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砂上楼閣 第一部(第4回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第4回/全4回)
砂上楼閣 第一部(第4回/全4回) 砂上楼閣 第一部(第4回/全4回)

リアクション

 飛空挺を降りた皆川 陽(みなかわ・よう)は、その後の警備に参加しなかった。
 織田信長との一戦で負傷し、病院へと運び込まれたパートナーを見舞うためだ。
 一人になった陽は、ほふっとため息をつく。
 初めて体験した戦場。
 今でも思い出しただけで、身体が小刻みに震えはじめる。
 怖かった…。
 正直、それ以外の感想なんてない。
 いざとなったら自分でも何とかなると思っていたが、やはり自分なんかには無理だったのだ。
 学生はやっぱり学校に通って真面目に勉強するのが「一番だ」陽がそう結論づけたとき。
 必死で自分を守ろうとしてくれたパートナーの顔が頭を過ぎる。
 彼は元騎士だと言っていたけれど。
 天魔衆の頭領である信長との力量の差は、陽の目にも明らかだった。
 それでも彼は諦めなかった。
 全身に傷を負っても、最後まで剣を構え、信長から視線を外そうとしなかったのに。
 自分は…と言えば、ただ震えていることしかできなかった。
 足手まとい以外の何物でもなかった。
 何度目になるのか分からないため息をつきながら、陽が霧深き市場へと足を進めたときだった。
 「薔薇学のお坊ちゃんが、こんなところを一人で歩いていていいのかな?」
 誰かに声をかけられたような気がして、陽は足を止めた。
 陽は気が付かなかったが、立ちこめる深い霧は、肌を刺すような緊張感を身にまとっていた。
 霧深き市場は、魔道具や妖しげな薬などを扱う店が多い。
 ついつい観光気分で足を運びたくなる場所だが、実はかなり治安が悪い地域でもあった。
 タシガンの中でも一際霧が深い場所であり、入り組んだ路地はまさに巨大な迷路だ。
 それだけに良からぬことを考える連中が身を隠すには、打って付けの場所だった。
 しかし、そんなこと陽は知る由もない。
 深い霧の外套を身にまとい、顔が見えない人物の一人に向かって暢気な口調で返事をする。
 「大丈夫です。別に迷っているわけじゃないので」
 「へぇ、だったらここが俺たちの縄張りだってこともご存じなんですよね」
 下卑た笑いを浮かべた男の手に武器が握られていることに、陽が気が付いたときには。
 武装した暴漢たちが、陽の逃げ道を塞ぐように立ちふさがっていた。




 薔薇学教員であるマフディー・アスガル・ハサーン(まふでぃー・あすがるはさーん)は、ジェイダスから頼まれた用事を果たすためにタシガンの街を歩いていた。
 建前上、ジェイダスの使いだが、実際には彼の許可を得た上での自発的な行動である。
 教員会議の席上で、ハイサム外務大臣とアーダルヴェルトとの会談に薔薇学生たちが同席することになったのは良い事だと思う。
 実現できるのならば、ぜひとも実現させてやりたいと思っている。
 しかし、事前にアーダルヴェルトの了承を得なくては、先日の二の舞になることは分かり切っていた。
 そこで、生徒たちの同席を伝えるために、マフディーは領主邸へと向かうところだった。
 霧深き市場へと入る路地を前に、マフディーは少し考えた。
 ここを通れば領主邸への近道になるが、緊張状態が高まる中、通るのは危険なような気がしたのだ。
 「…自ら無駄な争いの種を拾うこともあるまい」
 そう判断したマフディーが大通りに歩を戻そうとしたそのとき。
 霧深き市場の方から、変声期前の少年のものらしい悲鳴が聞こえた。
 薔薇学の生徒たちには、すでにタシガンが緊張状態にあること。
 それ故、行動には気をつけるよう通達が出されているはずだが。
 不用意にも霧深き市場へと足を運んだ生徒がいるのだろうか。
 必死で助けを求める少年の声を聞き、見て見ぬ振りができるようなマフディーではない。
 長衣の裾を翻したマフディーは、一度は避けた霧深き市場へ急いだ。
 悲鳴が聞こえた方角を目指し足を走らせるが、迷路のように入り組んだ路地である。
 その上、霧が深く視界もままならない状態だ。
 簡単に少年の元へと辿りつけるとも思えない。
 そこでマフディーは大声を上げた。
 「今、助けに行くぞ!」
 姿が見えなくとも、声ならば伝わる。
 助けが向かっていることは、少年にも暴漢たちにも伝わるだろう。




 「大丈夫か?!」
 それから数十分後、マフディーが目的の場所に辿りついたとき、すでに暴漢の姿はなかった。
 そこにいたのは、全身を激しく打ち据えられ瀕死の状態で横たわる皆川 陽(みなかわ・よう)だけだった。
 「なんと…酷いことを…」
 マフディーはギュッと奥歯を噛み締めながら陽を抱き上げる。
 苦しげに目をつぶった陽の姿は、かつて自分の腕の中で息を引き取った息子を思い出させた。
 地球にいた頃、マフディーは戦争で家族を失った。
 争う意志を持たない子供が襲われる…それはマフディーの故郷では日常茶飯事だった。
 今回の陽の事件も元を正せば、タシガンの民の心情を無視し、強引に入植を進めた地球人が招いた自業自得なのに。
 力で相手を押さえつけようとしても、その反動は弱き者へと帰っていくだけなのに。
 「神よ。なぜ人間は争うことを止めないのか!」
 タシガンの霧深き空に、マフディーの慟哭が響いた。