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【第五幕:エリュシオン宮殿】






 世界樹ユグドラシルの中に作られ、その規模、その文化文明水準は他国の追従を許さない、と謳うエリュシオン帝国最大の都市、帝都ユグドラシル。
 その中でも一際巨大であり、帝国を象徴するのが、このエリュシオン宮殿なのである。が、その主である新皇帝セルウスは、威厳がある、と言うにはまだ些か幼さの方が目立つ少年だ。
「えーと、それじゃ、今日は留学生の施設について案内するね!」
「……セルウス陛下」
 知った顔があるのも手伝って、つい気安げな調子でそう口にしたのを、従者が潜めた声で咎めたのに、セルウスは慌てて居住まいを直した。どうやら、公式の場に出るにはまだまだ、の所らしい。 
 教導団の任務ではないため、ただの留学生の身分ではあるが、同時にシャンバラの名前を背負う立場である。そのつもりで来ていたのだが、セルウスの態度は友人を迎えるかのような気分が抜けないのだろう。トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)はパートナーの魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)と顔を見合わせ、それでも精一杯公務をこなそうとしている彼の努力を尊重して、軽く笑いを零すの留めた。


「わあ……!」
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は思わず声をあげた。
 セルウスが案内したのは、とても宿舎とは思えないような、立派な館だったからだ。
「宮殿の中に、宿舎を作ったのですか?」
「元々はさるお方に賜られていた屋敷でございます」
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が思わずと言った調子で漏らすのに、答えたのはセルウスの従者だ。
「新たに設えるには流石に時間もございませんでしたので、急拵えの不恰好なものになるよりは、と」
 その代わり内装はきちんと宿舎向けに直してあるというので、説明もそこそこにセルウスは一同を中へと案内した。入って直ぐのロビーは広く、いかにも、と言った中二階に続く階段が契約者達を出迎えた。飾られた絵画や調度品は、受け入れる学生達の年齢を考慮されてか、華美なものや古典的な意匠のものは少なく、シンプルで明るめのもので統一されている。壁際で頭を下げたのは、館に配属されたメイド達だ。
「なんだか、お姫様にでもなったみたい」
 ノーンが興奮と緊張をない交ぜにしたような声で言った。
「もしかして、部屋付きメイドもいるのかな」 
 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が言うと「ご希望とあればお付けしますが」と言う従者を制してセルウスは頬をかいた。
「止めた方がいいって言ったんだ。オレがそうだからなんだけど、部屋でまでペコペコ頭下げられるのってめんどくさいでしょ?」
 その言葉で慣れない宮殿暮らしが垣間見えて、トマスは思わず苦笑し、クリストファーは「そうですね」と頷いた。
「慣れない他国人に身の回りまで世話をしてもらうのは、学生によってはストレスになる危険もありますしね」マリエッタの言葉にノーンがこくこくと頷く。
「私ぜったい緊張して寝れなくなっちゃう!」
「だよね」
 セルウスが仲間を見つけたとばかりに相槌を打つと「お前はどこでも寝てるだろ」というドミトリエのツッコミ、に従者は軽く咳払いして「勿論」と説明を引き取った。
「ご自身の使用人をお呼び頂いても結構です」
 その為の部屋もある、と言うから、どの階級の人間が来ても良いように、との配慮だろう。まさに、その気を遣うべき良家の少女達を生徒に持つ、百合園女学院の教員である祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)は「もうひとつ確認なんだけど、この館は男女共用なのかしら?」と従者に口を開いた。
「学生の中には、非常に繊細な事情の娘さんもいるのよ。何らかの間違いが万が一にでも起こらないよう配慮する必要があるわ」
「存じ上げております。幾らか手狭ではありますが、中庭を挟んだ別棟もございます」
 入ることの出来る人数に限りはあるが、宿舎と言うより別邸と言える程に整えられ、使用人も全て女性が採用となっていると言う。流石大国らしく貴族の事情には精通しているようだ。
 それぞれの質疑が一段落ついたところで、セルウスが「それじゃあ」と声を上げた。
「次は部屋を案内するね」


