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そんな、一日。~某月某日~

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2024年10月31日・朝


 この日最初の客は、リンス・レイス(りんす・れいす)のよく知った人だった。
「おはようございます」
「早いね」
「この後用事がありますので。こちらは手土産です、どうぞ」
 にこり、と綺麗に笑ってセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は白い箱を差し出した。ケーキ屋でよく見かける箱だ、と思っていたら「パンプキンパイです」と声をかけられた。今日がハロウィンだからだろう。
「例の言葉を言うべきだった?」
「あら? 俗っぽくなりましたね」
「何年かやってれば馴染む」
「なるほど」
「何か飲む?」
「お構いなく。先に申し上げた通り、用事がありますのですぐに帰ります」
 セラフィーナは、やはり綺麗に微笑んだ。リンスはなんとなく背筋を伸ばす。なぜか少し緊張し、喉が渇いた。やっぱり飲み物、用意すれば良かった。そう思った。
「以前鳳明が話したと思いますが、少しの間パラミタから離れることになりました」
 行ってしまうのか、と思った。言わなかったのは、自分が止めたりはしなかったからだ。
「ワタシもこれから地球に向かわねばなりませんが、その前にリンスくんにお話が」
 返事が上手く出来なかったので、リンスは黙ってセラフィーナの目を見つめた。澄んだ緑の目が、真っ直ぐにこちらを見つめ返していた。
「あなたは今、夢を見ているような感覚だと思います。皆から愛され、この時間が永遠に続くと思えるような、そんな夢です」
 ああ、と心の中で頷く。そうかもしれない。そう思っているかもしれない。そう、願っているのかも。変わってほしくないと、このままでいたいと。
「ですが夢は醒めるもの」
 ――ああ。
「現実に戻り、前に進むために……二人の女性に答えを出さなければいけない時がきています。
 ……答えを出さないということは、時に拒絶の意味を持ち、他者を傷つける残酷な行為です。それをどうか、覚えておいてください」
 ゆっくりと言葉を紡ぎきったセラフィーナは、深々とお辞儀をした。それから、くるりと背を向けて工房を出て行く。
 彼女が出て行ってからもリンスはすぐには動けず、白い箱のてっぺんをぼんやりと見ていた。
 立ち止まっていたらいけないと、本当にわかっていたのだろうか。
 答えを出す気は、ちゃんとあったのだろうか。
 ただその時を壊さないように、聞こえのいい言葉で、いやそれすらなく、誤魔化していただけなのではないか。
 そもそも。
 自分が変わらなくても、他の人は変わる。
 鳳明は地球へ行く。
 いや。
 それを拒むことはできた。けれどしなかった。それはなぜ。
「矛盾してる」
 低い呟きは、溜息と混ざって床に落ちた。