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2024年ジューンブライド

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リアクション

「テメー何のんびりしてやがんだよ。結和ちゃんが待ちくたびれちまうだろが」
 新郎控え室の扉が開くなり、そんな言葉が飛んできた。
 コルセスカ・ラックスタイン(こるせすか・らっくすたいん)が扉の方を見れば、占卜大全 風水から珈琲占いまで(せんぼくたいぜん・ふうすいからこーひーうらないまで)がぶっきらぼうに扉を開け放っている。
 今日、今からこの結婚式場で、コルセスカは高峰 結和(たかみね・ゆうわ)と結婚式を行う。
 そして式の直前の今まで……コルセスカは一人、物思いにふけっていた。
「……なあ、せんと。以前から疑問に思っていたことがある」
「俺はせんとじゃねぇっつってんだろが! 難聴か!? 難聴かテメェ!?」
 騒ぎ立てる占卜を、コルセスカはじっと見つめた。
「どうしてお前は俺にそんなにつっかかってくるのだ」
「つかてめぇんなこと今更、わかってねーのかよ馬鹿か? 頭大丈夫か? その席代わるか、あ゛? このクソ朴念仁!」
 畳み掛けるような言葉を聞きながら、コルセスカは顎に手を当てた。
「ああ。ずっと、わからなかったんだが……さっき一人でいた時にふと思ったのだ」
「ああ゛?」
「……ひょっとしてお前は結和さんのことが……」
「お前、それマジで言ってんの?」
 好きだったんじゃないのか。と、コルセスカの言葉が口から出る前に、占卜が辛辣に言葉を被せた。
(それを言うのか。今日彼女を浚って行くお前が……)
 コルセスカを睨みつける占卜。一方のコルセスカは、あくまでも静かに占卜を見る。
「俺なりに必死に考えてみたのだが……」
「そうだと思うか? ホントに俺がそうだと、それでテメェにつっかかってると思うのか? お前が? 人の気持ちもわっかんねーお前が」
「……そう、思うのだが違うのか?」
 コルセスカに、自信はなかった。他人の気持ちには人一倍鈍いことは、コルセスカ自身が自覚している。
 だが……もしも占卜が、結和のことを好きなのだとしたら。
 口は悪いが気持ちのまっすぐな、そして、ずっと友人だと思っていた占卜を……傷つけ続けてきたのではないだろうか。
「違ぇよバカ。全然違ぇ。俺はな、テメェのことが大ッ嫌いなだけだよ」
 占卜はいつもと変わらない調子で、コルセスカを鼻で笑った。
「そう、か」
 コルセスカと占卜の間に、沈黙が流れた。
「……結和ちゃんを幸せにしねえと、呪い殺すぞ」
 背を向けた占卜が、小さく呟いたのを、コルセスカは聞き逃さなかった。
「……ありがとう、アリルディス」
「てめえ……やっぱりわざと俺の名前間違えてやがったな……!」
 ぷち、と切れたように振り返るなり、突っかかってくる占卜。
「漢字は苦手でな……」
 コルセスカは静かに言葉を返し、甘んじて降り掛かる憎々しい言葉を受けたのだった。



 一方、新婦控え室には、ルーシェン・イルミネス(るーしぇん・いるみねす)が結和を迎えにきていた。
「わあ……」
 真っ白なドレスを着た結和の姿を見て、ルーシェンは感嘆の声を上げる。
「どうかな、似合うかな?」
「うん、凄く似合うよ!」
 結和とルーシェンは軽く話をしていたのだが、結和はルーシェンの表情にうっすらと陰りが見えることに気付いていた。
「……ねぇ、るーちゃん」
 結和は、時折ルーシェンの不安を感じ取ることがあった。
 ルーシェンは、アリスだ。寂しさから生まれた存在だ。
 結和は、ルーシェンが、ルーシェン自身が消えてしまうのではないかと思っていると……そんな気がしていた。
 実際、ルーシェンはコルセスカの強すぎた自責の念が癒えてくるに従って、自分が遠からず消滅するのではないか、という想いを抱いていたのは確かだった。
「ね、るーちゃん。私、とっても幸せよ」
 結和は、それを直接ルーシェンに聞いたことはなかった。
「だから、るーちゃんも私と同じくらい幸せにならないとダメよ?」
 そう結和が微笑みかけると、ルーシェンの瞳の奥に不安がちらついた。
「ほら。……見逃したりしないわよ」
「完璧に隠してたつもりだったんだけど……結和ちゃんにはかなわないな……」
 小さく呟くルーシェンの手を結和がぎゅっと握った。お互いに目が合えば、自然と結和の表情は笑顔になる。
「大丈夫、るーちゃんにもきっと幸せな未来があるよ。私もコルセスカさんも、それを願っているから」
 結和は信じている。絶対にルーシェンは消えたりしない。幸せな未来を、生きていくのだから。
 ルーシェンの存在を言葉で繋ぎ止めるように、結和は言葉を紡ぐ。 
(……あたしが消えちゃう日がきても、こうやってあたしの存在を願ってくれる素敵な友達がいてくれたから、あたしは生まれてきてホントによかった)
 結和の言葉を聞くうちに、ルーシェンは笑顔になっていった。けれど、まだ瞳の裏には、少しの不安が残っている。
(知ってるでしょ、るーちゃん。私は魔法使いなのよ)
 願いを、想いを、かたちにする。その力は時に、世界を変える程の力がある。そう、結和は知っていた。
 消えそうな命を、存在を繋ぎ止めたことすらある。だから、
「私たちの子供と、るーちゃんの子供が結婚とかしたら、面白いのにね?」
 それは、結和とルーシェンの未来の約束。
 幸せな未来の、約束だった。
「結和ちゃんが言うとそうなる気がするね。きっとそうなるよ」
 そう答えるルーシェンの目に、もう結和は不安を読み取ることはなかった。
「さ、コルが待ってるよ? いこ!」
 ルーシェンがそう言うのと同時に、控え室の扉をノックする音がした。

 そんな、結婚直前の一時。