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リアクション
「子供の姿になってしまったか。もったいない。いやそれはそれで……」
呟きながら、完全防水のデジカメを手に、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は女の子達の撮影に勤しんでいた。
「一緒に遊びましょう」
パートナーで恋人のプリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)が大佐の腕を引っ張る。
「我は水には入らない。断じて」
「そんなこと言わないで、ね、ねっ」
「着替えがない。そして、仕事もある」
頑なに拒んで、大佐はプリムローズの腕を引き離す。
一緒に遊びたくないわけではないが、濡れるのが嫌いなのだ。
「もう……」
残念そうに眉を寄せた後、プリムローズは百合園生達の元に駆けていく。
プリムローズが大佐を誘ったのは、ただ遊びたかったからだけじゃなくて。
写真を撮っているだけにみえて……周囲の警戒に気を張りすぎているように思えたから。
「おっ、可愛いね……」
百合園生達の姿を撮っていた大佐だが、プリムローズが混ざると自然に彼女のことばかり撮り出す。
やっぱり、恋人が一番可愛く見えるのだ。
「あ、ミルミちゃん、良かったら一緒に過ごさない?」
明るい声に、テントから花畑に出ようとしていたミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)が振り向く。
「アルコリアさんが転入してきたから、歓迎会みたいなことしたいなーって」
そう誘うのは七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だ。
「うんうん、百合園に転入したんだよねっ」
ミルミは明るい笑顔を見せて、2人の元に駆けて行く。
「それじゃ、水辺に行こっか。姫抱っこでー」
「きゃっ」
転入生である牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)がひょいっと持ち上げたのは歩だった。
他校生だった頃は、アルコリアはよくミルミを誘っては可愛がっていた。彼女のそんな様子に、ミルミは「んー」とちょっと口を尖らせる。
「ん? ミルミちゃん、どーしたの?」
「くすぐったい、アルコリアさんっ」
言いながら、アルコリアは歩にすりすりと顔を摺り寄せる。
「べつに何でもないんだからねっ!」
ミルミはぱたぱた走って先に水辺へと向っていく。
「こっちですよ〜。ライナんもこっちだよ〜」
水辺で、樂紗坂 眞綾(らくしゃさか・まあや)が両手をぶんぶん振っている。
「ボス(かり)ミルミん……らくしゃさか・まぁや! すいさんしました〜」
ミルミが到着するなり、眞綾はずびしっと敬礼する。
「ご苦労」
途端、ミルミはなんだか偉そうにふんぞり返る。
「よびかたかんがえてみたんだけど、どれがいいかな〜?」
1、ボス・ミルミん
2、ドン・ミルミん
3、オヤブン・ミルミん
眞綾は、小首をかしげて3つの呼び方を提案する。
「ミルミも、お姉さまとか呼ばれてみたいかもー。あとは、女王とか女帝とか、女神とか姉御とかいいよね!」
「ミルミんあねごとか?」
「うん、でも変なことを子供達に教えてたら、鬼副団長にしばかれるから、ダメなんだよ。ミルミんお姉さま一番いいと思うよっ!」
「そっかー」
にこにこっと眞綾は笑って、水辺に敷いてあるシートの方に飛ぶ。
「ぬれちゃった〜」
百合園生達と遊んでいたライナも震えながら近づいてくる。
「待ってね、火を焚くから」
アルコリアの腕から下りた歩が、用意されていた薪に火術で火をつけていく。
「ありがと、歩おねぇさま」
ライナはちょこんと下りて、火の方に手を伸ばす。
「ふふっ。ミルミちゃんヴァルキリーだし、生まれはヴァイシャリーだろうけど、このあたりの森って懐かしさを感じたりするのかな?」
