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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

リアクション

 お昼を過ぎた空京の邸宅では、センスアップ体験の中でもドレスの試着が人気のようで、七尾 蒼也(ななお・そうや)ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)も初デートにこの場所を選んだようだ。ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)は先に大聖堂へ祝辞を言いに行きたかったのだが、式場の顔とあってか最後の方に挙式をするらしく、2人はリハーサル中で声をかけられなかった。
「ふむ……折角の島村先生の晴れ姿、目に焼き付けて祝辞を述べたかったのだが」
 でないと、このままではジーナを心配してついてきた過保護なおじいちゃんとなってしまう。どうにかして2人から離れなければと、考えを巡らしてこの体験コーナーに様々な物があるのを思い出した。
「まだ時間もあるみたいですから、ガイアスも正装して挨拶に行きませんか? ほら、七尾先輩もっ!」
「え、俺も……? どっちでもいいけど、エスコートが必要なら着てもいいぜ」
 興味のなさそうな口ぶりなのに蒼也はまんざら嫌でもなさそうだ。それはそうだろうとガイアスは気を利かせるようにわざとらしく手を打った。
「おお! 確か、ブーケ作りも近くで行っていたか。お祝いの品にミニブーケとカードを贈ろうか」
「え、でも一緒に行くって……」
「現地で合流すれば良いだろう? 混雑で見あたらぬかもしれんが、我には我の交友もあるのでな……ここで別れるとしよう」
 それがいいと去ってしまいそうになるので、慌てて蒼也は袋の中から包みを1つ取り出し、ガイアスを呼び止めた。
「あの、ガイアスさんっ! すれ違いになるかもしれないんで、先に渡しておきますね」
 その箱を見て、ちらりとジーナの様子を見れば少し驚いた顔。彼女が何かを用意していたことに気付いていたので、やはりこの場に自分は居ない方がいいだろうとお礼もそこそこにガイアスは足早に去った。
「その、欧米じゃ男からプレゼントするのが普通って聞いたんだ。それにニューイヤーケーキのお礼も兼ねて」
 少し照れた笑顔で差し出されたバラの花束。ちらちらと袋から花束は覗いていたけれど、大和への挨拶用か何かだと思っていたジーナはそれがバラの、しかも自分用の花束だとは思わなかったようで、驚いた顔でそれを受け取る。
「ありがとうございます。お礼だなんて、わざわざ気を遣っていただかなくても……」
「俺がジーナにあげたかったんだ。……それから、これも。逆チョコってやつになるか?」
 ガイアスに渡した分と同じくらいの大きさの箱だが、ラッピングは女の子にあげることを意識したのか可愛らしい物になっている。少し困った顔でジーナが箱を見るものだから、トリュフを作ったときのちょっとした小話を混ぜながら気軽に受け取って欲しいと告げる。
「あの……ごめんなさい」
 まさか拒絶されると思わなかったのか、申し訳無さそうな顔をするジーナに泣いてしまいたいのか笑い飛ばせばいいのかわからない。蒼也はしばらく固まって、ジーナの反応を眺めていた。
「まさか、七尾先輩から頂けると思ってなくて。私、今日は島村先生たちの分しか……」
 ぎゅっと握りしめた袋には、七尾へのチョコレートも歌菜へのプレゼントも入ってなくて、どうして大事な物を忘れてしまったんだろうと落ち込んでしまう。
「……良かったぁ」
「え?」
 へなへなと座り込む蒼也がどうしてチョコレートを忘れたことを喜んでいるのかと思えば、へらっとした笑顔を見せてくれる。
「ごめんなさい、なんて言われるからさ……ジーナに嫌われたかと思った」
「え、あ! すみません、そんなつもりじゃ……っ」
