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冥界急行ナラカエクスプレス(第1回/全3回)

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冥界急行ナラカエクスプレス(第1回/全3回)
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第4章 ナラカから襲い来るモノ・その1



 霧に包囲されたエクスプレスの周辺に、不穏な気配が静かに立ちこめつつあった。
 周辺警護を買って出た渋井 誠治(しぶい・せいじ)は、霧に濡れる星輝銃を握りしめて哨戒にあたっている。
「待っててくれよ、環菜校長。必ずみんなで迎えに行くからな……」
 環菜暗殺事件の時、警備に加わっていた彼はこの救出作戦にかける想いも一塩である。
 銃型HCに周辺地図を表示し、仲間の位置を確認、この配置なら不測の事態にも対応出来るだろう。
「誠治、そっちに異常はない?」
 パートナーのヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)が霧の中から姿を現した。
「ああ、こっちはたぶん大丈夫……と言っても、霧であんまり見えないけどな……」
「こう霧が濃いんじゃ仕方がないわ。でも、何かあればこのお守りが知らせてくれるし……」
 そう言いかけた時、キィンと耳をつんざくような音と共に禁猟区を施したお守りに違和感が走った。
 鋭い殺気を感じ振り返ると、ホームのベンチに誰かが座っている。
 その姿は猿族の獣人のように思えた。
 体付きは人間と同じなのだが、黒面の猿顔と真っ白な毛が目を引く。ハヌマンラングールと言う猿に似た風貌だ。
 呪符の貼られた拳法着に身を包み、細工の施された豪奢な装飾品を身につけている。
「あんたが奈落人か……!?」
「ほう……、よく知っているな」
 ベンチから飛び上がると、くるくる回転して着地を決めた。
「天上天下天地無双っ! 驚天動地の白猿大将、【ハヌマーン・ヴァーユ】とは俺様のことよっ!」
 全身から立ち上る殺気と目に満ち満ちた自信が、その攻撃的な性格を誠治たちに悟らせた。
 とその時、緊迫した空気を破るように声が上がった。
「ちょっと待った! 待った待った!」
 声を上げたのは、葉月 ショウ(はづき・しょう)クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)の二人である。
「なんだよ、何を待てってんだよ?」
「この列車を警戒してる奈落人ってお前のことだろ。オレはお前と話し合いに来たんだ」
「そうそう、葉月の言う通りですぜ。ケンカっ早そうなのは見た目でわかるけど、まずはお互いの事情を知らないと」
「話し合い、ねぇ……?」
 すぐさま殴り合いをする気でいたのだろう、ハヌマーンは見るからに不服そうだった。
 ここだけの話……と前置きしてショウは話を続ける。
「オレはトリニティを全面的に信用してるわけじゃねぇ。もしかしたら、おまえらの言い分のほうが筋が通ってるって可能性もある。だから、ナラカエクスプレスを危険視する理由をおしえて欲しい。あともし、トリニティの正体も知ってるならおしえてくれ。つか、知ってること全部おしえろ、いや、おしえてください!」
 そこまで言うと、二人はおもむろに武器を捨てた。
「おい、そりゃなんの真似だ?」
「なにってあんた、これが俺たちの誠意ってやつでしょうが」
 飄々とクドは答える。
「歩きながら眠ってたらこんなとこに着いちゃって、なんとなく巻き込まれてる俺だけどさ、ここの皆さんは死んだ校長先生を助けようって頑張ってんだ。皆さんの顔に免じて、せめて話ぐらいは聞いてくれちゃくれませんかねぇ」
 ハヌマーンは黙って聞いていたが、やがて二人に歩み寄った。
「ひとつ良いことをおしえてやる。俺様は俺様より弱い奴の言うことに従う気はねぇ」
