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栄光は誰のために~英雄の条件 第1回(全4回)

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栄光は誰のために~英雄の条件 第1回(全4回)

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 結局、その日はヒポグリフに触ることさえ難しく、生徒たちは谷の端にテントを張り、しばらく泊り込むことになった。ただし、厩舎の建設を担当するイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)は、日暮れ前に本校へ戻った。
 「実際に見て、ヒポグリフの大きさや生態もある程度判ったし、立派な厩舎を作って、皆がヒポグリフを連れて戻って来るのを待っているからな!」
 イレブンにそう励まされたヒポグリフ隊(予定)の生徒たちだったが、初日の失敗続きは、かれらをおおいに落胆させていた。
 「やっぱり、野生の生物と親しくなる、というのは大変ですわね」
 レトルトの携行用戦闘糧食で夕飯を済ませた後、皆が試してみたことをノートに記録しながら、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)はため息をついた。
 「もっと簡単にお友達になれるのかと思っていたんですけど……」
 マシュマロ入りのココアをすすりながら、メイベルも肩を落としている。
 「ヒポグリフは肉食なのに、教導団の本校や、麓から物資を運ぶ輸送隊にこれまで被害が出たって話は聞いたことがない。ってことは、あのヒポグリフたちは、そもそも人間と接したことがないんだろう。慣れるには相当時間がかかると思うぞ。根気良く行くしかないだろう」
 ウォーレンが言った。
 「明日からも、試行錯誤で行くしかなさそうですわね……」
 もう一度ため息をついて、フィリッパは記録を取っていたノートを閉じた。
 「ですが、わからなかったことがわかる、記録が取れる、ということは悪いことではないように思います。明日から、同じ過ちを繰り返さなくて済むのですから」
 玲が慰めるようにフィリッパに言う。
 「そうどす。そして、たとえ間違いがあっても、今日くらいのことならまだやり直しが効くんやありまへんか? 人間式の謝罪をヒポグリフが受け入れてくれはるかは判りまへんけど……」
 イルマも、あれからずっと落ち込んでいるルイスに向かって言った。
 「……初対面の人間に対する時のことを考えてみよう。今回は言葉も通じないから、まったく文化圏の違う人間とのケースを想像した方が良いかも知れない」
 コーヒーを飲みながら、ヴォルフガングが言った。
 「こちらは、向こうに対して敵意がない、むしろ友人になりたいことを伝えたい。だが、向こうはこちらが敵か味方か判断できない。身振り手振りで意思疎通をしようとしても、同じジェスチャーがまったく別の意味を持つ場合もある。そんな時に有効な方法は何だろう?」
 「うーむ、なかなか難しいのう」
 カナタが呟く。
 「……まず、むやみに近付かないこと。敵じゃないことを態度で示すこと、かなあ……。触るのなんて二の次三の次、だろうな。こっちの言葉を理解してくれれば、話は早いんだけど」
 ケイが難しい顔で言った。
 「今日の様子では、おそらく人語は解しておらぬであろう」
 カナタは首を振る。
 「結局、様子を見ながら、少しずつ距離を詰めて行くしかないんじゃないかな? 向こうの反応を無視してどんどん近付いて行っても、ヒポグリフたちを警戒させるだけのような気がするよ」」
 セシリアの言葉に、隆光がうなずく。
 「そうだな。道具ではなく相棒や戦友と呼べるような、お互いに信頼しあえる関係になりたいなら、こちらの都合ばかりを押し立てて行ってはだめだ。今のところ、ヒポグリフたちに、こちらに力を貸す理由はないんだから」
 その時、
 「シュミット、ちょっといいか?」
 ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)やレーゼマンたち、『白騎士』にくみする教導団の生徒たちが囲んでいた焚き火の方から、イリーナがヴォルフガングを呼んだ。ヴォルフガングがイリーナたちの方へ移動すると、コーヒーの入った携帯用の薬缶を差し出しながら、イリーナは彼に尋ねた。
 「聞いておきたかったんだが、今回、《工場》ではなく、こちらに参加することにしたのは何故だ?」
 「《工場》の探索を通して、我々は楊教官から良い評価を得ることが出来た。しかし、今《工場》に居ても、ポイントを稼ぐ機会がまた訪れるかどうかはわからない。鏖殺寺院の再襲撃があれば、また見せ場が作れるのだろうが、それを期待するのもな」
 イリーナから薬缶を受け取り、カップにコーヒーを注ぎ足しながら、ヴォルフガングは苦笑する。
 「まあ、確かに、手柄を立てるために敵の襲撃を望むのは、本末転倒と言えるでしょうね」
 レーゼマンが肩を竦める。ヴォルフガングは顔を上げ、焚き火を囲む生徒たちを見回した。
 「それに、風紀委員や査問委員ががっちりと根を張っているところに食い込むのは、なかなか容易ではない。だが、こういう、新規に立ち上げる部隊であれば、我々にも伸張の余地があるのではないかと思ったんだ」
 「風紀委員とかちあわない方がやりやすい?」
 「そういう気持ちがない、と言ったら嘘になるな」
 レーゼマンの問いに、ヴォルフガングはうなずいた。


