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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第1回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第1回/全3回)

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(・海京分所)


 続いて、ホワイトスノーに話を聞くのは、ペルラだ。
「なるほど、お前もイコンをもっと知りたいということか」
「はい。兵器を超えた力を持っているはずの、サロゲート・エイコーン。その本当の力を知りたいのです」
 だが、答えは先程の望に対するものと同じである。それはまだ解明されていないと。
「これは推測だが、真の力に目覚めたイコンは『物理法則を超えた力』を発揮するのではないかと考えられる。征や、無神論者のバート・ウェストあたりは反発しそうだがな。おっと、昔の研究者仲間のことだ。気にするな」
 超能力というのは物理と脳科学の範囲で十分に証明可能だと付け加えて説明もしたことから、そういう次元を超越しているものだろう。
「ありがとうございます」
 帰り際、ペルラは目を伏せ、静かに呟いた。
「地球人でもパラミタ人でもない強化人間は、二度と地球人に戻ることはないのでしょうか? そして戦闘で命を落したとき、私達の魂が召される場所はどこなのでしょう」
 それは聞こえたらしく、静かに博士は言った。
「人として生まれた者は、人として死ぬ。地球人だろうとパラミタ人だろうと関係はない。全ての命が行き着く先は同じだ」

* * *


「大佐、天御柱学院の生徒さんがまた来ましたよ」
「今日は本当に客が多いな」
 しばらく時間を置いてやってきたのは、御空 天泣(みそら・てんきゅう)ラヴィーナ・スミェールチ(らびーな・すみぇーるち)だ。
「お忙しい中大変申し訳ございません。整備科所属の御空天泣と申します」
 深々と頭を下げる天泣。
「作戦遂行中になにを……と仰られるかもしれませんが、どうしても知りたい、そして博士である貴女の意見を聞きたいと思い参りました」
「なんだ、言ってみろ」
 ホワイトスノーの刺すような目つきに萎縮しかけるも、一度鏖殺寺院イコンの解析資料集に視線を落とし、はっきりと声を発した。
「ぼ、い、いえ私は……イコン生産プラントを押さえる前に、やっておいた方がいいことがあるのでは、と思います」
 博士の表情は変わらない。
「プラントを確保してイコンを生産ラインに乗せても、鏖殺寺院側が先にイコンの本来の力を解放したら……勝ち目はないと考えてます。だからイコンの本来の力を解放することについて探った方がいいかと思います」
「……なんだ、またその話か」
 博士の様子を察するに、イコンとは何か、本来の力はどれほどのものか、そんな質問を何度も受けているようだった。
「力を解放するための研究はしている。あとは『鍵』だけだ」
 だがその鍵はまだ見つかっていない、と博士は説明する。
「鍵、ですか」
 それさえ分かれば、サロゲート・エイコーンの力は解放される。そして、天泣は提案から、自分の思いへと話を持っていく。
「私はただイコンを解析するのではなく……イコンがなぜ生まれたのか、それを探りたいです。人は神を愛し、少しでも近付くために代理の聖像を用いたのか。それとも神を殺すために力を求め、代理の聖像を作り出したのか」
