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記憶が還る景色

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記憶が還る景色

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■感謝の形



「かつみさん、あそこにいるのって系譜の皆さんじゃないですか?」
 千返 ナオ(ちがえ・なお)の声に、パートナーが指差す場所を見て、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は目を瞬(しばた)かせた。
「全員いるっぽいな……って、破名が居ないな」
 向こうも気づいたのだろう、集団で「こんにちは!」と揃った声で挨拶されて、二人は軽く手を上げて左右に振る。
 合流すると、わぁ、とあっという間に囲まれた。
「遊びに来てたんだな。破名が居ないみたいだけど?」
「はい。一緒に居ましたが公園に用事があるとかで引き返してしまいました。すぐに戻るそうなので心配するようなことでもありません」
「かつみさん、そこのアイス屋さんのアイス美味しいそうですよ」
 それぞれに食べている途中のアイスを見せる子供達からの報告に、ノリ気になったナオはかつみを誘う。
「ああ、じゃあ買ってくるかな。俺達もついでに食べようぜ。ナオは何がいい?」
「かつみさんと同じもので」
「りょーかい」
 同じものとリクエストされたが、ナオの好みを知っているかつみは財布を取り出してアイス屋へと向かった。
 かつみがいなくなって、妙な沈黙が降りた。子供達が静かになってキリハはどうしたのだろうかとナオを見て、くいっと首を傾げる。
「落ち着かないんですか?」
 キリハの問いかけに、予感めいた胸騒ぎに所在なさ気にしていたナオは頷いた。
「では、お願いしたい事があります。クロフォードを迎えにいってほしいのです。先に連れてくると言った佐野や小鳥遊も帰ってくる様子でもないですし、気になるのですが私達は此処から動けないので……お願いできますか?」
「公園にいるんでしたっけ?」
「はい。公園のどことまではわかりませんが、公園自体は然程広くないのですぐに見つかると思います」
「わかりました。行ってきます」
 素直な性格のままに二つ返事で了承し、迎えに行ったナオの背中をキリハは見送る。
「あれ、ナオは?」
 程なくしてカップアイスを両手に持ったかつみが帰ってきた。ナオを見送ったまま公園の方角を眺めていたキリハは振り返る。
「パートナーである貴方に断りも入れず勝手で申し訳ありません。クロフォードの迎えをお願いしたんです」
「あー、じゃぁ、公園?」
「はい」
 破名は特に何も言っていなかったが、『系譜』の古代文字について全てを網羅しているキリハが公園で何が起こっているのか察していないはずが無い。それなのに″行かせた″というのなら、何かあるのだろう。
「危険は無いんだよな?」
 率直に信じていいのかと聞けばよかったのだろうがそれだとキリハは返答を濁す可能性があるのをこれまでの経験からわかってきたかつみは、無難なレベルでの言質の取り合いに思い留まった。なんで行かせたと聞けば話は早いのだろうが、この目の前の真面目な顔をしている魔導書の少女は平然と話をはぐらかす時がある。
 それに下手に突っ込んで専門用語で話されても堪らないものがあるし、待てというのなら、待とうか、とかつみは自分を納得させた。
「転んで頭を打ち死ぬという類の事故は他として、危ない目に遭うという事は、まずありません」
 具体的な返答をもらって、かつみは、すぃ、と公園へと視線を向ける。



…※…※…※…




 薄い柔肌を包む温もり。
 しっかりと抱かれた一歳ほどの赤子は視界に映る男女に眩しそうに目を細める。
「お。笑ったな」
「あ、ほんとね」
 赤子は男性にそっくりで、女性にもそっくりで、男性と女性のどちらの面影を強く残し、一目で二人の子供だとわかる。
「幸多ちゃんは、ごきげんですねー」
 名前を呼ばれ赤子――ナオは、ぷっくりとしている頬を女性に軽くくすぐられて堪らず笑い声をあげた。
 機嫌が良い時でも悪い時でも「幸多は元気がいいな」とか「幸多ちゃんはしっかりしてるのね」と、ナオの一挙一足に一喜一憂ならぬ一喜一喜してずっとにこにことしている二人。
 少しばかり親ばかな所があるものの、どこにでもいる普通の夫婦。
 普通の家族。
「なぁ、そろそろ抱っこ変わってくれよ」
「えー、どうしようかしら」
 ちょっと取り合いになるくらいには二人共、ナオが可愛くて堪らないらしい。
(あぁ、両親に抱っこされてる)
 幸多と呼ばれていた頃のナオ。一歳になったばかりの体ではできることも少なく、ただ、抱かれるままに二人に委ねるだけ。
 小さな体に一身に受ける祝福と愛情。
 幼すぎて思い出せない愛されていた記憶は、今、視界いっぱいに広がっている。
 言葉は無くても、好きだと頬を撫でられ、愛していると抱きしめられる。
 心が二人の温もり満たされ、至福に揺蕩い、微睡むように浸る。

(嗚呼……伝えなきゃ)

 気持ちが、芽生えた。
 破名を迎えに公園に来たはずなのに、どうして自分が赤子に戻り、古い記憶に幸せを感じているのか理解が追いつかないナオではあったが「伝えないと」と、焦る。
 一歳の赤ん坊という言葉が上手く発せれないこともあって、焦る。
 今しかないと思った。
 今しか伝えられないと思った。
 遥か遠い日に別れてしまった二人に″伝えたい″と強く想う。


 心配しないでください。
 物知りな先生や、
 俺を実の弟のように可愛がってくれる人や、
 懸命に俺の幸せを願ってくれる人達にかこまれて幸せに暮らしてます。


「あー、うー」
 としか声が出せない自分がもどかしい。
 気持ちを紡ぐにはどうしたらいいのだろう。
 産んでくれてありがとうという言葉すら難しい。
 ありがとうという言葉すら難しい。


 どうすれば二人がくれた幸せを少しでも返せるんでしょうか?
 お父さん。
 お母さん。

 小さな手を伸ばす。

「ぱぁ……ぱ」

「まぁま」


 たとえ、夢で終わる事になろうとも、思い出せないままで終わろうとも、
 二人が確かに驚き泣いてしまうほど喜んでくれた事は、白霧が晴れる最後の瞬間まで、ナオの中に残された。

 伝えたい想いは、伝わった。



…※…※…※…




「なかなか帰ってこないな」
「そうですね。見つからないのでしょうか」
 かつみに、ベアトリーチェが頷いた。
 何となく先に食べる気も起きずただ持っていたカップアイスの中身は半分くらい溶けてドロドロになっていた。ソフトクリームじゃなくてよかったと思いながら、かつみはベアトリーチェとシェリーの二人に肩を竦めてみせる。
「心配?」
 かつみが聞くとベアトリーチェは「いいえ」と首を振り、シェリーは「かつみのが心配してるって顔してるわ」と返された。「そうかな」と思うかつみだが、己よりもパートナーを優先する彼は自分が思っている以上に頻繁に公園入口の様子をちらちらと伺っている。
「シェリーさん!」
 声に気づいてかつみがそちらに顔を向けると、
「舞花!」
 横断歩道を渡り始め御神楽 舞花(みかぐら・まいか)にシェリーが嬉しそうに駆け寄るところだった。