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過去から未来に繋ぐために

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過去から未来に繋ぐために
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15章 サイクラノーシュの迷宮



 動力管や歯車、螺子、電子回路、生体組織が複雑に組み合わさったサイクラノーシュの内部は恐ろしく広大で、薄暗く、危険に満ちていた。
 契約者達が通る道は完全に一方通行だった。だが、動力管と歯車と螺子と電子回路と生体組織が連結して新たなブラックナイトを構成し、契約者たちの行く手を塞ぐ。
 最早レーダーは役に立たない。サイクラノーシュを構成するパーツ一つ一つが機甲虫であり、レーダー上には機甲虫の反応しか映らない状況となっていた。
 【ノイエ13】の形状をコピーしたブラックナイトが次々と迫り来る中、シリウスが叫ぶ。
「ノイエ13をコピーするとはいい度胸だ! ぶん殴ってやるから覚悟しな!」
「殴るのはシリウスじゃなくてボクとドライツェンだけどね……!」
 アンシャールとザーヴィスチを最深部に送り届けるべく、レイ、ノイエ13、ホワイトクィーンが協力してブラックナイトの迎撃に当たる。
 先端を切り開くのはレイだ。教導団機甲科が開発した加速装置【神速号令的附加装置】の驚異的な推進力がレイを高速化させ、サイクラノーシュ内部の道無き道を駆け巡る。
「……つぅっ……! 身体がバラバラになりそう……!」
 凄まじい移動能力だが、その分、負荷も大きい。ルカルカは必死に反動を抑え込み、レイの制御に集中した。
 レイが動く度、残像が発生した。ブラックナイトの部位バルカンを右に左に回避し、神武刀・布都御霊でブラックナイトのスラスターと両腕を斬り裂き、確実に飛行力と戦闘力を奪っていく。
「あ〜……ったく、コピーとは言え、ノイエ13そっくりの機体を壊さなきゃならねぇとはな!」
 後続のノイエ13に乗るシリウスがぼやく。彼女のぼやきに応じ、サビクがノイエ13を通じてブラックナイトに拳を振るった。
「コピーはコピーさ。気にする事は無い。――それに、色が違うから別物だ」
「突っ込む所はそこか!?」
 シリウスとサビクが漫才芸を繰り広げながらシールド一体型ライフルを連続で撃ち放つ。機晶エネルギー弾が嵐のように飛び交い、ブラックナイトのスラスターを撃ち抜いていく。
「オレ達の機体もそろそろ限界だ! 悪いが手加減はできねぇ!」
 機晶エネルギー弾でブラックナイトの動きを牽制、接近する敵に対しては新式コーティングブレイドを振るう。


 一方、ガーディアンヴァルキリーに残る鉄心が通信越しにサタディに告げた。
「今のサイクラノーシュはこれ以上無いほど危険で強力で……しかし機晶姫から離れた今、単独では余りにも脆く儚い存在にも見える」
 機甲虫は人類に裏切られたと思い込んでいる。利用された挙げ句に攻撃され、打ち棄てられたと思っている。
 恨みを忘れろなどと言える筈も無い。人の手で生まれ、人の為に働き、ある日突然に裏切られた機甲虫達の絶望と怒りは、鉄心にも痛いほどよく分かった。
 真に未来の事を考えるなら、人類と機甲虫、両者の軋轢を少しでも小さくする必要がある。今の自分に出来るのはこうして通信越しに己の考えを告げる事だけだが、それでも何かが変えられるはずだ。
「自分達のルーツさえ知らずに、ただ一つの拠り所だった筈の人間には捨てられたと思い、生まれた時からずっと一緒だったサタディさんにまで隔たりを感じて……何の為に生まれて来たのかさえ分からず、彼は破滅に向かってる気がします」
 鉄心の言葉に、サタディは短く答えた。
『王とは孤独だ。そして、民意の生贄だ』
 上に立つ者は、下に立つ者たちの代弁者でなければならない。故に白機の王は戦い続ける。機甲虫に戦意が無くなるその時まで。
 そして、王という生き物は、下に立つ者たちの生贄だ。孤独に苛まれても、猜疑心に駆られても、弱音を吐く事は許されない。サイクラノーシュを突き動かしているのは、王としての責任感……民の代弁者としての役割を果たすためなのだ。
 艦橋で事態の推移を見守る鉄心の傍らで、ティーが告げた。
「出来るなら、前回知った本当の事を全ての機甲虫に知って貰いたいです……」
 この状況を変えるには、全体にショックを与えるしかない。機甲虫全体が真実を知らなければ、この戦いに真の終わりは訪れない。
「責任感と恐怖が……同族さえ信じられないヒトの弱さが貴方たちを歴史の闇に追いやったのだとしても……それでも……」
 ――本当に誰にも愛されていなかったなど、絶対に無かった筈だ。
 モニター上のサタディは、ティーの言葉に頷いてみせた。
『……そうだな。誰にも愛されないなど、あってはならぬ事だ』


