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栄光は誰のために~英雄の条件 第1回(全4回)

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栄光は誰のために~英雄の条件 第1回(全4回)

リアクション


■■■リアクションB 

第1章 誇り高き獣

 『ヒポグリフ』。
 「体の前半分は鷲、後ろ半分は馬。翼を持ち、空を飛ぶ。馬を好物とするグリフォンと馬のハーフと言われ、食べる者と食べられる者との間に生まれたものとして、『ありえない存在』の代名詞にその名が使われることもある……」
 道明寺 玲(どうみょうじ・れい)は、パートナーのシャンバラ教導団本校の図書館で、パートナーの魔女イルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)とヒポグリフの生態について調べていた。
 「何が好きとか嫌いとか、書いてあります?」
 イルマは身を乗り出して、玲が見ている資料をのぞき込む。
 「馬の肉……共食いにはならないのだろうか……。あとは、人肉が好物だとしている文献もありますな」
 「えーっ!?」
 イルマは思わず声を上げてしまった。近くにいた他の生徒の視線が二人に集中したのを見て、慌てて口を押さえる。
 「嫌いなのは、むやみやたらと触られること。誇り高く、慣らすのは大変だが、グリフォンほど猛々しくはないので、訓練すれば良い軍馬になる……」
 玲は文献の続きを読み上げた。
 「うーん、触られたくないものを慣らすって、どうすればええのやろ……」
 イルマは頭を抱える。
 「とにかく『ありえないものの代名詞』というくらいで、資料そのものもあまりないようなのですよ。実際に接して、その中で学ぶしかないかも知れませんな」
 ため息をついて、玲は資料を閉じた。


 「……まさか、野生のものを捕まえるところから始まるとは思っておりませんでした……てっきり、既に捕獲されたものを慣らせば良いのだとばかり」
 セバスチャン・クロイツェフ(せばすちゃん・くろいつぇふ)と、パートナーの英霊黄 飛虎(こう・ひこ)は、目の前に広がる光景を見て、呆然と呟いた。
 「いや、作戦要項に、『山岳地帯から連れて来て部隊を作る』と書いてあったはずだぞ?」
 引率の教官が、少々呆れた様子でため息をつく。
 彼らが訪れているのは、シャンバラ教導団の本校から少し離れた、なだらかな緑の谷あいである。
 ヨーデルが響く中で少女と仔ヤギが戯れていそうな風景だが、ここに居るのは少女でもヤギでもなく、ヒポグリフだ。まだ彼我の距離は若干あるが、飛び立ったり舞い降りたり、あるいは草の上に膝を折って翼を休めたり、という様子は、ヒポグリフ隊立ち上げのためにやって来た生徒たちが身を隠す岩場からも見えた。
 「おお、これは凄い!」
 資料でしか見たことのない生物を前に、ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)は興奮を隠し切れない表情で身を乗り出した。
 「馬よりも一回り大きいんだな。でも、翼もあるから二人で乗るのはちょっと難しいか……。鷲の体の部分が茶色いのと灰色がかったのが居るけど、体の大きさからして灰色がかっているのが子供かな」
 「そう言われてみると、灰色の方はちょっと毛並みがほわほわしていて、鳥の雛のようですね」
 ルイス・マーティン(るいす・まーてぃん)がうなずく。しかし、玲とイルマはそんなのどかな光景を見る余裕もなく息を切らしていた。
 「つ、疲れました……」
 「大変な所どすなあ、ここ……」
 教導団の本校は、ヒラニプラの山岳地帯のかなり高い場所にある。麓から本校までは車両も通れる輸送路があるが、本校からこのヒポグリフの生息地までは、獣道程度のものしかなかった。飛行できる種族の生徒に一部の荷物運びを頼んだだけましではあったが、驚かすといけないからという理由でオートジャイロなど飛行機械は使えず、飛行できない種族の生徒たちは、自分たちの足で山を二つほど越えて、ようやくここにたどりついたのだった。
