天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

世界を再起する方法(最終回/全3回)

リアクション公開中!

世界を再起する方法(最終回/全3回)

リアクション

 
 
「イレブン、あいつの動き、何か変!
 剣士と戦ってるってより、モンクと戦ってる気分!
 剣持ってんのに!」
 カッティが言った。
 それは、イレブンも感じていたことだった。
 サルファの剣の使い方は”剣と盾”でも、”剣と剣”でも無いように見えた。
 剣というよりは、もっと違う、前後に自在な武器として操っているように見える。
「……トンファーか!」
 はたと気付いた。
 あまりにも剣が大きいので、その動きをあの武器の動きと結び付けられなかったが、サルファの動きは、大剣を2本も持ちながらも、格闘技に近い。

 接近戦を仕掛けているカッティの動きに乗じて、静麻がサルファの至近距離に一気に飛び込む。
 至近距離からショットガンを叩き込もうとして、目の間に突然グランナークの姿が飛び込んで来たのを見て口元を歪めた。
「瞬間移動かっ」
 最初から、彼はそれを警戒していたのだが、その法則性が掴めない。
「突然出てくんなっ!」
 カッティがグランナークに蹴りつける。
「邪魔なのはあんたよ」
 サルファが横振りする大剣が、漆黒の炎を帯びた。
「うっ、くう――!」
 まるで、身体が見えない何かに押さえ付けられているかのように動かなくなる。
 上空から機を伺っていたレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)も例外無くその炎に身体が麻痺し、地面に落下してしまった。
「く……!」
「レイナっ!」
 躊躇無く大振りされた剣は、そのままレイナの身体を斬り捨てる。
 返す太刀でカッティも屠ろうとしたが、
「させるかッ!」
 イレブンがサルファの手元を狙った。
 その能力は、範囲が限定されるのか、イレブンは今度は、黒い炎の呪縛に捕らわれなかったのだ。
「こ――のッ!!!」
 呪縛の解けたカッティが、イレブンの下から飛び出し、サルファにタックルをかます。
 カッティ自身と共に後方に飛ばされつつも、サルファは足を振り上げてカッティを蹴り飛ばした。

 サルファを目で追って首を巡らしたグランナークが、ふと違和感に眉を寄せた。
「っ、捕らえたぜ。ったく、てこずらせやがって」
 呟いたのは、アレキサンドライトだった。
「ちっ、一人、逃したか」
 カッティがサルファに体当たりを仕掛けたことで、その時アレキサンドライトが展開した結界の範囲外に逃れられてしまったのだ。
 だが、結果的に、それが功を奏した。
「……これは」
 グランナークは、その結界が及ぼすことに気付き、周囲を見渡して、アレキサンドライトに気付く。
 標的を彼に絞ろうとしたが、その瞬間、強盗 ヘル(ごうとう・へる)が、背後の死角から強烈な一撃をお見舞いした。
「後ろも注意しないといけないぜ!」
 ショットガンを構えたヘルが、にやりと笑う。
 そして、ぐらりと体勢を崩しつつ、追撃を見定めようとグランナークの足元を、凍らせて封じ、ザカコが渾身の一撃を叩き付ける。
 グランナークは、苦渋に満ちた表情を浮かべて、ちらりとサルファを見た。

 ”移動”ができない。
 足元を凍らされているからではない。
 結界によって、瞬間移動を封じられてしまっているのだ。
 グランナークの”移動”は、剣本体と人間の身体間で行われるものだった。
 本体が人間の所へ、人間の身体が剣の所へ――それが、出来ない。逃げられない。
「終わりにさせてもらいます」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)のカタールの一撃が、グランナークに叩き込まれた。

 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)による、息もつかせぬ機関銃での攻撃。
 それが途絶えた、一瞬の間に、閃崎静麻が一気に距離を詰めた。
 胸から胴体に掛けて大きく刻まれた傷からは鮮血が滴り、逆流した血が口からも溢れていたが、今、そんなことに気を払っている時ではなかった。
 奴は、俺が仕留める。
 執念に似た決意が、静麻を動かす。
 ショットガンの銃口が、至近距離で、グランナークの額に当てられた。
「砕け散れ、魔剣!」
 引き金を引くと同時、身体に返るその衝撃に、静麻自身も意識を失う。
 倒れた両者に、エース達が走り寄った。


 それまで、激しい斬りあいにものともしなかったサルファの剣が、その一撃に、脆く折れた。
「グランナーク!?」
 サルファは、有り得ない現象に動揺する。
 右手に次いで、左手の剣も。
 折れた剣は、ボロボロに崩れ、サルファははっとしてグランナークを見た。
 剣を本体とする、人を器としたその魂は斃れ、その影響は本体にも及ぼしていた。
 サルファは今、非武装だ。
 ルカルカはこの機を逃さなかった。

 ――人は、どのような存在意義を持って、生きているのか。
 かつての歴史に名を残し、一度死んだ夏侯 淵(かこう・えん)は、今、全くの別世界に生きて、そんなことを考える時がある。
 縁あって、ルカルカと契約し、彼女の人生に自分の経験を生かしてやれることができれば、と、彼女らと共にいる。
 こうして、再び生きていることに、感謝している。
「……おまえには、それが、なかったか?」
 ダリルから受け取った光条兵器を手に、ルカルカが、最後の一撃をサルファに突き入れるのを見届けながら、届かない呼び掛けを呟いた。

「滅びろ、鏖殺寺院の娘。お前は生き方を間違えた」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、低く呟く。
 例えば、闇に属する者として、生きていく道を選んだとしても。
 闇は、光を生かす為に有るもの。
 自分は光の為に在る闇でありたいと思う。
 