「ならば問う。お前は『神』を信じるか?」
 天泣のそれは、神の存在を前提とした話だ。だからこそ、博士が問うてきた。
「私は……信じます。神を」
「ならばお前にとっての『神』とは何だ?」
 それに対する答えを、天泣は持ち合わせていなかった。
 そのまま「パラミタには古来から神が存在している。それを神と認めている」とは言える雰囲気ではない。
 沈黙する天泣に対し、ホワイトスノーは微かに微笑んだ。
「少し答えるには厳しい問いだったな。今の質問は、『二十世紀最後の天才』と謳われたアントウォールト・ノーツ博士が私達にしたものだ。十六年前にな。科学者が神について語るというのも不思議なものだろう?」
 それまでと違い、どこか過去を懐かしむような表情をしているホワイトスノー。
「当時の私は、神は『創れる』ものとか言ったが……イコンを神の代理としたら、強ち的外れでもなかったかもしれん」
「『創れる』ですか?」
「そうだ。私もあの頃の私は若かったな」
 とはいえ、今も見た目には若い。二十代半ばといったところだろう。もっとも、今の話を信じるなら見た目より十歳以上の年齢にはなるだろうが。
「まあ、研究したいというのなら、好きにやればいい。さっきも、『助手にしてくれ』とかいうのがいたりしたが、自分で研究するという意思があれば研究所に出入りしてくれて構わない。その代わり、私は一切指導はしないぞ。全部自力でやることだ」
 自分で考えられないようなら研究者には向かないと言いたいのだろう。彼女なりに、天泣に対し一つの試練を与えるようでもあった。
「えっとぉ、ボクもしつもん」
 続いて、ラヴィーナが大きく手を上げる。
「ボク、自分がどうやって強化人間になったのか覚えてないのです……」
 その言葉に、天泣の表情がやや暗くなる。どこか後ろめたいことがあるらしい。
「強化人間については、私より管理課の風間やドクトルに聞いた方がいいだろう。こっちだ」
 海京分所の中に入り、ドクトルなる人物に会う。
「なるほど、強化人間の造り方ね」
 ドクトルの説明は驚くほど簡単なものだった。
「パラミタ線という、浮遊大陸パラミタの大気に存在する放射線を集中的に人体に照射する、これだけだよ。よく非合法な人体実験の末生み出されたと言われるけど、実際は違う。ただ、大量の放射線を短期間に浴びるわけだから、人体に何らかの影響が出る。がん細胞が発生したり、生殖機能が失われたりというやつだね。それがないから、悪影響はないと思われたが脳に影響が出ることが分かったんだ。それが精神の不安定と超能力だよ。もっともどっちが先から言われれば難しいんだけどね。本来なら記憶がなくなったりなんていうことはないんだけど……風間君は、『精神を安定させるために、一度リセットした方が脳への影響は弱くなる』なんて言ってたから、学院で強化人間になった人には、強化人間になる前の記憶を持たない人も多いんだよ」
 その一人が、設楽カノンである。もっとも、彼女は自力で記憶を取り戻したらしいが、それは極めて異例の出来事らしい。
「だけど、技術が広がったせいで、今は非人道的な実験と合わせて強化人間化を図っている者も、少なからずいる。悲しい現実だよ。出来ることなら、いち早く精神を安定させる方法を確立して、風間君の推進する記憶消去も止めさせたいくらいだよ」
 ドクトルの話を聞き、実際のイメージとのギャップを感じ取る。
 そして、過去の自分の行いに対して罪悪感を覚えずにはいられなかった。

