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仮初めの日常

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仮初めの日常

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 それから少女達は、夜遅くまで談笑して過ごした。
 次から次へと、他愛ない話が湧いてきて、尽きることもなく楽しんでいく。
「どうやら、だいぶ待たせてしまったようだね……」
 そんな中に、暗闇から男性の声が響いてきた。
「僕にも込み入った事情があって……許してくれるかい?」
 皆は一斉にそちらへ目を向けるが、暗いだけではなく声の主は木の陰に隠れており、姿を見ることは出来なかった。
 ただ、あたり一面にバラの香りだけが立ち込めていく。
「う、うん……。お会いできれば、握手とかしてくれれば、アユナ、それで……っ」
 アユナは繭の腕をぎゅっと掴みながら、声を上げた。
 途端、馬の嘶きが響く。
 淡い月かありの下に、陰が浮かび上がる。
 光を反射する真っ白な馬。
 そしてバラで飾られたマントを羽織り、羽マスクをつけた人物だった。……全裸の。
「じゃじゃーん! 始めまして美の伝道士変熊仮面です」
 固まっているアユナの下に、颯爽と馬から飛び降りてその男は歩み寄る。
「握手? どうぞどうぞ」
 マントでごしごし手を拭いて、その変熊 仮面(へんくま・かめん)と名乗った男は右手を差し出した。
「いっ、いっ、いっやああああああーーーーーーー! きぃやあああああああーーー!」
 接近した彼の下半身に、アユナが肌さえ切り裂けそうなほどの悲鳴を上げる。
「あっ、えーと、えーと、ははは、あはははっ」
 ミクルが困ったように笑いながら、アユナと変熊の間に入り込む。
「お、お久しぶりです。覚えてないというか、わからないかと思いますけれど」
「久しぶりだな、ミクル。わかるに決まっている」
 なぜなら、変熊はストーカーのごとく、病院での情報を元にミクルを見張っていたから。
 ファビオ――怪盗舞士と決着をつけるために!
「お、おぬしがファビオか……?」
 唖然としながら、カナタが言う。カナタはファビオを見たことはない。
 目の前の男は顔立ちは良いように思える。
 ミクルとも親しいようだ。
「ちっがーーーーーう!」
 カナタの言葉を、アユナが力いっぱい否定する。
「ぐぅ……」
 耳元で叫ばれたせいで、カナタの耳に痛みが走る。
「へんたーーーーーーーーーい! なんで裸なのぉーーーー!」
 アユナは変熊に空の弁当箱を投げつける。
「褒め言葉として受け取っておこう。怪盗舞士も上半身をはだけてることが多いと聞くしな!」
「上着の下だけだもん、丸見えじゃないもん、も、もちろん下は普通だもん。ううっ、いやーーーーーっ!」
「いや、上が裸だろうが、下が裸だろうがあんまり違わんだろ」
「ちがーーーーーーう!!」
 頭がガンガンするほどの絶叫をアユナは続ける。
「あ〜、そうそう。はいこれ『薔薇の学舎の転校案内』」
 全く動じず、聞き入れず、変熊は封筒をミクルに差し出す。
「……え?」
「いや男だろ? だったら薔薇学に来ればいい」
「う、うん……でも裸はちょっと」
「美しければ何でも許されるぞ」
「そ、そうなんだ……」
 ミクルは薔薇学をちょっと誤解し気味だった。
「繭ちゃーん、鳳明ちゃーん」
 アユナは2人にがばっと抱きつく。
「…………………………………………………………………」
 繭はアユナの悲鳴を聞いても、固まったままだった。
「こ、こーぜんわいせつ罪とかヴァイシャリーには、あ、あるのかな」
 鳳明は我に返っていたが、相手が見るからに丸腰なので、対処のしようがなかった。
「むっ! 怪盗舞士めやっと現れたか」
 そんな女の子達の反応に、腕組みしてぷんぷんしていた変熊だが、近づく気配に気づきマントを翻す。
「そこの貴様っ! 病院の治療代踏み倒すために逃げたんじゃ無いだろうな!」
 暗闇に向い、変熊はびしっと指を差す。
 途端、闇の中から――月の光を背に、長身の男性が姿を現す。
 病院から姿を消した時の格好ではなく、髪は以前の長さにカットされ、服装は薄着……顔にはマスクをつけていなかった。
「そんな格好だから刺されるのだ! 敵の多い奴は鎧着とけ! 鎧!」
 変熊が声を上げるが、その人物――嘆きのファビオは何も答えなかった。
「あの……彼が偽者の怪盗舞士さんだよ」
 ミクルがファビオに変熊のことを紹介する。
 美しさを競うため、構える変熊にファビオは……。
「話は聞いています。ミクルがお世話になりました」
 丁寧な言葉を受けて、変熊は1歩、2歩と後ろに後退していく
「……っ! あ、あ、あんたの為にミクルを守ったんじゃ無いからね! か、勘違いしないでよねっ!」
 そうして、何故か真っ赤になって白馬に飛び乗ると、その場から急いで去っていった。
「ぷっ……ふふっ、変わってないな……もっとちゃんと事情話して、お礼いわなきゃね」
 ミクルはそう言って、ファビオと笑いあった。
「繭、まゆまゆ? そろそろ起きたらどう?」
 エミリアが固まり続けている繭の可愛らしい頬をぺちぺち叩く。
「……はっ。何か凄いことが起きていたような……」
 繭が目をぱちぱち瞬かせて周りを見回し、こちらに目を向けている男性に気づいた。
 そのミクルと一緒にいる人物は……一度だけ素顔を見たことのある人。