 次の瞬間、閃光のごとき正拳がショウの胸に突き刺さった。
「が……は……!」
「げっ……! ちょ、ちょいと、葉月!?」
「俺様の口を割らせたかったら、俺様に勝つことだな! てめぇらにそれ以外の選択肢はねぇ、闘え!」
 間髪入れず、研がれた刃のような浴びせ蹴りがクドに襲いかかる。
 だが、その蹴りは直撃を目前にして止まった。
「……クド、あなたは武器を捨てて一体何をしてるのですか?」
 クドの右腕であるルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)がすんでのところで攻撃を受け止めたのだ。
「また歩きながら眠ってたんでしょう! 姿が見えないから随分と探したんですよ!」
「る、ルルーゼ……、な、ナイスタイミング……!」
「ナイスじゃありません! ようやく見つけたと思ったら、こんな怪しいところで厄介な事件に巻き込まれて……」
「ちょ、ちょっとお説教はその辺で。とりあえず、一時撤退の方向で頼むよ」
「しょうがありませんね……」
 三尖両刃刀をくるくると回し、彼女はクドがショウを抱えて離脱するのを護衛する。
 彼らの撤退を援護するため、誠治も弾幕援護で閃光の障壁をハヌマーンの前に作り出した。
「話し合いで解決すればそれにこしたことはないと思ったが……、あちらさんにその気はないらしいな……!」
「どうする、誠治? 私達も前に出て戦ったほうが……」
 ハンドガンで応戦しつつ、ヒルデガルトは尋ねた。
「いや、深追いはしないほうがいい。後の戦いのために今は少しでも観察して情報を集めるんだ」
 そう言って、注意深くハヌマーンの行動を目で追った。
 この段階でわかるのは、格闘戦主体の近接戦闘タイプで、高レベルのグラップラー級の実力者だということ。
 そして、性格は超強気でかつ超好戦的、シンプルな性格な分、意志はとても強そうだということぐらいである。


 ◇◇◇


「まあ、そう簡単に話し合いが出来るとは思ってなかったけどね……」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、列車の屋根で交渉決裂を目撃していた。
 戦闘が始まったのは3号車前、ローザの待ち構える5号車のほうに、徐々に戦線が移動し始めていた。
「……ねぇ、ライザ、貴方もかつてはナラカを通って此処に到ったのよね?」
 光条兵器のライフルを構えつつ、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)に声をかける。
「ああ……?」
「じゃあナラカに居た頃は、その奈落人とやらとどういう関係にあったの?」
「関係と呼べるものを築いたことはない。奴らは奴らでナラカの戦乱に明け暮れておるからな。時として死人を戦に巻き込むこともあるが、わらわは幸いにも関わりあいになることなく、アトラスにまで辿り着くことができたのだ」
「そう、奈落人の情報があれば戦闘が有利になるかと思ったけど、世の中そんなに甘くないわね……」
 その時、設置しておいた鳴子がカランカランと鳴った。
 ライザは腰元の聖剣エクスカリバーを引き抜くと、屋根から飛び降り、迫るハヌマーンの前に立ちはだかる。
「此処から先は、現在(いま)を美しく生きる者達の世界ぞ。其方の切符を拝見させて貰おうかの?」
「切符だぁ!? 旭日昇天にして疾風迅雷! 俺様をたかが紙切れ一枚で止めようなんざ片腹痛いぜ!」
「では、交渉決裂だの。止むを得まい、其方、白線の内側まで退がって貰うぞ、強制的にな」
「うるせぇ!」
 雲を渡るような身のこなしで飛翔、ハヌマーンは疾風の如き掌打を繰り出した。
 未知の攻撃を受けるほど彼女は愚かではない、ライザは大きく間合いを取って回避の姿勢を取る。
 そこに追撃を仕掛けるべく身をよじると、次の瞬間、ピタリと宙空でハヌマーンの動きが止まった。
「な……、なんだ!?」
「ここはおさるさんの来るところじゃないの。入ってきたらダメなの」
 エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が叫んだ。
 彼女の放つサイコキネシスが、蜘蛛の巣にかかった蝶のように、獰猛な猿戦士を空に縛り付ける。
「こ、こんなもんに俺様が屈するわきゃねぇだろ……!」
「うゅ……、動いちゃダメなの……!」
 さらにヒプノシスで立ち去るよう催眠をかけるが、超強気な猿戦士の自意識の前には通用しない。
 ハヌマーンはカッと開眼すると、見えない呪縛を力任せに振りほどく。
 どうだ見たかと言わんばかりの表情を浮かべたが、すぐさまその顔は凍り付いた。
「流石、戦いに長けた種族……だが遅い。約束された勝利の剣……エクスカリバーの露と消えるがいい」
 超能力の攻防の最中、ライザは一気に間合いを詰めていた。
 則天去私の一撃が、左肩から右脇腹に抜けるように、不浄な肉体を両断をする。
「な……、て、てめぇ……!」
 よろよろと後ずさるハヌマーンの身体から、ドス黒く淀んだ血がとめどなく溢れる。
 何事かを言おうと口を開いた瞬間、ローザの放った閃光の弾丸が、その眉間を性格に撃ち抜いた。
 花びらが舞うように血が飛び散り、ハヌマーンはドサリとホームに倒れた。
「思いのほか呆気なかったな……」
 ライザとエリーは顔を見合わせ、死亡を確認しようと横たわる猿戦士に近付く。
 その時だ。
 絶命したかに思えたハヌマーンが飛び上がり、鎌鼬を思わせる回し蹴りで二人を吹き飛ばした。
 不思議なことにエクスカリバーの傷も銃弾の痕跡も消えてしまっている。
「そんな……、確かに眉間に命中したはずなのに……」
「そこの金髪メスブタ女ァ! よくも俺様の頭を吹っ飛ばしてくれたなぁ!」
 修羅の形相で吠えると軽く地面を蹴り、ローザの頭上にまで跳躍した。
「下がってください!」
 呆然とする彼女の前に、最後のパートナー、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が割って入る。
 パワードスーツで全身を固めた彼女は、ブライトシャムシールで強化された二対の七支刀型光条兵器で迎え討つ。
 交差させた刀で受けるハヌマーンの鉄拳が、光の中でプスプスと怪しげな紫煙を上げていた。
「光輝属性への耐性は低いようですね。ですが……、この状態で近接戦闘を挑むのは得策ではありません」
 正面から引きはがすため、闇術と凍てつく炎を至近距離で放つ。
 だが、闇術はそよ風の如く受け流され、凍てつく炎の直撃にもハヌマーンは苦痛をまったく示さなかった。
 身体は凍結し、焼けただれてはいたが、ほんの数秒ほどで受けた傷がみるみる塞がっていく。
「この身体は……、まさか『不死身』……?」


 ◇◇◇


「やれやれ、不死身とか言って、またえらいの放り込んできよったな……」
 七枷 陣(ななかせ・じん)は屋根を全力疾走しながら、立ちはだかる敵の驚異に息を漏らした。
 横を走るのは、本日結成された『スカウター(緑)』なる徒党の相棒、椎名 真(しいな・まこと)だ。
「それにしても、真くんがナラカ行きの列車に乗るなんて、やっぱナラカに近い男としては……ってアレか?」
「え……? あーまぁ……、うん」
 人に話すのはためらわれる目的なので、真は言葉を濁した。
 ナラカに堕ちた人はどういう運命を辿るのか、それが知りたい。その中には彼が殺した人間もいるだろうから。
「それを言うなら、校長ともそれほど接点はなかったのに、陣さんこそどういう風邪の吹き回しなんだ?」
「まぁな、でもこのままハイさようならってのは寂しいし、生き返るんなら生き返らせたいわ。校長室にはやっぱさっさと依頼受けて来なさいって尊大にのたまうデコに居て欲しいしな。ウザイ時もあったけど、何だかんだ言ってあの光景は大切な物だったんだなぁって、今になって思うし。それに、山葉じゃ蒼学が色々迷走しそうやしな……」
「それは確かに心配なところではあるね……」
 二人が苦笑している間に、ハヌマーンはどんどん目の前に迫ってきていた。