「いいっていいって、俺の勘違いだったんだし。それじゃ、着替えに行こうか?」
 貰えないことは少し残念だけれど、初デートで失恋なんて悲しすぎる。蒼也は笑い話に変えて、仲良く衣装を見に行くのだった。
 そうして向かった先にはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)をなんとか女性らしくしようと中原 鞆絵(なかはら・ともえ)が奮闘していた。
「トモちゃん、私にはやっぱり場違いだって。まだ興味もないのに……」
「いいえ、なりません。リカさんは普段から暴れてばかりですからね、手遅れにならないうちに女性らしい立ち振る舞いの1つも覚えて頂かないと」
 殿方と出会ったときに呆れられないように、しっかりとした場で恥じをかかないように。くどくどと小言を続ける鞆絵に仕方無いなと言う顔でついてきていたはずのリカインは、鞆絵が1つのドレスに手をかけると何故か含み笑いをしている。
「リカさん……? まさか、お逃げになるつもりでは……」
「まさか! 今日は、トモちゃんが綺麗になるところを見に来たんだから」
「……あたしが、ですか?」
 ここへ来ようと誘ったのも自分で、何度も立ち振る舞いや着付けの練習をさせると言い聞かせても興味のなさそうな顔をしていたのに、彼女が自分のために何かするなどと思えなかったのだろう。
「折角だからドレスもいいかなって思ったんだけど、まずは白無垢から着る? トモちゃんの見た目を伝えてあるから、どっちも抑えて貰ってるんだ」
 悪戯が成功した子供のように笑って更衣室まで手を引くが、お洒落には興味のある鞆絵はうっかり乗ってしまいそうになる心を必死に抑えて咳払いを1つ。
「リカさん、そんな手で誤魔化されませんよ。いくらお淑やかにするのが嫌だからと言って……」
「違うよ、いつもお世話になっているお礼。たまには綺麗な服をきて気分転換しようよ、ドレスなんて800年前のトモちゃんは着たことないでしょ?」
 ほらほら、と引っ張られるように向かった先には、いくつかの着物とドレスが用意されていて、鞆絵の興味を惹くには十分だった。リカインは着替えを手伝い楽しませることに専念したが、結局落ち着きを取り戻した鞆絵に着替えさせられることとなり、お小言をくらうはめとなる。けれど、そうやってリカインの心配をして世話を焼くのも、鞆絵の生き甲斐の1つなのかもしれない。
 そうして、淡いライトグリーンのドレスを選んだ朱宮 満夜(あけみや・まよ)ミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)の待つテラスへと向かう。きっとここならば自分の見慣れた現代日本に近いのではないだろうかと思い選択したが、やはり自分の感に間違いなかったようで都会的な印象を与える建物に気負わず自然体のまま過ごせそうだ。
「お待たせしました、ミハエル。ウォーキングへ向かいましょうか」
 テラスから見下ろした庭園では白馬が連れられていて、一体何のパフォーマンスをするのだろうかと思っていたが、それよりも興味深い物がやってきたので、ミハエルは口の端を上げる。
「てっきり白を選ぶものかと思ったが……その色も悪くない。我輩が貴族服を着て来たのは正解だったな」
 着替える前は待つのも、それどころか祭りに来るのだって渋々といった顔を見せていたのに、ここまでくればきちんとエスコートするつもりなのか嫌な顔をせず満夜を見ている。
 最も、いくら几帳面だからと言っても学生が礼服に使える制服をあえて選ばなかったのだから、もしかしたら彼自身も心の奥底では楽しみにしていたのかも知れない。
 もう既にウォーキングのレッスンが始まっているとでも言うようにミハエルはスッと満夜に腕を差し出すから、なんとなくそのまま腕を組む。けれど、はき慣れないヒールのせいか裾の長いスカートを踏まないように気を遣っているからか、満夜はしっかりとミハエルの腕を掴んでたどたどしい歩きを見せる。