「アユナさん、ファビオさんいらしてますよ」
 何故か自分に抱きついているアユナに、繭はそう声をかける。
 そろりとアユナは身体を起こして、震えそうになりながら、こわごわ……振り向いた。
「舞士さま……」
 ファビオの姿を見たアユナは、そう言っただけで緊張で動けなくなってしまう。
 ファビオも一定の距離を置いたまま、何も言わない。
 すくりと鳳明は立ち上がると、一気にそんな彼の元まで駆けて彼の額に思い切りデコピンを食らわせた。
 鳳明の勢いに押され、ファビオは一歩、後ろへ足を引いた。
「うん! ちょっとすっきりした!!」
 驚きの表情を浮かべるファビオを軽く睨みながら鳳明は言う。
「って、これで終わりじゃないよ? そもそもファビオさんは自分勝手すぎる! 判ってて自分から攫われた上に首切られるとかどーいう神経さ!? 皆心配したんだよ!?」
 目を泳がせる彼に、鳳明は捲くし立てていく。
「それで助けられて来たと思ったら、今度は格好付かないから逃げ出すとか何様なの? 助けるのに皆どれだけ苦労したか判ってる!? それを感謝の一言も残さないで……」
「いや……う、ん……」
 ファビオは目でミクルに助けを求めるが、ミクルは軽く笑みを浮かべているだけで口を挟んではこなかった。
「まったく、今まで散々心配かけやがって」
 ベアも腰に手を当てて、軽く憎まれ口を叩く。
 ファビオも大変な目にあっていたことは解ってはいるが。
 これまでのことを考えると、やっぱり素直に挨拶し辛いのだ。
「ファビオー!」
 そこに、息を切らして少女が一人駆けつける。
「やっと、見つけました……」
 高務 野々(たかつかさ・のの)だった。
 保護されたと聞き、ようやく話が聞けると思ったら、脱走したという話を聞いて。
 野々は、街中を駆け回ってファビオを探し回っていた。
 百合園で情報を得ていたため、この場所にも何度も訪れていた。
 そして本当にようやく、自分の足で立つ、彼の姿を見ることが出来た。
 あの日。怪盗舞士がラリヴルトン家に訪れた日。
 野々はメイドとして、ラリヴルトン家にいた。
 一方的に彼を探っていただけで、彼の方は自分のことなど覚えてはいないだろうけれど。
 どうしても、知りたいことがあった。だから、彼が目を覚ましたら、自らの意思で聞いてみようと思っていた。
「それなのに、何で消えるんですか……」
 ぶつぶつ言いながら、集まっている皆に会釈をして暗黙の許可を得てから、野々はファビオに問いかける。
「怪盗をしていた目的は何だったのですか? ヴァイシャリーへの警告だったのではないかという話は聞きましたが、それならば、どのようにヴァイシャリーに危機が迫っていると知ったのですか?」
「……なんとなく」
「ふざけないで下さい」
 野々はぴしゃりと言って、彼の前に仁王立ちする。
 野々はもう、退くつもりはなかった。これからは自分も、知る側、行動する側になりたいと思っていたから。
 少しでも自分で選んで進んでいき、街を、国を、良い方向へ導けるように、導く手助けができるように。
「……」
 彼は……ファビオは、内心を語ることは酷く苦手なようで、引き続きミクルに目で助けを求めている。
「僕が後で聞いて、説明してもいいけど。ファビオの言葉で聞きたいみたいだから」
 ミクルがそう言うとファビオは少し困ったような表情で……それから、ぽつぽつと語り始める。
「ヴァイシャリー家側の見解に、間違いはない。……派手なことをして、気付かせようとした。ヴァイシャリーに潜んでいる組織のことは……ヴァイシャリー家に連なっている貴族を探れば簡単に推測できた。過去の記憶が曖昧で、断定はできなかったけれど、自分が動くことでヴァイシャリー家に気付かせることができれば、と。あとは……ヴァイシャリー家自体が組織側に組していないとは言い切れなくて。出方をみてそれも探っていた。結果、ヴァイシャリー家は白だと判断した」
 そして、もう許してくれというような目を野々に向ける。
 野々は大きく息をつく。
「いいでしょう。今日はここまでにしておきます。あ、これどうぞ。無意識に作ってしまいましたので」
 手に持っていたお供え用のおはぎをファビオに渡す。
 それから野々は集まっている人達に礼をして後ろに下がった。
「組織に捕まってからのことも、聞かせてくれるかの?」
 続いて、カナタがファビオに問いかける。
「わからない。殆ど意識を奪われたままの状態だったから。意識が戻った時に垣間見た様々な技術は、現代のシャンバラの技術とは到底思えなかった。正直……考えが浅すぎた……すみません、でした」
 ファビオが皆に頭を下げる。
 なんとなく、皆の心の中にいたたまれない感情が湧いてくる。
「あぁもう! とにかく、あとはアユナさんと話をすること! 2人きりでだよ」
 言って、鳳明はアユナの腕をぐいぐい引いて、ファビオの方へと引っ張る。
「ほ、鳳明ちゃん、アユナ無理……いっしょにいて、一緒がいいよっ」
 アユナは緊張のあまり、鳳明にぎゅっと抱きついてくる。
「ほらほら、話したいこと沢山あるんだよね?」
 鳳明は引き離して、ファビオの方へとアユナを押した。
「その後ちゃんと、救出に動いてくれた人達にも感謝を言いに行くこと! みんな命懸けで頑張ったんだからね」
 ファビオの頷きを見てから鳳明はそっと、アユナから離れる。
「2人きりにしてあげましょう」
 繭も小声で言って、エミリアや皆と一緒に、荷物を持って離れていく。