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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●Fading like a flower

 大廃都周辺に位置するゴーストタウン。
 そこに位置する、朽ちかけた建造物の内側。
 埃を被った甲冑が並んでいる。錆びた槍がばら撒かれており、宝石だけ奪われた台座が虚しい姿を晒している。高い壁にはところどころ穴のあいた、しかし精緻な模様の旗が下がっている。これとて、元は長い時間をかけて織り上げられたものであったろう。
 ここはおそらくは王族ないし貴人が、来客に会う広間であったと思われた。
 かつて栄華を誇り、絢爛たる文化咲き誇ったとおぼしきこの場所に今また息吹くのは、もっと殺伐としてもっと現実的なものである。それは銃弾の蕾、それは剣の花……ただ命のやり取りのみであった。
「ここまで追いすがってきたこと、それは評価しよう。ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)!」
 大黒澪(おぐろ・みお)またの名をクランジΟ(オミクロン)が剣を横凪いだ。
 いやそれは本当に剣だろうか。腕ではないのか。
 澪の左肘から先は剥き出しの刃となっており、彼女の身体の動きとともに、冷やかな蒼い軌跡を中空に残すのである。
 紙一重の間合いでローザはその切っ先をかわした。だが澪はさらに迅い。
 澪の膝蹴りが飛ぶ。腕でガードせんとするも間に合わず、水月を蹴りぬかれローザはうめき声を上げた。
 といっても致命傷を受けてはいない。反射的に後方に飛び、打撃の勢いを殺している。
「させるか!」
 澪は掌を広げて右腕を伸ばした。
 その手が、ローザの首を捉えた。
 ごっ、と鈍い音がした。
 ローザは背中から壁に激突していた。首の力で支えきれなかった後頭部が、壁に当たって血痕をその場所に残した。
 赤いものをずるずると引きずって、床に身を横たえる。
 視界が明滅する。ちょうど、切れかけの蛍光灯の下にいるかのように。
 
 三年前、ローザマリアは羅 英照(ろー・いんざお)からある映像を見せられた。
 監視カメラの映像のようである。音は無音、カラーではあるが画像はいささか不鮮明だ。
 教導団施設の保管庫の映像だった。
 そこに唐突に、行方不明だったカイサ・マルケッタ・フェルトンヘイム(かいさまるけった・ふぇるとんへいむ)の姿が入り込んできた。
 カイサは無造作に棚をさらうと、不要なものを足蹴にし、目的のものを手にしている。
 それはシルクハットだ。帽子ケースに収められていたりはしない。半透明の液体に満たされた保存容器に浸けられていた。その奇妙な保管方法から、たちまちローザは理解した。
 あれはただの帽子ではない。クランジΖ(ゼータ)だ。
 ゼータは、眼にした者の特殊能力をコピーし身につけるというクランジで、ローザマリアとも一度だけ対決している。ゼータはそのとき任務に失敗し、その後クランジΔ(デルタ)に囚われた。
 デルタは任務に失敗したゼータを分解し、外付け記憶媒体に作り変えた。それがあのシルクハットである。つまり帽子こそが、ゼータそのものというわけだ。デルタと契約者の闘いで帽子は撃ち抜かれ、激しく破損した。そのままゼータは死んだと思われていたのだが……。
「生きていたのですね。極秘扱いで教導団に保管されていた……」
「正確に言えば仮死状態だ。機晶石は無事、記憶を司る生体チップも無事、ただしそのままですぐに蘇らせることのできる状態ではなかった」
 そのため一時的に保管されていたのだ。いずれは蘇生も考えられていたという。
 そんなゼータの存在を、どうやってカイサが突き止めたのかは謎だ。カイサの姿は、すぐに監視カメラの視界から消えてしまった。
 その後のことについてはローザも知っている。カイサは隠密潜入したようだが逃走時は派手に施設を破壊していった。警護の兵とも戦闘になっている。
「不安定で傍流的なクランジであるカイサが、なんらかの手段で遠方からゼータに操られたのではないかというのが私の推測だ。君に頼みたいのは……」
「彼女の破壊……あるいは捕獲、ですね」
「そうだ。おそらく彼女、いや、『標的(ターゲット)』はゼータに取り込まれ一体化していることだろう。ローザマリア、君には辛いことかもしれないが、もう標的を自分のパートナーだとは思うな。人道的配慮は無用だ、破壊を主たる目的にしてくれていい」
「せっかくのお言葉ですが、私は捕獲を目指したいと思います」
「それは破壊以上に困難になるだろう」
「彼女が教導団に与えた実害は、報告書で読みました。器物破損は数知れず、ただし、兵たちと戦闘になるも死者はなし、ということでした」
「その通りだ」
「あれだけ教導団の施設で大暴れしたのに、死者はゼロ――甘いと思われても、私はその数字に賭けてみる。それだけですよ」
 そこからローザマリアは、カイサを追う任務に出た。
 カイサに追いつくのに三年かかった。そうして拠点に乗り込んだとき、ローザを待っていたのはクランジΟ……正しくは、デルタの能力をコピーしたゼータ(カイサ?)が作ったオミクロンのクローン体(Οc)だったというわけだ。

