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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第2回/全3回)

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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第2回/全3回)

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●そうさ、まだ祭は終わっていない!

「いや〜、ようやく盛り上がってきたな〜。なんや重い空気やったし、精霊さんも息苦しかったんちゃうか? ま、何より俺があのどんよりした空気に耐えられへんかったわ〜、ホンマ、よかったな〜」
 そこかしこから楽しげな会話が聞こえてくるのを耳にして、日下部 社(くさかべ・やしろ)日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)に話しかける。
「ねぇねぇ、やー兄も何かしないの? みんな歌ったり楽器演奏したりしてるよ?」
「そやな〜、んじゃ一つお笑いでもやったろか! ちーも協力してな」
「うん! ちーちゃん何をすればいいの?」
 社が千尋と話を合わせて、そして精霊の前でショートコントを見舞う。
「せーの……わ〜い、イルミンスール一の芸人、ちーちゃんだよー!」
「やーくんでーす! って、自分でイルミンスール一って言っとるわ!」
「あ、ちょーっと言い過ぎだよね。せーの……わ〜い、パラミタ一の芸人、ちーちゃんだよー!」
「余計大きくなっとるやないか!」
 社のツッコミに、精霊が笑い声をあげる、掴みは上々のようだ。
「最近、気になることがあるんよ」
「なになに?」
「よく漫画で、雷とか食らって痺れた〜って描写あるやろ? あれ、ホンマに骨見えるんかって思うんや」
「う〜ん、ちーちゃんよく分かんなーい」
「やろ? つうわけで、ここは一つ試してみようと思いますー。はい3、2、1、どーん!」
 言って社が掌を掲げれば、そこに発生させた雷が直撃し、次の瞬間にはぷすぷす、と煙を立てて黒焦げ姿に早変わりの社が佇んでいた。
「……どや? 見えたか?」
「すごーい、見えた見えたー! こことここの骨がこう、ぽきっ、って曲がってたー!」
「そかそかー、ってそれ骨折ですからー!」
 社の身体を張ったお笑いは、精霊には心配する様子もありつつ基本的には笑いをもって受け入れられる。
「おもしろ〜い! ねえねえ、も一回やってやって!」
「違うでしょケセラ、私たちは社さんを呼びに来たんだから。……あの〜、社さん、エレンさんが呼んでました。よければ私たちと来てくれませんか?」
「何か、カワイイ服沢山持ってたよ!」
 そこに、『ヴォルテールの炎熱の精霊』ケセラパセラが表れ、社に用件を告げる。
「お、エレンさんか、分かった、行くでー。ちーも一緒に遊んでもらおうな」
「うん! ちーちゃんはやー兄と一緒だよ!」
 癒しの力で自らを癒した社が、千尋を連れてケセラとパセラの後を付いていく。
「身体を張ってのパフォーマンス、凄いですね……ですが、私たちも負けていられませんよ。ベア、準備はいいですか?」
「お、おう……ていうかご主人、本当にやるのか? それにご主人、いつもと様子が――」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)のどこかコメディなノリに雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が戸惑っているところへ丁度、歌い終えて気分の晴れた様子のミーミルとサラがやってくる。
「あっ、ミ、ミーミル! ちょっといいですか?」
「お姉ちゃん♪ はい、どうしましたか?」
 呼ばれたミーミルが、ソアと小声で話を合わせる。
「えっと、私がベアさんをこう、持ち上げればいいんですね?」
「そうです。サラさんも一緒ですから、精霊さん達に『イルミンスールが安全』だということをアピール出来ると思うんです」
「分かりました、私、頑張っちゃいますね!」
「……本当に、任せちゃっていいのか?」
 ベアが首を傾げる中、ソアが声を張り上げ、ショーの開始を告げる。『驚愕! 体重100kgの白熊を持ち上げる少女!』という触れ込みが伝わり、興味を持った精霊が続々と集まってくる。サラが全幅の信頼を寄せているように見えるミーミルがいかほどのものか、確かめたいと思いがあってのことだった。
「さあ皆さん! 今から私のパートナーであるベアを、ミーミルが軽々と持ち上げます!」
「小娘、やれるもんならこの俺様を持ち上げてみるクマー! 俺様の体重は正確には99kgだクマー!!」
 ソアの言葉を受けて、ベアが両腕を上げて襲いかかるようにミーミルに迫る。身長差約50cm、体重差約2倍の比較では、ミーミルは為す術も無く圧倒されてしまうかに見えたが――。
「……えいっ!」
 ベアがミーミルを組み伏せようとした瞬間、ミーミルが両腕を伸ばし、手をベアの脇の下に差し入れ、挟み込むようにして力を込めれば、まるでベアが発泡スチロールで出来た人形であるかのように、軽々とミーミルの頭の上まで持ち上がってしまう。
「ク、クマアアァァーッッ!」
「……ど、どうですか、精霊のみなさんっ! ミーミルはとっても強いんですよー」
 じたばたと手足を動かすベアに、ソアも一瞬呆然とし、慌てて口を開く。かつての冒険のさなか、ネラを取り込んだヴィオラと互角の格闘戦を繰り広げていたのも頷ける話である。しかも今は三人分の力を得ているミーミルなのだから、その力といえば――。
「これくらいのことはできますよー」
「な、何をするミーミル――クマアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
 ベアを頭の上に持ち上げた状態から、まるでバレーボールのトスをあげるように、ミーミルがベアを『たかいたかい』する。……但し、赤ん坊がキャッキャするレベルの高さを遥かに超えていた。
「ミ、ミーミル、もう十分納得してもらえたはずです、ですから」
「あ、はい。お姉ちゃん、私頑張りました!」
 にっこりと笑顔を浮かべるミーミルの腕の中で、ベアが目を回してピヨピヨ、と項垂れていた。
「だ、大丈夫ですか、ベア」
「ご、ご主人……俺様が日本にダイブした時のことを思い出してたぜ……」
 ソアの介抱で、ピヨピヨから回復したベアが何とか立ち上がる。
「ここにいる限り、皆さんにはケガ一つ負わせません! そして、セイランさんとケイオースさんは、リンネさんを始めとした皆さんがきっと助け出してくれます。ですから、安心してくださいね」
「ああっ、ミーミルに最後の言葉を言われましたー!」
「てへ♪ ごめんなさいお姉ちゃん。私が頼りがいのあるところをお姉ちゃんに見せたかったんです」
 言ってミーミルが、今度は甘えるようにソアに身を寄せる。
「お姉ちゃんが、お母さんが、そしてみんながいるから、私は頑張れるんですよ」
 その言葉に恥ずかしながら、ソアがそっとミーミルの頭を撫でる。

