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消えゆく花のように

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消えゆく花のように
消えゆく花のように 消えゆく花のように

リアクション


●Δ

 まだ戦いが始まって、一時間も経過していない。
 だがこのとき戦いの趨勢は既に決していた。
 次々に手元のモニターに表示される状況を見て、クランジΔ(デルタ)は溜息をつく。
 諦めが半分、それでも、なにか悟ったような表情が半分、そんな顔つきであった。
 彼女がいるのは暗い一室だ。1950年代の高級クラブのようなデカダンな空間である。テーブルはマホガニー、柱は大理石、真っ赤な絨毯が敷かれている。いずれもぴかぴかに磨き上げられているが、その実、どこか空虚な見栄えをしていた。
 デルタは、これまで六分割していたモニターを、ただ一つの表示に変えた。
 それは、契約者たちの上陸地点。
 波に洗われ赤茶けた岩礁地帯だ。
 そこにはたった一人だけ、奇妙な行動をとっている人物が映っていた。
 奇妙どころではない。彼……アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は、他のメンバー19人すべてがいずれかの洞窟に姿を消してからも、まったく上陸地点から動いていなかったのである。
 アルクラントは波打ち際に腰を下ろすと、丹念に銃(ライジング・トリガー)の手入れをしたり、ベレー帽のほつれを直したり、ただ無言で波を眺めたり、なにひとつ戦闘的な行動を取らなかった。
 最初、デルタは彼を無視しようとした。
 彼にかかわっている暇などなかったからである。
 なのにそれならそれで結構というのか、アルクラントはただじっとその場で休息していた。放置しておけば、いつまでもそのままでいそうにすら思えた。それこそ、放牧されている羊のようにマイペースで。
 やがて業を煮やしたかモニターを注視しながら、デルタは手元のマイクのスイッチを入れていた。
「失礼」
 怒りをにじませないよう気をつけてはいるが、どうしてもフラストレーションが洩れているような声色だった。
 おや、とアルクラントは気がついて周囲を探した。
「無駄だよ。スピーカーは埋めてある。見つけたところで、あたしのところへはたどり着けやしないだろうけどさ」
「そうかい」
 モニターのなかのアルクラントは微笑して、腰を下ろしたまま伸びをした。
「その声はクランジΔだろう?」
「そうだよ」
 と言ってデルタは続ける。
「アルクラント・ジェニアス君……君はなにをしに来たんだね? ここに」
 するとこともなげにアルクラントは答えた。
「指名されたから来ただけさ、君に」
「それなら5つの鍾乳洞のうち1つを選んで……」
 それを遮って彼は言った。
「なぜ、私が指名されたんだろうね?」
 デルタの発言を許さずアルクラントはすらすらと続ける。
「そりゃあ、それなりの功績を残してきた自負はある。だがクランジと関わったのは……パラミタに着たばかりの頃。言ってしまえばその他大勢の一人として、だった」
「指名の理由かい? それはあたしが、面白そうな人間をピックアップしたからさ」
 アルクラントはわかったのかわかっていないのか、どうにも決めかねるというような顔をして、
「まあそれはそういうことにしておこう。……では私からも回答だ。『なにをしに来たか?』その返事は、『君と話をしに来た』に尽きるね。どうやるべきか悩んだのだけど、こうして動かないことが一番てっとり早く、デルタ、君と接触する方法だと思ったんだよ。待ってればそっちから話しかけに来る、ってね」
「ふざけた人間だね、君は」
「でも、『面白そうな人間』って見立ては当たってたって言えないかな?」
 立ち上がってアルクラントは、正面(と思われる方向)に顔を向けた。
「自分たちの国……生きていく場所を求めているという、かつてのΘ(シータ)たちの気持ちはわからなくはない、と私は言ったことがある。だがデルタ、君から感じるものは……それではないうように思う」
「ほう? じゃあなにを感じた?」
「赦しでも、救いでもない。
 恨みでも、怒りでもない。
 私は考えた。君がこの戦いを『ゲーム』と呼んだ理由を」
「ご高説を拝聴しようか」
「なんのために生まれて、なにをして生きるのか、君はそれを知らずにいられなかったんじゃあ……ないだろうか。だから、ゲーム、なんだ。
 自分が置いて行かれたわけじゃないと。
 自分はまだここにいる……終わっていないと。
 生きているのは現在でも、未来でもない。自分のいる場所なのだ、と」
「アルクラント……君にあたしの、なにがわかるっていうんだね」
「怒ったね? なら、図星ということかな」
「…………」
「もうひとつ、君を怒らせることを今から言う」
 アルクラントはいくらか勿体ぶって間をとり、それからやおら告げたのである。
「このやりとりは配信されている。『電脳を支配する者』、教導団のダリル・ガイザックへと」。
 ダリルは有機コンピューターと渾名される男だ。高い読解力に加え、電脳支配と電子変化を使いこなす。その能力があれば、アルクラントからもたらされた情報だけでもデルタの所在地を特定することはたやすい。
「そんな馬鹿な……!」
 思わずデルタが口走ったまさしくこのとき、彼女の側頭部が火を吹いた。
 デルタは声にならない悲鳴を上げ、もんどりうってその場の椅子から転がり落ちた。
 デルタのシルクハットは吹き飛んでいた。
 その下、桃色の髪の頭部から、赤いものが滴っている。
「ダリル・ガイザックかい? ……こんなに早く……!?」
 立ち上がってデルタは侵入者に目をやった。
 天井が破られており、そこから飛び込んで来た者を。
 ダリルではなかった。それは、両手に三本ずつの長い電磁鞭を持った一機のクランジだ。
「ファイ……あんたかい!」
「本機はこの機会を得て、クランジすべての罪を清算する」
 ファイ、いや、正しくはデルタの創り出したΦc(ファイ・クローン)の姿であった。
 Φcはこのときを待っていたとばかりに、薄笑みを浮かべてデルタに近づいてくる。
「反旗を翻す……だと、泥の塊が、創造主たるこのあたしに!? 中途半端に本物の記憶を引き継いだのが失敗だった……!」
「……汚れきった本機も……デルタも……人並みの幸せなど……」
「そんな言葉、聞きたくないね!」
 デルタが腕を振ると、Φcは瞬時にして泥の塊となって消滅した。
「まったく……どいつもこいつも……!」
 ぶつくさと言いながらシルクハットを拾おうとしたデルタの手は、一発の銃弾に撃ち抜かれている。
「来たのか……」
 そう、
「デルタ、お前は心を持った『兵器』だ。その事実は、俺にも該当する」
 来たのだ。
「心を持った兵器同士、存在意義を賭けて戦おう。だが人との繋がりも大義もないお前に、俺は負けるわけには行かない」
 ダリル・ガイザックが。
 ダリルはΦcの後を追うようにして、天井から飛び降りてデルタの前に姿を現していた。