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贈る言葉

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「花見にはまだちょっと早いね。蕾のままでも綺麗だけれど」
 薔薇の学舎の庭園を歩いていたヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が振り向いた。
「蕾を纏った今も、青々と葉を広げる時期も、赤く染まる秋も、白い雪を浴びる冬も。全て美しい。美しい木々の姿を見せてくれる、場所だ」
 校長のルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)が、木々を見上げながら歩いてくる。
「そうだね。ここは一年中美しい場所だね。……そして、この庭園を造ったルドルフさんも」
「ありがとう」
 ヴィナの言葉に、ルドルフは口元に笑みを浮かべた。
「それは俺が言いたい言葉」
 ヴィナはそう言って、微笑みを浮かべた。
「今、主に卒業生から、恩師や在校生に、色々な方法で言葉を贈ることが流行っているよね。ルドルフさんも沢山もらったのかな?」
「うん、ありがたい言葉や、激励、叱責なんかも、届いてるよ。全て、貴重な戴き物だ」
 ルドルフの言葉に頷いた後、ヴィナはこう言う。
「俺はやっぱり――ルドルフさんにありがとうかな」
 そして、くすりと笑った。
「ルドルフさんっていっつも頑張り過ぎちゃうから、俺としてはそこが心配で、でも、そこが好きで、ついつい助けたくなっちゃうんだよね。
 親心もちょっとあるかもだけど、恋心って奴がほとんどそうさせてるかな。
 ルドルフさんのお陰で俺も確かに変わることが出来た。
 だからね、ありがとうでいいの」
「その言葉は、僕が君に言うべき言葉だ。どれだけ言葉で言おうが足りないくらい、君には感謝しているから」
 そんなルドルフの言葉を受けたヴィナは少し沈黙して。
 迷いを少し見せて。
 目を上げると、僅かに悪戯気に微笑んだ。
「ルドルフさんはいっつも俺の周囲を気にしてるけど、俺の周囲が何もなかったら、あなたはどういう反応なんだろうってたまーに思っちゃうけど、それはちょっと意地悪かな?」
 ヴィナには、家族がいる。
 妻も子も、内妻もいる。
 ヴィナは家族を大切に想っているし愛している。
 そして、ルドルフの事も、偽りのない気持ちで純粋に愛している。
 妻はヴィナの気持ちを知っており、応援をしてくれている……。
 だけれど、ルドルフとしては、家族のあるヴィナの気持ちには、応えることが出来ない。
 もし……自分が、独身だったら。
 ルドルフは自分の想いに対して、どういう反応を示すのだろう。
 そんな風に考えてしまうことも、あった。
「大好きだよ、ルドルフ・メンデルスゾーン。ずっとずっと好きだから、その点については安心してね」
 そうヴィナが微笑むと、ルドルフも微笑み返して。
「ありがとう、ヴィナ・アーダベルト。今も今後も、変わらず信頼している。これからも力を貸してくれたら……嬉しいな」
 そう答えて。
 2人は美しい庭園を一緒に散歩していく。
 ほんの少しの余暇の時間。
 2人きりで過ごす、大切な時――。

○     ○     ○


「今の髪型が気に入ってるんだ。これ以上切る気はないし、服の好みもある」
「そう。どうせ大して頓着ないのだろうから、全部私のプランでやらせてもらうわ」
「和服を着る際に髪をまとめる為にも、これくらいの長さはあった方がいい」
「体面には王子様みたいなイメージもあるのよね」
「ま、まて亜璃珠。なんか話がかみ合ってない気がー」
 などと多少抵抗しながらも、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)に逆らうことは出来ずに、衣料品店と美容院へ引っ張られていった。