(大分混乱は解消されてきたみたいだけど、僕たちも何かした方がいいよね。……でも、何をしてあげたらいいのかな?)
 会場を見遣ったアンドリュー・カー(あんどりゅー・かー)が、隣を歩くフィオナ・クロスフィールド(ふぃおな・くろすふぃーるど)に声をかける。
「そうですね……歌に踊りに楽器演奏、色々なされているみたいですね」
「うーん……フィオは声がいいから、歌でも歌ってもらうのがいいのかな?」
 アンドリューの呟きを聞いて、フィオナが恥ずかしながら目を逸らして呟く。
「え? わ、私が歌うんですかぁ? アンドリューさんの頼みですから、歌うことはかまわないですけれど、ちょっと恥ずかしいですねぇ……」
(……いや、ちょっと待った。僕はフィオの歌を聞いたことがない。それに……)
 チラリ、と視線を向けるアンドリューに気付くことなく、フィオナが妄想の中に浸っていた。
(うん、ここは沙耶にお願いしてみよう)
 思い至ったアンドリューは、先程から不機嫌そうな表情の葛城 沙耶(かつらぎ・さや)に声をかける。
「やっぱり最後に頼れるのは私なのですね? 嬉しいです。そうですね……歌は得意ではないのですが、横笛の演奏でいいでしょうか?」
「うん、じゃあ、頼むよ」
 アンドリューと沙耶が残されていた椅子に腰を下ろし、沙耶が横笛を取り出して数回試しに吹いてみた後、特に名のない演奏を開始する。その音色は少々熱くなった精霊たちには涼やかな風を運び、不安に怯えていた精霊には暖かな風を運んでいくようであった。
「アンドリューさん、そんな、ダメです……って、え? ちょっと? まだ返事してないのになんで沙耶ちゃんのところに行っちゃうんですか?」
 妄想から脱したフィオナがアンドリューの傍に舞い戻る頃に、沙耶の演奏が終わりを告げる。すると、そこかしこから演奏を賞賛する声と仕草がもたらされる。}
「ありがとうございます。兄様、いかがでしたか?」
「いい演奏だったね。聞いてて飽きないよ」
「兄様がお望みでしたら、いつでも吹いて差し上げますわ」
 言って沙耶が、フィオナに勝ち誇った視線を向ける。それを受けてフィオナが負けじとアンドリューに詰め寄る。
「アンドリューさん、今度は私の歌を聞いてください! 絶対に、精霊さんの不安を取り除いてみせます!」
「そこまで言うのでしたら、フィオナさん、お願いしますわ。特別にあたしが吹いてあげます」
「えっと、じゃあ、お願いしようかな」
 アンドリューの言葉を受けて、フィオナが勢いよく立ち上がる。
「任せてください。……では、いきます――」

