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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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♯6


「いいじゃない、王立砲兵隊兵舎には明日行けるんだから」
 ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)は数歩後ろを歩く大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)に何度目かの同じ台詞を口にした。
 今日と明日は午後と午前、それぞれ非番の時間があった。その時間、用意されや安ホテルで時間を潰すのも勿体無いと観光に繰り出したのだが、行き先で二人の意見は真っ二つになった。
 丈二は2012年の五輪で射撃競技の会場にもなった王立砲兵隊兵舎を提案し、ヒルダはバッキンガム宮殿とビッグ・ベンを提案したのだ。別々に行けばいいと考えるかもしれないが、非番であっても突然の呼び出しがあるかもしれないため、なるべく一緒に行動した方が有事の際に問題が一つ減るのだ。
 話し合いをする時間も勿体無かったので、一階勝負のジャンケンで行く先を決めた。勝敗の行方は語るまでもないだろう。
「もう、いつも訓練で銃使ってるのに、なんでわざわざ射撃場なのかしらね。ほら」
「いや、そうじゃなくて」
 振り返ると、丈二は足を止めていた。
「変じゃないか。さっきまで、あんなに観光客が居たのに」
「……そうね」
 見回すと、周囲には人の姿がほとんどない。
 振り返り、大きく見上げなければならないほどビッグ・ベンは近い。真っ直ぐ進むのにも苦労するほど観光客が居たはずなのだが、何故だか人の姿が見当たらない。
「この霧のせい、にしてもおかしいわね」
 今日は霧が町を包んでいた。朝はそうでもなかったが、お昼過ぎぐらいから気になるようになった。霧が出てみんな外出を控えている、というのは少し考えにくい。
 銃型HCを取り出そうと手を懐に入れた瞬間、二人の間に黒い塊が降ってきた。
「なっ!」
 あまりにも突然の事に丈二は銃型HCを取り落とす。
 一方、降ってきた黒い塊、黒い鎧のようなものを纏った人型の―――怪物! も、まるで突然二人が沸いてでてきたかのように、驚き、狼狽していた。
 咄嗟に動いたのはヒルダだ。
 観光目的の外出だったため、それらしい獲物は持ち合わせていなかったが、ウイングアーマーの効果で後方に下がりつつ上昇、距離を、取れない。
 さらなる怪物が、彼女に圧し掛かるように出現したのだ。この怪物は見た目以上に重く、ウイングアーマーの推進力では足りない。
 そのまま地面に落下する。しかし、地面にぶつかる直前に支えられ衝撃は無かった。が、すぐにその背中の上に座れて身動きを封じられる。
「どう、どう。お嬢さん」
 背中の怪物は、怪物にしては若々しい声を発した。
「お二人さんはどこのどちら様ですか? 避難指示はとっくに出てるんです、居残り組みですか? そいつはいけない。オレ達みたいな化け物に食べられちゃいますよ」
 若者の声の怪物は、カラカラと笑ってから、視線を丈二に向けた。
「お兄さんも悪い人だね、こんな場所に二人で残っちゃって、なにかのロマンスでも感じちゃった?」
 怪物の言葉はわかるが、言っている言葉の意味がよくわからない。
 丈二はなんとかひっかかった単語について尋ねる。
「避難指示って、どういう事だ?」
「そりゃ言ったまんまの……あれ、知らない? ほら、こないだうちの海軍がボロ負けして上陸阻止ができなくなったんだって―――本当に、知らないの?」
「初耳だ。それにうちの海軍って……」
「ああ―――そうか、今のオレの見た目化け物だったっけ」
 視線を送られた相手、最初に降って来た方は全力で頷いた。
「そいつはすまん。一応これでも、この国の人間なんだ。信じられないかも知れないけどな。そこら辺は本題じゃないな。今この町には大した足も無いし、見ちまった以上、放置するのも俺の気分が悪い。少しばかり、拘束させてもらうぜ」
 怪物は一方的にそう告げると、やれやれ、と本当に重い腰をあげた。
 それまでずっと黙って潰されてヒルダは、立ち上がり埃を払い落とす。最初の怪物が申し訳なさそうに頭を下げている。
 どこか人間味のある連中だ。彼らの言葉が本当であるのならば、人間、なのだろうか。とにかく、対抗する手段が手元に無いため、様子を伺うためにも抵抗の素振りはしないでおく。
「ところで、気になったのだけど、海軍は、イギリス海軍でいいのよね……彼らは何に、負けたの?」
「本当に何も知らないのですね」
 答えたのは、最初に降って来た方だ。
「ダエーヴァ、ですよ。空が落ちてきた、異形の怪物です」
 怪物は、そう答えた。
「では、あなた達は?」
「オレ達は黒血騎士団。正義の心を持った、怪物達さ」



