校長室
太陽の天使たち、海辺の女神たち
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●Fireworks(2) 昼間は目いっぱい泳いで遊んだけれど、夜はまだこれから。 バカンスも、まだまだこれからだ。 バーベキューのテーブルに、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)がついている。 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)もついている。これまでこういうものには、あまり参加しない男だったのだが。 ――すっかりリリアのペースだよね、最近。いいことだ。 エースは口には出さないが、わかっているのである。 そう、メシエの横には、リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)がいるのだ。 「ね、こういうのもいいものでしょ? 外でご飯って感じで」 リリアが元気に話しかけると、メシエは苦笑気味に返した。 「それは認めるとしてもリリア……昼間あんなに泳いだりビーチバレーしたりスイカ割りしたりと動いていたのに、本当に元気だね」 「そりゃあこういうのは楽しんだ者勝ちだもん!」 「勝ち負けの話ではないと思うのだが。ところでリリア、肉ばかりじゃなくて野菜も食べなとい、栄養バランス的に」 「そんなことないない、ちゃんと野菜も食べてます!」 メシエのペースとリリアのペースはまったく違う。食べ方、話し方、そのいずれも。けれどもそれが面白い化学反応を導き出しているというか、二人の会話をテンポ良くするのだった。 このテーブルにはジャネット・ソノダの姿もあった。エースが招いたのだ。 「ソノダさん、この滞在でパラミタの色々な姿が見れましたか?」 「そうですね。多くのことを学んだように思います。これからの方向性も」 かく言うソノダの目には光が宿っており、この言葉が嘘でないことを証明しているかのようであった。 「そうそう。パラミタ独特といえば、人はみかけによらないというか。地球と違ってここでは見かけと実年齢は全く一致しないということはご存じでしたでしょうか?」 「ええ、理屈としてはわかっているのですが、どうもまだ理解しきれないというか……」 「たとえば、です」 とエースはメシエとリリアを示して、 「メシエはあの外見で古王国の頃から生きているので五千歳弱なので」 するとメシエはおどけるでもなく、軽くグラスを持ちあげて見せた。 「つまりリリアと年の差、約五千歳。凄いカップルです」 言ってくすくすと笑うと、すかさずリリアが、 「やーん、カップルだなんて」 と両手を頬にやってふりふり、左右に振って笑いを取った。 一方でメシエは呆れ顔だ。 「五千年といっても、そんなに考え方や行動が変わるわけでもないと思うのだがね……」 「変わらないって、どういうところがですか?」 飲み物の追加を運びながらエオリアが言う。いったん手を置いて、 「あ、これは甘酒をよく冷やしたものです。日本の江戸時代では滋養にいい飲み物だと人気だったとか。だから『甘酒』は俳句では夏の季語なんですよ。試してみたくて準備してきました。ソノダさんもどうぞ」 濁った濃い白、けれどやさしく甘い香りのするグラスがテーブルに並んだ。 その甘酒を「いいものだね」と味わってからメシエはこたえた。 「他の人の言動を見ていても、五千年前と今とでもそんなにやっていることは変わらないよ。これくらいの時間では、人はなかなか進歩しないということさ。道具の便利性が違うぐらいだねぇ」 「おいしいですね」 一口甘酒を口にして、ソノダはほんのりと頬を赤らめた。色素が薄いせいかもしれないが、あまりアルコールの強いほうではないのだろう。そんな様子が少女のようで、彼女が自分の母親と同年代ということをうっかり忘れそうになるエースだった。 「さて、食材はもうちょっとだから全部焼いてしまおうかな」 エースは立ち上がってコンロの前に立つ。本日、コンロを仕切るのは彼なのである。 ――肉牛さんたち、今日も美味しいお肉をありがとう。 食材に感謝を。この楽しい時間をともにできたパートナーたちとソノダ女史にも、感謝を。 バーベキューの後は花火をした。手持ち花火をちろちろと燃やすだけのささやかなものだが、青赤黄色、それに緑……さまざまな炎の織りなす光景は、普段嗅ぎ慣れない火薬の匂いともあいまって、非現実的な光景を生み出す。 メシエとリリアは身を寄せ、静かに線香花火を楽しんでいる。 「ふふ……この可憐なのがいいわよね」 「リリアのようにかい?」 「あはは、そういうジョークをメシエが言うなんて思わなかった」 「ジョークじゃないんだが……」 ソノダも心から楽しんでいるようで、乙女じみた好奇心でエオリアに訊いている。 「彼らが楽しんでいる花火は?」 「ああ、そこれは線香花火というんですよ。