「どうぞ。緑茶でよろしかったか?」
「ああ、構わない。……うむ、知識にはあるが、この渋味、そして苦味……悪くないな」
 別のテーブルでは、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)がこの会場で知り合った『ナイフィードの闇黒の精霊』ガルライにお茶を振る舞っていた。
「精霊の中にも、お茶の好みはそれぞれ異なるのか?」
「さあな、それは個々異なるだろう。闇黒だから緑茶、とはならん。……俺は、気に入ったがな」
 空になった器をガルライが玲の前に置き、そこに玲が新しい緑茶を注いでいく。喧騒の中にあってまるでそこだけ時がゆっくりと動いているかのような、そんな穏やかな時間。
「……おや、誰かが歌っているようだ。……声はいいが、いかんせん音程が滅茶苦茶だな」
 聞こえてくる音のずれた歌声に、玲が顔をしかめて答える。
「だが、楽しげだ。それに、決して自己満足のために歌っているのではない。それを、優劣や好き嫌いだけで判断して聞かぬのでは、歌い手に失礼というものだ」
 ガルライの言葉は例えるなら、『カラオケで自分の知らない曲を誰かが歌っていても、嫌な顔をしたり携帯を弄ったりせず歌を聞く』ということでもある。……パラミタにカラオケがあるのかどうかは、定かではないが。
「……精霊とは、不思議な種族なのだな」
「それは俺の台詞でもある。興味深いよ、人間という種族は」
 器を空けたガルライが、玲にお茶のおかわりを要求する。それに微笑みながら、玲が次の一杯を注いでいく。

「大変なことになって、どうしていいんだろう、って思っちゃうよね。……でも、まだ祭は終わってないんだよ! せっかくのお祭りなのに、笑顔じゃなきゃもったいないよ!」
 ミレーヌ・ハーバート(みれーぬ・はーばーと)のよく通った、そして何より思いに溢れた声が精霊たちに響き渡り、未だ不安な顔をしていた精霊たちにも、少しずつ明るさが戻っていく。
「ミレーヌの言うとおりさ! 不安な気持ちは良いことを呼ばないんだぞ! ここには音楽も歌も流れてる、それを聴いてテンションを上げよう! 何事もポジティブシンキングさ!」
「大丈夫だ、助けに行く奴らも見たところかなりの腕前だ。攫われた子達を必ず連れ帰ってくれるさ。だから、お前達は安心してまってて良いと思うぜ」
 ミレーヌに続いて精霊に言葉をかけたアルフレッド・テイラー(あるふれっど・ていらー)が、最後に言葉をかけたアーサー・カーディフ(あーさー・かーでぃふ)に、精霊たちに聞こえないように声を潜めて話しかける。
「と言っても、奴らがもう来ない保障は無いんだよな。アーサー、一応禁猟区使っててくれるかい? 俺も緊張感だけは抜かないようにするよ」
「……わかった。確かにこれで終わりとは限らないからな。用心に越した事はねえだろう。アル、くれぐれも精霊たちを刺激するような真似はするなよ」
 うっかり精霊にこのことを聞かれては、また不安がらせてしまうかもしれない。そう配慮しての行動であった。
「えっと、ミレーヌさん、でいいのかな? 良かったらでいいんだけど、ボクにもその歌っていうの、教えてくれないかな? 何だかとても楽しそうだからさ」
 そしてミレーヌのところには、蒼の髪が映える『クリスタリアの氷の精霊』キルアがやってきて、ミレーヌに歌を教えてもらおうとしていた。
(精霊を攫っていった奴らがまた来るとも限らない……あたしたちで、精霊を守ってあげないとね)
 その求めに頷いて、ミレーヌがアルフレッドとアーサーも巻き込んで、大合唱が催されていった。

