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「お待たせしました……っ」
「こんにちは、アレナ先輩!」
 夕方、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は、ヴァイシャリーのはばたき広場で約束をしていた秋月 葵(あきづき・あおい)と合流した。
「アレナ先輩、あれ持ってきました?」
「はい、持ってきました」
 アレナは鞄の中からチケットを取り出す。
 以前、抽選で葵と一緒に当てた、ゴンドラクルーズペアチケットだ。
 優子と行ってきたらどうかと、葵はアレナに譲ったのだけれど。
 結局、アレナはまだ優子を誘えていなかった。
「それじゃ、発着場に行きましょう〜。予約しておきました♪」
「はい、夕暮れと夜景が楽しめますね」
 アレナは微笑みを葵に向けてくる。
 だけれど……。
(無理してるような、違和感感じるんだよね。心配だな……)
 笑顔を返しながら、葵はそう思う。
 アレナが卒業を選んだ理由も、葵は聞いてない。
 優子の傍にいたいはずなのに、変わらずすっごく慕っているはずなのに、離れることを選んだ理由って何だろう?
 多分、皆に話した理由の他に……内面的な問題があるのだと思う。
(お節介かもしれないけれど……季節もちょうどいいし、ね)
 景色を見たり、雑談をしながら葵はアレナと一緒にゴンドラの発着場へと歩いた。
「それじゃ、私はここまで♪」
「え?」
 受付には行かずに葵は立ち止まる。
「前に話したじゃないですか、優子先輩と行ってきてくださいって。まだ誘ってないんでしょ?」
「はい……でも、優子さん色々忙しくて。皆との付き合いもあるし……」
 もごもごと言い訳をするアレナの肩を葵は励ますようにぽん、ぽんと叩いた。
「優子先輩がまもなくココに来ますから、頑張ってくださいね♪」
「……えっ!?」
「アレナ先輩の振りして呼んじゃいました♪」
 えへっと、葵はボイスチェンジャー缶を取り出して見せる。
 ロイヤルガードのメンバーとして、葵は優子のスケジュールを把握していた。
 仕事が入っていないことを確認の上で、アレナの声を使って誘ったのだ。
「あ、葵さん、葵さんも一緒ですよね? 一緒に乗るんですよね!?」
「ごめん☆ 用事が入っちゃって、帰らなきゃならないの。今日は2人で楽しんできてくださいね。きっと、優子先輩ものんびりできて嬉しいと思いますよ」
「で、でも。優子さん、ゴンドラに乗るのなら、他に誘いたい人がいると思いますし、私も優子さんが誰かと楽しそうにしているところを見るのが好きで……私だけじゃ、楽しいの、足りないと思うんです……」
「そんなことないですよ。ゴンドラクルーズ自体も楽しいしね。大丈夫、ファイトですよ、アレナ先輩……それじゃね!」
「あ、葵さん、葵さ……っ」
 葵はアレナの背を叩いて励ますと、急いでその場から離れた。

 葵は、少し離れた位置から隠れて、アレナの様子を見守っていた。
 アレナは時計を気にしながら、おろおろきょろきょろと落ち着かない様子だった。
 少しして、約束の時間ぴったりに優子が現れる。
「優子さん、葵さんが……えっと、葵さんと当てたんですけど、葵さん用事が出来てしまって……」
「ん? 秋月がどうかしたのか」
 アレナの説明に、優子は不思議そうな顔をする。
「えっとそうじゃなくて、あの……」
 優子と一緒に行動するのはいつもの事なのに。
 今は離れて暮らしているけれど、一緒に居るのが本当は普通のはずなのに。
 何故かアレナはとても緊張しながらい言う。
「お時間、大丈夫でしたら……一緒にゴンドラ乗りません、か?」
「うん、そのつもりで来たんだけれど」
 アレナの様子にくすりと笑みを浮かべて。
 優子は彼女を背を押して、受付へと一緒に向かい、手続きを済ませて。
 2人で運河のゴンドラへと下りていった。
 優子は楽しげで、アレナを見る目は優しかった。
 優子を見上げるアレナの顔は、嬉しそうで……少し切なげだった。

○     ○     ○


『ヴァイシャリーにも春が訪れました。
 可愛らしいピンクのこの花は、桃の花。
 一緒に映っている綺麗な女性達は、百合園女学院の卒業生。
 すっごい綺麗な光景でしょ?』
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、ヴァイシャリーを巡って、風景や人々、百合園生達を撮って、エリュシオンにいる高原 瀬蓮(たかはら・せれん)アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)宛ての手紙を書いた。
「瀬蓮ちゃんも、アイリスも百合園女学院とヴァイシャリーが好きでしたから……」
 学院や街の様子を手紙で教えてあげたら、喜んでくれるかな。
 そんな風に考えて、美しい花々と、美しく旅発つ百合園生達の姿を同封した、手書きの手紙を送ったのだった。

