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嘆きの邂逅~離宮編~(第2回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第2回/全6回)

リアクション

 地下道への入り口は、調査済みの各塔の他に、比較的大きな建造物の側には設けられていた。
 西の塔と東の塔の間にある厩舎の側にある入り口から調査を始めることにした。
「ボクから行くよ」
 地下道の探索に主眼を置いていたカレンが先頭を歩くことになる。
「鳴子や警報機のような罠は解除した方がよさそうだけれど、そういった罠以外はあえて解除はせず発動条件がわかればそれを本隊の調査隊に知らせるようにしましょう」
 ヴェルチェが皆に小声でそう指示を出す。
 自分達の仕事は入り口の安全を確かめることだ。
 深入りはすべきではないし、解除されているという事実が自分達の存在を相手に知らせることになってしまうかもしれない。
 カレンは頷いて地下への階段を下りる。
 ここの地下道への入り口は、現代日本の地下鉄入り口のような造りになっている。幅は大人の男性2人が普通にすれ違える程度しかない。
 ファルチェはセシリアと並んで、カレンの後に続く。
 ランタンで辺りを照らしつつ、メモリープロジェクターで記録していく。
 階段から地下道までの間には、罠などは見当たらなかった。
 ディテクトエビル、殺気看破で周囲を探りつつ、カレンはそっと地下道へ踏み込む。
 地下道の天井には何だかわからない装置が連なっている。
 カレンは光精の指輪でその付近を照らして、何であるのか見定めようとする。
 蛍光灯に非常灯、それから防犯カメラの類のもののように思われた。
 セシリアもその装置を目にするが、解除の方法はわからない。万が一映像を記録するようなものだったとしても、この暗闇の中で5000年もの間映像を記録し続けているとは考えにくい。
 また、足元を照らす為に設置されていると思われる蛍光灯、これも何だか違和感を感じる。
 そんな考察も含めて、セシリアはメモをとっていく。
(あ、怪しい……)
 光を更に置くに飛ばし、カレンは石像を多数発見する。
 地下道にある必要もないものだ。
 侵入者を感知して、襲い掛かってくるタイプの可能性が高そうだとカレンは考える。
 近づいて調べてみるべきかととも思うのだが、まだ知られていないこちらの存在をバラすことになる可能性もある。
「僕が行くよ」
 ヴェルチェの許可を得て、想が光学迷彩を発動した状態で地下道へと出る。
 耳を澄まして、装置の音を探る。
 そして、慎重に気配を探りつつ、ほんの少しだけ石像に近づいてみる。
 何の音も、反応もない。
 想は、僅か十数秒の調査を終えると、皆の元に戻って頷きあう。
 敵側から近づいてきた際に、目印になるようにとカレンは目立たないよう紙くずを壁の隙間などにはさんでおく。揺れや人の通過があれば、床に落ちるだろう。
 カレンの後方からは、ファルチェがメモリープロジェクターでそれら全てを記録する。
「そろそろ戻るかの」
 セシリアが提案し、カレンは頷いた。
 入り口近くで見張っているヴェルチェに合図を送った後、地上に戻ることにする。

○    ○    ○    ○


 先遣調査隊と平行して、既に安全が確認されている範囲内の別邸確保に数人の契約者が動き、厩舎に近い場所の別邸に目星をつけていた。
「何かないかなー」
 葛葉 翔(くずのは・しょう)のパートナーアリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)イーディ・エタニティ(いーでぃ・えたにてぃ)は、王族のものと思われる別邸の室内を調べて回る。
 もちろん罠が仕掛けられていないか、注意をしながら。
 鍵のかかった奥の部屋をピッキングで空けて、中に入り込む。
 ソファーにガラスのテーブル。机と椅子は1つずつ……私室のような部屋だった。
「本棚とか調べようじゃん」
「そうね」
 アリアと共に、イーディは本棚へと近づいて、書物を手に取ってみる。
「昔の……小説?」
 読めない字で書かれているものが多い。
 イラスト付きの本が多く、難しい本ではなさそうだった。
 アリアががばっと広げた大きな本をイーディが覗き込む。
「女性の大きなイラストじゃん……!」
「……男性の別邸だったのかしら」
 装飾は暖色でシンプルだ。
 電気のスイッチらしきものがあるが、触れないで光精の指輪で弱めに照らしながら調べていく。
 この別邸には荒らされた形跡もなく、罠もなさそうだった。

「埃だらけだね」
 クレアは倉庫の中にあった清掃用具で裏口に近い部屋を掃いていく。
 玄関は南側にあるが、怪我人は宮殿と使用人居住区の方面である裏口から運び込まれることが多いと思われることと、キッチンからも近いため、水を用意しやすい。調理器具や食器類も使えそうだった。
「水は出ないようですから、交代でキッチンで作っていきましょう。暖炉や焜炉で火が使えそうですが、煙が外に流れるのはよろしくはないので、控えた方がいいでしょう」
 設備の状態を調べ、涼介は医療が出来るよう準備を始める。
 氷術で氷を作り、火術で溶かして水を作り、布をぬらして拭いていき清潔な空間を作っていく。

