天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回

リアクション公開中!

横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回
横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回 横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回 横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回 横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回

リアクション



帝位と神子と乙女心


 【星帝】御人 良雄(おひと・よしお)が闇龍と戦うドージェ・カイラスを追いかけていったため、主のいなくなったヨシオタウンを仮の拠点とした乙軍は、旧生徒会軍との決戦に備えて誰もが慌しく動き回り、ピリピリとした緊張感に包まれていた。
 そんな中、息を切らせて横山ミツエ(よこやま・みつえ)を訪れる人がいた。
 先日、旧生徒会軍に誘拐されてしまった立川 るる(たちかわ・るる)だ。
 どこを探してもヨシオの姿が見えないので、ミツエのところにいるのではとやって来たのだが……。
「ヨシオなら闇龍を倒しに行ったわよ」
「ええーっ! 闇龍を倒しに!?」
 目をまん丸にしてるるは声をあげた。
 まさかまさか、という言葉が意味もなく脳内を駆け巡る。
(あんなの倒せるわけ……でも、倒せちゃうのかな、今の良雄くんなら……。うん、できるかもっ。怖い力があるって言うけど、それでなくても空がどんよりしてると気持ちまでどんよりしちゃうもん。あの雲、晴らしたいよね)
 もうだいぶ星を見ていない。地球よりも星に近いところにいるというのに。
 驚き顔から心配顔、思案顔へと変化するるるを、ミツエは不思議そうに見ている。
 その視線に気づいたるるは、ハッとするとにっこりしてミツエに言った。
「るる、良雄くんを追いかけるね」
「ちょっと、そこには闇龍がいるのよ。ドージェも向かってるし、巻き込まれるわ」
「どうしても渡したいものがあるから。それじゃ、ミツエさんもがんばってね」
 待って、と伸ばしたミツエの指先をすり抜け、るるは闇龍のいる方へ歩き出した。
 町の外に出て空飛ぶ箒に跨った時、るるを呼ぶ声がした。
 声のしたほうを見れば、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が大きく手を振り、小走りに向かってきている。
 知り合いの姿にるるも手を振り返した。
「私達もご一緒いたしますぅ」
 軽く息切れをしながら言ったメイベルのすぐ後ろには、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がいた。
「町のモヒカンさんから、るるちゃんは良雄さんを追いかけて行ったって聞きまして」
 見つけられて良かったですぅ、と微笑むメイベル。
「道中は危険ですもの。メイベル様やわたくしが護衛につきますわ」
「ネクロマンサーが率いるアンデット集団を鏖殺寺院が放ったって聞いたしね。それに、メニエスさんのことも気がかりだし」
 フィリッパとセシリアが心配顔でるるに言った。
 また誘拐されてしまうのでは、と危惧しているのだ。
 三人の気遣いにるるは素直に感謝する。
「ありがとう。それじゃあ、よろしくね。るるもいろいろ準備してきたから、一緒にがんばろう」
「よろしくお願いしますぅ。ところで……」
 キラリ、と意味深にメイベルは瞳をきらめかせる。そして、周辺には彼女達以外特に人はいないのだが、気にするように声を落として言った。
「るるちゃんは良雄さんのことをどう思っているのですぅ?」
「え? 良雄くん?」
 予想外の問いにるるは大きく瞬きをした後、やや上を向いて考えた。
「この前は心配かけちゃったんだよね。でも、助けに来てくれたのは嬉しかったな。ちょっとカッコよかったも……えへへっ」
 るるの照れ笑いにメイベルは心の中で大きく頷き、決意した。
 二人を応援しよう、と。
 ただ、るるはかなり純粋なのでヨシオへの気持ちが恋なのか友情なのか微妙なところだ。
 そのあたりも見極めないと……と、決意の横に注意メモを貼り付けておく。
 そして、るるは空飛ぶ箒で、メイベル達は小型飛空艇でヨシオを追いかけた。


