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地球に帰らせていただきますっ!

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 『師匠』の墓 
 
 
 今年もまたお盆の時期がやってきた。
 
 月谷 要(つきたに・かなめ)はパートナーたちの先に立って、山道を歩いてゆく。
 夏山は生命に溢れ、夏の陽はまぶしいほどに照りつける。
 しかし、水を入れた桶を持つ要の足取りは重く暗かった。
 要のストレスの度合いがじわりじわりと伝わってくるのを感じて、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)は何とかしてこの雰囲気を明るくしなければと思う。苦しんでいる要をなんとかしてあげたい。
 けれどそこで気づく。自分たちは普段の要の姿は知っているものの、要の過去のことを全くといって良いほど知らない。
 今回の墓参りも、『師匠』の墓に参りたいのだとだけ要は説明しただけで、その師匠が誰なのか、要の何の師匠なのか、それら一切を明かそうとはしなかった。
 お供え用の線香とお酒。自分が預かった墓参り用の持ち物を眺め、何も言い出せないまま、悠美香は要について歩いた。
 ルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)もまた、何か喋ろうとは思っていたのだけれど、重苦しい空気がそれを妨げる。献花用にと渡された菊を抱えて、ただ黙々と足を運んだ。
 
 
 要が言う『師匠』の墓は、景色の良い崖の上にあった。
 マリー・エンデュエル(まりー・えんでゅえる)の持ってきた掃除道具で墓を綺麗に掃除する。ブラシで洗い上げた墓にルーフェリアが菊の花を供えるのを、要はじっと見つめた。視線に気づいたルーフェリアが、口には出さずに目で問いかけてきたが、要はそれには答えなかった。
 剣の花嫁はその人にとって大切な人の姿を取るという。そして剣の花嫁であるルーフェリアは、この墓に眠る要の師匠とよく似ていた。師匠が要にとって、どれほど大切な人だったかを思い知らせるように。
 悠美香が渡した線香にマリーが火を点して立てると、要は師匠の墓と向かい合った。
 実のところ、要はあまりこの墓を見たくは無い。けれどお墓参りはしたかった。
 矛盾した心を抱えたまま、要は心の中で墓に語りかける。
 
   ――『師匠』
   『僕』に身の守り方を教えてくれた人。
   戦災孤児だった『僕』を拾って、自分の国風の名前を与えてくれた人。
   『僕』に食べ物の美味しさを教えてくれた人。
   『僕』の悪かった言葉遣いを直そうと努力してくれた人。
   そして、『怖い人達』から『僕達』を庇って……死んでしまった人――
 
 孤児になった要は、同様に師匠に拾われてきた子供達と一緒に暮らしていた。師匠から『生き残る術』を教えてもらいながら。
 しかし、正体も定かでない人々が彼らを襲い、師匠と子供たちの生命を奪った。師匠が庇ってくれなければ、要もまた殺されていたことだろう。
 たった1人生き残った要は、兄弟子にあたる人物に保護され、紆余曲折ののちに悠美香と契約。パラミタに渡ることになった。
 その過去を要は誰にも語ったことはない。
 ただ己の心のうちに秘めて、生き続けている……。
 
 
 要が墓参りを終えると、待ちかねていたようにマリーがルーフェリアの胸に触った。
「何をする!」
「ただのスキンシップよ」
 ふふっとマリーは楽しげに笑う。
 機晶姫である自分は、いつか動かなくなるだろう。要も、悠美香も、ルーフェリアも同様に、いつかは死んでしまうだろう。だからその期間を、マリーは楽しく生きたいと思うのだ。己の欲望に忠実に。
 次は、とルーフェリアの尻に伸ばした手を悠美香に止められて、マリーは抗議の声をあげる。
「あら、邪魔しないでよ」
「墓参りに来ているときぐらい、大人しくしてなさい」
「いいじゃないの。減るもんじゃあるまいし」
 悪びれずに笑うマリーの声が、ずっとわだかまっていた重苦しい空気を拭き散らしていった。