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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—

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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—
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【もう一度と願うこころ】


 ヴァイシャリーの街を出てすぐ、外れへと伸びる道がある。
 その道は人形工房へ通じる道で、またこの先には工房以外は自然しかない。つまり、ここを通る者の大半は工房に用事があるということだ。


「……あれ?」
 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は前方を歩くふたり組を見て、無意識に声を漏らした。
 青い髪の女性と、茶色いウェーブヘアの女性だ。衿栖からは後姿しか見えないので確信はなかったが、服装と雰囲気がどうも彼女たちに思える。足早に近付いてみれば話し声が聞こえ、「やっぱり」と衿栖は声を上げた。
 衿栖の声に先に反応したのは、ウェーブヘアの女性――リィナ・レイス(りぃな・れいす)だった。立ち止まったリィナは、相手が衿栖だと知って表情を柔らかくした。一拍遅れてテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)が振り返る。
「こんにちは。ふたりとも、リンスのところへ?」
「も、ってことは衿栖ちゃんも?」
「はい。プレゼント作りの手伝いに呼ばれて」
「そうなんだ。私たちもなんだよ。ね、テスラちゃん」
 リィナの、同意を求める声にテスラがはい、と微笑んで頷いた。
「差し入れもあるんです……あ」
 そして、手にしていたケーキの箱を掲げる。が、途中でテスラの視線が衿栖の手元に行った。衿栖も同じ店のケーキを買っていたからだ。
 思わず三人で顔を見合わせて、声を出して笑った。
「偶然! ほんっと偶然!」
「ですね」
「こんなところで会っちゃうのもね」
「せっかくですし、テスラさん、リィナさん、一緒に行きましょうよ。みんなで行ったら、リンス、驚きますよ」
「驚くかなあ?」
「喜ぶかも」
「かもですね。じゃ、行きましょう!」


「あれ。揃ってる」
 元気よく扉を開けた衿栖の後ろにテスラとリィナの姿を見つけ、リンスはそう呟いた。衿栖が、面白がっている顔で「驚いた? それとも喜んだ?」と聞いてくる。質問の意味がよくわからなかったが、「少し驚いた」と素直に言った。その回答はお気に召さなかったようで、衿栖は唇を尖らせてクロエの許へと歩いていく。
「あっ。えりすおねぇちゃん、きてくれたのね!」
「そうだよー。テスラさんやリィナさんも一緒だよ。ね、クロエちゃん、驚いた? それとも喜んだ?」
「えっと、みんないっしょで、うれしいわ!」
「なんて可愛らしい反応……! リンスも見習って」
「そんなこと言われても」
 リンスの抗議を無視して、衿栖はクロエにケーキの箱を渡した。ふと見れば、テスラも同じ箱を持っている。箱には『Sweet Illusion』と見慣れたロゴがあった。
「一緒にケーキ買ったの?」
「いえ。偶然ですよ」
「それはまた」
「フィルさんのお店、人気ですしね」
 ふうん、と思っていると、衿栖が戻ってきた。なにやらクロエと笑い合っている。
「というわけで! 今日は気が利くクロエちゃんから電話をもらって来たってわけよ」
「どういうわけかわからなかったけどありがとう」
「どういたしまして!」
 やたら元気に胸を張る衿栖に、いくつか仕事を頼んだ。彼女が腕のいい人形師だということはよく知っている。いてくれるのはありがたい。
 人形作りの材料を持ってテーブルに向かおうとした衿栖が、途中でくるりと振り返った。
「と、いうわけだから!」
「?」
「クロエちゃんに呼ばれて手伝いに来ただけだから」
「? うん」
「だからね、誰かに会いたいとか、そういうのはないからね!」
「??」
 それはそうだろう。今日ここに誰が来るかなんて、リンスにも想像がつかないのだ。予想して訪ねるなんて無理だろう。いつも衿栖は唐突に変わったことを言う。まあ、衿栖自体が変わっているし、と勝手に納得して、リンスはテスラとリィナに向き直る。
「マグメル、人形作りの経験は?」
「ありません」
「だよね。じゃあ俺と一緒にやろう。姉さんは……」
「大丈夫、今の身体でもやり方はちゃんと覚えてるから」
 なら安心だと、リィナにも少しお願いをした。快く受けて、リィナは少し離れた席につく。
「じゃ、こっちも始めようか」


