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なし

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蒼空学園へ

終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●同窓会を笑顔とともに

 休日の蒼空学園、そのカフェテリア。
「ここに来るのも久しぶりだね」
 入口のドアを前にして、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)を振り返った。
「みんなもう集まっているかな……」
 美羽は気が気でない。けれど期待と不安はトランプの絵札のように半々で、なんだか扉の前で逡巡してしまう。
 そんな美羽の背を押すようにして、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が言った。
「美羽さん、楽しそうな声が聞こえませんか? 行ってみましょうよ」
 ベアトリーチェの言う通りだろう。
 本来ならばカフェテリアは休業日だが、今日だけは貸し切り営業となり、一足早い夏が来たかのようににぎわっていた。閉めている扉の向こうからでも、その声が漏れ聞こえてくるではないか。
「じゃあ……」
 意を決して美羽は扉を押し開けた。
 すると、
「おっ、美羽か!」
「美羽さん」
「待ってたぞ!」
「ご招待ありがとう!」
 ざっと数十人はいるだろうか。集まった顔という顔が彼女を見て、口々に感謝と歓迎の言葉を口にしたのである。
「こちらこそ! 来てくれてありがとう!」
 美羽は思わず、両腕を拡げて歓声にこたえていた。
 落ち着いて見渡してみれば、まだ開始予定時刻の三十分前だというのに、もうほとんどの招待客が集まっていた。それだけ皆、この日を楽しみにしていたということなのだろう。
 山葉 涼司(やまは・りょうじ)がいる。その妻山葉 加夜(やまは・かや)と並んで談笑している。
 涼司が話している相手はローラ・ブラウアヒメル(ことクランジ ロー(くらんじ・ろー))だ。彼女のそばには、夫の柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)の姿があった。ローラは桂輔のプロポーズを受け入れ、ふたりは晴れて結ばれたのである。
 他にも、蒼空学園にゆかりのあるメンバーの姿がほうぼうに見られる。さながら蒼学のオールスターといっていい揃いっぷりだ。
 パティ・ブラウアヒメル(ことクランジ パイ(くらんじ・ぱい))がなんと、蒼空学園の制服姿で来場して場を沸かせ(夫である七刀 切(しちとう・きり)もつきあわされて蒼学のジャケット姿だった)、続けて真打ち登場、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が華麗なドレス姿で、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)にエスコートされて姿を見せた。
 そうして馬場 正子(ばんば・しょうこ)が、「おう皆、久しぶりだな!」と現れ豪気に片腕を上げたところで、無事招待客全員が揃ったのである。
 この日は、美羽開催によるプライベートな同窓会なのである。昼間の立食パーティ、学園で学んだあの頃を思い出すには、最適のシチュエーションだろう。
 美羽にとっては懐かしい顔もある。今でも以前と変わらぬ付き合いを続けている顔もある。消息が不明になっていた人物まで、ひょっこりとやってきていたりもする。
 ひとつ言えるのは、招待客の誰もが、喜んでこの場に顔を見せたということだ。
 あれから数年。皆、それぞれに歳を取った。見た目だけならそれほど変わっていない。むしろ、闘い続きだったかつての日々より、今のほうが元気そうな者もあった。だがそれでも、内面はこの年月だけ深みを増したのではあるまいか。