 サイクラノーシュ内部の壁面が蠢き、通路を引き延ばした。
「コクピットに至るまでの通路を限界まで引き延ばして、俺たちを少しでも消耗させる腹づもりか」
 ダリルが呟くと同時、壁面から新たなブラックナイト達が生まれた。いきなりスラスターを全開にして接近するブラックナイトを、レイが迎え撃つ。
 レイのサブパイロット、夏侯 淵が神武刀・布都御霊でブラックナイト達を薙ぎ払った。
「そこでおねんねしてて貰うぜ!」
 残像を発生させながらレイが上下左右に動き回り、ブラックナイトの剣を叩き折る。同時にスラスターを破壊し、敵機の飛行能力及び移動能力を消失させる。
 敵機を沈黙させた淵が、ドヤ顔で告げた。
「俺のイコン捌きもなかなかであろう?」
「ああ、そうだな」
 ダリルは、機内オペレーター席で機甲石がもたらす時間乱動現象を解析しており、淵の自慢を軽く受け流した。
「こらダリル、聞かぬか」
「無理無理。多分ダリルの頭の中は2人の生命体と機甲石のことで一杯なのよ」
「……むぅ」
 淵が口を尖らせる傍ら、ルカルカはダリルに問うた。
 サイクラノーシュを含む機甲虫、そしてサートゥルヌス重力源生命体に法的罰則は適用されるかどうかの話だった。
「私の立場としては、速やかに停止・拘束し法の裁きを受けさせる……べきなんだろうけど……人じゃないから法の適応対象外……って事で、ダメ?」
「俺に許可を求めるなよ」
 僅かな間があり、ダリルは溜め息をついた。
「ああ分かったよ、俺は見なかった」
 ダリルはそれっきり押し黙った。
 無限を彷彿とさせる物量で攻めて来るブラックナイトを斬り伏せながら、淵がサタディに問いかけた。
「なぁ、お前の命令で機甲虫を味方に付けるってのはできねぇのか?」
『今の私には、機甲虫に命令を下す機能は無い。今の私にあるのは、かつて彼らと共に戦った時に得た信頼だけだ』
 現在の機甲虫は3つの派閥に分割されている。女王であるサタディに付き従う派閥、王であるサイクラノーシュに付き従う派閥、そして戦いを望まない派閥だ。
 女王派の機甲虫は、サタディを信頼している。それは、サイクラノーシュに対する信頼よりも深い信頼だ。
 だからこそ、女王派の機甲虫【ホワイトクィーン】はサタディを守り、付いて来てくれている。
『……王は民の信頼を裏切る訳にはいかない。大勢の民が復讐せよと訴えれば、王はそれを体現するしかない。それが、王の役目なのだ』
 サタディの言葉を胸に深く刻み込み、イコン達が通路を駆け抜ける。
 薄暗い通路を抜けた途端、一気に空間が開けた。そこは球状の空洞となっており、壁面が生物の如く蠢いていた。
 空洞の内部には契約者達を待ち受けていたかのようにブラックナイトが密集していた。それら全てが【レイ】の形状をコピーしたブラックナイトであり、契約者のイコンの姿を捉えた瞬間、彼らは一斉に【二連機砲】を構えた。
 対地対空弾が飛び交い、イコン達が被弾していく。アンシャールはひたすらに防御体勢を取り、弾丸の雨に耐えていく。
『アンシャール、羽純くん……ごめんね……! 一緒に耐えて……!』
『俺もアンシャールも多少のダメージが覚悟の上だ。これくらいの誠意は見せないとな。
 ……大丈夫だ。皆、救うんだろ?』
『うん……!』
 歌菜と羽純のやりとりをモニター上で見たダリルが、冷静に告げた。
「敵機の密集度から推測するに……この先がサイクラノーシュがコクピットだ」
「だったらやっちまうしかねぇな!」
 レイとノイエ13は無数の弾丸を物ともせず艦載用大型荷電粒子砲を展開すると、引き金に指を当てた。
 これまでの戦闘でレイとノイエ13は激しく消耗している。この一撃が正真正銘の最後だ。
「――ここはオレたちに任せろ!!」
 シリウスが絶叫し、レイとノイエ13の荷電粒子砲から荷電粒子ビームが放たれた。稲妻迸るビームが空洞を穿ち、ブラックナイトの集団を貫く。
 破壊の渦が吹き荒れ、無数の爆発が巻き起こった。ブラックナイトが次々と爆散し、空洞が崩落し始める。
 大規模な爆発と高熱の嵐。降り注ぐ瓦礫を突っ切り、アンシャールとザーヴィスチとホワイトクィーンがコクピットに向け飛翔した。
 爆発から免れたブラックナイト数体がアンシャールらの前に立ち塞がる。僅かに機能する壁面がレーザー砲台に変形する。
 剣を振りかぶるブラックナイトを【戦慄の歌】で足止めし、アンシャールは一気に加速して駆け抜けた。
 飛翔するアンシャールをレーザー砲台が狙う。アンシャールを庇うため、ザーヴィスチが砲台の前に飛び出た。
 レーザー砲台がザーヴィスチを捉え、レーザーを照射する。ザーヴィスチは高速機動を以てレーザーを回避。後方のブラックナイトにレーザーを命中させる。
 ザーヴィスチの行動は同士討ちを狙った物だった。高出力のレーザーを浴びたブラックナイトが溶解し、爆散する。
「ごめんなさい……!」
 歌菜の呟きは、数多の爆発音にかき消された。