 優子が亜璃珠に逆らえないのには訳がある。
 彼女は今、小さな悩みを抱えている。
 それは……。
「パラ実生へのスピーチ?」
「ああ、なんか若葉分校生だけじゃなく……その、四天王としてのスピーチを頼まれたんだ。断りたいところだけど、ほら、やっぱり……」
「パラ実生からの信頼も得ておきたいものね」
「まあ、そうなんだ」
 美容室で、順番を待ちながら優子は亜璃珠に尋ねていく。
「で、どんなことを言ったらいいと思う?」
「そんなのいつも通りでいいじゃない」
 亜璃珠は特に迷いもせずに、答える。
「飾り気のない言葉の方が、彼らには届きやすいと思うけど?」
 自分が言うのならまた違う言葉を言うだろうけれど。
 優子は、優子らしい言葉で、十分彼らに伝わるだろうと、亜璃珠は言う。
 例えば、こんな風にね、と。
 亜璃珠が言った言葉を優子は復唱していく。
「いかがでしょうか」
 美容師が、鏡を優子に見せた。
 優子は鏡の中の、自分の後ろに映る亜璃珠に目を向ける。
「……とっても素敵よ」
 亜璃珠がそう言うと、優子は軽く首を縦に振って美容室に礼を言い、会計を済ませるとその美容院を後にした。

 一旦、百合園の寮の、アレナの部屋に戻って亜璃珠が選んだ服に着替えて。
 その上に春用のコートを纏うと、優子は亜璃珠、アレナと共に、飛空艇で大荒野の方へと向かって行った。
 若葉分校に寄った後、空京の謝恩会に出席する予定だ。

○     ○     ○


「ヒャッハー! オレの女である優子がB級四天王になったぜ! 野郎ども、お祝いだ! 飲め! 騒げ!」
「ヒャッハー!」
「うおおおおーっ!」
 若葉分校の番長の号令と共に、分校生達が雄叫びを上げて乾杯をしていく。
 番長――吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)の企画で、ここ神楽崎分校のホールで、『祝賀会』が行われていた。
「今日は総長がいるんで、間違いがあったらマズイからな。酒類は全部ノンアルコールだ、安心して飲めよ!」
 一応パラ実の講師であるゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)がそう言いながら、ビールやワインボトルをテーブルに置いていく。
「総長がいるからとはどういうことだ……」
「ま、深く考えるな深くは。アルコール入ってねぇけど、酔ったフリして甘えてもいいんだぜ〜」
 言いながら、ゼスタは優子のグラスにビールを注ぐ。
「アレナも飲むか? 君にはビールより、果実酒の方が合ってるよな」
「間違えたふりして、アルコール入りを飲ませるつもりじゃないだろうな」
 優子がゼスタに疑いの目を向ける。
「しねーよそんなこと。……神楽崎にはしてみたい気もするけどな」
 くすりと笑みを浮かべて、ゼスタはアレナのグラスにノンアルコールワインを注いだ。
「ありがとうございます」
 アレナが礼を言うと、ゼスタは軽い笑みを彼女に向ける。
 優子がいるからだろうか……それ以上、他の女の子達に言うような、甘い言葉を彼女にささやくことはなかった。

「あ、アレナさん、生徒会庶務のブラヌっすけど、制服持ってきてくれた?」
 ゼスタが離れた直後、ブラヌ・ラスダーがアレナに駆け寄ってきた。
「はい持ってきました。どの方でしょうか?」
「彼女体調崩しちまって、今日は来てないんだ。預かっておいてって言われたんだけど。……ん?」
 アレナが持っている袋の中の制服は、しっかりクリーニングされていた。
「洗濯しなくていいと遠慮されていましたが、やっぱり綺麗な方がいいです、ので。お金あんまりかかってないですから、いいんですよ」
「そういう問題じゃなくて……いや、あのさ……そうだ、まだ今月はアレナさん百合園生だし、最後に俺達に制服姿見せてくれよ〜。今日は、その制服で楽しんでいってくれ! もし汚しちまったとしても、責任を持って、俺が洗濯しておくからさ」
「そうですか……。それじゃ、汚さないように気を付けますね」
 そう言って、アレナは一旦席を外して着替えてきた。

