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横山ミツエの演義乙(ゼット) 第1回/全4回

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横山ミツエの演義乙(ゼット) 第1回/全4回

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イリヤ分校の戦い2


 非戦闘員が集まり怪我人などの手当てをしている村人の居住地に、ボロボロの身なりの男の子がある知らせを持って転がり込んできた。
「はじめに警告されたんだけど、みんな甘く見てて突っぱねたんだ。ダメな時は降参すればいいって……」
 涙のあとを残した埃まみれの顔は蒼白で、村人がかけた毛布にくるまる体の震えはいっこうにおさまらない。それほどの恐怖を味わってきたのだ。
 村人は誰もが強張った顔で少年を見守っている。
「ボクは、お父さんとお母さんに地下倉庫に隠れてなさいって言われてて助かったけど、静かになって倉庫から出た時にはお父さんもお母さんも死んでた……。ねぇ、このままだとみんなも殺されちゃうよっ。もう死んだ人を見るのは嫌だよぅ……っ」
 毛布に顔をうずめて、外からかすかに聞こえてくる戦闘の音を耳に入らないように身を縮こませる少年。
 その背を、分校校長のマゼンタがそっとなでた。
 ココと名乗った少年は、イリヤ分校から遠く離れたところの分校から逃げてきたという。そこは、パラ実生徒会から独立しようと運動を起こし、潰された。戦闘員はもちろん、非戦闘員も皆殺しにされたらしい。
 たった一人生き残ったココは、荒野を彷徨いイリヤ分校まで来たが、ここもパラ実生徒会に睨まれ戦闘中だと知り、自分達の身に起こったことを知らせて手遅れになる前に降伏するか、非戦闘員だけでも逃げるように言おうと危険を顧みずにやって来たのだ。
 バズラ騎馬隊の一部がバリケードを突破したことは村人の耳にも届いている。
 彼らは不安そうにマゼンタを見つめた。
「あの人が言っていたことは本当だったんだ……」
 村人がもらした言葉に少年が顔をあげる。
「キミより前に、パラ実生徒会の殲滅作戦が始まるから早く逃げるようにと言ってきた女の人がいたんだよ。ネア、といったかな」
 ネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)である。彼女は賞金首にも投降を勧めるように伝えてくれと言って去っていった。
 村人はいちおう伝えはしたが、ミツエを待つ英霊達はもちろん彼らを守ると決めた分校生徒会長の姫宮和希や仲間達は首を縦に振らなかった。
 いったいこれからどうなるのか、と村人の一人が不安げに窓の外を見た時、見知った顔を見つけた。
「あのピエロ……ここに生徒や働き手を連れてきたヤツじゃないか?」
「あ、ホントだ。行方不明って聞いてたけど、生きてたんだな!」
 応援が来た、と彼らの顔に赤味がさす。
 そのピエロ──ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は黒スーツにサングラス、オールバックの男達の担ぐ輿に乗っている。後ろにはクラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)が同じようにしてついてきていた。
 ナガンとクラウンはまっすぐこちらに向かってきているようだ。
 何人かの村人が出迎えに出ると、彼らの前で輿を止めたナガンは挨拶もそこそこにここを出る支度をするように言ってきた。
 目を丸くする村人に淡々と続ける。
「生徒会に話はつけてある。前みたいに案内してやるよ」
「あんた、ミツエの仲間じゃないのか……?」
「そういうそちらさんはミツエとは何の関係もねぇだろ。こんなことになっちまって、これでもナガンはあんたらに責任感じてんだよ。残りたいなら止めないけど」
 戸惑う村人の間から、毛布を体に巻いたボサボサの茶色い髪をした少年が顔を出して、怯えたようにナガンを見上げる。
「本当に助けてくれるの? この人、ヘンな人だけど信用できるの……?」
 戸惑い、顔を見合わせる村人の一人が言った。
「俺はもう一度あんたについてくぜ。死にたくねぇからな。今、女房も呼んでくる。待っててくれ」
 これが引き金となり、ナガンとクラウンが連れてきた者のほとんどが、ここから出て行くことを決めた。
 住居内から出てきたマゼンタが引き止めても無駄と察してナガンに聞く。
「ミツエに伝えておくことはあるかい?」
「ない」
 その間、五百人の舎弟を連れた朱 黎明(しゅ・れいめい)は、救護施設と食糧庫を制圧していた。
 黎明は数人の護衛を残し、制圧に向かわせた舎弟達のために施設の警備担当者に偽の緊急メールを送ったりして、彼らが動きやすいように手助けをしていた。
 ちなみにナガンとクラウンの輿を担いでいたのも、黎明の舎弟である。
 施設を占拠した舎弟達は次に倉庫内の物資の押収に取り掛かった。
 それが終わる頃、同行者を連れたナガンがやって来た。
「では、行きましょう」

 分校を離れていく集団を、瞠目しながら物陰から見ていた後藤 日和(ごとう・ひより)
 偶然だった。
 怪我人の様子を見に来たら、こんなことが起こっていたのだ。
 慌てて身を隠した日和は、ナガンと村人やマゼンタとのやり取りを全部聞いてしまった。
「なんとまぁ……」
 あっさりしたものだ、と日和は集団を見送った。


 ものすごくしつこかったイリーナやハーレック一家をようやく振り切ったバズラは、これまたようやく見つけることのできた探しものに疲れを吹き飛ばした。しかも、もっと良いことに目標はかなり疲れている。
 それを疲れさせた人物にバズラは声をかけた。
「よくやった! あんた、お手柄だよ!」
 突然褒められた人物──武尊が怪訝な表情をするが、ご機嫌のバズラは気づかずに五果将へラルク捕獲を命じた。
「なっ、何をする!」
 追いかけられている間に倒されてしまったメンバーがいたのか、最初とはやや種類の違う果物のゆる族が周囲から刺又でラルクを捕獲した後に、バズラに報告するように一瞬だけ姿を見せた。
 いつもは身の丈以上もあるフォークのような武器で対象を取り囲んで串刺しにするのだが、今回は捕獲目的のため刺又になっていた。
 取り押さえられても暴れるラルクは、体の傷が増えるのもかまわないようだ。
 バズラはそのことに顔をしかめると、馬から下りて剣を抜くとラルクに一撃入れて気絶させた。
 それから武尊に笑顔を向ける。
「こいつが欲しかったんだよ。ありがとな。あんた、名前は?」
「……国頭武尊」
「そ。覚えとくよ。さて、そろそろここもおしまいだな」
 辺りを見回すバズラの言う通りだった。
 シーリルのゴーレムは校舎をほぼ使い物にならないほど壊していたし、バリケードの罠にもがいていた騎馬隊員も攻撃を再開してだいぶたつ。もともとの数が違うのだ。それに、騎馬隊のほとんどが倒されても、ゆる族の部隊がほぼ無傷で残っていた。気づいた者もいたが後手に回ってしまった。
 五果将が大きな麻袋に詰めたラルクを馬に乗せ、バズラは一足先に帰ることにした。