 この間に子の親となり、否応なく環境の変化に直面した者も少なくないだろう。
 そもそも、実は……。
「ママー♪」
 このとき美羽のスカートに、四歳くらいの小さな女の子が抱きついた。その動きはまるで仔猫のよう。抱きついたというよりは、『飛びついた』と表現するほうが似合っているくらいだ。
 そう、美羽もまた、一児の母となっているのだった。
 名は美奈、父親つまりコハクの血を受け継いで、背に純白の翼をもつ天使のような女児だ。好奇心の強そうな大きな目と、まぶしいほどにエメラルドグリーンの髪は、母親である美羽によく似ている。顔立ちも美羽をそのまま幼くしたかのようだ。それでいて、すっきりとした口元はどことなくコハクを思わせた。
「どうしたの? 美奈?」
 美羽はしゃがみこんで美奈に視線を合わせた。美奈の澄んだ瞳に、自分の顔が映っているのがわかる。
「パティおねえちゃんきてるね! あそんでもらっていい!?」
「別にいいけどさ」
 とこたえたのは、美羽ではなく当のパティだった。いつの間にか、美羽のすぐそばに立っている。
「私そんなに愛想良くないよ? なんで美奈ってば私に懐いてるんだろ?」
 言いながらパティは、ひょいと美奈を背負った。これが好きらしく、美奈はきゃあきゃあと声を上げてはしゃいでいる。
「愛想良くない、なんて言いながら、ちゃんと遊んでくれるからかなあ」
 そうだ、とここで美羽は手を打って、
「美奈、パティおねえちゃんと、切おにいさんに渡すものがあるんじゃなかった?」
「渡すもの?」
 切が(いつまでも幼い少女風のパティとは違って、それなりにいいトシになってきたので学生服姿に恥ずかしそうにしながら)やってきた。
 するりと美奈はパティの背から滑り降りて、ベアトリーチェから紙の筒を受け取った。画用紙のようだ。
「そう……ほら!」
「ほら!」
 美羽と美奈が、丸めていた画用紙を広げる。
「あ、これ私!?」
「ワイはこっちか」
 それは、美奈が一生懸命に描いたパティと切の似顔絵だった。
 女児の絵の上達は早い。技巧的には未熟なところもないわけではないが、クレヨンで描かれた大きな二つの笑顔は、よくパティと切の特徴をとらえ、活き活きと表現したものだった。
「いつもあそんでもらっている、おれい♪」
「もらっていいの? 照れるわね」
 額に入れて部屋に飾るわ、とパティは笑った。こういうてらいのないところが、美奈に愛される理由かもしれない。
 その頃コハクは、涼司と会話を交わしている。
 美羽があの頃と変わらないように、コハクも見た目的にはまったく変わっていない。しかし美奈の父親となり、子育ての真っ最中ということもあって、色々と苦労はしている。
 そしてその『苦労』は涼司にとっても同じだ。数年前、涼司と加夜の間も一女を授かったのだ。
「……あぁ、やっぱり涼司さんの所もそうですか」
「そうなんだよ。自分も子どもだったはずなのに、その頃のことはあまり覚えていない。だから不思議なんだなあ」
 といった、同じ年頃の子を持つ父親同士の会話をしつつ、涼司は立派になった元生徒や元校長秘書(ローラ)たちを見守っている。
 なお現在、涼司は国際政治の表舞台からは少しずつ身を引きつつあり、平行して空大にて医学の勉強をしているという。近い将来、政治からは完全に引退して医師として身を立てたいのだそうだ。
「それも眼科医だ。……俺は以前、自分の角膜を傷つけて視力を矯正したことがあったが、あれは状況が状況だったとはいえ、かなり無茶をしたものだと思う。とはいえあの経験で、人体とりわけ目の学問に興味が出たのは事実だ。これから体系的に医学を学んで、身につけたものを役立てたい」
 山葉花音と名づけた娘に視線を移して彼は言った。
「これまでの俺の人生は、戦いが中心だった。自分を鍛えて、蒼学のため、世界のため、と戦い抜いてきた。だがこれからは、目立たないかもしれねぇが人を治療し、救う道に進みたいと思ってる。……娘が生まれたせいかな、この心境の変化は」
 いわば第二の人生さ、と彼は加夜の肩を抱いて言った。
