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人魚姫と魔女の短刀

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人魚姫と魔女の短刀

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【攻防・2】


「違いますその殿方ではありませぬ」
 グラキエスがマスクを剥ぎ取った研究者の顔を見て、フレンディスが首を振る。
「とすると、ゲーリングという男は此処には居ないな」
 二人は捕縛した研究者を相手に首実検を行っていたのだ。
「お姉様終わった?」
 大弓を手にアリッサがそこへやってくる。
「お部屋の方は終わったよ。怪我人はもう皆看てもらってるし、悪い子はアリッサちゃんがおしりぺんぺんしちゃったもの」
 アリッサがそう言う通り既に制圧済みの実験室内部で、それが起こったのは突然だった。
 エースが看ていた強化人間の一人が急に起き上がると、契約者達を襲い始めたのだ。
「石が――!!」
 エースが伝えるより早く改造強化人間を苦しめる様にポイズンアローとサイドワインダーの波状攻撃を仕掛けたパピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)だったが、彼女の腕を一等軍曹が掴む。
「なぁにぃ? ぱぴちゃんの邪魔をするの?」
「邪魔ではない、止めたんだ。
 彼等を不必要に傷つけないで欲しい。我々は彼等を助けにきたんだ」 
「んー、ぱぴちゃんは、いーっぱいひとが死にそうだから、ここに来てみたの。
 色々いじり倒されて、ボロボロになっている強化人間なんて、すぐに死にそうじゃない。
 ……ウチにいる『あの子』はまだまだなんだけど♪」
「あなたはなんという…………このサイコが!」
 罵られても一行に気にする様子の無いパピリオは、肩をすくめて踵を返す。
 此処で無駄な戦いをするよりも以前アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)につけられ、今あの部屋の中を飛び回っている改造強化人間にもはめ込まれている洗脳石の事を調べる方が楽しそうだ。
 しかし端末の画面を覗き込んだ瞬間、先程迄表示されていた情報が消え、警告音が連続して鳴り出した。
「何!?」
 慌てている間にその端末はクラッシュしてしまう。振り向く間には周囲にあった端末は同様の状態に陥っていた。
 十六凪らがコンピュータルームで行ったクラッキングの所為だろう。それを知らないパピリオは真っ黒になった画面を前に忌々しげな表情を浮かべる事しか出来なかった。
 そうしている間にやがて二体へ増えた改造強化人間を見ているセシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)は思う所があった。
 アルテッツァの洗脳石はジゼルの歌によって効力を失い砕け散った直後霧のように消え去ったが、セシリアはいつ石の力が再発するかと心配して彼に着いてきていた。
 行くときは太壱に「わたし達の無事を祈っててね」と声をかけるくらい余裕はあったが、実験室の惨状を見ていると気分がどんどん落ち込んでくる。
 おまけにアルテッツァはこんなことまで言ってくるのだから堪らない。
「ああ、それと、ボクが不測の事態により制御不能になったら、
 ……シシィ、キミがボクを倒して下さい」
 これにはセシリアも耐えきれず、アルテッツァの顔面に握りしめた拳を叩き込んでいた。
 目を丸くする彼に、セシリアは啖呵を切る。
「だって、わたしはパパーイを護りに来たのよ! そんなの絶対しないから!
 絶対生きて……そして、『わたしを作らせないで』」
 瞬間時が止まったように二人は動けないで居たが、ソフィアがドラゴンアヴァターラ・ループを投擲し風斬った音にアルテッツァはハッと我に帰る。
 怪我を負っている強化人間達と彼等に回復を施していた契約者たちへ向かう改造強化人間に、エースが応戦しようと弓を掴み、ユピリアが護衛に立つが佐那がそれには及ばないとばかりに彼等の間に入った。
 ソフィアが「ダヴァーイ!」と繰り返し叫んだ言葉に佐那が「行って!」と音を被せるのに頷いて、ユピリアが怪我人に肩を貸してエースと共にプラヴダの兵士達に護られながら入り口へ向かって行く。
「ヴァム イ カールトィ ヴ ルーキ!」
「ウラズミェートナ」
 ヴォロージャ一等軍曹にここを任せると告げられ了解と答えている間に遂に改造強化人間達が迫ると、佐那は一体の攻撃を避けつつその足を掴み、エース達が向かった方向とは別の場所へ背負う様に投げ飛ばした。
 スキルばかり使っていては彼等を傷つける事になりかねないとの配慮だったが、一体ずつ相手にしている所為で背中ががら空きになってしまう。
 勿論佐那とてそのリスクは分かっていたのだが、読んでいた気配が一瞬にして消えたのだ。
「風が……止まった!?」
 実験室は手術台に設置された明かりで普通の部屋よりも眩しいくらいだというのに、改造強化人間の姿が何処にも見当たらない。
 どういうことかと動揺していると何処からか声が飛んできた。
「後ろよ!!」
 佐那は振り向いたが迫ってきた腕は思いの他早く、掴み損ねて冷や汗をかいた瞬間、アルテッツァが放った銃声が部屋に木霊した。
 大腿部を狙った銃撃を受けた一体、そして佐那に投げ飛ばされたもう一体は体勢を整え間合いを取ろうともう一度中空へ舞い上がる。
(しかし、『強化人間』…ボクのパートナーにも一人いますが、比較的扱いやすい個体のはず……。
 しかしこの実験室の様子を見る限りではボクが見てきたのは、彼等の一面に過ぎないことを思い知らされます。
 ですが……シシィの『作らせないで』とは、一体……)
 アルテッツァがぼんやりしている間に、動いていたの陣だった。
「糞ッ! また消えやがった!」
 スキルで幻影を生み出し改造強化人間たちを撹乱しようとしている陣。
 そして二体を一カ所に集めようとサイコキネシスで槍を操るソフィア。
 しかし改造強化人間たちは姿も、気配すらもその場から霧散させてしまう。
 フレンディスが張り巡らせた糸など向こうはまるでものともしないのだ。
「狙いがつけられませんね」
 アルテッツァがスタンスを取ったまま銃口を斜め上へ向けお手上げだと固まってしまう。通常のスキルでない為にどう対応したものか分からないのだ。
 と、その時だった。佐那を助けたあの声がまた聞こえてきたのだ。
「10時! うって!」
 あの声はパートナーを助けた。ソフィアは疑う余地も無く言われた方向のギリギリ横へ槍を向かわせる。
 するとうめき声を上げて、肩を擦った一体の改造強化人間の姿が現れた。
「扉の左よ!」
 アルテッツァが扉へ銃弾を向けると、こちらも姿を現した改造強化人間が慌てて飛び出してきた。
「集中力が切れると消えた状態を保っていられなくなるみたいだわ、指示するからどんどん撃って!」
 声に導かれるままに、二人は攻撃を続ける。そして遂に二体が完全に姿を現すと、ソフィアはフレンディスの糸が細かく張り巡らされた部分へ槍を向かわせて、当初の目的通りに彼等を一カ所へと集めた。
「ヴォー イ フショー!」
 ――ここまでですよ!と彼女の言葉が改造強化人間の耳に飛び込んだ時には、彼等の身体に電流が流れていた。
「安心しろ、傷はつけない!」
 中空で動きを止める二体に、陣が真空波を放つ。
 落ちてきた一体を佐那が、一体を陣が抱きとめると、騒がしかった実験室が一気に静かになった。
 重傷者は既に運び出され、その他のものも入り口に集められて続々を施設の外へ向かっている。

 戦いは終わったのだ。