歩が微笑みながら、ミルミに問う。
「ミルミん家はずっとヴァイシャリーだから懐かしいとかは感じないよ〜。でも、ご先祖のジュリオ・ルリマーレン様はヴァイシャリー出身じゃないみたい。どこの人なのかは知らないんだけどねっ」
「離宮を守護していたという6人の騎士の人達って、皆種族バラバラだし、女王様生まれを気にせず騎士に登用したのかもしれないね」
「そうだね。ミルミのご先祖様が一番凄かったと思うけどねっ!」
根拠のない言葉だが、歩は微笑を浮かべながら頷く。
話をしているうちに、ミルミにいつもの笑顔が戻っていた。
「これ『わいろ』なんだけど、ライナんとはんぶんこ」
眞綾は、大事に持ってきた大きな黄金色のお菓子(お饅頭)を割って、半分ライナに渡した。
「わいろ?」
「にっぽんではゆうこうのしるしに『わいろ』というおくりものがあるんだって。おやぶんのミルミんにあげるんだよ。でも、どーりょーのライナんにないしょでぬけがけはよくないから、はんぶんあげるんだよ〜」
「ありがと〜。わーいっ、わいろいっただきま〜す」
早速ライナが食べ始める。
「のこりをミルミんにはんぶんこしてわいろだよ〜。これでさんにんなかよくさんとうぶ〜ん」
言いながら、半分に割ってみて、うにゃっと眞綾は眉を寄せる。
「よんぶんのいちとにぶんのいち〜……?」
なんでだろ〜と思いながらも、4分の1になった黄金色のお菓子を、ミルミにはいっと差し出したのだった。
「そちもあくよのう……でいいんだっけ?」
などと言いつつ、ミルミは眞綾からお菓子を受け取って、笑い合って食べる。
「それじゃ、あたし達もちょっと水遊びしよっか? みんな水とか怖くないかな?」
「普通だよ〜」
「あそぶのはたのしいよー、ね?」
「うん」
歩の言葉に、ミルミ、ライナ、眞綾が笑顔で答える。
「深いところには行かないでね」
「うん」
「はーい」
「はあーい」
3人はびしっと手を上げて、上着を脱ぎ始める。
歩は中に水着を着てきていた。
女性ばかりとはいえ、ビキニは恥ずかしいので白いワンピースタイプの水着だ。
「歩ちゃんも、妖精みたいだね」
「ありがとう、ミルミちゃん」
「私も行きますよー」
アルコリアも上着を脱いで身軽になり……だけれど、護身用の短刀は身に付けたまま、駆け出す。
そして、少女達は笑い声を上げながら池の中へと入っていく。
そんなパートナー達の様子に、ランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)は穏やかな目で頷く。
「記憶を取り戻す池のう。興味深いが」
ランゴバルトは池に目を向けて、それから近くで佇む女性に目を移す。
「様子が妙じゃ」
視線の先には、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)の姿があった。
「シーマ殿」
火を消してから、名を呼んで近づくが返事はない。
「ううむ……我輩は、周囲を探ってくるからのう。アルコリア殿達を頼んだぞ?」
返事はなかったが、ランゴバルトは警備の為に彼女の元を離れた。
「……ああ」
彼が離れてしばらくしてから、シーマは気のない返事をする。
彼女は百合園生が池に入る前に、毒見役を買って出て一足先に水を飲み、浴びたのだ。
その後から、ずっとこの状態だった。
(過去を取り戻したいと、守りたい両方に手を伸ばし、ボクはどうしたいのだろうな……)
思いながら、シーマはアルコリアに目を向けた。憧れの人に似た、彼女に。
(きっと未練だろうな……)
しかし、すぐに顔を背ける。
(こんな時にアルの髪を見るものじゃない、悲しくなる)
シーマは訓練中に、憧れの先輩を失ったことがある。
仇を討つことを望んでいるが、仇の顔が思い出せずにいた。
僅か一瞬だったが、水を飲むことでその仇が――脳裏に浮かんだのだ。
殺されたのは、1人だけじゃない。
仲間達も沢山被害に遭った。
その、かつての仲間達の中に、犯人はいた、のだ。