「どうした、我輩の隣がそんなに緊張するか? 箒で空ばかり飛んでいるから……」
「違いますっ、これはヒールが……その」
 隣を歩くことは慣れているはずなのにどうも緊張してしまうのは、お互いの服装のせいかいつもより近い距離のせいか。それとも、周りには仲の良さそうな恋人同士が溢れているからだろうか。友達同士で参加している人もいるのに、何故か自然と目がいってしまうのは恋人達ばかりで、自分たちはどんな風に見られているのだろうかと思うと緊張だってしてくる。
 けれど、それはミハエルも同じようで、満夜をからかいでもしないと平静を保てなかったのだろう。ヒールでもないのに指摘した彼自身も足下がおぼつかなく、男としてきちんと振る舞わなければという思いが空まわってしまっているようだ。
「そう、これを。これに気を遣っているから、上手く歩けないんです」
 いつ渡そうかと思っていたけれど、これ以上ミハエルを意識してしまったら恥ずかしくなって渡せないかもしれないと思い、満夜はチョコレートの包みを差し出した。それはとてもシンプルな包みで、落ち着いた彼女らしいとも単なるパートナーの自分には相応しいとも思える。
 けれど、わざわざこんな格好をしてこんな場所で渡すのだから、義理というわけでも無いのだろう。
「……ウェディングドレスでチョコレート、ね。婚約指輪の代わりかな?」
 もちろん、本命だなんて思ってない。だからこそ口をついた冗談なのに彼女は肯定するかのように目を逸らすから、少し驚きながらも悪戯心に火がついてしまう。
 目を逸らした満夜の顎を掴んで無理矢理視線を合わせると、いつもと違う顔をしている。それは着ている物と周りの雰囲気のせいだと言うことにして、ミハエルは少し迷って耳を噛みつくようにキスをした。
「なに……っ」
「吸精幻夜。花嫁気分が味わいたくて、来たのだろう?」
 このドキドキしている気持ちも全て、幻覚なのだろうか。けれど、まだ全てを話す気にはなれないから、そういうことにしてほしい気もする。満夜はしっかりミハエルの腕を掴みなおして、この幻覚ならずっと続いてもいいかもしれないと幸せそうに笑うのだった。
 着替え終わった蒼也とジーナは2人揃っての記念撮影もしてもらい、これで運動会の一件を消せるわけではないけれど、少しは上書きされればいいなと蒼也は思う。
「でも、参加出来て良かったです。こちらに来てから制服ばかりでしたから、とっても嬉しいです」
 きっと、そんなことは全く気にしていないのだろうジーナは楽しそうに笑うから、気が焦ってしまったのだろう。
「俺は結婚は急ぐ気はないから……家族を養えるようにならなきゃと思うし。だから、大分待たせてしまうかもしれないけど……」
「……七尾先輩?」
「そのときはおまえと、その、一緒に……」
 そっと手を取った蒼也を、きょとんと見上げる。正直なところ、今までちゃんと恋愛感情を意識したことの無かったジーナにとって、蒼也の積極的な行動はついていけなかったようだ。
(結婚って、七尾先輩は何を言いたいのでしょうか。私はただ、七尾先輩とご一緒したら楽しいだろうなって……)
 そこまで考えて、家に忘れてしまったチョコレートを思い出す。それをどんな気持ちで作っただろう、この日が来るのを楽しみにしていたのは、ドレスが着られるからじゃないはずで。
(そ、それにこれは……もしかして、七尾先輩とデート……と、いうことになる……のでしょうか)
 蒼也が結婚だなんて言って口ごもっているから、妙に意識をしてしまう。けれど、やっと恋を自覚出来たジーナには受け止めきれなくて、困惑の表情を浮かべる。
「あの、七尾先輩……私、どうすれば……」
「え、あー……そう、だよね。急ぐ気ないとか言って何やってんだ。つまり、嫌じゃなければ食事でもどう?」
 ちょっとカップル用のランチは物入りだし敷居も高い気がする。だから、安くても美味しそうな今の2人で行けそうなランチを調べておいた。
「……はい、ご一緒させてください!」
