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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●path

 この未来が、唯一の未来とは限らない。
 未来とは目の前に広がる無限の小道、そのひとつでしかないのだから。
 これより語るのはそのひとつ、比較的可能性の高い小道だと思ってほしい。
 今は進んでみよう、この道を。
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の遠い未来を覗いてみよう。

 すでに数百年の歳月が経過している。
 いや、もっと先かもしれない。
 長きに渡って外に出ることもできずにいたため、グラキエスから時間の感覚はとうに消失していた。
 ――静かになったな。
 グラキエスは目を開けた。
 ここ数日、外から色々な音が聞こえていたのだが、ついに作業が終わったのだろうか。
 キース、すなわちロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)は、作業の内容については内緒だと言うばかりで教えてはくれなかった。他のパートナーたちも同じだ。そのうち話すと言うばかりである。
 外と一口にいっても、防音がなされたこの建物からずっと離れた場所での物音だ。しかし研ぎ澄まされたグラキエスの聴力は、それをはっきりと捉えていた。
 ここは、祈りの間と名づけられた一室。
 その中央で、彼は座禅を組んでいる。その姿勢のまま、微動だにしない。
 塵一つなく掃き清められたこの白い部屋は、植物のひとつとて飾られていないにもかかわらず、どこか有機的であった。温かい丸みのある構造のせいかもしれないし、天窓がついているせいかもしれない。
 あるいは、グラキエスの体から放射される穏やかなものが、良い影響を与えているからかもしれない。
 グラキエスの姿は、かつての彼と寸分違いはない。もともと、完成体としてこの姿で誕生したのだ。変わる必要はなかった。
 ただ、姿形はそのままであったとしても、時の流れは確実にグラキエスにも影響を与えていた。
 それは内側、意識の問題である。
 常人とは比較にならないとしても、ごくごく緩慢に、グラキエスの精神は劣化を続けている。
 停止することが死であるとすれば、それは死に近づいているということかもしれない。
 しかし、停止することが永遠になることだとすれば、グラキエスは徐々に、永遠の姿へと移ろうとしていると捉えることもできよう。
「グラキエス……」
 ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)が、その眼前に姿を見せていた。
「我の存在が知覚できるか?」
 ゴルガイスは固唾を飲んで、グラキエスの反応を見守った。
 もう、返事をしてくれないかもしれない。すでに彼の魂は喪失されてしまったのかもしれない。
 ――もし、そうであれば。
 ゴルガイスは奥歯を噛みしめた。
 ――恐らく我は、耐えられまい。
 だがゴルガイスは安堵の溜息をつくことになった。
 すっ、とグラキエスの口元に笑みが浮かんだのである。
「ゴルガイス」
 グラキエスの唇から洩れた言葉であるにもかかわらず、それはどこか、天から振ってきた光の波長であるかのようにゴルガイスには思えた。
 ロア・キープセイク、この冷静な男もさすがに緊張していたのだろう、グラキエスの様子を確認すると肩の力を抜いていた。
「エンド、私もいます」
「キース」
 グラキエスの目がキープセイクに流れた。首は動かさない。
 キースは悲しげな目で微笑した。
 ――エンド、君は自分のために生きようとしていたのに……私は君を、私のエゴでここに閉じ込めました。
 グラキエスのまどろむような瞳は、キースの胸を柔らかく刺した。
 ――君はそんな中でも笑って生きてくれたのに、それだけでは満足できなくなったんです。
 しかし心の痛みに耐え、真意を隠せるだけの精神力がキースにはあった。
 ――これから私は酷いことをします。ですが、今度目を覚ました時はきっと君を自由にしてあげますから許してください……エンド。
 キースがそれを行うのは、グラキエスを喪うことに耐えられないため、正確には『喪うという恐怖』を、これ以上直視できないがためだった。
 キースはこの家を離れる。グラキエスのもとを去るのだ。
 ゴルガイスもキースに同行する。理由は、同じだ。
 そのための準備を、『作業』と称してずっと行っていたのである。
「グラキエス、我らはこれより、旅に出る」
 ゴルガイスが言った。
「……そうか、旅に出る用意をしていたのか」
 グラキエスの目に、わずかながら輝きが宿った。
「ああ、ちょっとした旅だ」
 戻るつもりは、ない。
 だがそのことをゴルガイスは決して口にしない。
 ――次に目覚めた時、グラキエスは我らのことを怒るかもしれん。
 しかし……ゴルガイスは首を振った。
 ――いかんな、次があるなどと、思ってしまう。
 昔はただグラキエスが生きていればいいとだけ考えていたのに、しかも、グラキエス自身がそれでいいと言っているのに、それなのにゴルガイスは限界に達してしまった。それが弱さなのか、情深さなのかは、ゴルガイス自身にも区別がつかない。
 このとき、キースとゴルガイスが怖れていたことをグラキエスが口にした。
「俺もいつか一緒に……」
 耳をふさぎたくなる。だが、グラキエスの真意は違った。グラキエスは言ったのである。
「いや、そこまでは望まない。皆が助けてくれたからこうしていられるんだ。帰って来たら話を聞かせてくれ、俺はそれでいい」
 そうして溘然、瞼を下ろした。
 ゴルガイスとキースははっと顔を見合わせた。
 しかしそれは眠りにすぎない。かすかながら息がある。
 ゴルガイスは目を伏せて、キースを促す。
 キースは無言で、グラキエスの身に封印を施す。
 かくしてグラキエスは次に目覚めるのがいつか、それ以前に目覚めるときがくるのかも分からない、長い、永い眠りについたのだった。
「さらば、とは言うまいよ」
 扉を閉める前、ゴルガイスは静かにつぶやいた。
「代わりにこう言うとしよう――」
 その言葉が語り終えられるより先に、祈りの間の扉は閉ざされた。
 
 グラキエスに残されたものはただ、寂滅――。