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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第2回/全3回)

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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第2回/全3回)

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第6章 光の翼、広げ――

 ラリヴルトン家に怪盗舞士グライエールが現れてから1月が経った。
 アイギス・グリッド(あいぎす・ぐりっど)は、甥の神薙 光(かんなぎ・みつる)の頼みを受け、百合園女学院のとある少女をつけていた。
 その少女――アユナ・リルミナルは、怪盗舞士の大ファンなのだが、先月の事件後から、すっかり元気を失っているとのことだ。
 事件の際、彼女は怪盗が逃げたと思われる方向にいたという。
 怪盗に怪我を負わせた白百合団を嫌っていることからも、怪盗間近で見て、言葉を交わした可能性が高いと光は考えていた。
「なかなか隙がないな。警戒している証拠だが」
 アユナの家の側で張り込みながら、アイギスは報告の為、光と白百合団へメールを打った。
 マイクなどで会話を拾おうとするも、高性能のマイクはこのあたりでは手に入れることはできず、人の多い場所で確信に迫るような会話を彼女が行なうこともなく、特に情報を得られないまま、1月が経ってしまった。
 最近は仲間達とも会っている様子はなく、舞士のことも口に出さず、地球の人気アイドルの話に夢中になっていく彼女の様子に、怪盗を諦めたのではないかと思い始めたアイギスだが……。
「っと、動き始めたか」
 その日、アユナは変装をして自宅から出てきた。
 長く尾行していたアイギスにはそれが彼女であることは一目瞭然だった。

○    ○    ○    ○


 同日。鳳明のパートナーである教導団のセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は、1人百合園女学院を訪れ、百合園女学院生徒会執行部、執行部長である桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)に面会を求めた。
 生徒会室に通されたセラフィーナは人払いを頼み、鈴子だけを前に説明を始める。
「パートナーの使いとして参りました。ワタシのパートナーの琳鳳明が、怪盗舞士の元に潜入調査をしようとしています。団への協力を申し出ておきながら、報告が遅れましたことをお詫び申し上げます」
 言って、セラフィーナは深く頭を下げた。
「詳しく話してください」
 鈴子に勧められて、セラフィーナは頭を上げ、椅子に腰掛ける。
「先月、鳳明は百合園女学院の生徒と共に、怪盗舞士と接触を果たしたそうです。そして今日、舞士と鳳明達は再会の約束をしています。直前まで報告できなかったのは、白百合団が攻め込んでは怪盗の真意を聞きだすことが困難になると考えたため、また怪盗や怪盗のファンである百合園の生徒の信用を得る必要があると考えたためです。潜入とはいえ怪盗に一時的にでも助力することになります。白百合団に迷惑をかけないためにも、白百合団を自主的に退団させていただきたく思います」
「お話からして、今から向かってもその場に間に合わないということですね。しかし、私達には百合園の生徒を守る義務があります。経緯とメンバーも詳しく教えて下さい」
 鈴子の問いに、セラフィーナは鳳明から聞いていたこと全てを彼女に話して聞かせた。
 ただし、この先は自分達は白百合団の協力者としてではなく、個人としてアユナ・リルミナルや怪盗を追い、必要に応じて団へ情報を提供するという姿勢だとも付け加える。
 鈴子は静かにセラフィーナの話を聞いた後「わかりました」と答えた。
 それからセラフィーナを待たせておき、彼女は電話とメールを数本かけた。
「アユナ・リルミナルを調査していた白百合団並びに、白百合団の協力者達に戻るよう伝えました。あなた方に任せます」
「……尾行していたのですか?」
「命令ではありません。自主的に行なっていた者がいます。怪盗は兎も角、百合園の一般生徒が危険なことを考えているようならば止めなければなりませんから。でも、彼女には良い仲間が沢山いるようですから……鳳明様に、百合園の生徒を頼みますとお伝え下さい」
「ご理解、ありがとうございます」
 セラフィーナと鈴子は同時に立ち上がった。
 生徒会室のドアへと向かいながら、鈴子はこう言うのだった。
「百合園の生徒達が信じている人でしたら、白百合団の私達も全力で信じたいと思います。ただ、彼女達が騙されていたり、傷つけられそうな時には、彼女達を止めて、守ってあげて下さい。どうか、アユナ・リルミナルと友人達をよろしくお願いいたします」
 ドアを開けて、白百合団団長桜谷鈴子は深く頭を下げた。