 「《工場》周辺の方はともかく、ここには厩舎は作れそうにないな」
 玲とイルマのようにばててはいないが、額の汗をぬぐいながらイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)が言う。谷はほとんどが草地、そうでない場所は低木の藪で、材料の現地調達は難しそうだ。かと言って、本校からここまで建築資材を運ぶのも、大型の輸送機から投下でもしない限り無理そうである。(そして、そんな大型の機体は輸送科にも航空科にもないし、たとえあったとしても、大きな物資をがんがん投下したら、ヒポグリフたちは逃げてしまうだろう)
 「本校からここまでの距離とかを考えても、最終的には本校付近に厩舎を作ることになるんだろうね。問題は、どうやってヒポグリフを慣らして、本校近くまで連れて行って厩舎に入ってもらえるようにするか、かな」
 イレブンのパートナー、剣の花嫁カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)が言う。二人は厩舎の建築を担当すると教官に申し出て許可を得たのだが、実際のヒポグリフの大きさや習性が判らないと内部の構造や広さが決められないため、とりあえずここに来ていた。
 「……タイマン張ったら、ダチになれないかなぁ。こう、拳と拳で語り合う……と言ってもヒポグリフに拳はないから、噛み付いたら噛み付き返す!とか」
 「ヒポグリフにに噛み付かれた時点で、人間は噛み付き返せる状態にないと思いますが……。人に慣れた獣なら甘噛みもするでしょうが、野生のものは思いっ切り噛みますよ? 肉食動物に思い切り噛み付かれたら、それはタイマンではなく、仕留められたとか捕食されていると言うべき状況では?」
 やっと呼吸が落ち着いてきた玲が突っ込む。
 「た、確かに」
 カッティの顔が青ざめた。
 「しかし、とにかく近付いて接してみないとどうしようもない、という気はします。ここでこうして見ていても、事態が進展するわけではないのですし」
 ルイスが言った。
「そうだな。とりあえず、お近付きのしるしに馬肉を進呈してみるか」
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が、運んでもらった荷物の中から、保冷パックに入った馬肉を取り出す。
 「俺は、餌で釣るのは反対だな」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)が異論を唱えた。
 「誇り高い生き物だったら、施しは受けないどころか、かえって嫌がるんじゃないか?」
 「何事も、やってみなくてはわからないだろう」
 イリーナも反論する。二人の間に、引率の教官が割って入った。
 「正直なところ、ヒポグリフに関しては、教導団もあまり情報を持っていない。思わぬ方法が成功する可能性もあるから、怪我をしない程度に色々と試してみてくれ」
 「……わかりました」
 ケイとイリーナはうなずいた。
 ちなみに、ケイとパートナーの魔女悠久ノ カナタ(とわの・かなた)久多 隆光(くた・たかみつ)メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とパートナーの剣の花嫁セシリア・ライト(せしりあ・らいと)と英霊フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)はヒポグリフ隊への参加を希望し、義勇隊での素行にも問題がなかったため、条件付きで教導団の生徒たちと同等に部隊に参加する許可を得ている。その条件とは、
 『ヒポグリフの私的使用は一切認めない、もしも教導団の許可なしにヒポグリフを使うようなことがあれば、その時は懲戒処分とし、隊から外す』