 唖然とした表情でるるを見送る形となってしまったミツエが行き場のなくなった手を下ろし、
「あの二人、似てるんじゃない?」
 と、呟いた時、後ろからそっと呼ばれた。
 振り向くと、何やら渋い表情の風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が立っていた。
 何かトラブルでも起きたのかと、ミツエも気持ちを切り替えて優斗と向き合う。
「ミツエさん、禅譲のことですが……本気ですか? 撤回する気は?」
「本気よ。撤回する気もないわ」
 ミツエがこう答えることは優斗もわかっていたが、落胆を隠すのは難しかった。
 ミツエもそれに気づいたが、何をそんなにがっかりしているのかはわからない。
 優斗は目を伏せたまま、ひどく落ち込んだ声で続けた。
「僕は、ミツエさんの夢に共感したから……何より、ミツエさんだから一緒に歩んで行きたいと思ってここまで来ました。姫宮さんが悪いというのではないのです。あの人は善い人で尊敬に値する人物です。新生徒会長としては何の文句もありませんが……」
「禅譲した以上、あたしにもプライドがあるわ。それに、和希が二代皇帝じゃないと、パラ実支配したことにならないじゃない」
 二人のやり取りを優斗から一歩下がったところで聞いていた諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)は、冷めた目でミツエを見ていた。
 孔明には、ミツエが君主の責任を放棄したように見えたのだ。それは、ここまでミツエを信じて背を押してきた仲間への裏切りだと感じていた。
 優斗とミツエの間に流れた重い空気を破ったのは、禅譲された当人である姫宮 和希(ひめみや・かずき)だった。
「優斗の言う通りだ。みんなお前の夢についてきた仲間なんだ。いきなり大将がかわったら、みんな戸惑ってしまうぜ。最後までお前が導け!」
 禅譲は断る、と和希はきっぱり言った。
 優斗と和希、ミツエの三人が真剣な表情で向き合っていることに気づいた周囲が、何事かと注目しはじめた。
 むっつりとした顔で目の前の二人を睨むように見つめるミツエだったが、その視線を受けた二人は揺らがなかった。
 やがて、ため息と共に折れたのはミツエだった。
「わかったわ。二代目皇帝姫宮和希から禅譲を受けて、三代目皇帝になるわ!」
 ふらり、と空気が奇妙な緩み方をしたのは気のせいではないだろう。
 先代と二代目に亀裂が生じたのかと注目していた周囲も、ミツエの宣言にそれぞれ平常運転に戻っていく。
「二代目が禅譲してミツエが三代目になったってよー!」
 誰かが叫んだその言葉は、たちまち広がっていったのだった。
 こうして、各々の心境はともかく問題は片付いた。
「これでよし、と。まさか俺に何もかも託して特攻するのかと思ったぜ。特攻は俺の役目だ。ミツエはこの戦いにケリをつけたら、中原の解放に向かうんだろ? もちろん俺も行くけど」
 和希はニッと笑った。
 そして、この場は解散となった。
 行ってしまった和希とミツエを見送りながら、優斗は虚しさにも似たものを感じていた。
 結果だけを見れば、これまでと変わらない乙軍が続いていくのだが、途中経過はずいぶんと優斗の心を揺さぶってくれた。
 彼らの話しの間、邪魔をしないように離れていたテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)は、じっと地面を見つめている優斗に近づくと、クローン・ドージェとの戦いについて話し始めた。
「思い過ごしだといいのですが、ミツエさんの気持ちはまだドージェさんに向いているので、クローンとの戦いは満足にできないかもしれませんわ」
「躊躇いが出るかもしれない、ということですか?」
「はい。だって、あれだけ気持ちを向けていたのですもの」
「それは……危ないですね」
「ええ。想いを寄せている人には思い切った攻撃はできないでしょう?」
 ミツエを心配するような言葉を吐きながら、テレサの狙いは別にあった。
 『ミツエはドージェをまだ想っている』と強調することで優斗にミツエへの想いを諦めてもらい、少しでも自分に気づいてほしいという一途さから出た言葉だった。
 どこかぼんやりと返答する優斗を、テレサは願うように見つめていた。


 和希が羽高 魅世瑠(はだか・みせる)と再会したのは、優斗やミツエと別れてから少し経った頃だった。
 魅世瑠は前回、和希とは敵対関係にあったので周囲からは冷ややかな、監視するような目で見られていた。
 和希がそれに苦笑すれば、魅世瑠も同じように苦く笑う。
「みんな緊張してるんだ。悪いな」
「別に。で、用件だけど、生徒会への義理も果たしたしキミの手助けをしようと思ってな」
「そりゃ助かる。よろしく頼むぜ」
 笑顔を交わす二人に、周囲の視線も緩む。味方になってくれるのか、とあっさり受け入れたようだ。
 だが、周りの雰囲気を敏感に察知していたラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)は、心配そうに魅世瑠と和希を交互に見て言った。
「みんなはなっとくするのかなー」
 彼女達の話しを聞いていたこの場の周囲は、味方とわかったとたん態度が軟化したが、みんながみんなそうではないかもしれない。細かいことにこだわるパラ実生もいるかもしれない。
 アルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)も口には出さないが、そこを気にかけていた。
 多様性が売り物のパラ実なのに、とそれが損なわれることをアルダトは嫌っているようだ。
 しかし、和希は何の曇りもない表情で笑った。
「大丈夫だろ。お前らが神楽崎分校のためにがんばってたことは俺が知ってる。安心してくれ、生徒会長としてちゃんと守るから」
 頼もしい和希の言葉に、フローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)がラズの脇腹を肘で小突く。そんなに心配するな、と言いたげに。
 それから和希は魅世瑠達の後ろのほうにいた金髪の少女に目を向けた。
「その子は?」
 少女は魅世瑠の後ろからぴょこんと飛び出すと、かわいらしく礼をして崩城 理紗(くずしろ・りさ)と名乗った。
「崩城って、神楽崎分校の校長の?」
「そうだよ。おねーさまから伝言があって、魅世瑠に連れてきてもらったんだ」
 和希は頷くと、聞く姿勢をとった。
「おねーさまは剛次を狙ってるよ。それと、剛次は石原校長を狙ってるって。だから、校長の守りにつく人を増やしてくれないかって言ってた」
「わかった。伝言ありがとう。けど……亜璃珠は大丈夫なのか? どこにいるんだ?」
 和希の心配をよそに、理紗はあっけらかんと答える。
「剛次の傍にいるよ。ねえ、もし、おねーさまに何かあったら力を貸してあげてね」
「もちろんだ。それにしても、危ないことを……」
 もう神楽崎分校は新生徒会はもちろん旧生徒会も手出しはしないのだから、魅世瑠達と一緒に来ればいいのに、と和希は亜璃珠の身を案じた。


