天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

リアクション公開中!

終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

リアクション


●どれだけ歳をとっても

「よいしょっと……ふぅ」
 そんな声が出てしまう。
 荷を抱えている間は膝に鈍痛があり、荷を置いて腰を伸ばすと、今度は骨がきしむような鋭い痛みが一瞬だけ閃く。
 とんとんと腰を叩くと痛みは、嘘のように消え去っていた。とはいえまた荷物を抱え上げれば、痛みに顔をしかめることになるのだろう。
 色々、本当に色々あったあのころは、遠い昔のほのかな記憶となった。
 結婚して、子供ができて、その子供も立派になって……孫ができたどころか、その孫がもう成人だというのだから、よく考えずとも、ずいぶんと長い時間が経ったとわかろう。
 ――歳をとったものだ。
 しみじみと噛みしめるように、南條 託(なんじょう・たく)は思った。
 ここは自宅の倉庫内、広々としたこの中に、託と家族の生きた証が詰まっている。本日、思い立って彼は、倉庫内の整理をはじめていたのだ。
 さっき棚から下ろしたのは木箱だ。若い頃ならそれこそ、片手でひょいと動かせたようなものが、今では落とさないよう気をつけ気をつけ、両手を使って扱わなければならない。加えて、ちょっとでも重量を負担させようものなら、膝や腰の関節が、今のように一斉に抗議の声を上げてくる。
 衰えは否定できない。
 まごうことなき老人だ。
 わかっていても、託はため息をつかずにはおれない。
「大丈夫ですか」
 と心配する声が聞こえた。
 その声が誰なのかは……確認するまでもない。何十年も一緒にいるのだから。ずっと離れず愛し合い尊敬しあって、互いに互いを不可欠の存在だと理解しているのだから。
「何でもないよ」
 すぐに託はそう答えたが、当然と言うべきか、南條 琴乃(なんじょう・ことの)には簡単に見破られてしまった。
「隠しても駄目よ。今も、腰の具合を確かめていたじゃあありませんか」
「隠せないものだね」
「あなたのことなら、なんでもわかってしまいます」
 ふふ、と微笑んだ彼女も、素直に老いを受け入れていた。
 肌のつややかさは失われ、髪だってすべて白い。しゃんとした姿勢で立っていることもあって実年齢よりは若く見られがちだが、それでも、公共交通機関に乗れば席を譲られる程度にはなっている。
 それでも託にとって彼女は、やはり世界一美しい人なのだった。眼の輝きに吸い寄せられ、優しい言葉に心の安らぎを得る。老いた証も、一緒に積み重ねてきた時間が思い起こされて、愛おしく感じずにはいられない。
 ところがそんな琴乃が、
「無理しないで息子たちに手伝ってもらえばよかったのに」
 と言うと彼はつい、
「あいつらも忙しいからなぁ、できる限り世話をかけたくない。それに、自分でできることはしておきたいからね」
 などと強がってしまうのである。
 ところが彼女のほうも心得たもので、それを聞いても、
「意地っ張りなおじいさんになったものね」
 と軽やかに、若い娘のように笑うのだった。
「そうか? そうかもなぁ」
 こうやってたしなめられるのも、悪い気はしないものだ。
 託は言った。
「そういう君は………優しさはそのままに、落ち着きのあるいいおばあさんになったね」
「ありがとう。いつまでも落ち着いていたいものです」
 そんな会話を交わしながら、下ろしたいくつかの木箱を開けていく。中には、何十年にも及ぶ想い出の品が詰まっていた。
「懐かしい」
 意図したわけでもないのに、このときふたりの声はぴったりと重なっていた。そのことに思わず笑みを交わして、ひとつひとつ丁寧に取り出す。
 水晶の欠片やくすんだ魔法の石など、冒険に出たときの戦利品が見つかる。
 激しい闘いを物語るような、刃こぼれした刀剣が出てきた。
 あるいは、思い出の海岸で拾った貝殻も。
「このときは苦労したもんだ」
 ひとつ新たな記念品を見つけるたび、声がもれる。
「あら、こんなのも置いていたの?」
 ときとして驚きが、ときとして笑いが生まれた。
「ははは、これ、覚えてるか?」
 いつしかふたりは、若き日々のふたりに戻って、はしゃぎ合っているのだった。
「これ、あの子のものね。今度持っていってあげなくっちゃ……」
 本当に、たくさんの品物があった。
 出てくるものを見るたび、託の脳裏にはさまざまななことが蘇っていった。
 同時に、出会ってきた人々の記憶も浮かんでは消える。
 それは、長い付き合いとなった友人や、魂の片割れとすら思えた親友、あっという間に追い抜いていった弟分などの、顔や仕草、言葉などだ。
 とはいえ、出会いがあれば別れもまた、避けられないものだ。
 事故など不幸に見舞われ、早くに亡くなってしまった者もいる。
 自然に命尽きた者も。
 ましてやこの歳ともなれば、別れた者は少なくない。
 それを思い、託は琴乃に告げていた。
「今もこうして一緒にいられるのは本当に運がいいと思うよ」
 しかし、ここで考え直した。
 ――いや、運と言うより、君のおかげなのだろう。
 だから伝えよう、感謝の気持ちを。もうあと、何度こんな機会があるかわからないのだから。
「琴乃、これまで本当にありがとうだよ。そして、これからもよろしくね」

 託と琴乃の物語にも、やがて幕が下りるだろう。
 そこまでもう、それほど長い時間はないように思える。
 それでもなお、生きることを楽しんでいくつもりだ。
 最後にすべてを振り返って、いい人生だったと言えるその日まで。