 そうして通された、留学生の中でもパートナーを持つ契約者を対象とした二人部屋は、調度品は最低限に抑えられてはいたが、これも学生用の宿舎と言うには勿体ないぐらいの豪華さだった。
「こっちも広いねぇ」
 ノーンがしみじみと言ったリビングには、机を挟んでソファーが二つ。そこから短い廊下に入り、寝室への扉は両脇に分かれていて、早速寝室へ入ったノーンはその寝台の手触りにうっとりと表情を緩ませた。
「わぁ、ふっかふか」
「隅々まで行き渡ってるんですね」
 トマスも感心したように声を漏らす。流石に他国、それも互いに諍いがあった相手である分、少しの失礼も無いよう、と同時に自国の威信を示すために、細かな気配りが徹底されているのだろう。
「ここなら、落ち着いて生活が出来そうですね」
 マリエッタも安堵に息を漏らす。寝室は私室の意味が強いためか窓はなく、寝台の他に勉強用の机と椅子ががあり、クローゼットには学生の身分を慮んばかってか、若者向けの礼服がひと揃い仕舞われていた。女性用には別途ドレッサーが付くというが、箪笥などの調度品も最低限で、後は部屋を使う者にあわせて入れ替えてもらっていいと言うことだし、鍵がかかるのを確認して、クリストファーはなるほどな、と納得したように頷いた。
「でも、お風呂はないみたい」
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が言うのには、従者が申し訳なさそうに頭を下げた。
「元々個人所有の屋敷ですので、所謂浴槽はひとつしかございません」
 それも、日本人が考えるような浴槽ではなく、バスタブにお湯を汲んできて入るもので、召使いがいる前提となったものだ。なので、代わりとなるのは、何とか設置できたシャワーだけだ。これも明確にシャワールームとして区切られておらず、トイレとカーテンで区切ったのみの併設である。
「こればっかりは文化の違いもあるから、仕方ないだろうな」
 クリストファーが肩を竦めるのに、クリスティーも頷く。とりあえず、調べたいところは殆ど調べ、懸念していた点は殆どがクリアされている。
「あとは……」
 と、ちらりと目配せした二人は、従者に視線をやった。
「部屋に鍵がかかるのは確認したけど、マスターキーは使用人達が持ってるんだよな?」
「左様です。ですが、主の許可なしに部屋に入ることはございません」
 そう言って、従者は意味深に目を細めた。
「ご主人様方には、様々に秘密も御座いますので……問題ごとに慣れた使用人のみを採用しておりますので、ご安心ください」
 クリストファーの懸念を察知したかのような暗に含む従者の言葉に、こちらの国も色々と大変らしい、と苦笑しつつ、その気遣いへの感謝に二人は揃って頭を下げた。
「それから、通信なんだけど、えーっと、はいこれ」
 再び質疑応答の一区切りしたのを見計らい、セルウスが取り出して見せたのは、やや大き目の指輪の形をした通信具だった。特殊な魔法が施されているらしく、帝国全土の同様の魔法や魔法具、更には帝国内に留まらず、その気になればパラミタの中の通信と名の付く道具の全てに、相互に声を届けることが出来る、その用途で言えば携帯電話のような代物らしい。当人達は知らないことだが、ノヴゴルドが聖に渡したのと似ている。ただし、こちらはもう少し機能が限定されたものだ。国外への直接の通信は出来ないため、シャンバラへの通信の際は、前もってシャンバラ側へ送っている中継用魔法道具を使って、各部屋に備えられた通信玉で、所謂国際電話のようにして、会話することが出来るらしい。
「便利ですね」
「うん。だから……ええと、その、留学生達には、この通信具だけを使うようにお願いしたいんだよ」
 それを光にかざしたり試しにノーンやクリストファー達と通信してみたトマスが言うと、セルウスは途端、歯切れ悪く説明ししたのに、数人の空気がやや変化した。
「……他の通信手段は使えない、ということですか?」
「使えないわけじゃないけど、使わないで欲しい……かな」
 マリエッタが僅かにその表情を強ばらせているのに気付いたのかどうか、セルウスは困ったような顔で続ける。
「ええとね……それを使ってもらう代わりに、部屋には一切の監視は置かない、ってことになるんだ」
 通信手段を自国のものに限定し、他の連絡手段を封じることで、懸念事案……留学生に見せかけたスパイの侵入を防ぐ、というのは建前だ。あえてそうして制限を設けることで、他との通信手段は無いから監視はいらない、とするための理由付けである。多くは語らなかったが、ユグドラシルには、その会話内容までは判らないまでも、他国からの通信を探知する結界のようなものが存在しているらしい。テレパシーには明言されなかったが、何らかの対策がしてあると考えた方がいいだろう。
 何人かが目を見合わせる中、従者は至って穏やかに頭を下げた。
「部屋だけではなく、屋敷の中に、監視魔法の類はございません。気になりますようでしたら、ご確認いただいても結構ですよ」
 そんなものは無くても、一流の使用人とは邸の隅々までを把握しているものだ、と従者の言葉には自負がある。
「それに、双方監視をしなければならない、という関係は健全とは言えません」
「無い腹を探るのは、お互いあまり気持ちよいものじゃないだろ」
 率直に告げたドミトリエに、マリエッタは「そうですね」と頷いた。
 セルウスやドミトリエ個人は、そんな監視は必要ない、とシャンバラの契約者達を信頼しているのだろうが、その意見に全ての貴族が賛同しているはずがない。これは、シャンバラ側を信用する、と言うより、失う信用を理解できない相手ではないだろう、と言う判断であり牽制なのだ、とマリエッタ達は理解していた。
 同時に帝国側としても、留学中に何かあって国際問題になるのは避けたいと思っている、ということも把握することが出来た。とりあえずの視察はこんなところだろう、とそれぞれが心中に区切りをつけると、まるでその空気を呼んだように、セルウスがぱんっと警戒に手のひらを叩いて鳴らした。 
「難しい話はこれでおしまい! 見学なんでしょ? もうちょっと楽しくいこうよ」
 その一言で、あっという間に空気が変わり、ドミトリエや従者、そして契約者達の表情が和らぐ。もしかするとこんなところが、セルウスという皇帝の力なのかも知れない。そんな風に思っていると
「あ、そうだ、大事なこと忘れてた!」とセルウスがくるりと振り返って、少年らしい無邪気な顔で笑った。

「ここの食堂、料理がすっごく美味しいから、楽しみにしててね!」