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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

リアクション公開中!

終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●カーネリアン・パークスと模擬戦を

 あまりの衝撃に、南西風 こち(やまじ・こち)は思わず立ち上がっていた。
 目に見えるほど濃い闘気が、ふたりの間にながれている。
 すなわち、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)と、
 カーネリアン・パークス(かーねりあん・ぱーくす)との間に。
 グランドにスライディングして拳銃を拾うと、カーネリアンはこれを続けざまに撃った。それも、スライディングの勢いそのままに、稲妻の速度で横転しながらである。
 ぱっ、ぱっ、と弾痕が壁に生まれる。何発かはリナリエッタを掠めもする。
 だが決定的に命中する軌道の弾だけは、物理的にあり得ない角度でカーブし、まったく無関係な場所に着弾した。
「これね、悪疫のフラワシの力で牽制した上、グラビティコントロールで軌道をねじ曲げたの。だから当たらないのよね。遠距離攻撃は無駄なの」
 リナリエッタは朗らかな口調だが、一瞬とてその場にとどまることはない。話しながらも忙しく位置取りを変え、時には障害物を盾にする。その一方で、なにもない空間から火焔弾を撃ちだしてカーネリアンを狙った。動作一つ一つは素早くまた間断がなく、まるで早送りの映像を見ているかのよう。
「……」
 早送り、ということならカーネリアンも同様だろう。銃が無力と理解するやこれを捨て、投げ捨てた銃でリナリエッタの視線を惹いた刹那、ぱっと床に飛びついてナイフを束で拾うと、次々とこれを投擲してくる。
「だから遠距離攻撃は無駄だって言っ……」
「近距離だ」
 ただの一跳びでカーネリアンは、リナリエッタの懐に飛び込んでいたのだ。
 そこからナイフで突く。
 しかも両手の指の間に挟んで、手刀のようにして烈風の如く突く。
 突く。
 突く!
 その様は、野生のグズリが狼のような強大な的に襲いかかる姿を思わせる。
「これは……っと!」
 リナリエッタは超人的な体の柔らかさを見せ、仰け反るようにしてブリッジの姿勢をとってカーネの攻撃をかわすとフロアを蹴って後転、さらに後転を瞬く間に三度続けてカーネリアンから距離を取った。
「まったく、油断も隙もあったもんじゃない。だから楽しいんだけどー!」

 リナリエッタが白百合団OGとして、またエリュシオン帝国第七龍騎士団団員として百合園女学院を表敬訪問したのは、『蒼空の絆』の件片付いて数年経ってからのことだった。
 表敬訪問というと聞こえが良いが、その実はたまの休暇、することもなかったのでたまたまヴァイシャリーに遊びにきたというだけのことだった。
 その際、百合園側から新設の戦闘術訓練室を案内され、「せっかくなので稽古をつけてあげてください」と言われたのは、文武両道を重んじる女学院の教育方針としてはそれほどおかしなことではない。
 だが、リナリエッタは困ってしまった。
「やっぱか弱い女の子相手に稽古つけるというのはどーも欲求不満……ごほ、物足りないのよねえ……」
 そこで彼女はふと思いつき、こう提案したのである。
「ね? 友達で百合園OGの、カーネリアン・パークスちゃんを呼びだしてもらえない? 模擬戦の相手にはちょうどいいと思うの」
 間もなくして、不服そうな表情とともにカーネリアンが出てきた。カーネリアンの義理堅い性格は変わっていないようだ。一も二もなく飛んできた、という様子である。
「OG会から急な呼び出しが、と言われて駆けつけてみれば……」
「やっほーお久しぶりー。百合園女学院のOGでーす! ……はいはいそんなに怒らないでよーカーネリアンちゃん」
「……怒ってはいない。元々こういう顔なだけだ」
 ごく簡単にそういうカーネリアンだが、声色が、一雨来そうな午後の空という感じであまりよろしくない。
「本当? 最近はカーネリアンちゃんアイドルグループに入って活動してるから、色々なところで目にするようになったけど、テレビや雑誌じゃこんなブスっとしていないような……」
「メイクだ」
「え?」
「メイクの魔法だ」
 言い切った! それが本当なのかどうかはともかく、カーネリアンはかく言い切ったのだった。カーネリアンちゃんなんだか少し、キャラが変わったかも――とリナリエッタは思った。
「……用がないのなら帰るぞ。そのアイドル活動の練習を抜けてここまで来ている」
 と立ち去ろうとする彼女を慌てて止めて、リナリエッタはこの場所で模擬戦をやりたいと申し出たのだ。
「お姉さん本気を出して戦ってみたいのよねー。カーネリアンちゃんも本気出していいからさー、ねー?」
 戦闘術訓練室というのは、最近の百合園が自慢にしている設備だそうで、構造は透明なドーム状、一般的な体育館くらいの広さがある。
 ドーム内の白いグランド(床)は特殊な構造になっており、コンピュータ操作によって床の材質を変形させ、様々な障害物を瞬時に、自由に構築することができるという。訓練用の武器も生み出すことができるそうだ。
 銃や剣などの武器はすべて、質感は本物そっくりだがイミテーションで、実際に当たっても印がつくだけで怪我をすることはない。構築できる環境は事実上無限であり、戦闘シミュレーションを行うには夢のようなシステムだといえよう。これはかつてクランジΔ(デルタ)が使っていたテクノロジーを、本人の協力を得て援用したものだと言われている。
 ところが手を合わせて頼んだのに、
「断る」
 とカーネリアンはにべもない。
 だがここで援軍、南西風こちがすがりついたのだ。
「こちからもお願いします。今はまだ戦えませんが、もっともっと強くなって、マスターを守る子になりたいんです。そのための勉強として、おふたりの戦いを見学させてください」
「……」
 カーネリアンはしばし、無言でこちを見つめていたが、やがて、
「……短時間だけだ」
 と同意したのである。
「やったー!」
 リナリエッタは思わずVサインを作って、こちとカーネに見せていた。
 戦場には、瓦礫のような障害物をほうぼうに配置した。
 そしてフロアじゅうに剣や銃、ナイフなど大量のぶきをランダムにバラ撒いている。
 ドームの外には百合園の生徒が多数、二人の決戦を見守るべく集まっている。
「さあて、模擬戦のはじまりはじまりー!」