 気絶していたのはほんの二、三秒にすぎない。ローザは頭を振って立ち上がった。
 眼前のΟcにではなく、奥に控えるカイサに向かって声を上げる。
「カイサ、久しぶりね。澪ともう一度会わせてくれたこと、感謝してるわ」
 カイサはそこにいた。数段高くなった階(きざはし)の上、玉座のようなものに深々と腰を下ろして。
「ああとても残念なんだが、ここにいる私はもう、君のカイサじゃないんだよ。クランジにロストナンバーが用意されていた理由がおわかりかい? 我々のような高度な機体が損傷したとき、代理のボディにするためだったのさ。呼び寄せたうえでデータを流し込み、乗っ取らせてもらった。だからこれからは私のことを、『ゼータ』と呼んでもらいたいねえ」
 うーん、と彼女は伸びをして、足元においたヴァイオリンを拾い、巧みに奏でてみせた。
「見てごらん、こんなに弾ける。この身体もなかなかによく馴染んでるよ。ロストナンバー……試作品らしく演算能力も高い。学習能力も全て再現できる。素晴らしい……素晴らしいな、本当に」
「そう。なら、また会えて嬉しいわ。ゼータ」
 まっすぐにカイサを見上げてローザは言う。
「生体チップになってもまだ抵抗を続けようとする根性は見上げたものね……あなたも救ってこそ、私の任務は終わる」
「まだそんなことを言っているのかい? 愛しのローザマリア、君はそこにいるΟcにすら苦戦しているというのに?」
 と、カイサ(ゼータ)はΟcに視線を移して、
「その子はね、クソッタレのデルタから密かにコピーした能力を活かして私が作った。デルタは無から有を生み出す『創造』能力の持ち主だが、泥土ばかり使うから形態が安定しない。それを三年かけて工夫して、安定体を作り上げたのさ。まだできたのは彼女だけだが、これから私は、戦闘型のクランジをどんどん蘇らせて平和ボケした君たちに大戦争を仕掛けるつもりだ。闇の時代(DarkAge)の幕開けだよ!」
 だがそれを聞いても動じるどころか、
「アッハッハッハ、それは……それはまあなんと!」
 ローザマリアは大笑したのである。それも、腹を抱えそうなほどに。
「失礼、あまりに期待通りことが運んだので笑ってしまったのだよ。なんともはや……ここまで読みが当たるとはな。ハハハ……」
「どういう意味だ……!? クッ、そのバカ嗤いをやめろ! ローザマリア!」
「ええい、まだ気づかんのか! 妾はローザではない!」
 と叫ぶや彼女は腰に佩いた剣に手を伸ばし抜刀した。
 抜刀に伴う遠心力に、上半身のバネを加えた半回転で繰り出す神速の突き。
「!」
 クランジは、非敵対で予期できぬ行動を取る相手にとっさの対処ができない。この致命的な弱点は、カイサの体を乗っ取ったゼータとて同じだ。
 ローザ(?)はそのまま剣を手放し、ミサイルのように飛ばした。これは抜刀術と疾風突きの合わせ技、名を『赫』という。
「妾の名はグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)! その通り――妾がエリザベス?世だ!」
 Οcは反応すらできない。その眼前を矢のごとく剣が奔ってゆく。
「ローザ、其方は行くのだ――全てを終わらせよ!」
「承知!」
 ライザの剣を空中で受け止めた者、それが本物のローザマリア・クライツァールであった。カイサが得意げに話している隙に、すぐ近くまでにじり寄っていたのだ。
 ローザは剣の勢いを殺さずカイサに突き立て貫いて、カイサの身を標本の蝶のように壁に固定した。
 そうしておいてローザは、優しい声でカイサに呼びかけたのである。
「お久しぶりね、ゼータ」
「馬鹿にするな……! さっさと殺せ!」
 カイサは憎しみのこもっためでローザを睨めつける。
 いいえ、とローザマリアは首を振った。
「言ったでしょう――もう誰も死なせない、って。チップになってもまだ抵抗を続けようとする根性は見上げたものね……あなたも救ってこそ、私の任務は終わる」
「どうする気だ!?」
 
 作業が終わった。
「カイサ、おかえりなさい」
 ローザが手をさしのべると、カイサは眠そうな目をして身を起こした。
 カイサの中にいたクランジΖ(ゼータ)はもう消え去っている。ローザが分離させたのだ。
 そしてローザは、カイサの隣に横たわるΟcの体に近づいて顔をのぞき込んだ。
「お目覚めかしら、ゼータ? その体は気に入った?」
 目の前でカイサを倒され、Οcはあっさりとライザに組み伏せられてしまった。主を失ったためだろう。このときΟcはもう、魂の抜け殻のようになっていた。
 そうしてローザは、カイサから吸い出したゼータのデータをΟcのボディに移したのだった。
「念のため左腕の刀は封印しておいたわ。クローン体だから演算能力も普通の機晶姫並。こうなるとまったくの無害な存在よ、あなたのその執念深くて面倒臭い性格を除けば、ね」
「君に性格のことを言われる筋合いはないね……」
 今や大黒澪となった姿で、ゼータは精一杯強がってみせた。
「それでどう? ゼータ、私と契約しない?」
 ふん、とゼータは鼻を鳴らした。そうして、一言、
「負けたよ」
 と観念したように言った。