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そんな、一日。~九月某日~

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そんな、一日。~九月某日~
そんな、一日。~九月某日~ そんな、一日。~九月某日~

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5


 先日あった、パラミタ史上に残る一大事も無事、片がついた。
 それ以後これといって目立った事件もなく、日下部 社(くさかべ・やしろ)の日常は以前と同じように平和な時を刻んだ。
「っちゅうわけでリンぷー! 仕事の依頼に来たでー」
 なので今日、社は久しぶりにこうしてリンスの工房へと顔を出したのであった。
 丁度仕事の合間だったのか、手を止めていたリンスは社へと顔を向け、「仕事?」と首を傾げている。社は、机を挟んでリンスの正面に来るよう椅子を引き、「せや」と言って笑った。
「来月はハロウィンやろ? このイベントにウチが乗っからんわけいかへんやん」
 声を弾ませ答えながら、社は作ってきた企画書類をテーブルの上に広げる。
「こういった感じにしよう思てんねやけど」
「結構大々的だね」
「せやろ? それでな、リンぷーにはイベントの装飾用の人形と、劇に使う人形を作ってもらいたいんや。時期的に忙しくなってくる頃やと思うけど、頼めるか?」
 依頼がぎりぎりになってしまったことを申し訳なく思いつつ尋ねると、リンスはさほど考える風でもなく、「いいよ」と答えた。


 社が仕事の話をしている最中、日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)はクロエと窓際に並んで立っていた。
「外はすっかり秋だよねー!」
「ほんとね。すずしくて、まいにちきもちいいわ」
「だよね! 夏も良かったけど、秋もいいよね。ちーちゃん秋好きだなー。焼き芋とかもできるもん!」
「やきいも?」
「うん! 昨日ね、やー兄と作ったんだよー! こーんな大きなさつまいもで!」
 千尋は、クロエにも伝わるよう、両手でさつまいもの大きさを示す。昨日のお芋は本当に大きくて、食べるときが大変だった。もっとも、それも楽しかったのだけど。
「湯気がね、すーっごいいっぱい出て、もくもくだったんだよ〜」
「それって、なんだかわくわくするわね!」
「うん! 楽しかったー、今度クロエちゃんも一緒に作ろうねー」
「ほんとう? わたし、やきいもってやったことがないの。やくそくよ!」
 きゃあきゃあと両手を取って喜んで、小指を絡めていつかの約束を交わす。
 それからも、会っていない間の話をしたり、響 未来(ひびき・みらい)の用意した衣装を一緒に着たりと楽しい時間を過ごした後で、
「やー兄が地球に帰っちゃうんだー」
 二人きりでソファに座りながら、千尋はぽつりと呟いた。
「じゃぁ、ちーちゃんも帰っちゃうの?」
「ううん。最初はね、ちーちゃんも一緒に行こうって考えたんだけど、地球には地球のちぃちゃんがいるし、それに、ミクちゃんの仕事も手伝いたいって思ったから、パラミタに残ろうって思うんだ」
 千尋の言葉を聞いて、クロエがしゅんと眉根を下げた。千尋の寂しさを一緒に感じ取っているようだった。
「あのね。ちーちゃん、パラミタ離れたくないって思ったんだよ」
「え?」
「こっちには、クロエちゃんもいるから。ちーちゃん、まだクロエちゃんともっと一緒に遊びたいもん」
「ちーちゃん……」
「だからね、これからも一緒に遊ぼうね?」
 最後、恥ずかしくなって笑うと、クロエも嬉しそうに笑った。それからぎゅっと千尋の首に抱きついた。恥ずかしいような、嬉しいような、楽しいような気持ちで千尋は微笑み、クロエのことを抱き締め返した。
 クロエの身体に体温はないはずだけど、なんだかとても温かく感じた。


 仕事の話が一段落したところで、社の耳に千尋とクロエのやり取りが聞こえてきた。
 話の内容はリンスにも聞こえたらしく、リンスは社のことを「そうなの?」とでも言いたげな目で見ていた。それに頷くよう社は首肯し、「そろそろ、な」と呟いた。
「パラミタに来て、こうやって芸能事務所なんて作ったりもしたけど……そろそろ実家の仕事も勉強していかな、なんてな」
「実家、神社だっけ」
「せや。神主さんやで」
「なんかイメージ湧かない」
「俺も。けどまぁ、いい加減身ぃ堅めんとなーって。せやないと……」
 進路を決めた理由を頭に思い浮かべる。それだけでどこか気恥ずかしく思え、言葉が途切れた。
 けれどもきちんと伝えておきたいと思い、社はこほんと咳払いをする。
「……親に彼女のことも紹介しづらいやん?」
「ああ。なるほど」
「ん。せやからそのためにも、しばらく地球の方での生活に戻ろうと思うねん」
 いつから行くのかは決まっていても、次、いつパラミタに来るかはわからない。
 だから、出る前に一度は会って話しておきたいと前々から考えていたのだった。
「ま、とりあえずはハロウィンのイベントを成功させるのが第一やけどな」
 と明るく笑い飛ばすと、リンスも小さく笑って「そうだね」と言った。
「そのためにも人形作り、しっかり頼むで〜!」
「任せてよ」
「お。こういう場面でリンぷーが言い切るの、珍し」
「たまにはいいでしょ」
「ありがとな」
 答えながら発注書にすべて記入し終えると、リンスが「年末年始は?」と聞いた。
「神社なら帰るの」
「せやな。実家の仕事手伝ってると思うわ。もしリンぷーとクロエちゃんが地球に来ることあったらウチに初詣しに来てや」
「いつか行くかも」
「ほんま? まあリンぷーリップサービスしないしな。楽しみにしとるわ」
 リンスは社の返答にふっと笑ったあと、思い出したように「あ」と声を上げた。ん? と社がリンスを見ると、リンスは「事務所」と短く答えた。
「どうするの?」
「あー、それは」
 社は、くるりと振り返る。
 視線の先では、未来が衣装を広げ、「クロエちゃん、次はこっちを着てみて! ちーちゃんはこっちよ、この色の方が似合うから! 小物はこれね!」と楽しそうな声を上げていた。
「未来にしばらく任せることにしてんねんけど……」
「…………」
「そう警戒した目で見んといて。あいつあれでも真剣やねん」
「うん……」
「まぁ問題は……」
 ない、と言いかけた社の耳に、未来の「生きるって素晴らしいわねっ!」という声が聞こえてきた。確かに、生きることは素晴らしい。けれど、友人宅で突然大声で言うことでもない。明るいのは未来の持ち味だけど、たまに周りが見えなくなるので。
「問題は、ない、はずや」
 言葉を濁して、社は苦笑しておいた。