 陣の合図を受けて、パートナーの小尾田 真奈(おびた・まな)がハウンドドックの引き金を引く。
 不意を突かれ、ハヌマーンはハンドキャノンの直撃をモロに食らい、ホームとは反対の線路上に吹き飛んだ。
「クリーンヒット……ですが、どうやらあまり効いてないようです、ご主人様」
 ハヌマーンは平然と立ち上がり雄叫びを上げる。
「この程度じゃ俺様は倒せねぇ! 列車をぶっ壊されたくなかったら、俺様に力を見せてみやがれ!」
 その言動から察するに、彼はナラカエクスプレスのことより、ただ純粋に闘いたくてここにいるようだ。
 屋根の上の陣たちに襲いかかろうと動いた瞬間、ハヌマーンの全身をナラカの蜘蛛糸が斬り裂いた。
 よく見ると、こちら側の線路上に蜘蛛糸が張り巡らされている。
「……んだこりゃ?」
「君がここに来る前から、既に用意は整ってたんだよ」
 列車の上から、真は静かに見おろした。
 奈落人の襲撃に備え、事前に罠を仕掛けておいたのである。獲物を誘い込み、仕留めるための蜘蛛の罠を。
 そして、原田 左之助(はらだ・さのすけ)仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)が挟撃を仕掛ける。
「さて、向こうは袋の鼠……だが、不思議なことにまるで追いつめてる気がしないな」
「同感だ。しかし、無名の英霊と言えど、私にも末席の意地がある。貴方の背は任せて貰いたい」
「なに、名なんて上げりゃあいい。頼りにしてるぜ、仲瀬」
 先に動いたのは磁楠だった。遠当てを打ち込み、怯んだ隙にチェインスマイトで斬り掛かる。
 すると、ハヌマーンは放たれたチェインスマイトを避けず、その身体に受けた。
「……なにっ!?」
 驚愕する磁楠の顔面にカウンターの掌底を食らわせ、さらに二段蹴りを叩き込む。
「ぐわああああ!!」
「仲瀬っ!!」
 倒れる磁楠の姿に動揺しつつも、左之助は毒虫の群れを展開して、ハヌマーンを襲撃する。
 しかし、これも回避しなかった。猛毒に浸食されても、されたそばから治癒されるらしく、平然としている。
「毒も通用しないのか……! ならば……!」
 カッと眼を見開き、その身を蝕む妄執を放つ。
 だが、ハヌマーンも負けじと開眼して妄執を打ち払うと、すかさず鉄拳制裁で左之助の横っ面を吹き飛ばした。
「磁楠さん……! 兄さん……!」
 手練の二人が容易く蹴散らされ、真に戦慄が走る。
 とその時、構内にアナウンスが流れた。
『長らくお待たせいたしました。逢魔が時発、ナラカ行きナラカエクスプレス、間もなくの発車となります』
「……潮時やな、真くん。そいつら連れて早く列車に乗り込むんや」
「あ、ああ……」
 張り巡らされたナラカの蜘蛛糸を掴むと、瞬く間に引き寄せて回収する。
 蜘蛛糸の一端は列車の屋根に結びつけられており、真は手繰り寄せるようにして列車の屋根に戻る。
 左之助と磁楠も口元の血を拭いつつ、開いた窓に手をかけて列車に飛び移った。
「ここまで来て逃がすかっ!」
 走り出した列車を追うハヌマーンを一瞥し、陣はどうしたものかと思索を巡らせた。
「今のとこ、弱点らしい弱点はなし……。と言うか、あいつ痛覚がないんとちゃうか。闇黒は効果なし。炎熱と氷結はたぶん効いとらん。光輝属性が一番肉体を傷つけたけども、すぐに再生されちまったからなぁ……」
「となると、試してないのは雷電属性だね……?」
 真の言葉に、そう言えば……と手を打ち、陣はサンダーブラストを繰り出した。
「ら、雷電だと……!?」
 降り注ぐ閃光に明らかにハヌマーンの顔色が変わった。
 これまで全ての攻撃を受けてきたにも関わらず、死にものぐるいで稲妻を回避している。
「……ほう、もしかして電撃は苦手なんか?」
「は、はぁ!? 何をわけわかんねーこと言ってやがる! 俺様だってたまには気分で避けるっつーの!!」
「そいつは次会った時にわかる話や、じゃあな、エテモンキー」
 ガタンゴトンガタンゴトンと線路の軋む音と共に、ハヌマーンの姿がだんだんと遠ざかっていった。