 元気に答えるジーナに、色々話したいことはあったけれどそれはもっと距離を詰めてからにしようと胸に秘め。イルミンスールまで送り届けたときに貰える予想外のプレゼントに、蒼也は焦らなくてもこうして距離は詰めていけるんだと実感するのだった。
 友人の結婚式まで、時間もあと僅か。ひっきりなしに訪れる来客の多さに、鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)紅 射月(くれない・いつき)は外の空気を吸いに出ていた。
「つか、おまえまで来なくて良かったんだけど」
 薔薇学でのクリスマスパーティ以降、どことなくぎこちないこの2人は目も合わさずパートナーというには些か不自然な形だった。けれども、そうして意識的に避けているのは虚雲だけで、射月は何も無かったかのように笑顔を浮かべている。
「つれないことを言わないで下さい。今日は結婚式の前にバレンタインですよ?」
「だから、どうしてそんな日に野郎の顔を見なくちゃ――」
 どこへ行っても付いてこようとする射月に文句の1つも言ってやろう。そう思って振り返ったのに、突然の口づけ。口の中に広がる甘さに、どうやらチョコレートを放り込まれたのだと気付くが、いくらモテないからといって何故男から貰わなければいけないのだ。
(な、んでコイツは俺の気持ち無視して……ッ)
 吐き捨ててやろうかと思っても、しっかりと顎を捕まれては逃げることも適わず、かといって押し返そうにも下手なことをすればキスが深くなるだけだ。虚雲が諦めたように噛み砕くと、射月は満足そうに口を離した。
「甘い物、お嫌いでしたか?」
「野郎から貰った物に甘いも苦いもあるか!」
「へぇ……なら、僕の味でもしましたか?」
 いつになく挑戦的な態度を取る射月に、虚雲は睨み付ける。これ以上自分の気持ちをかき回すのは止めてほしい、そう言ってやろうかと思う度に、ふらふらとしている自分の気持ちに区切りをつけれないことを誰のせいにも出来ないときつく口を結んだ。
「……どうして、僕を避けるんですか。嫌ならばハッキリと言って頂けるほうが楽なのに」
「避けて、なんか……」
「目を合わさない、1人で行動することが多くなった……そんな状況で言い訳が通じるなんて、本気で思っていないでしょう?」
 射月の言う通りだ。何かを言うつもりもなく逃げているのは、結局今の状況に甘んじているからで、いつまでもわからないの一点張りが出来るようなことじゃない。わからないなら、それなりの答えを出さなければいけないはずなのに。
(なんで、コイツに答えられないんだよ。真っ当な健全男子なら、野郎の告白なんて速攻お断りでいいじゃないか)
 そうは思っても、言葉は喉でつかえてしまう。根負けして視線を逸らした虚雲に、射月はもう1度チョコレートを口に含んだ。虚雲が困惑していることを知りつつも、何もしないまま誰かの手になど渡したくはない。そんな想いを伝えるように再び口づける。
「だか、やめ――ッ」
 虚雲にわかりやすいよう少し砕かれて入ってきたチョコレートは、中に紙でも入っていたのか違和感を感じる。その正体を探るように虚雲の抵抗が大人しくなると、射月はチョコを隠すために持っていた帯紅色の薔薇の花束から1本取り彼の胸ポケットに差した。
「……僕の事しか考えられなくなればいい。僕はあなたを手放す気はない、例え一時の自由を与えても、あなたはきっと僕にこの言葉を口にする」
 恭しく薔薇に口づけたかと思えば、口の端を上げて薄笑いを浮かべている。その眼差しにぞくりとした背筋は恐怖なのかどうかは解らないけれど、虚雲は逸らすことが出来なくなってしまった。
「――あれまぁ、突っ走っちゃってぇ」
 タイミングを見計らったかのように聞こえる佐々良 縁(ささら・よすが)の声に、虚雲は慌てて口の中の物を取り出して誤魔化すように口元を拭った。
「縁さんも外の空気を吸いにいらっしゃってたんですね。気づきもせず失礼しました」
「やだなぁ、知ってたくせにぃ。それとも私のかいかぶりすぎかなぁ?」
