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太陽の天使たち、海辺の女神たち

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●Tonight Tonight(1)

 コテージの扉が、ことんと閉まった。
 二間で一部屋、さらに寝室が二つある。これが標準的な作りなのだろう。
 眠れればそれでいい、という窮屈な宿ではなく、家族や夫婦、恋人たちがゆっくりとくつろげる場所、それがこのコテージのコンセプトだという。
 二人はバーベキューには行かず、ここで夕餉をともにすることに決めていた。
 つまり、ユマ・ユウヅキとクローラ・テレスコピウムの二人は。
「お疲れ様」
 扉を閉めて、ユマがつぎに口にしたのは、
「驚きました。実は」
 という言葉だった。
 彼女はうっすらと頬を染め、恋人……クローラのほうを向いていた。
「驚いた? 何が?」
「誘ってくれた日のことです。『当日一泊するから、着替えと水着は持ってきてくれ』って……」
「ああ、それは……」
 クローラも頬に熱を感じていた。
 確かに、自分でも大胆な発言だった気がする。けれどそのときは、『ユマとデートがしたい』という気持ちで一杯だったのだ。しっかりとそう誘った。
 ちなみに彼のパートナーセリオスは、「ボクは花壇の植え替えやっちゃいたいから」などという見え見えの理由で遠慮してくれた。でもそれが『二人きり』というプレッシャーにもなった。このあたりが大胆な発言の理由だったのかもしれない。
 一時的にユマは林鳳明たちと遊んでいたりしたけれど、クローラはほとんどの時間をユマとすごすことができた。
 泳いだり、ボートにのって体を温めたり、ランチも一緒だった。
「昼は簡単なものを外で食べたが、でも夕御飯は期待しててくれていいよ」
 というクローラは、手を洗ってエプロンをかけた。
「俺がコテージで腕を振るうから」
 拳をぐっ、とにぎりしめる。そういう彼の茶目っ気は、ユマと付き合うようになってから出てきたものかもしれない。
「ハンバーグとポタージュでいいかな。サラダもつけよう」
 材料は準備してきたという。この島で採れるものは島で、ユマがいない間に集めたらしい。
「それなら私も手伝います」
 と立ち上がろうとしたユマをクローラはとどめた。
「いいから、座っててくれ。実は、結構料理はよくやるんだ」
「でも……一緒に作りたいんです。クローラさんと」
 ユマは、はにかむように微笑した。
 ――可愛い!
 クローラは一瞬、思考が停止してしまった。
 いつも幸薄そうな、それがまた影のある魅力でもあったユマだが、今の彼女は幸せそうで、それがまた、これまでになかった魅力になっている。
 その源泉が自分なのかと思うと、もう、たまらなくなった。
「一緒に作るのもいいな」
 とクローラは言って、立ち上がったユマを、
 ぎゅっと、抱きしめた。
「クローラさん……?」
「あ……いや、特に、理由はないんだが……」
 少しだけ、このままでいさせてほしいと彼は言った。
 彼女は、うなずいて彼の頭をなでた。
 ここに2人の幸せがある。

 静かな夜、開放的な夏の空気もあってなんだか気恥ずかしい……。
 ――今までも、同じ空間で夜を過ごしたことあったのにね。
 芦原 郁乃(あはら・いくの)荀 灌(じゅん・かん)に目を向けた。
 甲斐甲斐しく、料理の腕をふるってくれた彼女に。
「……なにか付いてますか?」
「ううん。荀灌、料理の腕あげたね。美味しいご飯が食べられるって、幸せでいいことだよね」
 二人はコテージの一室にいた。やはりバーベキューには参加せず、荀灌が作った料理を二人で食べる。
「えへへ、こんなものでよければ、毎日でも作って差し上げますよ」
 郁乃に褒められ舞い上がってしまって、荀灌は思わず胸を張った。
「本当? それはいいね。期待しちゃうよ」
 ……ちょっと意味深だったか。
 互いに意識しすぎたのだろうか、二人の会話は中断してしまった。
 ――なんだか今のやり取り、新婚カップルみたいな……。
 思いながら郁乃が、ちらりと空の皿から荀灌へと目を向けると、これをまともに受けることができず彼女もうつむいてしまった。
 どうも、互いに同じことを思っているようだった。
 おいしい食事のその後はデザートの時間……デザートは……荀灌?
 ――もし……わたしが荀灌に手を伸ばしたとする…そしたら、荀灌はそれを当たり前のように受け入れてくれるんじゃないかー。
 そんないけない妄想が、むくむくと頭をもたげてくる。
「ご、ごちそうさま……!」
 いけないいけない、郁乃は声を上げることでその妄想をかき消した。
 荀灌はかわいい妹、それ以上を求めてはいけない。
「どうしたんですか、お姉ちゃん?そんな難しい顔して?」
「え、う、うん、なんでもないない。ほんとだよ……ハハハ」
 どうやら知らない間に難しい顔をしてしまっていたらしい、片付けを終えた荀灌が郁乃のすぐそばに来て、彼女の顔をのぞき込んでいた。
 心臓がドキリと縮まったのがよくわかった。
 ――って、か、顔がひどく近いっ!?
 飛び上がりそう。破裂寸前の風船のように郁乃は緊張する。
 夜なのかがいけないのだろうか、荀灌の薄着がまぶしい。
 血管が透けて見えそうなほど薄い肌、その肌が、息がかかるほど近くにある。
 赤くて甘そうな唇も……。
「あぁもぅ!」
 画鋲でも踏んだみたいに郁乃は飛び上がっていた。やましい気持ちなんてない! よからぬ行為をするつもりなどない! ないったらない! ……はず。
「き、今日はもぅ寝よう!」
「は、はいっ、明日も早いですしね!」
 無闇に緊張して郁乃の声は上ずっていた。応じる荀灌も、やはり尋常でない様子である。
 さっと準備を終えて寝室へ、ツインの部屋だ。二人はそれぞれのベッドに入った。
 おやすみの声が出るより早く、
「きゃぁぁぁ〜っ!」
 荀灌はベッドから跳ね起きて、明かりを消すので膝立ちになっていた郁乃に抱きついた。
「どうしたの!?」
「な、何かが足に触れたです」
「え?」
 がばと郁乃が荀灌の寝床を調べると、「こっちもびっくりだよ」とでも言いたげに、小さなトカゲがにょろりと這い出したのが見えた。トカゲは二三度首をめぐらすと、ベッドから滑り降りそそくさと逃げていく。
「トカゲでした」
「……だねぇ」
 荀灌は郁乃に、しがみついたまま。
 郁乃も荀灌の背中に両腕を回したままだ。
 抱擁し合っていることに気づいた二人だけれど、離れるのは忍びなかった。少なくとも、自分から離れるのは。
 見上げた荀灌の顔を、はにかむような笑顔で郁乃は受け入れる。
 それは、さしこむ月明かりのせいだろうか。
 荀灌が魅力的すぎるせいだろうか。
 こらえつつづけていた堤防に小さな傷がつき、傷は亀裂に変わる。やがて理性という名の堤防は……決壊した。
 郁乃は荀灌の唇を奪ってしまったのである。
 荀灌は抗わない。むしろ、目を閉じてこれを受け入れた。
 郁乃の両手が荀灌の服に伸びる。乱暴にその下に潜り込む。荀灌はこれも受け入れた。むしろ待っていたかのように。
「あっ……」 
 はらりと荀灌の髪が解けた。次の瞬間には、彼女の背はベッドに横たえられていたのである。
 あとは二人きりの秘密。
 それは、夏の想い出。