」
 その漢らしい言葉に「ほう?」と反応して身を乗り出したのは夏侯 惇(かこう・とん)だ。
「ならば、それがしとひとつ、勝負してみるか?」


 それから暫く。最初こそ、周囲の人々と一緒になって煽っていたカルだったが、次々と空になっていくジョッキの数に流石に不安が襲ってきた。一応、二人とも顔が赤い程度だが、見た目がそうだから内もそう、とは限らないのが酔っ払いである。
「ちょっと飲みすぎなんじゃ……」
 そう声をかけたが、それで素直にそうだ、と言う相手でもない。惇は鼻を鳴らすと、ぐいっと一気にジョッキを空けると、ドンっと机において口元を拭った。
「何のこれしき……見ておれ」
 言うが否や。なんだなんだと首を傾げる皆が見守る中、通りすがりの楽団の音にあわせて惇はすらりと剣を抜いた。鋭い光を宿す剣が、ひらりと中空を舞い、酔いを感じさせない見事な足捌きが、人々を沸かせた。惇の披露した異国の剣舞に、エリュシオンの人々からもやんやと拍手が贈られる中、どうせならステージで披露してくればいいのに、と言う声が上がったが、それに反応したのは歌菜の方だった。
「ステージって、私達も参加できるの?」
「お、おい歌菜?」
 羽純がしまった、と言う顔をしたが遅かった。既にきらきらと目を輝かせる歌菜に、逆らえるはずもなく、溜息ひとつで肩を竦めた羽純と共に、歌菜は丁度飛び入り参加募集中だったステージへと上っていった。流れている曲は、エリュシオンでの流行りのもので、歌詞は判らなかったが、メロディさえ判れば十分だ。楽団の奏でる演奏に耳を傾けながら、祈りを込めるように歌菜は歌い始めた。この歌が、ユグドラシルに届くように。そして癒しの力となるように。そんな想いのこもった歌声に、羽純も目を細めると、彼女の想いが、そして歌を重ねる皆の心が届くように、と、自らも歌声を合わせたのだった。

 
 そんな、歌菜たちの優しく、暖かな歌声に拍手を贈り、続く曲目をBGMにしながら、テーブルを囲んでわいわいと盛り上がる宴会を楽しんでいたアルミナは、隣でエリュシオンの人たちにビールを注いで回っているカル達の会話に耳を傾けていた。お祭騒ぎの陽気さと、酒が入って口が軽くなったこともあって、カル達がシャンバラ人だということも気にした風なく「そりゃあ、あんた。これが喜ばずにいられるかい」とばしばしと肩を叩いてくる。
「空座が埋まったんだ、それだけでもめでたいことさ」
「ユグドラシルが食い破られたときはどうしようかと思ったけどな」
 うんうん、と頷いて、人々は宮殿の方を見やった。帝都側からは穿たれた穴は見えず、実の所まだユグドラシルはその影響でかなりの力を失ったままなのだが、それは彼らの知らぬ所だ。多くの一般の人々にとっては、アールキングと言う敵が襲い、そして倒されたという事実だけで、今は十分なのだろう。
「新しい皇帝陛下が倒したって話じゃないか。頼もしい限りだよ」
 そう口々に期待と希望を声高にしているが、そんな中で不意に「だがなあ」と漏らす声もあった。
「新帝は、樹隷出身だって言うだろ」
「まだ子供だしな……」
 声を大きくして言うわけではないが、エリュシオンでも様々な事件が頻発している中で、一抹の不安が拭えない部分もあるのだろう。
「罪人とはいっても、荒野の王は力があったからなぁ」
 と、皇帝候補であった頃の荒野の王、ヴァジラの実績を引っ張り出す、微妙な声も少なからずある。ビールを飲むふりでそれらの言葉に耳を傾けているカルに「難しい……色々」とぽつり、とタマーラは口にした。
「でも、こういう声が多分……セルウスには必要なんだと思う」
 頷きながらも、そう囁くように潜めた声で言って、カルは複雑に笑った。
「いいお土産じゃあないかもしれないけどさ」
 伝えてやらないとさ、と、陽気な顔を一瞬消した眼差しは、友人のことを思う真剣な色をしていた。