 ということである。要は、『教導団のために働かない者は不要、ヒポグリフの持ち逃げは厳禁!』ということだが、教導団の作戦行動の一環であるのだから当たり前と言えば当たり前で、実績のある他校生に対しては、教導団の態度もかなり軟化して来たと言うことができるだろう。
 「じゃあ、レーゼ、よろしくな」
 「ちょっと待て、何で私が!」
 イリーナに馬肉を押し付けられて、レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)が小さく叫ぶ。ヒポグリフたちがびく、と首を上げ、周囲を見回す仕草をした。聴覚はかなり鋭いようだ。
 「馬肉でダメなら生き餌……と思ったのだが。いや、冗談だ。何個か持って来たから、一緒にどうだ?」
 イリーナはニヤリと笑って、目を見開いて怒鳴りかけたレーゼマンを静止した。
 「まあ、そういうことなら……」
 レーゼマンは馬肉を受け取り、イリーナと二人で岩陰から出た。こちらを見てあからさまに警戒しているヒポグリフたちに近付き、声をかける。
 「すまないが、乗せてもらえないだろうか……?」
 「お近付きのしるしに、馬肉を持って来たんだ。好物だろう?」
 イリーナも馬肉の塊を掲げる。だが、ヒポグリフは近寄って来ようとしない。
 「最初から、あまり近付きすぎるのもまずいかな」
 しばらく待っても近寄って来ないのを見て、イリーナはため息をついて地面に肉を置いた。
 「ここへ置いて行くから、良かったら食べてくれ」
 レーゼマンもイリーナにならって肉を置き、皆の所へ戻っても、ヒポグリフは肉に近寄らない。
 「鳥類は、一般的に嗅覚はあまり発達していないと言われている。かれらは普段、野生の獣を狩っているのだろうから、生きた虫しか相手にしないカエルなどと同様、処理された肉を食べ物とは認識できないのかも知れないな。人間が食べるためのものなら、血抜きがされているから倒したばかりの獲物とは匂いも違うだろうし」
 ヒポグリフ部隊の立ち上げに加わった『白騎士』のヴォルフガング・シュミットが、ヒポグリフたちの様子を見て言う。
 「やはり、生き餌でなくてはダメか」
 イリーナがレーゼマンを横目で見る。
 「……本当に冗談なんだろうな?」
 レーゼマンは、眼鏡の奥の目をひそめてイリーナを見る。イリーナはにっこりと笑った。
 「いや、実は六割ぐらいは本気だ。皆のために犠牲になる気はないか?」
 止まらないかけあいを尻目に、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が荷物の中から紙袋を取り出した。
 「思わぬ方法が功を奏するかも知れないと言うことでしたら、これを試してみましょう」
 中に入っているのは、例によって芋ケンピである。ただし、人間用に比べて、だいぶ砂糖は控えめだ。
 「馬にも角砂糖をあげたりしますからな、案外気に入ってもらえるかも知れません」
 セオボルトはヒポグリフたちを見回すと、あまり警戒していなさそうに見える一頭の目をじっと見ながら、静かに近付いて行く。突進されてもどうにか対応できるだろうと思われるぎりぎりの距離で立ち止まり、挨拶のつもりで軽く頭を下げると、ヒポグリフも軽く頭を下げる。おお、と押し殺した歓声が、生徒たちから上がった。
 「これは芋ケンピというものです。おいしいですから食べてみませんか?」
 セオボルトは紙袋から芋ケンピを掴み出して差し出した。ヒポグリフはしばらく芋ケンピを見ていたが、やがて、咽喉を鳴らしながら頭を下げ、ゆっくりと後ずさった。
 「……む、やはり、たとえ食べ物でも見慣れないものは警戒しますか……」
 唸るセオボルトと入れ替わりに、ルイスが進み出た。
 「じゃあ、これなんかもっと警戒するでしょうか?」
 手にしているのは、軍馬につける鞍だ。
 「いくら実践第一で行くと言っても、いきなりそれはちょっと止めた方が良いのではないか? だいぶ警戒心が強いようだし」