 会場にいる生徒たちに声をかけていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、サラとミーミルの姿に気付いて礼をする。
「怪我の方は、もうよろしいか?」
「あなた方のおかげで問題ない。心遣い、感謝する」
 頷いたサラが、一旦ミーミルを自身の傍から離れるように告げ、代わりにダリルを傍に招く。
「……随分と、気を使ってくれているようだな」
「やはり、気付いておいでか。ここが絶対安心である保証はない、が、そうであると言い切るかのように武装して歩くのは愚の骨頂、である故な」
 いくら言葉で大丈夫と言っても、見た目に危機感が現れては精霊には悟られてしまう。そのことを配慮したダリルが、生徒に自らと同じ配慮をするよう触れて回っていたのだ。
「おいダリル、そろそろ劇が始まっちまうぜ」
 向こうからやって来たカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、ダリルを呼ぶ。
「そうか。……よければ、見ていってほしい」
「……ふむ、私も興味がある。招待にあやかるとしよう」
 ダリルの視線から、劇の目的が何であるかを大体悟ったサラが、しかし態度には出さずに頷く。
「ミーミルも来てくれないか。ちっと頼みたいこともあるんでな」
「あ、はい、分かりました」
 ダリルとカルキノスに続いて、サラとミーミルが劇の行われる会場へと向かう。そこでは既に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が自身の運動力を活かしての『綱渡りと輪の曲芸』を披露していた。
(不審な影は無い、はぐれた精霊もいない。……今のところは大丈夫みたいだけど、油断は出来ないわね)
 樹木の枝と枝の間に渡した綱の上で、ルカルカが新体操で使うような輪を回し、時に潜ったりする度に、見物に来た人間と精霊からは歓声が上がる。一方のルカルカは、笑顔を振りまきつつも周囲の監視は怠らなかった。
(精霊が個にして全というなら、攫われた精霊を安心させるためにも、ここにいる精霊を安心させないとね)
 そう心に決めたルカルカが、持っていた三つの輪を一斉に、網の上から空中へ放る。皆の視線が輪に集中した一瞬の間に、ルカルカの姿が網の上から消える。
「精霊祭はまだまだ続きます、楽しんでくださいね!」
 響いた声に皆が視線を向ければ、用意された舞台の端にルカルカが手を上げた格好で立ち、そこに空中から放られた輪が、ルカルカを輪投げの的とするように見事に収まる。
 沸き起こる歓声の中、ルカルカに当てられていた照明が消え、今度は舞台上の右端、何やら派手な装飾の施された箱型の物体の前に立つ夏侯 淵(かこう・えん)が映し出される。
「かつて【弓神】と呼ばれた腕前、ご覧に入れよう!」
 そう告げて、舞台の左端、宙から釣り下げられ振り子のように振動する的目がけて、夏侯 淵が矢を射る。間を置かず発射された十本の矢は、最初の一本が的に命中し、次の一本からは矢の尻に続々と突き刺さり、まるで一本の矢のような形を取りながら、十本全てが的の中心を射抜いていた。
「久しく味わうことのなかった高揚感だな」
 観客の賞賛に満足気な笑みを浮かべた夏侯 淵が、照明が消されると同時に舞台袖に引っ込む。使用した道具は再び矢を装填し、有事の際にいち早く使用出来るようにしておくことも忘れない。
「それでは、幻想的なサーカス劇で、夜のひと時をお楽しみください」
 舞台では、照明を受けたエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)のナレーションが入り、観客を舞台へと引き込む。

「僕は見習いの天使 僕は見習いだから 空も飛べないし力も満足に使えない」

 照明の当てられた舞台中央で、見習い天使の役に扮したクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が、掌からぽすん、と煙だけを出したりぴょんぴょん、と跳ぶだけの演技を見せる。