 ふふ、と笑顔で会話しているのに何処か刺々しい空気を放っていて、その原因になっている虚雲は2人に割って入ることも出来ず、こっそりと先程取り出したメモを見る。そこには――。
「縁さんにもプライドがあったんですね」
「気がつかせてくれたどっかの誰かに感謝しなきゃ」
 虚雲がメモを読んでいることにも気付かないくらい、射月は縁の強気な態度に胸騒ぎを覚える。もし、彼女が本気で舞台に上がって来たのなら勝ち目などあるわけがない。彼はきっと、彼女を選ぶのだろうから。
(譲る気なんてない、けど……)
 虚雲なら、彼女からの贈り物は喜んで受け取るだろうし、それ以上の言葉さえも囁くのかも知れない。そう思うと、そんな現場を見たくなくて無意識に足を進めてしまっていた。
「えっと……それじゃあ、あとはお二人で。僕は先に戻っていますから」
 二人で、と言われて改めて顔を見合わせた虚雲と縁は、少し恥ずかしくなって目を逸らす。
「うーんと……邪魔しちゃったかなぁ?」
「いやっ! 縁ねえ居てくれて良かったぞ! アイツと居るより全然……」
 そうだ、何が悲しくてバレンタインのこの日に、しかも恋人たちのお祭りなんてやっている会場で男同士でいなければならないのか。いや、同性愛を否定しているわけでは決してないのだが、どちらかと言えば女の子が好きな、そして縁が気になる虚雲にとっては、彼女といる方が嬉しいに決まっている。
 ただ、先程読んでしまったメモが、少しだけ胸を刺しているだけに過ぎないんだと、虚雲は自分を言い聞かせていた。
「その、式が終わってからにしようかと思ったんだけどさぁ、はい」
 シックな色合いの綺麗にラッピングされた箱。渡し方こそ素っ気ないが、これこそ虚雲が待ち望んでいた女の子からのバレンタインのプレゼントだ。あまりに唐突な渡し方だったので、虚雲はそれが一瞬なんであるかが解らず、受け取った後で実感が込み上げてきた。
「え、これ、もしかしてチョコか? ば、バレンタインのプレゼントか!?」
「チョコじゃなくて、マカロンなんだけどねぇ。まあ、その。日頃特段におせわになってるし……さぁ」
 真っ正面から渡すのも恥ずかしくて視線を逸らしたままだったけれど、ちらりと盗み見た虚雲は目をキラキラ輝かせて箱を見つめているから、思わず吹き出しそうになりながら照れ隠しのように冗談めかした話し方をしてしまう。
「ちょ……そんなに喜んでるってことは、今まで縁がなかったとかぁ?」
「だって俺モテないし……って笑うな!」
「あはは、初めてのバレンタインなら、チョコにしてあげれば良かったねぇ」
 茶化すように笑えば虚雲が黙ってしまったので、もしかしたら傷つけてしまったのだろうかと縁も口を閉じた。
「……俺は、本気で嬉しかったんだぞ。他の誰でもない……縁ねえから貰えて」
「え、私ぃ?」
 何でも無いことのように笑いたいのに、虚雲が真面目な顔をして見つめてくるから上手く笑えない。
「沢山欲しかったんじゃない、チョコが欲しかったわけでもない。今日、縁ねぇから何か貰えたってのが……凄く、嬉しい」
 どんどん朱に染まっていく縁の頬を見ていると自分にも移ってしまいそうで、虚雲はぎゅっと彼女の手を握り引き寄せた。
「ありがとな、これ。縁ねぇの為に、お返しもちゃんと考えるし……その」
 虚雲が何かを言いかけたとき、15分毎になる時計台の鐘が鳴る。参列する結婚式まで、あと僅かだ。言葉の続きは微笑むことで誤魔化して、2人は手を繋いだまま、お互いに顔を真っ赤にさせて足早に大聖堂へと戻るのだった。
 けれど、立ち去るつもりで去りきれなかった射月は、その場に足が縫い付けられてしまったかのように動けなかった。友人とは言えお世話になっている人の結婚式、遅れるわけにはいかないのに祝いの席でこんな顔をして向かうわけにもいかない。
「あれ……何で僕、泣いてるんでしょう……」
 言葉こそ聞こえなかったけれど、2人の幸せそうなやりとりを見れば察しも付く。