 その数日後。
「お返事が来た、返事が来たよ〜!」
 美羽の元気な声が、空京のロイヤルガードの宿舎に響き渡った。
 美羽、それからパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も、彼女の部屋に集まって、美羽に届いた手紙を見せてもらうことにする。
「美羽さん、瀬蓮さんとアイリスさんと良く遊んでいましたよね」
 昔を懐かしむように、ベアトリーチェは言って、ティーセットを用意して紅茶を淹れていく。
 瀬蓮とアイリスが百合園女学院に通っていた頃。
 美羽は瀬蓮と親しくしており、よく一緒に遊んでいたのだ。
 ベアトリーチェはアイリスと共に、二人の保護者のようなポジションで、行動を共にしていたことを思い出す。
「話には聞いていたけれど……あ、ありがとう」
 コハクはベアトリーチェが淹れてくれた紅茶を受け取って、嬉しそうに封を開けている美羽を見詰めた。
 コハクがアイリス達と出会ったのは――美羽とは違い、シャンバラとエリュシオンの対立が始まった頃だ。
 だから、彼女達と一緒に遊びを楽しんだり、ゆっくり時を過ごしたことはない。
 顔を合せたのは、敵地か、戦場だけだった。
「デジタルフォトフレームが入ってる! 画像レターだよ、これ。うわ〜っ」
 美羽の嬉しそうな笑顔に、コハクはそっと息をついて。
 淡い微笑を浮かべる。
(今度は僕もアイリスたちとゆっくり会いたいな)
 そんなことを考えながら、美羽に、レターを見せてもらう。
 送られてきたフォトフレームには、沢山のエリュシオンの風景と、それを紹介する瀬蓮の声が入っていた。

『お手紙ありがとう、美羽ちゃん! エリュシオンも春真っ盛りだよ。これはエリュシオンの桃色の花。綺麗でしょ? 百合園女学院にも似合いそうな花だよね。卒業式にはもう間に合わないから、新入生へのお祝いとして贈ろうかな!
 美羽ちゃんは、パートナーの皆とお花見してる? 日本はそろそろ桜が咲くころだよね。エリュシオンでも桜が満開な場所、あるかなぁ。ニルヴァーナには、桜植えたいよね。あっ、私達ニルヴァーナに行くことになったんだよ

 そんな、瀬蓮の元気な言葉が沢山詰まった画像レターだった。
 ニルヴァーナ行きに関しては、少し複雑な思いも感じられたけれど……。
 最後に表示されたのは、アイリスと腕を組んで微笑んでいる彼女の姿だった。
「瀬蓮ちゃん、元気そうだね。よかった」
 美羽の顔にも、瀬蓮と同じような微笑みが広がって。
「すぐそばにいるような気持ちになりますね」
 紅茶を飲んで、ベアトリーチェもゆっくり微笑み。
「ニルヴァーナで会えるかも。一緒に活動できる日が来るかもね」
 そう、コハクも笑みを浮かべた。
 うん、と頷いて。
 大切に、美羽はもう一度最初から、写真と、瀬蓮の声を聴いていく――。

○     ○     ○


(お義父さんの贈る言葉ってどんなのだろう?)
 リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は、前を歩くスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)の大きな背を見ていた。
 リアトリスが所属する天御柱学院でも、先日卒業式が行われた。
 多くの卒業生は、パラミタへと巣立っていくのだろう。
 そんな卒業生宛てに、スプリングロンドはビデオレターを作るのだという。
「お手伝いできることがあったら、言ってね」
 義父の背に向かって、リアトリスが言うと。
「そうだな。撮影を頼んでいいか?」
「うん、場所はどこにする? 校庭がいいかな」
「ああ」
 2人は天学の校庭へと出て、場所を選んでいく。
 天学は他校に比べて、自然の植物が少ない。
 だが、一角に2人が求めている場所があった。
 整えられた草木の間に、一本だけ桜の花が咲いている。
「あの桜の木の前なんかどう?」
「……美しい、花だな」
 桜を見上げた後で。スプリングロンドは木へと近づき、前に立った。
(戦場で多くの命を奪った人間が贈る言葉か、なにかあるだろうか?)
 そんな考えは、録る直前の今も変わらない。
「んーと」
 リアトリスは借りてきた機材を持って、桜とスプリングロンドが写る場所へと移動する。
「うん、この辺りがよさそう。それじゃ、とるよぉ〜!」
 そう声をかけて、リアトリスは録画を開始した。
 桜の木の下で、小さな舞い降りる花びらを浴びながら。
 スプリングロンドはゆっくりと語る。
「自分は昔、傭兵をやっていて多くの人間を生きるために殺してしまった。――多くの人間を不幸にしてしまった」
 リアトリスが構えるカメラをまっすぐ見ながら。
 その先の、映像を見るであろう若者達を思い浮かべながら、続けていく。
「これからどんな人生が待っているかわからないが自分を最後まで生き抜いて欲しい」
 そして、一呼吸おいて、重く強い声で言う――、
「一つでも多くの幸せを作れる人間になれ、俺みたいな大人にはなるな」
 彼が言葉を終えて数秒後。
「お疲れ様!」
 録画止めて、リアトリスは笑顔でスプリングロンドに声をかける。
「ああ、お疲れ」
 スプリングロンドはそう答えて、桜の木の前から、リアトリスの前へと戻って来た。
「編集して贈ろう。誰かに届けるために」
 ビデオカメラを受け取ると、スプリングロンドはリアトリスと共に帰路につく。
 彼の言葉は、きっと誰かに届く。
 その声は、卒業生の誰かの心に響くだろう。