 さて場面は戻って、
「だから楽しいんだけどー!」
 と言った瞬間、カーネリアンの足元から火焔が噴き上がった。
「これぞ焔のフラワシの力! 抜け目なくやらせていただいたわよん!」
 火焔の効果は一瞬だったが、カーネリアンに隙を作るには充分だった。
「こんな裏技もできるのよー!」
 この言葉の「こんな」のあたりまで、リナリエッタはカーネリアンから三メートルは離れていた。
 だが「できるのよー!」と言ったときの彼女は、首を伸ばすだけでカーネリアンにキスできるほどの距離に急迫している。
 瞬間移動、ポイントシフトとグラビティコントロールの合わせ技である。
 だが近すぎた。リナリエッタの右フックがカーネリアンの側頭部をとらえるも、
「させるか!」
 カーネが自分から頭突きして来たため勢いは消され、そのまま火花が散って両者はまた離れることになった。
「ふふ、かつては白百合団の切り込み隊長と呼ばれていた私の力見せてあげるわ」
 この『切り込み隊長』は自称なのだがそれはさておき、リナリエッタはぶっと口から血の塊を吐き出すことになった。さっきの一撃で口内が切れたのだ。
「じゃあもう一度瞬間……」
 まただ。
 リナリエッタの姿が消えた。
「移動ーっ!」
 リナリエッタが出現した。
 最初とまったく同じ位置に。
 裏をかかれた――! 当然急迫してくると思ったカーネリアンは背後と眼前を警戒していたので反応が遅れた。
「ごめんねフラワシちゃんを感じられないんだよね、カーネリアンちゃんは」
 広げたリナリエッタの両腕、その周辺から火焔弾が、数え切れないほど出現した。黒煙を上げて一斉に飛び弾幕を作り上げる。
 ――勝った。
 リナリエッタは直感した。
 これだけ一斉砲火を浴びせれば避けられまい。
 火焔弾はヴァーチャルではなく本物なので、カーネリアンを火傷させてしまうことが少し気の毒ではあったが、それくらい彼女は覚悟していたはずだと信じた。
 だが、
「……!」
 カーネリアンは避けなかった。むしろ逆に、両腕で顔をかばうようにしてリナリエッタの元に飛び込んで来たのである。
 無論火焔弾はつぎつぎ着弾するも、動かないでいるよりずっと被害は小さい。カーネは腕を広げリナリエッタの腰にタックルした。
 そしてリナリエッタの姿勢を崩し、柔道の絞め技をするように彼女の襟首に手をかけたのである。
「グランドの攻防ってやつ? 負けないんだから……!」
 それならリナリエッタも心得たもの。逆にカーネリアンの腕関節に長い足を絡めて……。
「そこまで! そこまでです! マスター、カーネリアンお姉さま!」
 こちがドンドンと透明のドームを両手で打ち付けて叫んでいた。
 事前に決めておいた制限時間が来たのであった。

「さあ、お茶をどうぞ」
 庭に敷いたレジャーシートの上で、こちはリナリエッタとカーネリアンに、それぞれ紅茶のカップを手渡す。
 戦いが終わればノーサイド、反省会兼お茶会となったのである。すでに場所もお茶もこちが準備を終えており、リナリエッタとカーネリアンは、応急処置だけした状態で座についていた。
 天気は上々、ちょうど春頃ということもあって気温も穏やかだ。
「どうです?」
 こちが問うと、それまで憮然としていたカーネリアンは、茶を口にして意外そうな顔をした。
「美味いな」
「でしょ?」
 リナリエッタは内心ほっとしていた。カーネリアンがこの日、やっと穏やかな言葉を口にしたからだ。
「うちの子はレディとして完璧なんだからー。それにしても、このお茶菓子もいいわね、どこから持ってきたの?」
「自宅です。実は、こんなこともあろうかと、今朝のうちに作ったものを持ってきていたのです」
「さすがは……!」
「気の効くことだ」
 同時に感嘆をもらしたリナリエッタとカーネリアンを見て、こちは得意げに言ったのだった。
「では今回の勝負は、こちの勝ちということで」
「勝負?」
 と言うリナリエッタに、お忘れですか、とこちは返した。
「女子の戦闘員なら戦闘以外でも勝ちなさいというのがマスターの信条、ならば最高のおもてなしでおふたりに感銘を与えたということで、このお茶会はこちの勝利なのです」
「これは一本取られたわね!」
 リナリエッタは声を上げて、シートに背中をあずけ、空を見上げた。
「そうだな」
 カーネリアンは微笑みを浮かべたりしない。
 ……しないのだが、その声は穏やかなようにこちには聞こえた。