何のために、その人物が裏切ったのか。虐殺をしたのか、それは分からない。
だけれど、シーマは一瞬だけ見えた仇である彼女……『長い金髪、漆黒の瞳』のあの少女をもう二度と忘れはしないだろう。
「先輩……」
シーマは深くため息を付き、空を仰ぎ見た。
「わ、つめたーい!」
ライナと眞綾、ミルミも一緒に掬った水を空から歩にかけていた。
「むー、お返しです!」
歩は思い切り水をかいて、3人の少女をぬらしていく。
少女達はきゃあきゃあ声を上げて笑いあう。
「ミルミちゃーん、あそぼー?」
アルコリアはミルミをつっついて、水をバシャバシャかける。
「冷たい、冷たいよー」
ミルミは笑いながら、水をかけ返してきた。
「冷えたよね、いつものようにぎゅーっとしてあげるぅ〜。さっきは寂しかった? 物足りなかった?」
「え? う、うん」
ミルミがにこっと笑って近づく。
アルコリアは手を伸ばして小さな少女をぎゅうっと抱きしめる。
「寒かったねー」
「きゃっ」
そして、アルコリアは頭をなでなでして腕の中の少女――ライナを可愛がる。ミルミではなくて。
「う……うっ……」
ミルミは拳をぎゅうっと握り締めて。
「ライナちゃんのこと、よろしく……」
それだけ言うと、光の翼を広げてスゴイ勢いで飛び去っていった。
「ミルミちゃん? 違うの……」
アルコリアが手を伸ばすがミルミには届かない。
「ライナちゃん達は任せて、追いかけて下さいね。ミルミちゃん、甘えん坊だから……」
歩がアルコリアの腕の中からライナを預かって、アルコリアに微笑みかける。
頷いて、アルコリアは池の中から飛び出した。
(校長は武装してない無抵抗の人に手を出す人はいない……なんて言うけど、甘いと思うな。そうじゃなきゃ、ボクはもっとお気楽な小学生ライフを送れたよ)
鳥丘 ヨル(とりおか・よる)は軽くため息をつきながら、池に近づいた。
遊ぶ百合園生達に注意を払い、警戒をしながら周囲を見回して、池の水を掬って飲んでみる。
「他にも毒見してくれた人いるし、大丈夫そうだね」
そう言って、ヨルは共に訪れたパートナーカティ・レイ(かてぃ・れい)に目を向けた。
「水だけじゃお腹は満たされないと思うけどね」
「だから、腹は減ってないって」
カティも大きくため息をついた。
だけれど、空気を大量に吸い込んでも、心の中のもやは少しも消えはしなかった。
最近ぼんやりしているカティにヨルは付き添ってきたのだ。
ヨルはカティの安全も考えて、周辺の様子にも気を配っていた。今のところ、異常はなにもなく、百合園生達が楽しげな声を上げている。
「好きなだけ飲んで、早く元気になれ!」
ヨルがカティの背をぺしっと叩く。
カティは首を縦に振った後、しゃがんで手を伸ばし、水を掬ってゆっくり飲み始めた。
カティは喧嘩ばかりの日々を送っていた。
虚しさを感じ、昔の仲間と別れた時に、ヨルと出会い、向上心溢れるヨルと一緒にいれば、何か見つけられるのではないかと、パートナーに立候補したわけだけれど。
やっぱり、何か足りないような、満たされないようなそんな感覚を受け続けている。
昔の仲間と一緒になったのも、胸にぽっかりしたものがあったからだ。
置いてきぼりにされたような感覚。
この感覚を何とかしたくて、喧嘩ばかりしていたけれど、なくなりはしなかった。
水を飲んだ後、今度は頭から身体に振りかけてみる。
ふと、カティの脳裏に何かが浮かぶ。
……幼子の姿だ。
その子が誰だったかはわからない。
だけれど、その子は自分と繋がりのある人物で、この世界にもういないということだけは分かった。
「誰かを過去に置き去りにしてるのか」
カティの呟きに、ヨルは眉根を寄せる。
そして、しばらくして、ヨルはカティの頭に手を置いた。
「ほら、あっちでお弁当配ってるよ。水だけじゃ満たされないでしょ」
「……いやだから、空腹のせいじゃないってば。うぬぅ」
カティは小さくうめき声を上げて、苦笑するのだった。
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