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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第2回/全3回)

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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第2回/全3回)

リアクション

「まいちゃん達、突入したわ」
 桜月 綾乃(さくらづき・あやの)が裏口に潜むメンバーに小声で言った。
 さほど距離はないため、正面側で始まった戦闘音や声がこちらにも響いてくる。
 もう、電話をしている余裕はないが、パートナーの桜月 舞香(さくらづき・まいか)から廃屋への突入を知らせるバイブ反応がワンコール分あった。
「行こう」
 綾乃が腰を浮かせ、メンバー達は頷き合って廃屋の塀に手をかけて、1人ずつ乗り越えていく。
 敷地に降り立った者は、勝手口へと向かう。
 綾乃は一緒には行かない。
 廃屋の脇から飛び出し身を潜める男を見つけると、近付いて小さく悲鳴を上げる。
「お友達を探しに来たら、迷い込んでしまいましたぁ。な、何事ですか……っ」
 涙を浮かべて半泣き状態で、縋るように男――敵の元に歩み寄る。
「邪魔だ!」
 近付く綾乃に、男が威嚇射撃をする。
「ご、ごめんなさい。直ぐ離れます……っ!」
 怯えた様子を見せながら、スカートの中に隠し持っていたホーリーメイスを取り出し、屋敷裏に向かおうとしていた男の後頭部を殴り倒す。
 その彼女に、頭上から弾丸が浴びせられる。
「!?」
 突如、綾乃の腕が強く引かれ引き寄せられる。弾は彼女の背を掠めて塀に埋まった。
「無理はしないように」
 綾乃の手を引いたのは、光学迷彩で身を隠した風間 光太郎(かざま・こうたろう)だった。
「ありがとう、気をつけるね。ここは1人で大丈夫」
「了解でござる」
 光太郎は素早くその場を離れ、白百合団員の援護に向かう。