 翌日からも、ヒポグリフ隊(予定)の生徒たちは、何とかヒポグリフに接近しようと努力した。引率の教官とも相談した結果、とにかく人間が近くにいる環境に慣れてもらうのが先決だと言うことになり、ヒポグリフたちから少し離れた場所で生活しつつ、少しずつ声をかけたり、近付いてみたりすることにした。
 「だからって、あの声のかけ方はどうなんだ……」
 イリーナは、ヒポグリフに声をかけているルースを見て、こめかみを押さえてため息をついた。
 「君のすべてを手に入れたいんだ、一体となって共に空を駆けようじゃないか!」
 ルースは、熱烈にヒポグリフを『口説き』続けていたのである。ルース本人に言わせると、パートナーになるのだから人間の女性に接するのと同じ気持ちで接する、ということらしいのだが、
 「オレには種族の壁なんてものは存在しないのだ!」
 という言葉が加わると、とたんに怪しさが倍増である。
 「彼とか、うちのパートナーより、あっちの蒼空学園の彼の方が、よっぽど軍人っぽいよね」
 苦笑する音子の視線の先には、礼儀正しく直立不動でヒポグリフに話しかけている久多 隆光(くた・たかみつ)がいる。
 「俺は教導団に入って、教導団のために戦いたいんだ。君たちのことを理解できるように努力するから、力を貸してくれないかな」
 一生懸命に語る隆光とは対照的に、音子のパートナーのニャイールは、
 「教導団のニャイールだよ〜、お友達になろうよ!」
 という感じである。
 「うーん、お友達を増やしたいんじゃなくて、空挺部隊を活躍させるための下地を作りたいんだけどなー。でも、利用したいって気持ちがあるとダメなのかな?」
 声をかけてもヒポグリフの反応があまり芳しくない音子は腕を組む。
 「ま、まあ、人に慣らすのが目的だからな……。言葉そのものは通じんはずだし。だが、軍馬でも人を見ると言うから、それより知能が高いヒポグリフは、態度や雰囲気から感じるものがあるのかも知れん」
 様子を見ている教官は微妙な顔だ。