「100人の人に100個の花束を 受け取って貰えて幸せを届けられたら 一人前の天使になれるんだ」

 天界からの御使いに扮したダリルがクマラに手紙と花束を渡し、それを読んだクマラが決意を固めた表情を浮かべて、右端から現れたエオリアに花束を渡す。
「私に花束を? どうもありがとう」
 微笑んだエオリアが、観客をぐるりと見渡して告げる。
「それでは皆様も、この見習い天使に課せられた課題のお手伝いをお願いします。花束を貰ってやって下さいませんか」
 エオリアの言葉を受けて、クマラが舞台から降りる。クマラが会場を歩くそこかしこに花束が現れ、それをクマラが精霊たちに笑顔で渡していく。
「はいお姉さん、お姉さんのように綺麗な花束をどうぞ」
「あら、ありがとう。綺麗って言ってくれて、嬉しいわ」
 花束を受け取った『サイフィードの光輝の精霊』ミランに笑顔が浮かぶ。
(次はあそことここと……ふぅ、こいつは結構大変だな。ま、これも精霊のためだ、やってやるぜ)
 花束を出現させる演出は、光学迷彩により姿を消した強盗 ヘル(ごうとう・へる)により行われていた。精霊にはおおよそ感づかれているところがあるものの、悪意ではないことも分かっているため誰も言わずにいた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。お礼というほどではありませんが、一つ芸をお見せいたしましょう」
 花束を受け取ったザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が、再び舞台に上がった今度はタンクトップ姿のルカルカへ、手にしたカタールを放る。投げられたカタールは時に炎を纏い、時に電撃を纏いながら、決してルカルカに当たることなく舞台袖へ消えていく。途中の一本がルカルカの肩口を掠め、一瞬胸元が露になった時には、特に男性の精霊から好意的な呻きが漏れ、一部の者は連れの女性の精霊に軽蔑するような視線を向けられていた。
「あなたにも幸せのおすそ分けを!」
 言ってザカコが放った最後の一本は、ルカルカの眉間を狙い違わず飛び荒ぶ。観客から悲鳴と驚きの声が上がる中、数センチのところでカタールを受け止めたルカルカの手の中で、カタールが花束に姿を変える。見事な芸に、観客からは歓声が湧き起こった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。彼ほどではないが、俺も芸を披露しよう」
 花束を受け取ったエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、その花束をそれとは分からないように偽装したメイスに変えて、ジャグリングを行う。ザカコもエースも、サーカスという舞台を演じながら、精霊に万が一のことがあった場合にいち早く対応出来るように、武器を武器と分からない、あるいは戦闘のために用いるつもりでないことを強調するために、このような一芝居を打っていたのだ。
「では私からも、少しばかり手品をお見せいたしましょう。そこな方、お手伝い願えますか」
「え、わ、私ですか?」
 シルクハットにマント、ステッキといった風貌でアピールするメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)に呼ばれて、『ウインドリィの風の精霊』マリアンナがメシエに歩み寄る。
「まずはあなたにこちらをプレゼント」
 言ってメシエが、マリアンナの髪に花をモチーフにしたアクセサリーを出現させる。
「アクセサリーを付けたあなたに惹かれて、ハトがやって来たようですよ」
 ステッキをメシエが振るえば、マリアンナのところに白い羽が美しいハトが舞い降りてくる。
「するとあら不思議、ハトが綺麗な花束に姿を変える」
 メシエの合図に合わせて、ハトがぽん、と花束に姿を変える。サプライズの連続に驚きながらも、マリアンナの顔には笑顔が浮かんでいた。
 そうして、99人に99個の花束を渡していったクマラだが、最後の一つがどうしても見つからない。

「どうしよう どうしよう 最後の花束が見当たらない これじゃ幸せを配れないよぅ」

 困り果てるクマラを心配そうに見つめていたミーミルに、カルキノスが最後の花束を手渡す。
「これ、渡してやってくれねぇか」
「……はい!」
 受け取ったミーミルが笑顔を浮かべ、クマラのところへ歩み寄る。
「たくさんの人に幸せを届けてきた、あなたにも幸せをどうぞ」
 花束を受け取ったクマラの、瞳から雫がこぼれ落ちる。瞬間、花束が光を放ち、同時にクマラの背中に一対の、光り輝く白い羽が現れる。