「団長から帰還命令です」
 神薙 光(かんなぎ・みつる)は、電話を切った後、合流したばかりのアイギス・グリッド(あいぎす・ぐりっど)に溜息交じりに言った。
「理由は?」
「白百合団は友である生徒を欺いて悲しませるような手段はとらない、とのことです。彼女を尾行し怪盗を傷つけた場合、取り返しのつかないことになる可能性があると判断されたようです」
「ま、協力を申し出た時にも、懸念を示していたからなあの団長。甘いな、白百合団……。でも、それが百合園らしいちゃらしいがな」
 アイギスは苦笑しながら、消えていくアユナの姿を見送る――。

○    ○    ○    ○


 約束の日、約束の時間。
 約束の場所に、舞士の姿はなかった。
 代わりに、月明かりの中一枚のメッセージカードを見つけた。
 そのカードに記されていた場所に向かうと、そこにもカードが1枚置かれていた。
 カードに導かれるがまま、少女達は走って、ゴンドラに乗って、馬車に乗りヴァイシャリーを巡って。
 最後に辿りついたのは、風が吹き抜ける湖近くの丘だった。
 街灯もない場所だけれど、月の光が強く降り注いでおり、さほど暗くはなかった。
 時間はもう、深夜に近い。
 誰もいない、こんな時間に誰も訪れることにないその場所に、少女達は立ち、辺りを見回した。
「……う、うぅぅ、段々緊張してきてお腹痛くなってきた」
 鳳明が腹を押さえる。
 信用を得るために、武器防具は持ってはこれなく、鳳明も皆も私服姿だった。
「……よし、頑張るぞっ!」
 鳳明は、深呼吸をして気合を入れる。
「舞士様……っ」
 アユナが声を発した。
 その次の瞬間――。
 その声に答えるかのように、ふわりと光の翼が空に浮かび上がる。
 闇のマントを肩に掛けて、笑みを浮かべるその人物は――1月前に会った怪盗舞士グライエールと名乗る者であった。
「ようこそ、宿命の丘へ。百合園の乙女達」
「ようやく現れたか、『仮面男』。この間の仮面は処分したようだな。今日の仮面は安物に見えるが?」
 アユナが暴走しないよう手で制止ながら、真っ先に声を上げたのはメリナだった。
「どこでも売っているハロウィン用のアイマスクさ。今から一緒に仮装パーティーにでも行くかい?」
 その声は、レコーダーに録られていた掠れ声ではなくて、あの夜、直接聞いた穏やかな音色の男性の声だ。
「あ、アユナ達も、ちょっと変装してるけど……アユナのこと、分かりますか……っ?」
 被っていた帽子をとって、アユナが舞士を真剣に見詰める。
 舞士はアユナに目を向けて「勿論」と微笑んだ。
 アユナは手をぎゅっと胸の前で組んで、赤くなったままそれ以上何も言わない。緊張して言葉が出ないようだった。
「俺の代わりにハロウィンの日に、1つ、盗ってきて欲しいものがある。百合園女学院の校長室に保管されているものだ」
「メリナ達に盗みの手伝いをさせようというのか」
 舞士の言葉にメリナは眉を寄せ、アユナは唾を飲んだ。
「そんなことが、知れたら退学になります。アユナさんはあなたのことを想ってここまで来たんです……なのになんでそんなことを!」
 が悲しげな声で舞士に詰め寄ろうとするも、舞士はふわりと後ろへと飛び、近づけさせない。
「キミのことは誰だかわからない。信用できる者だけで来てくれと言ったはずだよ?」
 舞士はからかい口調で繭に言う。
 繭と、エミリアは、顔の上部半分を仮面で隠している。
「あなたの指示に従う際に必要となるかもしれないから、用意してきただけです。アユナさん1人にさせるわけにはいきませんから」
 言って、繭は仮面を外し舞士に素顔を見せる。