 焦れば焦るほど上手くいかないことは、テスラ自身よくわかっていた。
 けれども、焦ってしまう。
 家で、リィナに見てもらいながら裁縫の練習をした時は、上手くできた。
 これならリンスの前でもたもたしなくて済むと、できるところを見せられると、思っていた。
 なのにどうして、実際に彼の前で手を動かすと、こうも緊張するのだろう。
 指が上手く動かない。こんなはずじゃないのに。焦燥感だけが心に積もる。
「っ!」
 終いには、針が指先を刺した。
「大丈夫?」
「は、はい。……あの」
「大丈夫なら、いい。ちょっと休憩しようか」
 焦りを、見抜かれていると思った。頷くしかない。肩を落とし、テスラはクロエのところへ向かった。
「紅茶を一杯いただけますか?」
「はぁい。おさとうやミルクは?」
「大丈夫です」
「えりすおねぇちゃんやリィナおねぇちゃんにもおのみものいれてあげよっと」
「じゃあ私、運ぶの手伝います」
「いいの?」
「休憩中ですので」
 自虐的だなあと心中で笑いながら、クロエと一緒に衿栖の座るテーブルへ向かう。
「あ。ふたり揃って。仲良しですね」
「なかよしよ! はい、おちゃどうぞ」
「ありがとう! ……ね? せっかくだから、少し話していきませんか? ほらリィナさんも、こっち」
 衿栖はリィナを手招きして呼び、テーブルの一角に女四人が集まる形になった。角を挟んでふたりとふたりが並ぶ形だ。
「わたしも、おはなし? まざっていいの?」
「いいのいいの。クロエちゃんも休憩しなきゃ!」
「そうですね。お菓子作りの人だって、休憩は必要です」
「ってみんな言ってるし。お話していこう?」
 クロエは最初戸惑っていたが、結局その場にいることを選んだ。
 さて、女ばかりが集まれば、する話なんて勝手に偏る。

「クロエちゃんの服って可愛いよね。リンスが作ってるんだっけ?」
「はんはんくらいよ。かってもらうこともあるわ」
「へえ、リンス、お洋服も作れるようになってたんだね」
「すごいですよ。小物まで作っちゃうんだから。私あいつがどこまでお客さまの無茶振りに応えられるか、ちょっと楽しみでしたもん」

「そういえばね、この間ウルスくんと行ったお店、美味しかったんだよ」
「ウルスってどんなところに連れて行くんですか? あまり想像がつかないんですけど」
「うーん、いろんなとこ。私じゃ絶対行かないなってところにも、お洒落なところにも、連れていってくれるよ」
「へえ」
「ねえリィナさん、そのお店、どんなところなんです?」
「イタリアン。パスタが美味しかったよ。私たちが行ったのはディナーだったんだけど、ランチもやってるんだって。今度みんなで行ってみようか?」
「いいですね!」
「ぜひ」
「わたしも? いいの?」
「もちろん」

 服の話。食べ物の話。とくれば次は決まってる。
「で、さ。今どんな感じなんです?」
 衿栖の質問は抽象的だったが、テスラにはなんとなくわかる。きっとリィナだってわかってる。わからないのはクロエくらいだろう。
「私は、今の距離感でいいなって思ってるんだ。今さ、わりと楽しいし」
 衿栖が自分のことを話す。テスラは、ちらりとリンスを見た。黙々と、人形を作っている。こちらの話に気付く様子はない。
「私は。……」
 だけど、上手く話せなかった。どんな感じ? 今? みっともないところを見せて、変な気を遣われた。そんな感じ? ……最悪だ。
「空回ってる感じだよねえ」
 ぽそりとリィナが言った。唐突な呟きだったので、衿栖は「え?」と疑問符を浮かべている。テスラはぼんやりとリィナを見た。
「空回ってますか」
「うーん。少しね」
「でも。だって」
「頑張り過ぎなくていいんだよ? 背伸びしなくていい。一緒に歩いていけばいいの。じゃないと疲れちゃう」
「…………」
 アドバイスだ。わかってる。共感する部分もある。だけど、それでも。
「いいところ、見せたいじゃないですか」
 少しでも良く思われたい。だから、いい女でいたい。できる女でいたい。
 そう思うのは背伸びなのだろうか。頑張るに当たるのだろうか。わからない。リンスはやっぱり、こちらに気付いていない。テスラを見てくれない。
 本当は。
 今日は。
 リンスの隣で、一緒に人形を作りたかった。
 見てもらいたかった。見てもらって、教えてもらって、リンスの凄さも知りたくて、話もしたくて、でも、今は。
「……私、帰ります」
 今は、上手く話せそうになかった。そもそもなんて言って会話を切り出せばいいかもわからない。近くにいるのに距離がある。そう感じているのは、辛い。
「わかった。私はもうちょっと手伝ってから帰るね」
「はい」
「気をつけて」
「えっ? テスラさん、帰るの?」
 衿栖が目を丸くする。クロエも驚いた顔をしていた。はい、と頷き、荷物をまとめる。足早に、ドアへ向かう。
 ふと思い立って振り返ると、リンスは顔を上げてテスラの方を見ていた。苦笑するようにテスラは笑い、「すみません」と頭を下げる。
「あまりお役に立てなくて。ごめんなさい」
 それだけ言うと、返事も待たずに外へ出た。
 来るときに降っていた雪は、上がっていた。