* * *


 ホワイトスノーが情報支部の部屋に戻ってくると、そこで手伝いをしていた荒井 雅香(あらい・もとか)蓬生 結(よもぎ・ゆい)は、彼女にこれまでの情報を伝えた。
「データの整理は管理部長さんがやって下さいました。こちらが、現在判明している分の内部地図です」
 雅香は、それを博士に渡した。
「なるほど。基地、工場、格納庫と三区画に分かれているのか。ここを中継地点として、イコンを配備することも可能になるな。もっとも、確保出来ればだが」
 リアルタイムな情報をPASDのロザリンドとアレンの二人から聞き、それを彼女が整理していく。オペレーターを務めているのは情報のプロの二人なのだから。
「問題は寺院です。敵は黒い装甲服の――あのとき襲撃してきた敵と同じ連中です」
 タンカーでの護衛を思い出す。しかも、そのときと同じように、捕虜になりそうな状況下では自爆しているとの情報もある。
「ならば、超能力部隊とPASDに任せておけばいいだろう。なあ、征」
 もう一人、PASDの司城が口を開く。
「先遣隊に出願してくれた人も、今応援に向かってる人も、契約者としての練度ならボクが保障するよ」
「それに、超能力部隊は潜在能力でいえば大陸の契約者に勝るとも劣らない。あとは実戦の中でどれだけ力の使い方を学ぶかだ……と、風間は言っていたな」
 問題は相手も同じ超能力者だということである。タンカーの中では博士を狙っていた紺色が生き残っているため、気がかりだ。
 さらにイコンの目撃情報である。ロザリンドが本部に調べてもらった限りでは、シュバルツ・フリーゲ六機、シュメッターリング三十機ということである。
 その中には、カミロ・ベックマンの駆るシュバルツ・フリーゲはなかった。目撃情報とはいえ、PASDがシャンバラ各地に派遣している調査員だ。その違いもちゃんと把握しているのだろう。
「博士、この状況から何か分かりますか?」
 雅香がそれらの情報を元に、博士に分析をしてもらう。
「敵には二種類いると推測される。一つは、優秀な、それこそカミロ・ベックマンという元シャンバラ側の人間のような者が率いている『軍』としての精鋭部隊。もう一つは、単なるゲリラやテロリストによる寄せ集め集団だ。今回はおそらく、精鋭部隊の方だろう」
 天沼矛に攻め入って来たときよりも数が少ないのは、敵の機体数が減ったからなどという単純な問題ではなさそうだ。それに、この状況で単なる寄せ集めなんかを送ってくるほど敵も馬鹿ではないだろう。
「もっとも、私は敵が『鏖殺寺院』と呼ばれる集団だと学院側から聞かされるまでは知らなかったのだがな。だが、果たして敵の全てをその一言で括り付けていいのかは非常に疑問だ」
 どことなく忌々しげに語っているのを雅香は感じた。
「少なくとも、かつての科学の権威の多くはパラミタパラミタと人々が盛り上がる風潮に異を唱えたものだった。その者達はただ力を手にし、パラミタ進出を目論む政府や契約者達に潰され、各界を追放されていった。その結果、今の技術水準は2008年予測よりも二十年遅れている。その遅れた分がパラミタに注がれているんだ。その現実を考えれば、敵は鏖殺寺院だけと言い放つことは出来ないだろうに」
「博士はもしかして、今の敵に何か心当たりがあるんですか?」
「なくはない。曲りなりにもロボット工学に関わる技術を、私に少し劣る程度で持っていること自体、敵の中に『新世紀の六人』と呼ばれた科学者の一人がいるのは間違いないだろう」
「ジール、残念だけどその可能性はないよ」
 司城が割って入って来た。
「今、あのときのメンバーでまだ生きているのはボクとキミの二人だけだよ。最近になって知ったんだけどね。いくら契約者となっていたとしても、それこそ今のアクリトくらいでなければかつてのボク達と同等かそれ以上にはなれない。まあ、彼は別格過ぎるけどね」
 二人の話を聞くに、雅香が考えるのは、敵は鏖殺寺院を支援しているのではなく、「利用」しているのではないかということだ。
 もしかしたら、自分達は真の敵に踊らされているのではないのだろうか。
 彼女がまたも情報まとめに一度博士から離れると、今度は結が質問をする。
「博士、話は変わりますが、仮にイコンで生身で戦うとしたらどうするのがよいですか?」
 イコンを研究しているここならば、それが聞けるかもしれない。
「イコンは装甲が堅く、特殊な武器でなければ破壊出来ないとされるが……厳密には、それは間違いだ」
 それを博士が説明する。
「イコンの装甲が堅いのは事実だ。だが、その装甲をある種絶対的なものとしているのは、機晶エネルギーによる全身のコーティング――まあ、装甲にバリアが張られていると考えればいい。それが、装甲に接するギリギリのところで、攻撃を弾いている。もっとも、エネルギーがエネルギーだから、起動していなければこの効果はないのだがな」
 さらに説明を続ける。
「つまり、そのエネルギーで弾けない威力の攻撃か、そのバリアを破れる特殊な武器が必要になる。対イコン用にビーム兵器が多いのはそのためだ。対機晶エネルギー粒子を使用しているからな。もちろん、実体兵器にも特殊な加工が施してある。そして、イコンの最大の弱点は、生身の人間の至近距離からの攻撃に弱いことだ」
 その理由を、こう説明する。
「イコンでは、その性質上生身の人間を正確に狙うのが難しい。頭部バルカンをもってしてもだ。もっとも、イコンそのものが対生身を想定した造りになっていないから当然なのだが。だからこそ、レーザーブレードを造った。PASDに保管されていた魔力融合型デバイスの技術と、機晶技術、イーグリットのビームサーベルの技術とを組み合わせて。容易ではないが、単機相手にもし接近することが出来れば、十分破壊することが出来る」
 とはいえ、よほど熟練した契約者でなければ出来ない芸当に間違いはない。
「今回敵はプラントへの増援目的で随伴歩兵を連れているが、これがイコン同士の戦争で、しかも市街制圧や要塞攻めではなく、国境戦の防衛とかだったら単なる捨て駒にしかならないだろう。学院は、そんな愚行に出ることはないと信じたいものだ。武器があっても、これはあくまで『そうならざるを得ないとき用』であって、積極的に生身でイコンを倒しにいくためのものではない。現行のパワードスーツを対イコン用にでも改造出来れば話は別だがな」