 イーディとアリアが一通り調べ終わった頃に、救護の体制を整えるため、担当する契約者、それから宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が百合園生を連れて訪れる。
 この別邸には大浴場はなく、バスルームに移動のできるバスタブが1つあるだけだった。
「今のところここは安全と思われるけど、大声を出したり、電気をつけたらダメよ。特に敵に発見される可能性があるから、離宮側に面した部屋はカーテンを閉めてあっても、ランプも含めて、光は一切使わないこと。歩く時も静かにね」
 祥子の言葉に、百合園生達は声を上げずに頷いた。
「室内にいる時にも、バディを組んで行動は必ず2人一組で、お風呂もトイレもよ」
 頷く百合園生の中で……先ほど平手をした少女の腕を、祥子は掴んだ。
 彼女は少し怯えた表情をしていた。
「あなたは私とね」
 こくんと頷いた彼女と、祥子は浴室に向うことにする。
 排水設備は大丈夫そうだが、下水の流れで敵に気付かれる可能性もあるから。
 今は入浴はせずに、濡れタオルで身体を拭きあうことにするのだった。
 太陽の光は届かず、まともに明かりをつけることも出来ない空間だから。
 心の平静のために、温もりを感じあうことはとても大切なことだ。

 本陣は南の塔の方に築くことになりそうであり、西の塔は離宮西側の宝物庫の調査に向う者達のサポートを行うことを目的とした陣になりそうだった。
 アルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)は、倉庫を設けることを提案し、塔の一角にあった作業員休憩所と思われるスペースを倉庫とする許可を得た。
 先遣調査隊が持ち帰った調査対象物や、周辺で拾った使えそうなものなどをこの倉庫の中に保管していく。
 今のところ貴重な者は運び込まれていないが、発見者の名前や場所もきちんと記録をとり、まとめて本部に提出予定だ。
 また、希望者の荷物も預かっている。仲間内での盗難沙汰も絶対ないとは言い切れないから。
 ずっと張り込んでいるわけにも行かないので、本隊到着後は交代で番をすることになるだろう。
 別邸や南の塔に出かけた者が多く、西の塔に留まっている契約者の人数は、現在10人程になっていた。
 軽く息をついて、アルフレートは呟く。
 ファビオを攫った鏖殺寺院。そしてソフィア・フリークスという女性……。
「……厄介な罠、封印を解除させて、かつて手に入れられなかった離宮を手にする気だろう、とは思っている……だが、どうやって? 契約者もこれだけの数がいる……軍隊もいる。真っ向からぶつかって奪えるものでもない……まして、ここは地上と行き来が限られている、はず……転移に紛れ込む? それとも……地上の動きでこちらを制することができる、とでも?」
 謎が深まるばかりで、思惑がまるで読めない。
「ファビオにソフィアに……まったく、どいつもこいつも……騎士という奴は腹を読ませないものなのかね……」
 そう苦笑する。
 テオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)が、カップに茶を注いでアルフレートに渡す。
「こちらが勝手に痛くもない腹を探っている可能性も、あるがな」
 軽く苦笑して、テオディスは自分のカップにも茶を注ぎ、アルフレートの隣、倉庫に背を向けて立った。
「しかし……気味悪さも拭えない。問い詰めるにも根拠がない。打つ手がないまま、調査は進む……」
 大きく息をついた後「もどかしいな……」と声を発し、その言葉にアルフレートが頷いた。
「気になることは沢山あるが、今は全体の生存が最優先だな」
 2人の呟きを耳にし、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)がそう声をかける。
「ああ」
「そうだな」
 アルフレートとテオディスはそう答えて、軽く頷き合った。
「風呂……はボク達は……遠慮するにして、飲み水は常に確保しておかないとね」
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が言いながら、カップをクリストファーに渡した。
「大量に作るには清潔な器具があった方がいい。器具を清潔に保つにはやはり水が必要だ。なかなか大変そうだが、これは別宅確保に向った者達に任せるしかないな」
 茶を飲みながら、クリスティーとクリストファーは見回りに外に出ることにする。
 この塔の周辺には罠などは一切ないようだった。
「息苦しくなるくらい、静かだね」
 小さな声でクリスティーが言い、クリストファーが頷いた。
 空は見えなく、雨はもちろん土が降ってくることもない。
 風もなく、まるで閉ざされた地下施設の中のよう、というべきか。
 そして、あのソフィアという女性が使った、転送方法。
(離宮への転送は、もっと装置然とした方法によるのかと考えていた。鏖殺寺院幹部とかが使うワープと似ているように思える)
 クリストファーは真剣な表情で記憶の中の、鏖殺寺院幹部によるテレポートの感触を思い出していく。
 そんな彼をクリスティーは何も言わずに見守っていた。
(似ている……とはいえ、鏖殺寺院の特殊能力というわけでもないだろう、し)
 クリストファーは吐息をついて、警備を続けることにする。
 空を見上げても、星さえ見ない。何も見えない。
 本当にここはヴァイシャリーなのか。
 それさえも疑わしくなってくる。