 そして。
「コハクは殺させない。
 やることがあるの。
 神子を見出して大地に安寧をもたらさなきゃなのっ!」
 ルカルカの持つ光条兵器が、サルファの身体を貫いた。


「サルファ!!!」

 叫び声が轟く。
 サルファは、トライブを見て、ふっと笑った。
 失敗作という存在でしかなかったサルファを、意地でも人間扱いしようとした男。
 死ぬなよ、と。命を大事にしろ、と。あんたが死んだら俺が悲しい、と、
 幸せになって欲しいんだ、と、言った男。
 彼の言葉は、蜜のように、毒のように、甘かった。
 綿のように優しく、針のように刺さった。
(……あんたは、どうだったの? 最後は……)
 サルファは、自分と同じ顔をした、もう一人の”失敗作”を思う。
 別れた後の、彼女を知らない。
 彼女はどう過ごし、どう死んだのか。
(私は、駄目だったみたいよ)
 何も成せずに、失敗作のまま、ここで死ぬ。
 だが、トライブの叫びを耳にして、口元には笑みが浮かんで、目を閉じた。

 それでも、自分の死に、悲しんでくれる人を得た。


「サルファ――!」
 木崎朔との死闘は、トライブ・ロックスターに劣勢だったが、諦めることは自らが許さなかった。
 だが、その戦いは、サルファの死によって唐突に終わる。
 仮面の下で、涙が滲む。
「……死んだか。つまらない」
 朔は、ついに邪魔をされたまま、サルファに一撃も与えることができなかったことを、腹立たしく思った。
「もっと苦しめて殺してやりたかったのに。だが、いい気味だ」
「てめっ……!」
 朔の言葉に、トライブは、仮面の下で、ギッと彼女を睨み付ける。
「今度は貴様だ」
 朔はトライブに攻撃を仕掛けようとするが、もはやトライブには、彼女と戦う理由は存在しなかった。
 無駄な問答などしている余裕は無い。
 もっと大事なことがある。
 トライブは身を翻し、攻撃を受ける可能性に構わず敵陣の真ん中に飛び込んで、サルファに駆け寄った。
「サルファ! サルファぁッ!!」
 抱き起こして揺り動かす。
 だが既に、サルファはぴくりとも動かなかった。
「……くそっ!」
 ぎゅっとサルファを抱きしめる手に力が篭った。
「ちくしょう――――!」
 仮面の内側に、ぽたぽたと滴が落ちる。
「――トライブ!」
 焦った様子のジョウの叫びが耳に届き、ぎゅっと唇を噛み締めて、サルファを抱き上げて立ち上がる。
 ここで掴まるわけにも、サルファをここに捨てて行くわけにも、絶対に行かなかった。
 せめて弔ってやりたい。
 サルファを抱き上げたトライブにジョウが援護につき、彼等の姿は、あっという間に暗闇に紛れた。

「待てよ、おまえら!」
 テュールの声が後を追ったが、朔は不満げでありながらも、溜め息を伴った息をつく。
「……もう、いい」
 サルファの死によって、張り詰めていたものが揺るんだのか、朔の纏う雰囲気が少し変わっている。
 スカサハは、それを見て密かにほっとした。
「終わりか。つまらぬ」
 アンドラスなどは、自分達の手でサルファの息の根を止められなかったことに、不満を隠さなかったが、長居は無用とばかりに歩き出す。
「ふん。興味が失せたわ」
「待ってでありますっ」
 真っ先にスカサハがそれに続き、「ちぇー」と言いつつも、テュール達もそれに続いた。


◇ ◇ ◇


 コハク達は、トライブ達を追わなかった。
「やれやれ……やっと終わったか」
 アレキサンドライトが息を吐く。
「後片付けが大変だぜ」
「聖水は……」
 心配そうに訊ねたルカルカに、地底湖の様子を見たアレキサンドライトは、
「大丈夫だ、誰かが護ってくれたみてえだな」
と答える。
 ルカルカ達はほっと息を吐いた。
 再び聖地が、戦いの犠牲になることなく済んだ。
「よかった……」
 誰か、の存在には勿論、心当たりがあったが、今は議論を交わすよりも、聖地の無事を喜びたかった。

 アレキサンドライトは、水底に沈んでいる、4つの”結晶”と壊された女王器を拾い上げ、ほらよ、とコハクに渡す。
「コハク、怪我は大丈夫か?」
 エース・ラグランツが訊ねた。
 サルファの攻撃を受けたコハクは、エースのパートナーのメシエによって、とりあえず先に、と、受けた傷の治療を済ませている。
「ありがとう。もう平気です」
 エースにそう答えたコハクは、改めて、治療をしてくれたメシエにも礼を言う。
「傷だけじゃなくてさ。ちゃんと清めておけよ」
 湖を指差して、エースは念押す。
 はい、とコハクは頷いた。
「よかったね、エース!」
 クマラが、にっ、とエースに笑った。
「え?」
「色々あったけど、皆無事だったし、聖地も護れたし、悪いことばっかじゃなかったよ!」
「……そうだな」
 気負い過ぎだった自分を、慰めてくれようとしているのが解って、エースは苦笑して、頷く。
 思い込みは、視界を狭めてしまう。
 クマラの言う通りかもしれない。
 悪かったことばかりを考えて、よかったことを忘れてしまうと、心がいつか、それに押し潰されてしまう。
「……とりあえず、外へ出ませんか。
 やれやれ、早く外の空気が吸いたいですよ」
 ザカコの言葉に、全員が賛成した。