「妻……つまり加夜が応援してくれているから、俺は新しいことに挑戦できる。俺が好きなことをできるのは加夜のおかげさ」
「買いかぶりすぎです。……でも私、涼司くんのこと、ずっと応援したいと思っています」
 寄り添う加夜はもはや涼司にとって、欠くことのできない生涯の伴侶なのである。
 コハクはうなずいた。自分にとっての美羽にあたるのが、涼司にとっての加夜なのだろう。その気持ちは、充分すぎるほど理解できる。
「僕も涼司さんの選択を支持したいと思います。ただ……」
「ただ?」
「これまでの涼司さんの人生が、ご自分でおっしゃるように『戦いだけ』であったとは思いません。環菜さんもそうですが、かつて蒼空学園の校長として、あなたはたくさんの生徒たちを育ててきたではありませんか。そのことを涼司さんは誇っていいと思います。たとえば、ローラを秘書として雇って自立の助けをしたこととか……」
「呼んだ?」
 これを聞きつけローラが振り返った。
 そう、ローラだ。
 かつてのローラは、屈託のないようで心に空白を抱えていた。それを埋めたのが桂輔であることは疑いようがないが、彼女が自身と向き合うきっかけを作ったのは、間違いなく涼司なのである。
「生徒たちを育ててきた、か。……照れくせえが、その言葉はありがたく受け取っておこう」
 このとき、ローラに、
「こっちに来ませんか」
 と手を上げたのはベアトリーチェだった。
「今日は、懐かしいものを持ってきました……このアルバムです!」
 開けたテーブルの上に、どん、と分厚いフォトアルバムをベアトリーチェは広げる。
 昔ながらのアルバムだ。写真がたくさん貼られている。
「ほらここ! モデル時代のローラさんの写真です」
「ほーう、なかなかセクシーねえ……引退が惜しまれるわ」
 きらっと猫のように美羽の眼が光った。それとは対称的にローラは、すっかり取り乱して顔を赤らめている。
「わー! ちょっと前のことだけど、もう全然忘れてたよ! ワタシ!」
「へええ〜、これ、知らない水着だ。いつ頃のかなあ」
 桂輔が横から首を伸ばしたので、
「わー! 見るな! 見るな!」
 とローラは彼を追いやろうとする。
 アルバムをめくると、今度は環菜の写真が出てきた。しかも、イルミンスールのエリザベート校長と睨み合っている環菜校長(当時)の写真だ。巌流島の決戦というか、二大怪獣の対峙というか、今にも互いの目から火花がほとばしりそうなベストショットだった。
「うわっ、この頃の環菜ってやたら偉そう!」
 美羽が声を上げると、
「そ、それは……!」
 さすがに環菜も気恥ずかしいのか、しどろもどろになって弁明する。
「ほらっ、この頃は私も若くて世間知らずで……ええと、陽太もなにか釈明なさい!」
 その声で引っ張り出された陽太は、得たりとばかりにうなずいて言った。
「うーん、確かにこの頃の環菜、いや『会長』は意地っ張りで高飛車で、だけどそこが可愛かったと思いますね。もちろん、今の成熟した環菜も可愛いですけれど」
「おや〜、まさかここからノロケに入るとは〜」
 美羽が茶々を入れると、環菜は真っ赤になって拳を作り「ばかばかっ、燃料投下してどうするのっ!?」と、ぽかぽかと陽太の背中を叩くのだった。(しかし、まんざらでもなさそうな様子でもある)
 さらにベアトリーチェは容赦なくページをめくる。
 そこには、蒼学の制服姿でポーズを取る美羽とパティの写真があった。
「今見ると、美羽さんとパティさんの制服って、かなりスカートが短いですね」
 うっ、と美羽とパティが固まった。今日の美羽はパンツスーツ姿だし、パティは蒼学制服のコスプレ(?)だが、スカートの長さは常識的だ。
「ほら、この一枚なんて見えそう……」
 なにが? というツッコミを入れたりはせず、美羽はパティと声をハモらせて、
「そのページは閉じてっ!!」
 と同時にアルバムに手を伸ばしたのだった。
 アルバムの中の美羽は笑っている。パティも笑っている。
 コハクも笑っている。ベアトリーチェも。
 そして彼らは、今も笑っている。