「何事ですの、ご主人様!」
「ご主人様の前で、見苦しいですわ。静かになさい」
「痛い、痛いです。お許し下さい、三号様」
 場所を知らせるかのように、魅世瑠フローレンスの声が響いている。
 隣の部屋だ。
 勝手口から侵入したメンバーは、キッチンを越えて隣の部屋へと踏み込む。
 白百合団のセラ・スアレス(せら・すあれす)は、前衛となり皆の盾となるべく、先を急ぐ。
 皆の集合を待ち、ドアに手を掛けた彼女は、後についているパートナーのフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)の不安気ながらも、気丈な目を見て、フィルが昔人質にされてしまったことを思い出す。
「大丈夫、フィル?」
「はい。早く綾さんを……っ」
 あの時のフィルと、綾は同じ思いをしているのだろうか。
「行くわよ」
 セラの言葉に、フィルと仲間達は頷きあう。
 セラはドアを勢いよくあけて飛び込んだ。
 部屋に転がり込んだフィルに、家具の裏に潜んでいた男が銃を向ける。
「アリスですっ。私達、ご主人様のお手伝いに来ただけなんです!」
「よく来た、アリス」
 白百合団の神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)大和のやり取りに、部屋の中の男が判断に迷った一瞬の隙に、セラはバーストダッシュで男の元に一気に飛び込み、カルスノウトを叩き下ろした
 更にもう1人、大和の傍にいた男が拳銃を撃つ。
「綾ーっ!」
 わき目も振らず、弾丸を受けながら飛び込んだのは姫野 香苗(ひめの・かなえ)だった。
 化粧をして、百合園に居た頃とは別人のような姿の早河綾に、突進するかのように飛びつく。その彼女の身体を銃弾が掠める。
「百合園か!? なんだ!?」
 銃を撃つ男の前に紙吹雪が舞う。
 紙ふぶきの量は次第に多くなる――。
 銃を乱射する男の脇に近付いた橘 柚子(たちばな・ゆず)が扇子型の光条兵器を振りかざす。
「晴らせぬ恨みしっかりと晴らさせてもらいますわ」
 黒い着物に紫の紗羽織姿。華麗な足裁きで、素早く扇子を振るい男の体を切り裂く。
「やめ……て」
「騙されてるんだよ。こいつは最低の生物なんだから!!」
 綾が悲痛な声を上げるも、香苗もまた男の急所に向かって、立て続けに蹴りを繰り出していく。
「綾さんっ、その人は……怪盗舞士さんなんかじゃありません!」
 有栖の叫びに、綾はガクンと膝をついた。
 柚子が、舞うように身体を回転させて、男の体をズタズタに切り裂く。
 そして体中から血を流し倒れる男に、静かに言い放つ。
「仕掛けて仕損じ無しが、うちの仕事どす」
「エール、様……っ」
 綾はペタンと座り込み、身体を震わせた。
「綾さんですよね? 何故こんな……危険な方々と関わって学校を休んでらっしゃるのですか?」
 有栖の問いに、綾は首を左右に振って顔を覆った。
「副団長や団員の皆さんも心配してます……一緒にみんなの所へ帰りましょう」
「帰れ……ません」
「帰れますわ。わたくし達がお守りします。皆ご帰還をお待ちしてますから」
 ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)の言葉にも綾は首を大きく左右に振る。
「ここに、います」
「帰るの!」
 香苗はぎゅっと綾に抱きついた。
「騙されてたんだから、綾は悪くないから」
「怖かった、ですよね……」
 フィルは身を屈めて、綾の肩に手を置いた。
「もう、大丈夫ですから。ここを出て、それから考えましょう」
 肩を強く抱きしめて、フィルは立ち上がり綾を立たせた。
「大丈夫です。大丈夫ですから」
 変わってしまった彼女に、優しく優しく声を掛けてその髪を撫でた。
「……っ……う……っ」
 綾が流した涙が、フィルの手に落ちる。
「早う避難しましょう。百合園の仲間の為にも」
 柚子が扇子を手に、綾の背を押した。
「射撃の危険性があるけれど、窓から出る?」
 セラが倒れた男を縛りながら皆に問う。
「出よう。勝手口だと塀を乗り越えなきゃならないから。皆を信じて突破しよう」
 白百合団のセシリア・ライト(せしりあ・らいと)がそう答える。
「後のことは任せてくださいませ」
 ミルフィは、偽舞士と思われる男を縛り上げる。
「エール、様……」
 綾は意識を失っている男に、涙を流しながら声をかけるも、返事はない。
「行ってください、彩様」
 代わりにミルフィがそう答えた。
「綾さんその人は、怪盗舞士さんなんかじゃないんです。私達、盗みに現れた本物のグライエールさんとお会いしています、から」
 有栖の言葉に綾は目を伏せる。
「偽物どすな。本物の舞士はんは、簡単には捕らえられへんと聞いとります」
 柚子が冷ややかに血だらけの男を見下ろす。柚子のターゲットは偽物の方だったので、それはそれでいいのだが。白百合団の方針により命は奪っていない。
「ほんまにそう思っとったんどすか?」
 そして、綾にそう問いかける。
 綾は何も言わない。反論もしない。……恐らく、分かっていたのだろう。
「さ、行きましょう」
 セシリアのパートナーのメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、綾の腕を引っ張る。
「帰、るところなんてないっ」
 抵抗する綾に、メイベルは突然手を振り上げて、頬を叩いた。
「貴方が騙されてここに居る間に、親がどんなに悲しんだと思っているの?」
「……っ、だからこそ帰れない。合わせる顔なんかないし、私の居場所はもうここなんだから!」
「それでも、貴方の親は今でも貴方のことを心配してる! そう心配してくれる親が貴方に居るのに。私の両親は私のことを道具にしか思って居なかったからそんな心配はしてくれないです」
 力強く、引き摺るようにメイベルは綾を引っ張る。
「恨んでもかまわない。でも、貴方は貴方を本当に必要としている人の元に戻るべきです」
 説得する時間が惜しい。
「言い争っている場合じゃないよ! 早く」
 戦闘の音や振動が響き、今にも廃屋が崩れそうにも思える。
 セシリアがメイベルを退け、代わりに綾の腕を掴んで引っ張った。
「行きましょう、彩さん!」
 有栖は自分にパワーブレスをかける。
 窓へと掛ける有栖を、射し込む光が照らし出す。
 セラが綾の前に立ち。フィルは綾に寄り添う。香苗は綾の腕をぎゅっと抱きしめた。
 光と白百合団の友に導かれ、綾は外の世界へと連れ出される――。

「綾様退避。偽舞士捕まえましたわ!」
 班員脱出後、ミルフィが声を上げる。
「ご苦労でござる」
 窓から飛び込んできた光太郎は手早く写真を数枚撮ると、ミルフィと共に怪盗舞士の偽者を運び上げる。
「総員退却!」
 白百合団副団長の声が響き渡った。