 そんなことを繰り返して数日すると、ヒポグリフたちにも、ようやく生徒たちが敵ではないことが理解できたらしく、まだ羽毛の色が灰色がかっている若い個体が数頭、とことこと近寄ってきて、2メートルくらいの距離からじっと生徒たちを見るようになって来た。生徒たちが挨拶をすると、真似をしているのか、鳴き声を返したり頭を下げたりする。
 「うーん、まだ触れないかな?」
 セシリアが、ヒポグリフに近寄りながら手を伸ばした。ヒポグリフは一歩踏み込んでかっ、と口を開ける。セシリアは一瞬身を引きかけたが、ぐっと堪えてそのままそこに踏みとどまった。ヒポグリフは身を引くと、首を傾げてじっとセシリアを見た。
 「……脅かしてびびるような奴の言うことを聞く気はない、ってことか」
 ケイも意を決して、別のヒポグリフに近寄った。
 「俺たちは敵じゃない。お前たちの力を借りに来たんだ」
 声をかけると、こちらのヒポグリフは鍵爪のついた前足でかしかしと地面を掻いてケイを威嚇した。ケイがさらに近寄ると、だん!と前足を振り下ろす。
 一方、ルースも、
 「君のすべてを手に入れるまであきらめるつもりはないんだ。俺のすべてを君にあげてもいい」
 と耳が痒くなるようなセリフを吐きながら、ヒポグリフに近付いて行く。ヒポグリフは首を傾げてルースを見ていたが、首を伸ばしてルースの、後ろでくくってある髪をくちばしでくわえて引っ張った。
 「いた、いたたた」
 思い切り引っ張られて、ルースは声を上げた。それが面白かったのか、ヒポグリフはさらに髪を引っ張る。セシリアを見ていた一頭も、ケイを威嚇していた一頭も、われもわれもとルースに群がる。
 「すごいなルース、もてもてだ」
 イリーナがニヤリと笑う。
 「いや笑い事じゃないんだが……う、しかし、すべてをあげると言ったのだから髪くらい……ッ」
 ルースは顔をしかめながら、ヒポグリフたちがかわるがわる髪を引っ張るのに耐えている。
 「ひょっとして、向こうから触ってきた今なら、触っても大丈夫なんじゃないか?」
 ウォーレンの言葉に、ケイとセシリアはそっと、ルースの髪に夢中なヒポグリフたちに触ってみた。
 「すごい、すべすべだよ」
 セシリアは、メイベルを手招きで呼んだ。
 「ヒポグリフさん、触らせてくださいね」
 メイベルは静かにヒポグリフに近付き、そっと声をかけて、鷲の羽毛を撫でる。
 「本当ですぅ、ふかふかと言うよりすべすべしてるんですねぇ」
 「上半身はやっぱり、鳥の羽の感触だな。逆撫でしないように注意しないと」
 想像していたように「もふもふ」はしていないことに少しがっかりしながら、ウォーレンもヒポグリフに触れる。
 「……こうやってみると、やはり普通の馬より大きいですわね。背中に手が届きませんもの」
 背中を撫でたくて爪先立ちをして、それでも背の上には手が届かないケイを見て、フィリッパが言う。
 「わらわのように小柄な者が乗るには一苦労しそうじゃ。かと言って、二人乗りはちと窮屈かのう」
 カナタが思案げに首を傾げる。
 「翼があるからな。翼に足をかけたりしたら、羽ばたく邪魔になって怒られそうだ」
 ケイがうなずく。
 「よし、今度こそ鞍を……」
 ルイスは再び鞍を持ち出したが、それを見たとたん、ヒポグリフたちはさーっとルースから離れて行った。
 「すぐに鞍をつけて乗る、というわけにはさすがに行かないか……」
 隆光が残念そうに言う。
 「だいたい、軍馬用の鞍では大きさがあわないのでは? 見せて慣らす分には問題ないですが」
 玲が指摘した。
 「鞍については、航空科が技術科に製作依頼を出すそうだから、ヒポグリフがもう少し慣れて来たら、サイズを測らせてもらって、データを技術科に渡さんとな」
 引率の教官が、仲間のところまで戻ってしまったヒポグリフたちを見て言う。

 こうして、ヒポグリフ隊(予定)の生徒たちは、どうにかヒポグリフに触れられるところまで来た。しかし、接触できるようになったのは好奇心旺盛そうな若い個体ばかりで、『面白いおもちゃを見つけた』と思われているようなふしもある。人の手から餌を食べ、厩舎に入るようにもしなくてはならないし、自由に乗りこなせるようになるには、まだ努力と訓練が必要そうだ。

 「……そうですか、何とか触れるようになりましたか……」
 《工場》の側にヒポグリフのための厩舎や離着陸用のスペースなどの施設を作っていた早瀬 咲希(はやせ・さき)は、本校からの連絡を受けてほっとした表情を見せた。
 「でもやっぱり、騎乗して戦闘する訓練をするには、まだ時間がかかりそうね」
 咲希にとって、ヒポグリフを慣らすのにかなりの時間がかかることは予想の範囲内だった。その間に受け入れの準備をしようと、航空科の教官経由で上申書を提出し、技術科や工兵科の協力を得て、専用の騎乗用具の開発や、厩舎や食糧庫など、ヒポグリフ部隊のために必要となるであろう施設の建設を行ってきた。ちなみに、イレブンとカッティは、本校近くの演習場(例の、棒倒し大会が行われた場所だ)の片隅に、本校側の厩舎の建設を始めている。
 「ここにヒポグリフたちが入る日が、早く来ると良いんだけど。ヒポグリフたちのことを考えて作ったけど、気に入ってもらえるといいなあ……」
 樹海の木を組んで建設中の厩舎を見て、咲希は呟く。イレブンたちから情報をもらって、一般的な馬用の厩舎よりかなり広くスペースを取ってあるので、今はがらんとした印象が強いが、住民が入れば、そんなことはなくなるだろう。
 「楊教官は《冠》に夢中みたいだけど、こっちの用具の開発もちゃんとやってもらえるように、技術科に念を押しておかなくちゃね」
 建設の作業自体は技術科や工兵科で建築の知識がある生徒が担当してくれているので、咲希は一度本校に戻り、ついでにヒポグリフのいるという谷まで足を伸ばしてみることにした。
 「あたしのことを気に入ってくれるヒポグリフが居てくれると良いんだけど……」
 自分が不在の間に、《工場》が鏖殺寺院の襲撃を受けることになろうとは、この時の咲希は知るよしもなかった。