「幸せを貰っていたのは僕の方 僕は今日から一人前の天使 ありがとう」

 そうして、クマラとミーミルが手を取り合い、宙に浮かび上がり舞台の裏へと飛び消えていく。ミーミルが羽を羽ばたかせていることもあって、観客には二人が本当に空を飛んでいるようにしか見えなかった。
「ヘル、くす玉の方をお願いします」
「よっしゃ、これで締めだぜ!」
 ヘルがくす玉に繋がる綱を引っ張れば、それまで光学迷彩で消してあったように見えたくす玉が割れ、中から先程手渡していた花束の花とお菓子が舞い落ちてくる。大団円を迎えた舞台、そしてそれを執り行った出演者へ、観客の惜しみない賞賛がもたらされたのであった。
「一つの見物としても、そして私達を見守るものとしても、優れていた。もう、ここはあなた方に任せてよさそうだ」
「その言葉、有り難く頂戴する。では」
 舞台を見守っていたサラが満足気にダリルに告げ、一礼してダリルが仲間のところへと戻っていく。少なくともパーティー会場は、これから何があったとしても、混乱に陥るようなことはないであろう。
「はぁ〜、緊張しちゃいました。あんな感じでよかったですか?」
「うん、バッチリ! 急な申し出なのに引き受けてくれてありがとう、ミーミル」
 演技を終えた一行の中で、ほっと息をついたミーミルにルカルカが労いの言葉をかける。
「緊張したら汗かいちゃいました。どこかで乾かさないと、体調を崩してしまいますね」
「だったら、私の家に寄ってく? 大きなお風呂もあるわよ」
 ミーミルの言葉を聞きつけた四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が、パートナーのエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)フィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)シィリアン・イングロール(しぃりあん・いんぐろーる)、それに行動を共にすることになった数名の精霊を連れて、ミーミルに誘いをかける。
「えっと、でも私、サラさんと――」
「私のことは気にせずともよい。……それに、今しがた聞いたお風呂とやら、知識にはあるが経験がない故、興味がある。私も一緒していいだろうか」
「一人二人加わったところで、どうってことないわ。そうよね、シリィ?」
「まあね、ウチもう宿屋じゃないのに、建物だけは無駄におっきいから。……あー、お風呂ってどうすればいいのかしら? やっぱり精霊によって冷水とか熱水とかにした方がいいのかしら?」
「いや、そこまでしてもらう必要はない。それに私は普段人間が親しんでいるお風呂とやらが知りたいのだ、その基準で構わないよ」
 サラがシリィに告げ、他の精霊も概ね納得の頷きを返す。確かに属性によって好みの違いはあるが、そこには個体差も絡んでくる。極端を言えば氷の精霊でありながら寒いところが苦手、という個体もいるのだ。そして、ここに集まった精霊は、知識としてあるが経験のない『お風呂』というものに、少なからず興味を惹かれてやって来たのである。
「では、皆さん一緒にお風呂に入れますね! 私、お背中流してあげるのですよー」
「ど、どうしましょう……精霊だけかと思っていましたが、まさかあの二人までお風呂を一緒することになるとは……撮らないと決めた私の意思が早速揺らいでしまいそうです」
「フィア……絶対、精霊に疑いを持たれる行為はしちゃダメだからね!?」
 エラノールが楽しそうに告げ、フィアが頭を抱えて悩んでいるところを、唯乃に釘を刺される。
「それじゃ、私の家にしゅっぱーつ!」
 シィリアンの先導で、一行はお風呂へと向かう――。

「うむ……何と言えばよいのだろうか。こうして誰かに背中を洗われることが、これほど心地いいとは思いもしなかった」
「ケガしてたって聞いたから、優しくいくわね。痛いところとかない?」
「いや、問題ない。心遣い感謝する」
「わー、羽ってこうなってるのですねー。濡らしても大丈夫なのですかー?」
「はい、大丈夫ですよー。私、お母さんと一緒にお風呂に入るのが大好きなんです♪ あ、一番好きなのは一緒に寝ることですよ♪」
「みんなー、着替えここに置いとくわねー。ちゃんと温まってから出なさいよー」
「はーい、ありがとうございます。……サラさん、気になったので聞いちゃいますけど、どうしたら胸が大きくなるのでしょうか?」」
「ふむ、色々あるようだが、実証した者はいないのでな、何とも言えないな。一番効果があるとされるのは、好きな人に直接揉んでもらう、だそうだが」
「す、好きな人にですか!? えっと、お、お母さんに……だ、ダメです! それはとってもダメな気がしますっ! ……はぁ、いいですねサラさんは、その必要がなさそうで」
「私は、ここが大きいかそうでないかの価値が分からぬのでな。大きい方がいいものなのか?」

小さい方がいいです。

「? どうしましたか、唯乃?」
「気のせいかしら、今凄く寒気のような感覚がしたんだけど」
「冷えたのかもしれないですよ? 風邪を引かない内にお湯に浸かって温まりましょー」
「あぁ……この手に吸い付くような感触、たまりませんねぇ……」
「……あなたはとりあえず風呂の底に沈んでなさいっ!」

 フィアが唯乃に風呂の底に沈められたので、描写はここまで。
 残念なことに視覚情報は遮断されていました。アニメ化の際には湯気を取っ払ったヴァージョンでの描写を希望します。