「これよ! あたしの探し求めていたものよ!」
 王宮の廊下で、ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)が喜びのあまり発した声が石の壁にこだました。
 それを無表情に見ているハルトビート・ファーラミア(はるとびーと・ふぁーらみあ)
 ヨシオタウンの地図を探してきてくれ、と頼まれたハルトビートが王宮のちょっとだけ偉そうなモヒカンに聞いたら、しばらく待たされた後にこれをくれたのだ。どこかの部屋に保管されていたものを渡してくれたらしい。
 それを持って主のもとに戻る途中、ヴェルチェに出会い、手にしていた地図のことを尋ねられたので、開いて見せたらとても喜ばれたというわけだった。
 それはそうと、このままヴェルチェに地図を持っていかれては困るので、ハルトビートはそろそろ返してほしいことを告げようとしたのだが、その前に地図は彼女の手に戻ってきた。
「ありがとね、ハルトビートちゃん」
 ヴェルチェはにこやかにそう言うと、足取りも軽く先に行ってしまったのだった。
 そのヴェルチェが向かった先はミツエのところだった。
 ミツエを見つけるなりヴェルチェは思い切り後ろから抱きついた。
「ミツエちゃん、大発見よ♪」
「なっ、何? 何なの、ちょっ、離れてよ」
 相変わらずつれないのね、と言って離れながらもヴェルチェは話を進める。
「王宮にヨシオ専用の湯殿があるのよ。さっき地図を見せてもらったから間違いないわ」
「それがどうしたっていうの?」
「ふふ、わかってるくせに。この戦いが終わったら一緒に入りましょうね♪」
 ええーっ、とミツエは遠慮なく拒否を示すが、その程度でひるむヴェルチェでもなく。
 二人がそんな会話をしていると、どこからともなく聞きつけてきた朝野 未沙(あさの・みさ)が現れ、大真面目にミツエに迫った。
「ミツエさん、初代皇帝になるんだってね」
「さっき三代目になったけどね」
「それならなおさらだね。……あたしがミツエさんは真の支配者としての器かどうか見極めてあげる」
「……け、けっこうよ。何なのその手は」
 何やらうずうずしている様子の未沙の両手に、ミツエは身の危険を感じて一歩引いた。
 未沙は他意のない笑顔で言う。
「真に主としてふさわしい人物か見極めるために、おっぱいを揉ませてほしいの」
「真面目な顔で何言ってんのよ! 嫌よ!」
 ピシャリとはねつけられ、未沙はつまらなさそうな顔になった。
 意味もなくこんなことを言ったわけではない。未沙なりの考えがあってのことだった。
 従者となる者にどこまで許すことができるか。信頼していなければ許せない行為をわざと行うことでその器量を試そうとしたのだ。
「まあ、そんなとこだろうとは思ったけど……」
 即答だった、というわけだ。
 見ていたヴェルチェがくすくす笑っている。
「一緒にお風呂に入るのも断られちゃったのよ。照れ屋さんね♪」
 違うわよ、というミツエの叫びをヴェルチェは軽く流した。
 そうなれば、未沙も調子を取り戻し、二人っきりならと再度ミツエのおっぱいを狙う。
 賑やかな三人をやや呆れたように眺めていた孫 尚香(そん・しょうこう)だったが、孫権の姿をみとめたとたん表情を引き締めた。
「ちょっと、仲謀兄」
 呼べば孫権はギクッとした顔をして逃げ出そうとした。
 孫尚香は素早く回り込むと、腰に手を当てて正面から睨みあげた。
「言い訳くらい聞いてもいいけど?」
「何だよ、言い訳って」
「この前のことだよ。どういうつもりでヨシオの軍勢に身を寄せたの?」
 返答次第ではただじゃすまさない、という気迫が孫尚香から伝わってきて、孫権は思わずたじろいでしまった。
「べ、別にミツエを見捨てたわけじゃないさ。ミツエは必ずもとに戻ると信じて、攻めてきた時にここを乗っ取りやすいように先回りしてたんだよ」
 本当に? と、疑いの眼差しを向けられた孫権は「本当だ!」と唇を尖らせた。
「それならいいけど」
 と、言った孫尚香は、思い出したように未沙のほうを見て、まだ終わりそうもないなと息を吐き出した。