 エミリアも仮面を外すと、にやりと笑みを浮かべる。
「ま、面白そうだし私はやってもいいよ。ただし……こんなかわいい子にそんな真似させるんだ。それなりの対価はあるんだろうね?」
「何が欲しい? キミ達はお金持ちのお嬢様なんだから、何でも親に頼んで買ってもらえるんじゃないの?」
 笑みを浮かべながら怪盗はそう答えた。
「舞士さま……」
 悠希が一歩、前へ出る。
「ナイトの誇りにかけて、ボク自身の責任において、秘密は守ると約束します。なので、舞士さま……どうか貴方の真の目的……お教え下さい」
「自分達を利用する以上『怪盗舞士』は何のために、このような事を繰り返しているのかを教えてほしいんだ。それが対価ってことでどうかな? 勿論、本当の理由を教えて下さい……っ」
 鳳明は真剣に強く訴えかける。
「何て答えたとしても、それが真実かどうかなんて、分からないんじゃない? 桜井静香の所持品は闇市場で高く売れるから、その金で病気の親を治す薬を買いたいんだ、とでも言っておこうか」
 しばらくして、舞士はそう答えた。
「アユナは、やる、よ……どんな、理由でも……っ」
「嘘の理由は、――要りません」
 緊張しているアユナの手を引いて、津波が前へ出た。
「私達、あなたに条件抜きで協力します。あなたの動機も目標も聞きません」
「津波……」
 パートナーのナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)は、心配気に津波を見るも、彼女を止めはしない。
 舞士は笑みを消し、時折翼を羽ばたかせながら、黙って津波を見ていた。
「あなたの意図が善であるかも言わなくていいの。私達があなたを勝手に信じているだけ。あなたの偽悪的な言葉を使うなら、“利用していい”」
 しばらく沈黙した後、舞士が口を開く。
「何故……?」
「舞士様が好きだから。どんな人でもアユナは舞士様が好きなの」
「あなたの優しさを私が勝手に信じたから」
 くすり、と舞士は口元に笑みを浮かべて、アユナと津波に近付いた。
「参った。……すまない、本当に」
 最後は小さく、切なげな声で言い、両手を伸ばしてアユナと津波の額に触れた。
 熱い感覚が額に走り、アユナと津波はビクリと震えて額を押さえた。
 舞士はもう、二人の傍から離れて空に浮いていた――。
「アユナに何をした、仮面男」
 メリナはそう言うが、その声はきつくはなかった。
 舞士の小さな声と、切なげな目はメリナにも見えていたから。
「言えない、理由があるのか?」
「…………」
 メリナの問いに、舞士は瞬きで答えた。
「従いますよ、私も……。アユナさん達が、これほどまで信じている方ですから。何を取ってくればいいのですか?」
 繭が舞士を見上げて、訊ねる。
 舞士は少し考えるような仕草をし、こう答えた。
「……ノート……いや、アルバムを一冊。一番ページ数が多いものをね」
「分かりました。アユナ、持ってきます。手に入れたら、ここに来ればいいですか?」
「ん。この場所で、またね」
 青年は軽く、首を傾げた……。
「対価は?」
 翼を広げた舞士に、エミリアが妖艶な笑みを見せる。
「たとえば……その仮面の中身とか、興味があるんだけど?」
 雲ひとつない、月明かりの中。
 ヴァイシャリーの湖を背に、光を浴びながら。
 怪盗舞士グライエールは目を覆うマスクに手を伸ばし。
 その素顔を皆の前に晒した――。
「さよなら。気高き乙女達」
 闇のマントを広げて、星空に吸い込まれていくかのように青年は姿を消す。
「……ファ……ビ、オ……様……?」
 そう声を発したのは誰だろうか。
 少女達はその場に立ち尽くし、夜空を見上げていた。