 アンシャールとザーヴィスチとホワイトクィーンが迷宮の奥へと消えていく。
「やったわ……!」
 彼女らを無事最深部に送り届けたルカルカがほっと溜め息をついた瞬間、異常が起こった。
 どこからか虹色の泡が湧き上がり、崩落する空洞を包み込んだのだ。
「時間乱動現象!? ハイブリッドジェネレーターは破壊したはずじゃ……!?」
 困惑するルカルカは時間乱動現象に巻き込まれ、意識を過去に引きずり込まれた。


■再現された過去■


 断片的な過去が浮かび上がった。
 かつて、百合園女学院で見知らぬ機晶姫が迷い込んだ事件があった。彼女の名は【ルーノアレエ】と言った。
 ノイズと共に過去が途切れる。時間が飛び、次に浮かび上がってきたのは碧い髪の機晶姫【ニーフェ・アレエ】の姿だった。
「初めまして、ルカルカ・ルーよ。ニーフェ、よろしくね」
「あ、は、はい! 姉をいつも助けてくださって、ありがとうございます――」


■現在■


「ルカルカ! 離脱するぞ!」
 ダリルの声に、ルカルカの意識は現在に意識を引き戻された。
 サイクラノーシュの内部では各所で爆発と崩落が起き、レイの頭上からは螺子や歯車が降り注いでいる。淵がレイを操作して爆風と落下物をかわし、ガーディアンヴァルキリーに帰還するため来た道を引き返す。
 ノイエ13と並走しながら、ルカルカは呆然と呟いた。
「なんで……? ジェネレーターは破壊されたのに……なんで、時間乱動現象が……」
 レイのコクピット内、ルカルカが座るシートのすぐ真横にサートゥルヌス重力源生命体が現れた。
『ハイブリッドジェネレーターは消滅した。だが、それに代わる物がここにある』
 何の前触れもなく現れたサートゥルヌス重力源生命体――【翼持つ黒い蛇】は、ルカルカを一瞥した。
「まさか……!」
『そうだ。君たちのイコンだ