 カナタが、ヒポグリフに近付いて行こうとするルイスを止める。
 「いや、慣れない馬を慣らす時、最初にこうやって馬具を見せるんですよ。……不躾な願いで誠に申し訳無いが、貴卿の背を借り受けたい。いくら抵抗されても諦める気は無いので、そのおつもりで」
 ルイスは声をかけながら、なおもヒポグリフに近付く。ヒポグリフが逃げたら、バーストダッシュで追いかけて、向こうが諦めるまで追い回す!つもりだったのだが。
 接近されて、ヒポグリフはセオボルトの時と同じように、咽喉を鳴らしながら後ずさった。だが、ルイスが1メートルくらいの距離まで近付いたところで、背中を向けて逃げたりはせず、ルイスに向かって突進してきた。かっと口を開けて、襲う気まんまんだ。
 「うわっ!」
 ルイスは声を上げて飛び退った。ヒポグリフは再び突進して来る。これでは鞍をつけるどころではない。ルイスは鞍を捨てたが、乗ること自体はあきらめず、突っ込んで来るヒポグリフをかわしつつ、横へ回り込んだ。何とかしがみついて乗ろうとする。馬と違ってたてがみがないので、やむなく鷲の羽毛を掴んだら、ヒポグリフが本気で怒った。けたたましい叫び声を上げてルイスを振り落とし、鍵爪のついた前足を振り下ろして地面に縫いつけようとするのを、ルイスは転がって避ける。既に、仲良くなるどころではなく、かなり危険なガチンコ勝負の様相だ。
 「やっぱり、拳と拳で語り合うのは無理みたいだねー。やめておいて良かった」
 カッティがイレブンに言う。
 「……ああいうところが、まだまだ子供っぽいですよね、主は……」
 水筒からお茶を飲みながら呟くルイスのパートナー、ヴァルキリーのサクラ・フォースター(さくら・ふぉーすたー)の肩を、フィリッパがつついた。
 「あのー、止めるなり助けるなりしてあげた方が良いのでは……」
 「止めて止まる人じゃありませんし、あの程度ならまだ壊れないでしょうし。気が済むまであのままにしておきます」
 サクラは肩を竦めて、ヒポグリフと揉めているルイスを見た。
 「はあ、そういうものですか……」
 目を丸くするフィリッパの後ろで、ヴォルフガングのパートナー、ヴァルキリーのエルダが首を振った。
 「いえ、止めた方が良いでしょう。他のヒポグリフが殺気立って来ています」
 言われて見ると、ルイスと揉めている以外のヒポグリフたちが、じわじわと近寄って来ている。ルイスを、仲間に危害を加える敵だと思ったのか、それとも生きのいい餌だと思ったのかはわからないが、剣呑な雰囲気になっていることだけは確かだ。
 「こっちにも敵が襲って来るかも知れないと思ってたんだけど……敵からヒポグリフを守る前に、ヒポグリフから味方を守らなくちゃいけないみたいだね」
 黒乃 音子(くろの・ねこ)がため息をついた。
 「誇り高いヒポグリフを相棒に出来たら鼻が高い!と思ってたんやけど、道は険しそうやなあ……」
 音子のパートナーのゆる族ニャイール・ド・ヴィニョル(にゃいーる・どびぃにょる)も肩を落とす。ヒポグリフから味方を守ると言っても、銃で脅したら今後の関係が悪くなるのは目に見えているので、サクラとエルダも一緒に、ゆっくりとルイスに近付いて行く。
 「目をそらさないで、後退する時もヒポグリフの方を見たまま後退した方が良いです。野生の動物には、背中を見せると、とたんに襲い掛かって来る奴も居ますからな」
 セオボルトが声をかける。確かに、周囲を取り囲み始めたヒポグリフたちの方を見つめたまま前進すると、ヒポグリフたちは同じくらいの距離を後退する。四人は、あちこちにすり傷やひっかき傷を作ったルイスの腕を両側から取り押さえ、そのままずるずると引きずって撤退した。暴れていたヒポグリフは
 『何しよんねん、大事な羽毛が抜けるやないか、このアホンダラァ!』
 とでも言いたそうな様子でふーふーと荒い息をついてまだこちらを睨んでいたが、やがてこちらを睨んだまま仲間のところへ後退して行った。
 「……何て言うか……いろいろ、すみません」
 ルイスはしょんぼりと皆に謝る。