 ゆっくりと、霧が晴れていく。
 アルベリッヒは眼前の存在するわけがない人物から視線を外せないでいた。
 相手、アルベリッヒが死んだはずだと言った、壮年の男性もまた、驚いたような表情でアルベリッヒを見返している。
 その間を、うさみみの女の子が行ったり来たりして、すぅっと息を呑んだ。
「アルベリッヒさん、あなたって人は……デヘペロさんというものがありながら……ウサァ〜!」
 最後のはちょっと悲鳴っぽかった。
 突然何か意味深な事を口走ったティー・ティー(てぃー・てぃー)を、源 鉄心(みなもと・てっしん)が小突いたのだ。
「ただでさえややこしそうな話を、これ以上ひっかきまわそうとするな」
「まだ台詞が……はい、ごめんなさい」
 ティーは鉄心にひっぱられて退場していく。
 壮年の男性は、反応に困るような視線で途中まで引きずられていくうさみみの少女を目で追ったが、深いため息のようなものを吐いてから改めてアルベリッヒに向き直った。
「君の名は、アルベリッヒ、でいいのかな?」
「ええ、ところであなたは、ルバートでよかったでしょうか」
 ルバートと呼ばれた男性は、額に手をあて、かぶりを振った。
「信じられんが、化けて出たというわけでもあるまい。まさかこんなところでその顔を、また見れるとは思わなかった。何も無いところだが、お茶ぐらいはご馳走しよう。お連れのも君の友人か何かだろうか、一緒に来るといい。ただ少し狭いのは我慢してくれ」
 そう言って、今出てきたドアへルバートは引っ込んでいった。
 アルベリッヒは同行する契約者達に尋ねるような視線を向け、大概はそれに頷いて答えた。
「幻覚にしろ何にしろ、このまま引き返そうとは思えませんしね。虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言いますし、踏み込んでみましょう」
 いい訳のようにそう言って、アルベリッヒは少し遅れてルバートの後に続いた。

 案内された室内は、謙遜などではなく本当に何も無かった。空っぽと言ってもよく、テーブル一つ無い。椅子はいくつかあったが、どれも背もたれもない簡素なもので、この部屋に誰かが生活していた形跡は見当たらない。やたら存在感を放つホワイトボード一つが、ここに何らかの意味があった事を臭わせる。
「さて、カップは人数分には足りんな」
 そう言いながら、ルバートはお湯を沸かし始めた。家具に古いコンロがあるが、ポットが置かれたのはカセットコンロだ。ガスが通ってないのだろう。
「何か代わりなるものでもあればいいが、ああ、適当にくつろいでいてくれたまえ」
 そう言って、ルバートは奥の部屋に消える。
「死んだはず、それにルバートって言えば、ブラッディ・ディヴァインの……」
 セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)はぽつぽつと記憶が繋がっていく感覚を感じる。ブラッディ・ディヴァイン、アルベリッヒがかつて所属していた、組織の名前だ。
 だが、その組織は色々あって半ば自壊に近い形で消滅した。ルバートという男はその組織を率いていたリーダーであり、多くの契約者達の前で死亡が確認されている。
「どういう事だ?」
 死んだはずの人間が、当然のように町に居てお茶を振舞おうとしている。状況も行動も、割と理解の範疇を超えている。
「フフフ……」
 セリスの思考を、マネキ・ング(まねき・んぐ)の不敵な笑いが妨げた。
「かつて、死んだはずの人物が、現在に生きているという可能性がないわけではない……」
「どういう事だ?」
「例えば……この生き証人もその一人だ!」
 ぼんと小さな破裂音、怪しい煙を撒き散らし、腕を組んだマスク・ザ・ニンジャ(ますくざ・にんじゃ)が仁王立ちしていた。
「答えは簡単ではないか……ここは、アナザーだ!」
 ばばん!
「あぁー、またアナザー絡みか……」
 結構な派手な演出の割りに、セリスの反応は冷め切ったものだった。
 マスク・ザ・ニンジャは役割をどうやら終えたらしく、両手にどこで折ってきたのか緑の葉をつけた枝を持って、こそこそと部屋の隅っこへと移動していく。
 ここがアナザーであると確信した洞察力と、演出を仕込む手際の良さには言葉が出ない。あまり、いい意味でではなく、である。
「アナザー、なるほど」
 アルベリッヒは、どうやらマネキほど洞察力は無かったようで、ここに至って初めてその可能性にたどり着いたようだ。アナザーについては、彼も最低限の知識は持っている。
 今回のイギリスでの活動に、こうして多くの契約者の助力を得られたのも、欧州に怪物が出現しており国軍がその対策活動を行っているのも要因の一つだ。変な話だが、怪物対策のための人の行き来に便乗できなければ、今回の活動はもっと小規模なものになっていただろう。
「しかし、アナザーとの行き来が可能なのは日本のみだったはずでは」
「そんなどうでもいいことよりも、我は早々にイギリスの日本料理店に我がアワビを納入しなければならないのだよ!!」
 アルベリッヒの疑問は、マネキの声にかき消された。マネキはセリスが適当に宥めようとしているが、興奮が収まるにはちょっとかかりそうだった。
 マネキが「いや、いっそアナザーでの販路を広げれば」なんて呟きだした頃に、ルバートは戻ってきた。その傍らには、アルベリッヒ達の見知った顔があった。
 大熊 丈二とヒルダ・ノーライフの二人だ。
「待たせたな。あまりいい茶葉ではないが我慢してくれ、戦時中でな、こちらも品不足でな」