「オウ、優子。早速すまないが」
 竜司がジョッキを手に近づいてくる。
「簡単でいいんだが、総長としての『お言葉』、『今後の抱負』、『A級への意気込み』なんかを聞かせてもらいたいんだが」
 後ろから、舎弟の分校生がマイクを向けてくる。
 更にそのマイクはwebカメラ付きのノートパソコンに接続されていた。
「げふっ、ごほっ」
「優子さん、大丈夫ですか」
 むせる優子に百合園の制服姿のアレナがハンカチを差し出す。
「しゅ、祝賀会をやるって聞いてたから、まさか……とは思ったけれど、やっぱりそうなの、か」
 優子はアレナのハンカチで口元を拭いた後、遠い目をした。
 この祝いはロイヤルガード隊長就任のお祝いじゃなくて、四天王としての昇格祝いらしい。
「ネットが使えるようになったからな、大々的にアピールさせてもらったぜェ! 飲食物は持ち寄りだってのに、3部にしなきゃなんねぇほど参加希望があってなァ」
 優子は1部にしか参加できないため、ネット配信や録音が必要なのだと、竜司が言う。
「B級四天王としてやることが沢山あるだろうからな、引き止めはしねェ」
「うん、えっと……」
 四天王としては何もやっていないし、何も出来てはいない、とは思いながら優子は目を泳がせ、助けを求めるように、共に訪れた亜璃珠を見た。
「いつも通りでいいって、言ったでしょ?」
 亜璃珠はそうとだけ答える。
 優子の事も気になるが、心配はしていなかった。それより、テーブルの上のお菓子の誘惑との戦いの方が大変なのだ。
 頼りない。
 弱そう。
 自信がない。
 そんな風に見えてしまうことは、マイナスだと優子は理解していた。
 だから、拳に力を籠めて意を決して。
 強い目でパソコンを見詰めながら言う。
「若葉分校――総長の神楽崎優子だ。知ってのとおり、若葉分校にネット環境が整った。若葉分校は、小さな分校ながら、生徒会もあり、C級四天王と呼ばれる番長も存在している。また、本校の生徒会役員や、S級四天王も、ありがたいことに顔を出してくれることがあるという。
 今日、こんなに多くの者達が集まってくれたことを、とても嬉しく思う。
 集めたのは私の力ではないが、私がその象徴となれるのなら、総長として誇れる“強さ”を持ち続けると誓おう」

 一呼吸置いて、集った者達を見回して。
 最後に、亜璃珠と練習をした言葉を口に出す。
「気質は違うし器用でもない、キミ達の期待に答えられないこともあろうだろうが、それでも慕ってくれるなら――ついて来い」
 不敵な目で、強く言いきられた最後の言葉の後。
 一瞬、場は静まりかえった。
 その直後に、歓声と雄叫びが湧きあがった。

 空京で開かれる謝恩会に出席するために、優子達は2時間程度の宴会の後、若葉分校を発つことになった。
「そっちの会に乗り込むことも考えたんだがなァ。オレがそういう会に参加したら、女たちに惚れられまくって、主役の卒業生より目立っちまうからな、今回は遠慮しておくぜェ」
「……そ、そうか」
 竜司の言葉に疑問を感じながらも、優子は否定はしないでおいた。
「行きたがってるヤツもいるが……ゾロゾロ連れて行ったら、百合園の女子達を驚かせるだろうし、そっちじゃ四天王の祝いも出来ないだろうからな」
「そうだな。ありがとう、吉永」
 続けられたその言葉には、優子は感謝をして礼を言う。
「ところで、優子。その呼び方は他人行儀だぜェ? オレとお前の中なんだから、遠慮するなよ」
 自分は優子が治める若葉分校の番長で、C級四天王。優子はここの総長で、B級四天王。
 下っ端なのだから、名前の呼び捨てで構わない、そんな意味で言った言葉だった。
「うん……ありがとう、竜司。任せっきりで済まない。頼りにしている」
 そう優子は微笑んで、亜璃珠、アレナと一緒に、分校を後にした。

「よし……よぉぉぉし!」
 ブラヌは祝賀会の様子を、分校の携帯電話のカメラで沢山撮影していた。
 制服姿のアレナも勿論沢山撮った。
 そして、彼女の脱ぎたての制服も預かったのだった。