派手な花火とは違いますが独特の趣があって……集中しないとすぐ火種が落ちてしまうのも面白いものです。一つここにあります。どうぞ、やってみませんか」 「そういえばさっきの派手なのは、ネズミ花火でしたっけ……色々な花火があるのですね? 私の国ではあまりこのような種類はないので」 「まあこれは日本の技術でしょうね。でも、考えてみたらパラミタと近いかもしれません。なにしろ多様という意味ではここほどの場所はありません。見た目と実年齢とか全く別ですし。生きて来た時間も違うし、時間感覚も凄く違いますし。そういう外からでは判らない多様性があります……でも不思議と何だか上手くいくんですよね」 「地球に戻っても、忘れないでおきます」 「本当に、戻りたいですか?」 エースが声をかけた。 「ソノダさんの言論活動ならば、パラミタ……シャンバラの地でも継続できるはずです。誰かパートナーを見つけて、ここに留まってもいいのでは」 エースはあえて触れなかったが、会合の後、彼女が支持基盤の女性団体から体よく追放されたのは事実である。しかしその団体自体、ソノダの支持者が少なからずいたこともあって、現在団体は分裂の危機に直面しているという。彼女がパラミタ滞在を延ばしているのは、そうしたものに巻き込まれないようにとの考えもあると思われた。 「ラグランツさん、ありがとうございます。考えておきます」 「俺のことは『エース』で結構です」 「でしたら私も『ジャネット』で」 ソノダは言ったのだ。 「だって、友人同士は、ファーストネームで呼び合うものではありません?」 夜の海岸に、打ち上げ花火が上がった。 それほど巨大なものではないが、食事を楽しみながら鑑賞するには十分である。 「フィル君、ほら、きれい!」 フレデリカ・ベレッタ(ふれでりか・べれった)が声を上げた。 「あ、本当に」 応じるのはフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)、フレデリカの夫だ。 とは言いつつも彼は、忙しく肉を切りわけて自分の分を頬張っている。 今日は泳いで遊んでほどよく空腹なのか、フィリップにしてはよく食べていた。 別に夫婦席というわけではないのだが、ちょうど二人の周囲には夫婦の参加者が多く見られた。そのなかには博季とリンネのアシュリング夫妻もおり、落ち着いた、だけど温かい、愛の糸が見えるような睦まじいところを見せている。 ――リンネさんたち、すごいなあ。憧れちゃう。 フレデリカとしては、アシュリング夫妻のような夫婦像が理想だ。 ああいう、アピールしてないのに『夫婦です。仲良しです』と伝わるような……。 ――うーん、でもでもっ、新婚なんだもの! 「フィル君、肉ばっかり食べちゃだめ!」 「え? どうしたんですいきなり?」 彼の名誉のため言うと、たしかに肉ばかり食べているわけではなかったのだが、そういえば現在は、ちょうど彼の皿には肉だけが乗っていた。 「私が入れてあげるね」 と、ピーマンだのパプリカだのカボチャだの、どーんと取って彼の皿にフレデリカは乗せた。 「はい! 野菜!」 「あ、ありがとう……」 「食べさせてあげようか?」 「え? い、いいですよ恥ずかしい」 「夫婦、それも新婚さんなんだから今さらなにを恥ずかしがるの?」 という新妻の上目遣いは、あまりに魅力的で……。 「じゃあ、お願いします……」 ついフィリップも、新妻に首を縦に振るのであった。 「はい、あ〜ん」 「あ、あ〜ん」 ラブラブ新婚カップルのような、ままごとのような、でもとても、周囲を温かくするような、そんな光景であった。 「あの……でも」 入れてもらったものを食べ終えてフィリップは言った。 「野菜ばっかりだったので、もうちょっと肉も食べさせてくれると、嬉しいんですけど……」 あっ、とフレデリカは顔を赤らめた。 「じゃあ、もう一度。えーと、あー……」 「どうしました?」 「ちょ、ちょっと待って、深呼吸するから」 すーはーと大げさに深呼吸してから、ふたたびフレデリカはチャレンジするのだ。 「あー……『あなた』……」 「もしかして僕のこと!?」 「そ、そう、夫婦だし……」 でもなんだか、とフレデリカは照れ笑いした。 「なんだか、まだ実感がわかないわね……まだ自然にそう呼べないような」 「いいんですよ。以前通り『フィル君』で」 「いいの?」 「もちろん。僕たち、ゆっくりと時間をかけて夫婦になったんです。結婚した途端にすべてがコロッと変化するほうが変ですよ。急に『なる』んじゃなくて、時間をかけてなっていきませんか? 夫婦に」 というフィリップの表情は、なんだかとても男らしくて。凛々しくて……。 だからフレデリカは、胸がいっぱいになってしまった。 彼の両手をとって、告げる。 「私、フィル君と一生、ともに歩んでいく! 前も言ったと思うけど……世界で一番愛してます」 「僕もです。あなたのいない人生なんて、僕にはもう、考えられない」 見つめ合い、二人は軽くキスをした。 今は人前、軽い口づけが精一杯。 つづきは宿泊先のコテージでするとしよう。